第32話 奈落の処刑人(中編-2)
ダムドの指先から紫色の雷が放たれると、激しい揺れと共に大地が割れて、その裂け目から巨大な鉄の塊が姿を現す。
彼らの姿を目にして、さやかはショックのあまり顔をこわばらせた。
「まさか……そんな……アンタ達はっ!!」
……そんな驚きの言葉が口から漏れ出す。
それはこれまでさやか達が倒してきた、ブリッツ以外の全メタルノイドであった。
ブラック・フォックス……デストロイ・オーガー……ドン・シュバルツ……デルタ・トライヴン……そして、ドクター・ブロディもいる。
「ブロディ……貴様、死んだはずではっ!」
昨日倒したばかりの仇敵がいる事に、ミサキも戸惑いの色を隠せない。
復活した五体のメタルノイドを前にして、さやかとミサキの中には焦燥感や、限りなく絶望に近い恐怖の感情が湧き上がる。
いくらこれまで倒してきた相手とはいえ、メタルノイド一体の戦力は装甲少女二~三人分に匹敵する。もし彼らが生前の能力のまま蘇ったのであれば、さやか達がなぶり殺しにされる事は火を見るより明らかだった。
二人の額にじっとりと汗が浮かぶ。足は無意識のうちにジリ……と後ずさる。
だがそんなさやか達とは対照的に、ゆりかは敵の姿をあくまでも冷静に、客観的に分析していた。
そのメタルノイド達……よく見ると装甲のあちこちが剥がれたままになっており、内部の配線が剥き出しになっている。
急ごしらえのために慌てて部品を組み直したような形跡があり、核の直撃に耐える防御力があるようにはとても見えなかった。
その立ち姿も、自らの意思を持たぬ人形のようにゆらゆらと揺れており、何とも頼りなさげだった。
そんな彼らの姿を目にして、ゆりかの中にある確信が湧き上がる。
「さやかっ! ミサキっ! 怖がる事なんてないわ! こいつら、ただの見掛け倒しよ!」
不敵な笑みを浮かべると、さやか達に向かって大声で叫んだ。
彼女の言葉を受けて、さやかとミサキも敵の装甲がボロボロである事に気付き始める。
『見掛け倒しかどうか……その身で確かめるが良いッ!』
ダムドがサッと手を振って合図を送ると、五体のメタルノイドが一斉に動き出した。完全にダムドの命令に従うだけの、自我を持たない操り人形と化してしまったかのようだ。
『ガァァアアアーーーーーッッ!!』
五体の先頭にいたブラック・フォックスが、化け物のような雄叫びを上げながら猛然とさやかに襲いかかる。その振る舞いはメタルノイドと呼ぶより、ゴーレムのゾンビと形容する方が相応しかった。もはやかつての狡猾な策略家だった彼の姿は見る影も無い。
以前の彼を知る者からすれば、ツギハギだらけの無惨なゾンビとなって蘇った現在の姿は、ある種の哀れみすら感じさせただろう。
さやかは一旦腰を深く落とし込んで下半身に力を入れると、フォックスに向けて勢いを付けてジャンプした。
「どぉおおおりゃぁぁああああっっ!!」
雄叫びを上げながら、渾身の回し蹴りを放つ。
気合の入った蹴りを顔面に叩き込まれると、フォックスはまるで倒壊した積み木のようにガラガラと脆く崩れ落ちた。ただの一撃であっさりと崩れ落ちるその様は、かつての強敵の姿からはあまりに程遠かった。
その弱さにすっかり拍子抜けしたのか、さやかは俄然やる気まんまんになる。
「何よっ! こいつら、性格も能力も前に戦った時のを全然再現できてないじゃないっ! 完全にガワだけそれっぽくこしらえた、ただの見掛け倒しのハリボテだわっ! こんなの、五体どころか百体襲ってきたって怖くも何ともないんだからっ!」
フォックスの体がバラバラに砕け散ると、さやかは強気の口調でダムドを挑発する。
それでも何か考えがあるのか、ダムドは余裕の態度を崩さない。
『クククッ……これを見ても、そんな台詞が吐けるかな?』
骸骨の歯をカタカタ鳴らして不気味に笑うと、またも合図を送るようにサッと手を振り上げた。
……その直後、さやか達は我が目を疑った。
地面に散らばっていた破片が、磁力に引き寄せられたように一箇所に集まりだしたのだ。破片は巨大な人の型を成していき、やがてブラック・フォックスの姿へと戻っていく。
「そん……な……」
倒されても即座に再生したフォックスを前にして、さやかは呆然と立ち尽くした。何が起こったのか全く理解出来ない、訳が分からないという心境だった。
そんなショックを受けた彼女の様子を見て、ダムドがさも愉快そうに嘲り笑う。
『フフフッ……ハーーッハッハッハッハッ! こやつらの体内には、私の意思と連動した特殊な磁石が埋め込んである! 私を倒さぬ限り、そやつらは何度でも復活する! 何度でもだっ!』
フォックスが復活した理由に付いて、得意げに語る。それは絶対に攻略される事が無いという自信に満ち溢れた声だった。
「まさにメタルノイドのゾンビ……という訳ね」
ダムドの言葉を聞いて、ゆりかが腹立たしそうに呟いた。その顔には焦りの色が浮かんでいる。無限に再生する不死の敵を前にして、先程の楽勝ムードはすっかり消え失せていた。
『さぁ者ども、かかれぃっ! 小娘どもをなぶり殺しにせよっ! 八つ裂きにして、はらわたを引きずり出して、偉大なるバエル様への生贄として捧げるのだっ! 今宵は狂乱の宴の始まりよッ!!』
ダムドが手を振って指図すると、今度はドクター・ブロディとドン・シュバルツが勢いよく前方に飛び出した。
『グゥゥァァアアアーーーッ!!』
『ヴァァアアッ!!』
それぞれ奇声を発しながら、ミサキとゆりかに襲いかかろうとする。
彼女達は共に武器を手にして構えると、返り討ちにすべくメタルノイドに向かっていった。
「でぇえやああっ!」
「やぁああーーーっ!」
ミサキは刀を振り下ろしてブロディの巨体を一刀両断し、ゆりかもまた槍の先端を高速回転させてシュバルツのどてっ腹に大穴を空けて、木っ端微塵に粉砕した。
彼らもまた先程のフォックスと同様に再生を始めるが、ミサキは完全に再生しきるよりも前にダムドに向かって走り出した。
「お前を倒さない限り、何度でも再生するというなら……先にお前を倒せば良いだけの話だっ!」
そう叫びながら、ダムドを刀で斬り付けようとする。
だがその時ミサキの前にデルタ・トライヴンが現れて、ダムドを守る盾となって立ちはだかった。
「邪魔をするなぁあああーーーーーっ!!」
ミサキはそのまま勢いに任せて刀を振り下ろし、トライヴンを真っ二つに切り裂いた。
鉄の巨体が左右に分かれて視界が開けると、そこにダムドの姿は無かった。
「ヤツは何処へ……!?」
ダムドが突如姿をくらました事に困惑し、慌ててキョロキョロと周囲を見回す。
その時、ミサキの背後から生暖かい吐息が彼女の頬に向けて吹きかけられた。
(ヤツは……ダムドは、今後ろにいる……!!)
そう心の中で口にしたのとほぼ同時に、さやかが大声で叫んだ。
「ミサキちゃんっ! 後ろっ!」
その声に慌てて後ろを振り返ろうとするミサキであったが、それより早くダムドが彼女に覆い被さってきた。
がっしりと背後から組み付かれて、ミサキは身動きが取れなくなる。不気味な死神に抱き締められて、何とも言えない不快感が恐怖と共に湧き上がる。
「ぐっ……離せっ!!」
力ずくで引き剥がそうと、必死にもがく。
だがダムドはその骸骨のような体からは想像も付かないほどの腕力でミサキを掴んで、決して離そうとしない。やがて右手の人差し指に長い爪をニュッと飛び出させると、それを彼女の腹に勢いよく突き刺した。
「ぐぁあああっっ!!」
腹にほとばしる痛みに、ミサキがたまらず悲鳴を上げる。
ダムドが彼女の元から離れると、ミサキは腹を抱えたまま苦しそうに呻き声を漏らしながら、その場にうずくまった。
「ミサキちゃんっ!」
さやかとゆりかが慌てて彼女の元に駆け寄ろうとすると、目の前にデストロイ・オーガーが立ち塞がった。
オーガーは装甲がボロボロに剥がれたゾンビのような顔でグフッグフッと不気味に笑いながら、自慢の巨体でさやか達を押し潰そうとする。
「どけぇえええっ!」
さやかが一喝するように叫びながらオーガーの顔面に拳を叩き込むと、その巨体が殴られた箇所から吹き飛んだようにバラバラに砕け散っていく。
目の前の障害を一瞬で排除すると、二人はすぐさまミサキの元に駆け寄った。
「ミサキちゃん、大丈夫っ!?」
さやかが心配そうな表情を浮かべながらミサキに話しかける。
二人に肩を借りて助け起こされて、ミサキはゆっくりと地面から立ち上がった。
「ああ……大丈夫だ。爪の先から毒を注入されたようだが、心配ない。この程度の毒なら、血中を流れるナノマシンの力ですぐに浄化されるだろう」
さやか達に余計な心配を掛けまいと必死に笑顔を取り繕いながら、痛みを堪えるかのように傷口を左手で何度もさすっていた。
さやか達三人が言葉を交わしている間にも、メタルノイドのゾンビ達は再生を果たし、ダムドを護衛するようにその周囲に寄り集まっていく。
「三人でうまく連携して、ゾンビを効率よく片付けていきましょう! そうすればダムドに攻撃を当てられるようになるわ!」
無限に再生するゾンビを前にして、ゆりかが一大決心したように提案する。
だがその言葉を聞いて、ダムドは小馬鹿にするように大声で嘲笑った。
『ハッハハハッ! 三人で連携だと? 笑わせる……そんな事、私がさせると思ったかっ!! 霧崎ミサキよ……我が術により、再び奈落の底に落ちるがよいッ!!』
そう言い終えるや否や、両手を組んで人差し指を立てて、何やら呪文を唱えだした。
『アブドーラ、ガンダーラ、ボルボルギルヘム……かぁぁぁあああああーーーーーっっ!!』
……それはつい先程ミサキに死者の幻影を見せて、自害させようとした幻術であった。
ダムドが呪文を唱え終わると、ミサキが急に頭を抱え込んで苦しみだす。
「うぁぁあああっ!!」
「ミサキちゃんっ! しっかりして、ミサキっ!」
彼女の目を覚まさせようと、さやかが必死に声を掛ける。
だがいくら声を掛けて体を激しく揺すっても、術が解ける気配は無かった。
そんなさやかの努力を嘲笑うようにダムドが語りだす。
『フハハハハ……無駄だっ! いくら語りかけても、貴様の声は決してその女には届かんっ! 先程よりも遥かに強力な術を掛けてやったのだからなっ! 注入した毒は、術の効力を上げるための物よっ! もはやその女は、完全に役立たずとなった! お前たちは二人だけでゾンビどもを相手にせねばならんのだッ! ハッハハハッ!!』
勝ち誇ったように甲高い声で笑う。
そのダムドの声すらも次第に遠のいていき、ミサキの意識はゆっくりと深い闇に飲まれていった。




