第24話 ドクター・ブロディの卑劣な罠(前編)
激闘を通して友情が芽生えたさやかとミサキ。だが二人は突然頭上から落下してきた円状の檻に閉じ込められてしまう。
その直後に姿を現したメタルノイドを、ミサキが憎々しげに睨みながら叫んだ。
「貴様……ドクター・ブロディっ!」
ミサキからブロディとよばれたその男……全高6mで角ばった人型ロボットのような外見をしていたが、本来の腕と思われる二本の腕の他に、四本の細長い蜘蛛の足のようなサブアームが背中から生えていた。
サブアームの先端には多関節の四本の指が付いており、変形によって様々な用途に対応するように見える。
両肩には本体から独立した小型の蜘蛛のようなメカが乗っており、盾のような物を背負っている。
そして機械でありながら、ニヤリと笑ったいやらしい老人のような特徴的な顔をしている。それは一目見ただけで、卑劣で陰湿な性格をしている事が伝わるほどであった。
ブロディは檻の中の二人を舐めるような視線でじっくり観察していた。その手には何かボタンを押す装置のような物が握られている。
「ブロディっ! これは一体何の真似だっ!」
ミサキが怒りを込めた口調でブロディを問い質す。その声には自分を騙し討ちした者に対する、明らかな敵意を含んでいた。もはや彼女の中には、バロウズの連中を仲間と思う気持ちは皆無だった。
『クククッ……ミサキよ。最初から全て計画していた事なのじゃよ。お前さんがエア・グレイブを倒せたなら、それで良し。よしんば倒せずとも、その時はお前さんごとエア・グレイブを罠にハメて殺すつもりじゃった。その為の罠を、この採掘現場にあらかじめ仕込んでおいたのじゃよ……こんな風にのぉ!』
ブロディがそう言いながら手元のボタンを押すと、檻の内側にさやか達をぐるりと取り囲むようにして炎の柱が立ち上った。
「何っ!?」
「こ……これはっ!?」
周囲を炎に囲まれて、ミサキとさやかが共に驚きの声を上げる。
『これこそ、お前達を殺す為に用意した罠……焦熱監獄ッ! 今の消耗しきったお前達には、この檻を力ずくで破壊する事は不可能ッ! この脱出不可能な監獄の中で、時間と共に中央へと広がっていく炎の柱にジワジワと焼き殺されていくのじゃぁっ!』
自ら仕組んだ炎の罠について、ブロディが得意げに語る。よほど檻の設計に自信があるかのようであった。
そうしている間にも、炎の柱は少しずつにじり寄るようにさやか達の方へと迫っていく。
「脱出不可能だって? そんなの、やってみなきゃ分からないじゃないっ!」
さやかはそう言って啖呵を切ると、躊躇なく檻に向かって走り出した。
その時既に檻の前には炎の柱が立ち塞がっていたが、さやかは炎に触れても必死に耐えて痩せ我慢しながら、鉄柵に手を伸ばそうとする。
だが鉄柵に手を触れた途端、彼女の体に強い電流が流れ込んだ。
「うわぁぁあああああっっ!!」
全身を駆け巡る高圧電流にたまらず悲鳴を上げる。装甲の回路が電流でショートして爆発が起こり、その衝撃でさやかは檻の中央へと弾き飛ばされてしまう。
そんな彼女に、ミサキが心配そうな表情を浮かべて慌てて駆け寄った。
「赤城さやかっ! 大丈夫かっ!」
「ううっ……」
地面に寝っ転がったまま、さやかが苦しそうに呻き声を漏らす。ミサキとの戦いで消耗していた上に高圧電流を流された事による負傷で、彼女は完全に満身創痍になっていた。
何も出来ない二人の姿を見て、ブロディが勝ち誇ったように高笑いする。
『ファファファッ! だから言ったじゃろう……脱出不可能となっ! その檻は触れれば落雷と同等の高圧電流が流れる特別式じゃっ! お前達の力でどうにか出来る代物ではないっ! 高圧電流も炎の柱も、ワシの手元にあるボタンを押さぬ限り解除される事は無いっ! お前達はここで死ぬ運命にあるのじゃぁっ!』
そこまで語った時、まるで一陣の風が吹いたように何者かがブロディに飛びかかる。
その突進を、ブロディは咄嗟に回避した。
『何者じゃぁっ!』
楽しい時間を邪魔された事に激しい怒りを覚えながらブロディが振り返ると、そこには青い装甲を身にまとった一人の少女が立っていた。
「ゆり……ちゃ……ん」
「エア・ナイト……青木ゆりかっ!」
少女の姿を目にして、さやかとミサキが共に声を上げる。救援に駆け付けたのは、他でもないエア・ナイトに変身した青木ゆりかだった。
彼女に遅れてゼル博士もその場に駆け付ける。
ゆりかは何か思う所があったのかミサキの方を一瞬だけチラ見すると、すぐにブロディに向き直った。
「言いたい事は山ほどあるけど……まずはこの場を切り抜けるのが先っ! このドクター・ブロディってのを倒すか、ボタンを奪うかすれば良いんでしょっ!」
そう言って槍を手にして戦闘の構えに入る。
その直後ゼル博士が、ブロディの巨体を見上げながら口を開いた。
「ブロディ……お前、ドクター・ブロディなのかっ!?」
それは懐かしい知人との再会を喜んで出た言葉では無かった。
博士の顔は驚きと困惑の色で青ざめており、ショックのあまりガタガタと体を震わせている。むしろよく知った仲である顔なじみが、変わり果てた姿になったような……そんな雰囲気だった。
『フォフォフォ……懐かしいのう、ゼルよ。地球に来てからこうして直に話すのは初めてじゃったか? お前さんとはかつて学者としてトップを競い合った仲じゃったが、決して悪い間柄では無かった。将来お互いに立派な学者になると誓い合って、酒を酌み交わした事もあったかのう……』
動揺しているゼル博士とは対照的に、ブロディは昔の思い出を懐かしむように語りだす。
『のう、ゼルよ……お前さんは相も変わらず人間の体に固執し、人間の側に与するのか? メタルノイドこそ人間を超越し、人間を支配する側に立った進化種じゃぞ。ワシと二人でメタルノイドを共同開発したお前さんが、それを知らぬはずはあるまい。お前さんも人間の体を捨てて、こちら側に付いたらどうじゃ? バエル総統閣下もきっとお喜びになるぞい……ファファファ』
そう言っていやらしそうな笑みを浮かべながら、誘いの言葉を掛ける。
「ふざけるなっ! メタルノイドは人間の進化種でも、人間を支配する存在でもないっ! 少なくとも私はそんな事のために研究を行っていた訳ではないっ! お前達が邪悪な野心と優越感を抱き……メタルノイドが生み出された本来の理念を捻じ曲げて、道を踏み外したんだっ!」
ゼル博士は怒気を含んだ口調で、ブロディの誘いを強くはねのけた。その目は真っ赤に血走り、下唇をギリギリと強く噛み締めている。その様子からは、よほどバロウズの所業を憎んでいる事が容易に伝わる程であった。
『フゥーーッ……』
博士の返答を聞いて、ブロディは残念そうに溜息を漏らしながら顎を指でボリボリと掻いている。博士が誘いに乗る事を、少しは期待していたらしい。
『そうか……それは残念じゃわい。ならば仕方ないのう。その頭脳、無に帰するには余りに惜しいが……ワシらに楯突くとあらば、邪魔な障害にしかならぬ。ならばお望み通り……ここで小娘共と一緒に死ぬがよいっ!』
そう言い終えるや否や、背中のバーニアを噴射させて猛然とゼル博士に襲いかかった。
ブロディの左手が博士を一思いに握り潰そうとした時、素早く前に立ちはだかったゆりかがその一撃を槍で受け止める。
「ドクター・ブロディっ! 貴方の相手はこの私よっ! 私が貴方を倒し……必ずさやかを助け出すっ! 私を檻に入れなかった事が最大の失策だったと、必ず後悔させてやるわっ!」




