第26話 転身!その名はエア・エッジ(前編)
「ブ……ブロディィィーーーーーッ!! 貴様ぁぁぁあああああーーーーーっっ!!」
自分と弟イルマを死に追いやった黒幕がブロディであると知らされ、ミサキは喉が張り裂けんばかりの声で叫んだ。
……かつてイルマと共に焼き殺された時、ミサキはこれまで自分がしてきた行いの報いを受けたと思っていた。だがそうなるようにブロディが仕向けていたと知ると、やはり許せなかったのだ。怒りと悔しさのあまり全身の血が煮えたぎり、毛が逆立つような思いだった。
それでも脱出不可能な檻に囚われた今の彼女には、ただ大声で叫ぶ事しか出来なかった。
自分と弟の仇を前にして何も出来ずにただ悔しがるミサキの姿を見て、ブロディがさも愉快そうにあざけり笑う。
『クックックッ……カァーーーッカッカッカァッ!! ミサキよっ! お前は死にたがっていたのじゃろう? 良かったのう、願いが叶って! 安心せいっ! エア・グレイブとエア・ナイトさえ始末すれば、お前さんはもう用済みじゃあっ! もう生き返らせたりはせんっ! 望み通り、ここで無様に焼かれて死んでゆくがいいっ! わあっはっはっはぁっ!!』
悪魔のように卑劣な男の、邪悪な高笑いが響き渡る。
檻の外にいるブロディに皮肉交じりに笑われて、ミサキは悔しさのあまり膝を突くと、やり場のない怒りをぶつけるかのように地面を何度も殴り付けた。
「くそぉぉぉおおおおおっ!! くそっ! くそっ! くそっ! ちっ……ちくしょぉぉぉおおおおおっ!! うっ……うあああああああぁぁぁーーーーーーーーっっ!!」
狂った獣のように大声で喚き散らしながら、拳が砕けんばかりの勢いで地面を殴り続ける。目は怒りで真っ赤に血走り、呼吸を荒くさせて、拳は皮がめくれて血まみれになる。やがてそうして怒りをぶつける事にも疲れたのか、己の無力さに打ちひしがれたかのようにグッタリとうなだれる。
「ううっ……」
ミサキの目からは涙がとめどなく溢れ出し、悔しさで体の震えが止まらなくなる。
私はバカだ……なんてバカな女なんだ。
ブロディの手のひらで踊らされて、利用されていただけの大馬鹿者だ……っ!
ブロディが本当の仇とも知らず、一人で勝手に絶望して、勝手に死にたがっていた……。
馬鹿で哀れな、バロウズにとって都合の良いただの使い捨ての人形だ……っ!
もし最初からブロディが仕組んだ事だと知っていたら、私は……っ!
やっと……やっと生きたいと思える物が見つかったのに……。
ブロディが本当の仇だと知らされて、何の仕返しも出来ないまま焼き殺されるなんて……。
これを道化と言わずして、何と言おうか……っ!
……そんな後悔と自責の念が胸に湧き上がる。
「結局……こうなってしまうのか」
ミサキの口から、ふとそんな言葉が漏れた。
「結局……こうなるんだ。前回も、今回も……生きたいと思える物が見つかった途端、命を落とすハメになる……きっとそういう運命の下に生まれたんだ。生きて掴み取れる幸せなんて、私にはありはしなかった……」
そう言って悲嘆に暮れると、諦めたように膝を抱えてうずくまる。自暴自棄に陥るあまり、目前に迫る炎の柱に焼き殺される事を、己が運命として受け入れてしまったようにすら見えた。
「諦めちゃダメぇっ!」
心の底から絶望したミサキに、負傷して倒れていたはずのさやかが声を掛けた。彼女は傷付いた体を気力を振り絞って立ち上がらせると、ミサキの前に立って身を屈めながら顔を覗き込んだ。
「まだ終わってないっ! 私は絶対に諦めないっ! 最後まで希望を捨てたりしないっ! だから貴方も諦めないでっ! 絶対に生きてここから脱出するのっ! 私、貴方に見せたい物とか教えたい物とか、たくさんあるからっ! それを全部見せるまで……私はこんな所で死んだりなんて、絶対にしないっ!」
とても真剣な顔付きでミサキを勇気付けるように叫ぶと、両肩をがっしりと掴んだ。その瞳には何としてもここから脱出するという、彼女の揺るぎない意志が表れていた。
そんなさやかの言葉に、ミサキは胸を強く打たれる物があった。
「……さやか」
驚いたような感動したような、何とも言えない表情で見つめ返す。その胸の奥には、どんな状況に置かれても決して絶望しない彼女の前向きさに対する尊敬の念が湧き上がっていた。
だが二人がそうしている間にも、炎の柱は今にも彼女たちを焼き殺さんばかりの勢いでじわじわと迫ってきている。
さやかは決心を固めた表情で振り返ると、いきなり炎の柱に向かって全力で走り出した。
「私はまだっ! 絶対に諦めないっ! どぉぉおおおりゃぁぁああああっっ!!」
大声で叫んで気合を入れると、そのまま炎の柱へと突っ込んだ。決して何か考えがあっての行動ではない。本当にただの捨て身の猪突猛進だ。案の定、さやかは一瞬にして炎に包まれてしまった。
「うわぁぁああああっっ!!」
全身火だるまになって何も出来ないまま悲鳴を上げながら、檻の中央へと弾き飛ばされる。そのまま地面にガクッと倒れると、気を失ってしまった。
そんなさやかの行動をただ無言で眺めながら、ミサキの心の中にある思いが去来する。
「……」
……普通に考えれば、さやかの行動はただのヤケっぱちであり、自殺行為だ。ミサキには彼女の行いを無意味な愚行だと笑う事も出来た。
だがミサキは、あえてそうしなかった。少なくとも、このまま炎に焼かれて死ぬのをただ待っているよりは、最後まで希望を捨てずに抗った方がよっぽどマシだ……そう思わせるだけの説得力があったのだ。
「……そうだ。やっと生きたいと思えるようになった……そう思わせてくれる仲間に出会えたんだ。なのにこんな所で諦めて……くたばってたまるかっ! 私も諦めない……絶対に諦めないぞっ! 絶対に生きて、ここから脱出してみせるっ! 諦めたらゼロになる可能性だって……諦めなければ、決してゼロにはならないんだっ!」
ミサキは決意の言葉を口にして立ち上がると、すぐさま檻から抜け出す方法について考えだした。炎はすぐそこまで迫っている。残された時間は決して多くはない。
頭の中でいろんな案が浮かんでは、消えていく。それでもミサキはパニックに陥らないように、極力冷静さを保つ事を心がけた。
「慌てたら、おしまいだ……」
そう呟きながら、下唇を噛んで焦る気持ちを必死に抑えようとした。そうしてあれこれ考えている内に、かつて黒服の男に言われたある言葉をふと思い出した。
そういえば……ゼル博士が開発したアームド・ギアは三つあると言っていたな。
だが装甲少女はまだ二人しかいない。
つまりあと一つ……未使用のアームド・ギアが残っているはずだ。
もし私がここで第三の装甲少女になれれば、きっとこの窮地から抜け出せる。
だが……なれるのか? この私に……。
あまたの人間を手に掛けてきた、身も魂も罪に穢れた、この私に……。
いや、今はなれるかどうかを考えるべき時ではない。
試しにやってみるんだっ!
それでダメなら、出来る事は全てやり尽くしたと、いっそ諦めて死ぬ事も出来よう。
だが今はまだ、その時ではないっ!
……ミサキは意を決すると、天に向かって大きな声で叫んだ。
「第三のアームド・ギアっ! 私の声が届くなら聞いてくれっ! 今この時だけで良いっ! 頼むっ! どうか……どうか私に力を貸してくれぇっ!」
そうして叫んだ後、今度は膝を突いて許しを請うように額を地に擦りつけて、目に大粒の涙を浮かべながら大声で叫んだ。
「この命に替えてもっ! 助けたい女がっ! いるんだぁぁぁぁあああああああっっ!!」
ミサキが藁にもすがる思いで叫んだ時、それは起こった。
――――その願い、しかと聞き届けたぞっ!
……頭の中にそんな声が流れたと同時に、遥か空の彼方から白く光る物体が高速で飛んできて、ミサキの右腕に絡み付いた。それまで右腕に装着されていた黒のブレスレットは追い出されるように引き剥がされ、ギル・セイバーの変身も解除されて元の姿に戻る。
そして追い出された黒のブレスレットと入れ替わるように、彼女の右腕には白いブレスレットが装着されていた。
ミサキは右腕のブレスレットを見つめながら、白のアームド・ギアが自分の思いに答えてくれた事に対し、深く感謝の念を抱いて優しそうな笑みを浮かべる。
「……ありがとう」
そう静かに呟くと、すぐさま変身の構えを取った。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」
気迫の篭った掛け声と共に、ミサキの全身が白い光に包まれる。
神々しさすら漂わせるその眩い輝きは、二人を焼き尽くさんと迫っていた炎の柱も、彼女たちを閉じ込めていた鉄の檻も、全てをいともたやすく吹き飛ばした。
そして光がうっすらと消えていくと、そこには黒の戦士ギル・セイバーと色違いの、白い装甲を身にまとったミサキが立っていた。闇の力が聖なる光によって浄化され、漂白されて改心したようにも見える。
光が完全に消えて無くなると、ミサキはすぐに名乗りを上げた。
「装甲少女……その白き鋼の刃、エア・エッジっ!!」
『なっ……何ぃぃぃいいいいいーーーーーーっっ!?』
……彼女の言葉を聞いて、ドクター・ブロディが驚くあまり大声で叫んだ。




