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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第二部 「破」
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第28話 亡者の呼び声

 バロウズを裏切ってエア・エッジに変身したミサキであったが、身寄りがあったわけではない。そのため戦いが落ち着くまでは、ゼル博士の研究所で一時的に彼女を預かる事となった。

 その日の夜……。


「ううっ……ううっ……」


 ミサキは研究所の一室のベッドで眠りながら、苦しそうな声を漏らしていた。


「や……やめろ……私に……ささやくな……」


 時折ときおり、そんな言葉をうわ言のように口にする。どうやら悪い夢を見て、うなされているらしかった。



 ミサキの見た夢……それは藻と泥で汚れた海中のような空間を、そこから脱出しようと彼女が必死に泳いでいる内容だった。視界は泥で濁っていて非常に悪く、1m先すら見通せない。呼吸は出来るものの、そこが海中なのか無重力空間なのかすら分からない。どっちが上で、どっちが下なのかも分からない。


 それでもそこから脱出しようとミサキが一方向に向かって真っ直ぐ泳いでいると、時折何者かの声が語りかけてくる。


『ミサキ……お前は人殺しだ……その罪は決して赦されはしない……』


 ……そんな言葉が彼女に向けて発せられる。

 ミサキがその言葉に耳を貸さずに奇妙な泥の空間を泳いでいると、再び謎の声が語りかける。その声の調子は前よりも一段と強く、明らかに威圧的な感情を含んでいた。


『……ならば聞くが良いっ! お前が今まで殺してきた者達の、恨みと怒りの声を……っ!』


 謎の声がそう叫ぶと、周囲の空間が一変する。辺り一面は深海のような暗闇となり、空気は一段とよどんで重くなる。途端に酸素が奪われて、呼吸が出来なくなる。


「ぐぁぁああああっ……!!」


 ミサキが息苦しさのあまり体をジタバタさせていると、何か手のような物が彼女の体に触れた。


「……っ!!」


 手が伸びてきた方向に目をやり、ミサキは絶句した。

 そこにいたのは……彼女が今まで殺してきた人間達だったからだ。彼らの目はミサキに対する恨み、怒り、憎悪、怨念、嫉妬……あらゆる負の感情に満ち溢れていた。


 血まみれのゾンビのような姿になっていた彼らは、一箇所に寄り集まって巨大な肉塊と化したまま、ミサキを引きずり込もうと手を伸ばしてくる。

 ミサキはあらがう事も出来ないまま、彼らの手に引きずり込まれてしまう。


「や……やめろっ! 私は……私はっ!」


 必死に声を上げて抵抗しようとするが、無数に伸びる彼らの手は、ミサキの体をがっしりと強い握力でつかんで、決して離そうとしない。

 そして、まるではずかしめようとするかのように彼女の衣服を引っつかんで、力任せに引き裂いた。


 闇の空間に若き乙女の裸体がさらけ出される。亡者達の手は、獲物にむしゃぶりつく魚のようにミサキの柔肌に絡み付いていく。

 身動きも取れないまま体中をいじくられて、ミサキは目に涙を浮かべていた。


「ここで私が殺してきた者達のなぐさみ者になる事が……罪の償いだというのか……」


 ……そんな言葉を口にする。彼女の心は深い後悔と罪の意識にさいなまれていた。その意識すらも肉塊の群れに呑まれて、次第に薄れて遠ざかっていく……。




「……サキ……ミサキっ!」


 ……声にうながされてミサキが目を開けると、さやかの姿が視界に映り込む。

 彼女は心配そうな表情を浮かべながら、ミサキの体を必死に揺らしていた。ミサキがうなされいると博士から連絡を受けて、急いで研究所に駆け付けたのだ。ゆりかもすぐそばにいる。

 とても心配している様子の二人を前にして、ミサキは申し訳なさそうにつぶやいた。


「私は……私は、赦されない女なんだ……っ!」


 そう口にすると、ベッドの上でひざを抱えてうずくまりながら、小さな声ですすり泣いた。よほど怖い夢を見たのか、彼女のパジャマもベッドのシーツも、寝汗でじっとりと湿っている。それは事情を知らなければ、おねしょをしたのではないかと勘違いする程であった。


  ◇    ◇    ◇


 その日の朝十時頃……ミサキはさやか、ゆりかと三人で研究所の入口の広間にいた。三人とも学生服を着ている。

 後ろ向きになりがちなミサキに気分転換してもらおうとのさやかの提案により、その日三人は町に遊びに出かける事になった。


「わ、私は別に……そのような気遣いなど……」


 ミサキがあまり気乗りしない様子で答える。普通の女子高生らしい遊びなど、自分には無縁だという思いがあった。

 だがそんな気持ちなどお構いなしに、さやかがミサキの背中を両手で押し出す。


「なーに言ってんのっ! そうやって暗い顔ばっかしてると、幸せが逃げてっちゃうよっ! 町には楽しい事がいっぱいあるんだから、いっぱい楽しんで幸せになって笑顔にならなくっちゃっ! ほら、行った行った!」


 満面の笑みでそう言いながら、背中をグイグイと押していく。


「やめろっ! 押すなっ! 絶対押すなよっ!」

「押すなって言われたら、押したくなっちゃうじゃない」

「くっ……だったら押せっ!」

「分かった、押すよ」

「結局どっちも同じじゃないかっ!」


 二人はそんなやりとりをしながら、研究所から出て行ってしまった。

 入口の広間に一人残っていたゆりかに、ゼル博士が話しかける。


「ミサキがいたという協力者エージェントの隠れ家については、私が位置を割り出しておく。もし分かったらすぐに連絡するから、それまで三人で楽しんでいてくれ」


 博士の言葉にうなずくと、ゆりかもまたミサキとさやかの後を追うように研究所を出て行った。

 三人が行ったのを見届けると、博士はすぐに研究所の一室に入り、パソコンを起動する。

 そうしてパソコンのキーボードを打ち込んで作業していると、助手が慌てて部屋に駆け込んできた。何やらよほど緊迫した様子なのか、汗だくで息を切らしている。


「ハァ……ハァ……博士……大変です! 昨晩、自衛隊の倉庫に厳重に保管されていたメタルノイドの残骸が、何者かに盗まれました!」

「なっ……何ぃぃいいいっっ!!」

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