第35話 ザ・アヴェンジャー(前編)
さやか達が協力者の隠れ家に向かおうとした時、一体のメタルノイドが姿を現す。
それはかつて倒したはずの仇敵であった。
『そう、俺だよ……かつてお前に殺された男……ミスター・ブリッツ改め、ブリッツ・アヴェンジャー! 貴様への復讐を果たすため、地獄の底から蘇ってやったぞッ!!』
ブリッツは自ら名乗りを上げながら、さやか達の前方に立ちはだかった。
「ブリッツ……そんな、どうして……」
「馬鹿な……」
さやかに倒されて死んだはずのブリッツが、今こうして生きて立っている。
その到底受け入れ難い事実に、さやかもゼル博士も困惑せずにはいられなかった。
「いくら機械の体とはいえ、一度死んだメタルノイドが生前の意思を持ったまま生き返る事など、断じてありえん……ブリッツ! 貴様、どうやって生き返ったっ!?」
博士は額に汗を浮かべて眉間に皺を寄せながら、威圧するような口調で問い質す。
そんな真剣な博士を、ブリッツは小馬鹿にしたようにフフンと鼻で笑った。
『なあに、簡単な事さ……バロウズには死者を生き返らせる技術がある。そこのミサキとかいう小娘を生き返らせたようにな。その技術をメタルノイドにもやってみたって訳さ。もっとも結果は半分成功で、半分失敗したといえるデキだったが……』
「半分……?」
彼が口にした半分という言葉が妙に引っかかったのか、ゆりかが訝しげな表情で復唱する。
『ああ……そうだ。蘇生実験はこれまで倒された六体のメタルノイド全てに行ったが、成功したのは俺一人だけだった。残りの五体は蘇生措置を施しても生き返らなかったって訳さ。だから他の連中はダムドの手駒として再利用させる事にした』
そうして語っている最中、ブリッツは思いを馳せるように天を仰いだ。
『俺が……俺だけが、生き返る事に成功したッ! そうだッ! これはきっと神の意思ッ! 俺を殺した小娘共に復讐せよと、神が俺に命じているのだッ! 俺はブリッツ・アヴェンジャー……神に選ばれし戦士ッ! 今こそ小娘共への復讐を果たし、積日の恨みを晴らしてくれようぞッ!』
天に向かって意気揚々と拳を突き上げながら、声高らかに報復を宣言した。よほど復讐の機会を得られた事が嬉しかったようだ。
妙にテンションが高いブリッツを見て、さやかが腹立たしげに口にした。
「何よっ! アンタなんて……神に選ばれた戦士でも何でもないっ! お望みとあらば、もう一度地獄に叩き落としてやるわっ!」
そう言い終えると、彼女の意思に応えるように右腕にブレスレットが出現する。
ゆりかとミサキもブレスレットを出現させて、三人は一斉に変身の構えを取った。
「「「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」」」
掛け声と共に三人の姿がそれぞれ赤・青・白の光に包まれる。
「装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブ!」
「青き知性の騎士、エア・ナイト!」
「白き鋼の刃、エア・エッジ!」
さやか達は装甲少女に変身すると、すぐさま博士の元に駆け寄った。
「博士っ! こいつは私たちが相手するから、その間に博士は奴らの隠れ家に向かって下さいっ!」
さやかはブリッツの方を向いてファイティングポーズを取りながら、先に隠れ家へと向かうように博士に促す。
「分かった! 君たちの言葉に従わせてもらう! だがくれぐれも気を付けたまえ……復活したブリッツは、どんな能力を備えているか分からんからなっ!」
博士がそう言って隠れ家に向かおうとした時、ゆりかが慌てて呼び止めた。
「博士っ! 連中の隠れ家にはどんな罠が仕掛けられているか分かりません。くれぐれも用心を……」
危険な目に遭うかもしれないと、心配そうな顔をする。
博士はそんな心配を払拭するように彼女の肩を軽くポンと叩いた。
「案ずるな……私は不死身だ。メタルノイドを倒せないだけで、私の体は並の人間よりも遥かに丈夫なんだ。たとえ毒ガスや爆弾が仕掛けられていたとしても、死にはせん。何しろ昔は世界……おっと、この話は後にしよう。とにかく私の身を案ずる事は無い。君たちの方こそ気を付けてくれ。それではまた……生きてここで会おうっ!」
そう言って親指を立ててサムズアップすると、ブリッツを避けるように森を大きく迂回しながら、協力者の隠れ家に向かって全速力で走っていった。
不死身だという博士の言葉……それが真実なのか冗談なのか、その時のさやか達には知る由もなかった。
ブリッツは一目散に走っていく博士を何もせず見逃した後、さやか達の方へと振り返る。
『フン……まあ良い。バロウズからは一行の足止めをするよう命令されたが、俺が興味があるのは三人の小娘を殺す事だけだ。どのみち装甲少女さえいなくなれば、博士などいてもいなくても大して変わらんのだからな……』
吐き捨てるように言い放つと、さやか達に向かってゆっくりと歩き出した。
『赤城さやか……エア・グレイブッ!! 貴様をズタズタに引き裂いて、血の海に沈めて地獄に叩き落としてやるッ! これまで受けた恨みと屈辱、百倍にして返してくれようぞッ!!』
ブリッツがそう叫びながら猛然と走り出すと、それに応えるようにさやかも全力で走り出した。
「それは……こっちのセリフだぁぁああああーーーーーーっっ!!」
大声で勇ましく吠えながら、渾身のパンチを放つ。
それとほぼ同時にブリッツもまたパンチを繰り出し、互いの拳と拳がぶつかり合う。
ダイナマイトが爆発したような音が鳴り響き、その振動が大気に伝わって森の動物たちが俄かにざわめく。
「ぐぅううっっ!!」
両者の拳が衝突した直後、さやかは押し出されるように後方へと弾き飛ばされてしまう。
一方のブリッツは拳を突き出した姿勢のまま、1ミリも後ろに退いていない。
「パワー重視のさやかが、一方的に打ち負けるなんて……」
さやかが力勝負で敗れた事実に、ゆりかがとても信じられないと言いたげに顔を青ざめさせる。
彼女の言葉にブリッツはククッと声に出して嬉しそうに笑った。
『クククッ……以前の俺と同じだと思ってもらっては困る。強化改造を施されて蘇った俺は、全ての面において昔よりもパワーアップしているッ! 今の俺なら、お前たち三人を一度に相手しても決して負ける事はありえないのだッ!』
自身が強化された事実を、誇らしげに語る。
強さへの絶対的な自信に満ち溢れたブリッツを前にしても、さやかは物怖じせずにゆっくりと立ち上がる。
力負けした事への焦りはあったものの、それでも彼女の顔から闘志の色は失われていない。
「ブリッツ……以前よりも強くなったのは、アンタだけじゃないっ!」
強気な口調で叫ぶと、博士から受け取った強化パーツを右腕に装着させた。
直後、右腕の装甲からアップデートした事を知らせるガイド音声のようなものが流れだす。
「最終ギア……解放ッ!」
さやかの掛け声と共に右腕のギアが高速で回りだし、物凄い速さでエネルギーが蓄積されていく。
博士が言った通りに溜め時間が三分の一に短縮されたのか、確かにエネルギーが溜まる時間は以前よりも格段に速くなっていた。
「これなら……隙を突かれずに行けるっ!」
時間が間に合う事を確信すると、さやかは右腕の溜めを持続させたままブリッツに向かって走り出した。
『やらせるかッ!』
彼女の行動を阻止しようと、すかさず拳をハンマーのように振り下ろすブリッツ。
さやかはその一撃をたやすくかわすと、大きく空振って隙を見せた相手の懐にやすやすと飛び込んだ。
「……オメガ・ストライクッ!!」
掛け声と共に、全力を込めた拳がブリッツの胴体に叩き込まれる。ドォォッと凄まじい衝突音が鳴り響き、その衝撃で風圧が発生して周囲の砂塵が一斉に巻き上がった。
「……なっ!?」
……次の瞬間、さやかは我が目を疑った。
ブリッツの腹は必殺の一撃を受けたにも関わらず、ほとんど傷付いていなかった。殴られた箇所は微かに凹みはしたものの、致命傷には程遠かった。
以前の彼であれば、一撃で倒せた威力の拳を叩き付けたにも関わらず……っ!
『フフフッ……ハーーッハッハッハッハッ!! 見たかぁっ! これがパワーアップした俺様の……ブリッツ・アヴェンジャーの装甲よッ!』
装甲の硬さに、ブリッツが歓喜の高笑いをする。
かつて一撃で殺した威力に耐えられた事は、彼が強くなった事を証明するには十分過ぎた。
『俺の装甲を、以前の二倍の厚さにしておいた……しかも装甲の裏側には、バロウズが新開発した衝撃緩衝材がびっしりと埋め込まれているのだッ! おかげで機動性は大きく落ち込んでしまったが……元々重量型である俺には大きな影響は無いッ! 俺は貴様らのいかなる攻撃にも耐えられる、無敵の装甲を手に入れたというわけだッ! ドゥワッハハハハハァッ!!』
流暢に語りながら、ブリッツはゆっくりと拳を振り上げる。
呆然と立ち尽くしていたさやかだったが、目の前の巨体が動き出したのに気付いて、ハッと正気を取り戻した。
『エア・グレイブッ! 死ねぇえええーーーーーーっ!!』
ブリッツの全体重を乗せた拳が、雄叫びと共に振り下ろされる。
咄嗟に飛び退いたさやかだったが、反応が僅かに遅れて、拳を叩き付けられてしまう。
「うぁぁあああああーーーーーーっっ!!」
殴られた衝撃で、さやかは悲鳴を上げながら豪快に吹き飛ばされる。軌道上にあった木を何本もなぎ倒し、そのまま一気に地面にめり込んでしまった。
大地に深くはまり、自力では起き上がれない彼女に、ゆりかとミサキが慌てて駆け寄る。
「さやか、大丈夫っ!?」
ゆりかが心配そうな表情で声を掛ける。
肩を借りて助け起こされながら、さやかは二人に心配を掛けまいと笑顔を浮かべてみせた。
「大丈夫……ジャンプして直撃は避けたよ……全然へーきだからっ……」
そう言って必死に痛みを堪えて、痩せ我慢する。
ブリッツはそんなさやかを、虫ケラを見るような目で見下す。
『強がるのはよせ……どのみちお前たちに勝機は無い。お前たちは全員、ここで死ぬ運命にあるのだからな……ゼル博士ともどもな』
彼はそう口にしながら、意味深にククッと笑ってみせた。
◇ ◇ ◇
さやか達が戦っていた頃、博士は協力者の隠れ家とおぼしき廃病院に辿り着いていた。
「ここが奴らのアジトのはずだが……」
そう口にしながら、恐る恐る病院に足を踏み入れる。人の気配は全くない。何処かに潜み隠れているのか、全員逃げ出してしまったのか……。
博士は罠が無いかどうか警戒しながら、慎重に建物の中を散策し始めた。
「逃げられたか? 少し来るのが遅かったか……」
そう呟きながらしらみ潰しに歩き回っていると、やがて院長室のような部屋に辿り着く。ここが最後の部屋だった。調べて何も見つからなければ、収穫が無かった事になる。
博士が多少焦りを抱きながら調べていると、机の下からチッチッと何か時計のような音が聞こえてくる。
机の下を覗き込むと……そこには時限爆弾らしき物がセットされていた。
「しまっ……!!」
博士がそう言い終わらないうちに爆弾が爆発し、建物が丸ごと巨大な炎に包まれる。
その光景を目にして、さやか達三人は一様に顔を青ざめさせた。
「はっ……博士ぇぇえええええーーーーーーーっっ!!」
さやかの悲痛な叫び声が山中にこだまする……。
炎に包まれてガラガラと倒壊していく建物を見て、三人は博士が死んだ事を疑いもしなかった。




