第31話 奈落の処刑人(中編-1)
霊層呪縛陣……ダムドの放った怪しげな術により、さやか達は金縛りに掛かったように動けなくなる。
手足の指先すら動かせなくなり、石になったように硬直する三人を見て、ダムドが声に出して嘲笑う。
『クククッ……この術はお前達の体を物理的に縛る技ではない。精神に直接作用し、体が動かないという強力な自己暗示……いわば催眠術を掛けたのだ。お前達にはこの術を破る手段は無い。今までこの術に掛かって、自力で破った者は一人もいないのだからな……ッ!!』
そうして術の効果について得意げに語る。それは決して破られる事が無いという自信の表れでもあった。
それでもダムドの言葉に逆らうかのように、さやかは体を動かそうと試みる。
「んんんんーーーーっ! んっ! んっ!」
どうにか力を振り絞って必死に体を動かそうとするが、手足どころか舌すら満足に動かせず、ただ棒立ちしたまま奇声を発するだけの滑稽な姿を晒してしまう。
ダムドはそんなさやかには目もくれず、ミサキに向かってゆっくりと歩き出す。やがて彼女の前に立つと、覆い被さるように上半身を乗り出して、顔を真近に覗き込んだ。
『三人とも殺す……だがミサキ、まずはお前からだ……ッ!!』
ダムドはそう言って、邪悪な瞳でギロリと睨み付けた。その殺意と狂気に満ちた禍々しい骸骨の形相は、正に死神と呼ぶに相応しかった。
「……っ!」
そうして凄まれても、ミサキは悲鳴を上げる事すら出来ない。眼前に迫る死の恐怖に鼻息が荒くなり、目を血走らせる事が出来ただけであった。
ダムドはローブの中に隠し持っていた一本のナイフを取り出すと、それを彼女の首に押し当てる。
『貴様の喉をかっ切ってやろう……切り裂かれた喉から勢いよく血が噴き出し、辺り一面は血の噴水で真っ赤に染まる……その景色を見ながら、貴様は己の罪を悔やんで地獄に落ちるのだ……』
そう言いながらナイフを少しだけ押し込むと、先端の刃がミサキの首筋に食い込んで、そこから血がツーーッと流れだす。
「……んっ!」
首筋にほとばしる痛みに、思わず声が漏れる。この危機から脱しようと必死に体を動かそうとするものの、彼女の体は微動だにしない。
ダムドはミサキが恐怖を味わうのを楽しんでいるかのように、ナイフを手にしたまま邪悪な笑みを浮かべている。
このまま何も出来なければ、彼女の命が奪われる事は一目瞭然だった。
……そんな光景を目の当たりにして、さやかは再び術に抵抗しようと全身に力を入れ始める。
「んんんんううううぅぅぅっ!!」
舌が回らない状態のまま、物凄い大きな声で叫んで気合を入れる。
ダムドはそんなさやかを小馬鹿にするようにチラ見していたが、その内ある異変に気が付く。
(こいつ……今、手の指先が動かなかったか?)
見間違いでもしたか、と何度も目を凝らして彼女の様子を観察する。
その時、指先は……確かに動いていたっ!
『ば、馬鹿なっ!?』
彼女の指先が微かに動いた事に、ダムドは激しく動揺した。
例え動いたのが指先だけだとしても、今まで一度も術を破られた事のない彼にとっては相当ショックだったのだ。その精神的動揺が大きかったためか、ダムドは眼前のさやかに対処する事が出来なかった。
「んんんぐぅぅおおおぉぉっ!!」
舌が少し動くようになったのか、叫びながら発する言葉が徐々に増えだす。
ダムドが呆然と立ち尽くしている間に、指の可動域が徐々に広がっていく。
そして手の指先以外の関節も、少しずつ動き始めた。
最初は足の指先、次に手と足の関節、そして手首と足首……更には腕や脚、首や腰も動かせるようになり、ついに体の部位全てが思い通りに動かせるようになった。
体が自由に動くようになると、さやかはすぐさまダムドに向かって走り出した。
「ダムドォォォオオオッッ!!」
これまでの鬱憤を晴らすかのように大声で叫ぶと、そのまま勢いに任せてダムドの顔面を殴り付けた。
『ドグワァァアアアーーーーーッッ!!』
ゴリラの如き馬鹿力で殴られて、ダムドが奇声を発しながら豪快に吹っ飛んでいく。死神のような男の巨体が宙を舞い、直後に落下して地面に叩き付けられる。その衝撃で砂塵が舞い上がり、一瞬静寂が訪れる。
「お……おおっ……」
その光景を目にして、思わずミサキの口から感嘆の言葉が漏れる。
気が付いた時、ミサキとゆりかは思い通りに体が動くようになっていた。
顔面を殴られた衝撃で、ダムドの術が解けていたのだ。
「ミサキちゃんっ!」
さやかとゆりかは、すぐさまミサキの元に駆け寄った。
彼女の首元は少しだけ切られて血が出ていたが、それほど深い傷にはなっていなかった。ナイフに毒が塗られていたらしい形跡も無い。
ゆりかはミサキの首元に手を当てると、バイド粒子を使って傷口をすぐに修復した。
「すまない……」
またも二人に助けられた事に、ミサキが申し訳無さそうに頭を下げて礼を言う。
さやかとゆりかは、気にするなと言いたげに彼女の肩を軽くポンと叩いた。
三人がそうしたやりとりをしている間に、地面に倒れていたダムドがゆっくりと起き上がる。
『霊層呪縛陣は、今まで一度も破られた事のない必殺の術……エア・グレイブ……貴様、それをどうやって破った?』
術が破られた事がよほど納得いかなかったのか、戦闘中にも関わらず疑問をぶつける。
ダムドの問いに、さやかは自信満々に答えた。
「どうやって破ったって? そんなの……気合に決まってるでしょっ!」
そう口にすると、ドヤ顔で仁王立ちしながら得意げにフンフンと鼻息を荒くする。その顔は根拠の無い謎の自信に満ち溢れていた。
そんなさやかを見て、ダムドは呆れるように溜息をついた。
『フゥーーッ……やれやれ……聞いた私が馬鹿だったよ。エア・グレイブ……赤城さやか。聞きしに勝る脳筋っぷりだ。実に単純明快でド直球な根性論……だがそれで本当にやってのけてしまうのだから、恐ろしい。恐ろしいほどの脳筋単細胞バーサーカーゴリラ……バカのオリンピック・金メダリスト級だ』
褒めているのかけなしているのか、よく分からないような言葉でさやかを評する。ただ一つ確かな事は、彼女のあまりの単細胞ぶりに呆れながらも、一方では脅威を感じているという事だった。
何しろこれまで必中だった自慢の技が、その単細胞によって破られてしまったのだから……。もはやダムドは目の前にいる赤城さやかという少女を、恐怖のメスゴリラと認識していた。
「う……うっさいわねっ! そんな金メダル、欲しくないわよっ! とにかくダムドっ! 霊層ナントカ陣が破られた以上、もうアンタに勝ち目は無いんだからっ! 観念しなさいっ!」
脳筋ぶりを馬鹿にされて恥ずかしかったのか、さやかは顔を真っ赤にして怒りだす。
ゆりかとミサキも左右に並び立つと、それぞれ槍と刀を手にして構える。
だが動けるようになった三人を前にしても、ダムドは少しも慌てるそぶりを見せない。術が破られた事に一旦は動揺したものの、さやかと言葉を交わした後ダムドは再び余裕の態度を取り戻していた。
『クククッ……ネクロマンサーとは死者を呼び起こす者。その名が持つ真の意味を、お前達は身をもって知る事になるだろう……さあ、蘇るがいいっ! 我が同胞よっ!』
不敵な笑みを浮かべながら地面に手を触れると、指先から紫色の雷が放たれて、それが地中へと吸い込まれていく。
その直後、大地が激しく揺れだした。
「何っ……!?」
ダムドが何らかの仕掛けを発動させた事を警戒し、さやか達三人は咄嗟に身構えた。
大地の揺れは次第に大きくなっていき、それに合わせてダムドの周囲の土が不気味にうねり出す。
「二人とも気を付けて! 土の中から何かが出てくるわっ!」
ゆりかが大声でそう叫んだ直後、大地が二つに割れて巨大な裂け目が出来る。その裂け目から無数に姿を現す、巨大な鉄の塊……。
彼らの姿に、さやか達は見覚えがあった。
「まさか……そんな……アンタ達はっ!!」
その姿を目にして、さやかはショックのあまり顔をこわばらせた。
そんな彼女を嘲笑うかのように、ダムドが得意げに語りだす。
『これぞ、蘇りし我が同胞……ブラック・フォックス……デストロイ・オーガー……ドン・シュバルツ……デルタ・トライヴン……そして、ドクター・ブロディッ!!』
……それはこれまでさやか達が倒してきた、ブリッツ以外の全メタルノイドであった。




