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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
23/227

第21話 絶望に生きた女(中編-2)

「うぁ……あ……」


 ギル・セイバーに変身したミサキとの死闘を制したさやかであったが、ミサキの意のままに動く妖刀ムラマサに背後から胸を貫かれて、声にならない声を発しながら大量の血を噴いて倒れた。


「さ……さやか……い……いやぁぁぁあああああーーーーーっっ!!」


 ゆりかの悲痛な叫び声が響き渡る。最愛の親友が今にも死にそうになっている姿を目の当たりにして、ショックのあまり体の震えが止まらなくなる。意識をしっかり保たなければ、気を失いそうな程だった。


「フッ……」


 ミサキは勝利の余韻を味わうかのように鼻息を鳴らしながら立ち上がると、刀の柄に手をかけて、さやかの体からゆっくりと引き抜いた。

 ……傷口からは真っ赤な血がワインのようにドクドクと溢れ出し、さやかは虚ろな目をしたまま、死にかけた魚のように体をピクピクさせている。すぐに手当をしなければ、このまま放っておいても命を落とす事は一目瞭然だった。


「苦しいだろう? 胸が急に締め付けられるように痛み、息をしようとしても息が出来ない感覚……私にも分かるぞ。敵に情けを掛けて油断したばかりに……哀れな女だ。すぐ楽にしてやる……それが死闘を繰り広げた宿敵に対する、せめてもの情け……」


 そんな瀕死のさやかを、ミサキは侮蔑と哀れみが入り混じった表情で見下ろすと、一思いにとどめを刺そうと刀を振り上げる。


「やめないかっ!」


 ゼル博士は真剣な眼差しで叫ぶと、さやかが殺されるのを全力で阻止しようと、慌ててミサキ達の元へと走り出した。ゆりかもその後に続いて駆け出す。たとえ彼女と一戦交える力は残っていなくとも、親友の死を目前にして、体が動かずにはいられなかった。


「邪魔をするなぁっ!」


 ミサキが腹立たしげに睨み付けながら刀を一振りすると、彼らの行く手をはばむように一陣の突風が巻き起こる。それはまともに受ければ立っていられないほど強烈な、まるで見えない壁で押し戻すような風だった。


「うぉぉぉおおおおっっ!!」

「うぁあああっっ!!」


 博士とゆりかはその風に呑まれて、ミサキ達から遠く離れた場所へと一気に吹き飛ばされてしまった。とてもさやかの救出に間に合う距離ではない。

 邪魔者を追い払ったミサキは再度さやかの方に向き直ると、その首筋に刀を当てる。

 彼女の瞳孔は開きっぱなしで、口からはだらしなくよだれを垂らし、完全に死にかけの顔になっている。もはや生かすも殺すも、ミサキの意思一つだった。


「……」


 そんなさやかを見ていて、ミサキの脳裏にこれまでの彼女の言動や表情が思い起こされる。


(……思えば、不思議な女だった。怒りながら泣くという器用な事をしていたな。今日会ったばかりの私の境遇に、同情して泣いていたというのか?)


 そして、刀を吹っ飛ばされて丸腰になったミサキに手を差し伸べた時の、彼女の表情を思い出す。


「……優しい目をしていた」


 その時一瞬だけ、脳裏に浮かんでいた彼女の姿が、亡き弟イルマと重なって見えた。


「っ!? ち……違うっ! この女は……この女はイルマなどではないっ! 断じて違うっ! 違うんだぁあああっ!!」


 ミサキは声に出して動揺し、激しく困惑した。無意識のうちにさやかの優しさにイルマの面影を重ね合わせていた自分の考えを認めたくないという思いに駆られ、葛藤せずにはいられなかった。


 刀を手にしたままとどめを刺そうともせず、頭を抱えて叫びながら滑稽に取り乱していたミサキであったが、ふと遠くの方を見ると、博士とゆりかが再び彼女に向かって走ってきている。このままでは、せっかく稼いだ時間が無駄になる。


「どうせ一瞬の気の迷いだ……それもこの女の首を落とせば、すぐにカタが付く」


 時間の猶予がない事に気付いて冷静に立ち返ると、二人が駆け付ける前に終わらせようと、さやかを見下ろしながら刀を振り上げた。


「終わりだ……死ねぇぇええええっっ!!」


 ミサキは大声で叫ぶと、意を決したようにさやかの首に向かって一直線に刀を振り下ろす。その刃が首筋に届きかけた瞬間、それは起こった。




 一瞬、電流が走ったようにミサキの体がビクンッと震えて硬直した。

 その手に握られていた刀は、ズルリと力無く地面にこぼれ落ちる。


「なんだっ!?」


 何か異変が起こった事を察知し、ゼル博士がいぶかるようにつぶやいた。本来さやかの危機に急いで駆け付けなければならない状況でありながら、警戒するあまり思わず足が止まる。

 その直後……。



「ぎっ……ぎゃぁぁぁあああああーーーーーっっ!!」



 ミサキは天にも届かんばかりの声で絶叫すると、地面に転がって急に激しく苦しみだした。

 全身の毛は逆立ち、体中の皮膚には蕁麻疹じんましんが浮き上がり、車のエンジンのようにブルブルと小刻みに振動している。目は真っ赤に充血して腫れ上がり、呼吸は激しく乱れ、口からは大量の泡を吹いている。凄まじい激痛が駆け回っているのか、体中を指の爪でボリボリと強くむしり、あちこち皮がえぐれて血が流れ出す。


 ……ミサキの体に何が起こったのかは分からない。だがとどめを刺そうとしていたはずの、彼女の方が先に死んでしまいかねない勢いだった。


「一体何が起こったというのだ……?」


 ゼル博士が状況を理解出来ずに困惑していると、突如ブォォーーンと不気味な機械音が鳴り響き、直後に博士達を巨大な影が覆い尽くす。

 二人が空を見上げると、とてつもなく大きな物体が空を飛行していた。

 それは……まるで空飛ぶ蟹のロボットのような姿をした、巨大なドローンだった。


「あれもヤツらの持ち物だというのかっ!?」


 一瞬飛行型メタルノイドとまがうその異様な姿に、博士が大きな声で叫んだ。

 武器を積んでいないのか、攻撃を仕掛けてくる気配は一向に見せない。

 ドローンは地面に倒れていたミサキをフック付きのワイヤーで回収すると、逃げるように何処かへと飛び去っていった。

 ……死にかけたさやかをその場に置き去りにして。


「さやかっ!」


 ドローンが去って静寂が訪れると、我に返ったゆりかと博士は慌ててさやかの元へと駆け寄った。

 博士は白衣のポケットから応急処置用の道具を取り出してゆりかに手渡しすると、携帯電話で救護班に連絡を取る。

 ゆりかは手渡された道具を使って、冷静さを失わないように丁寧に落ち着いてさやかの傷を手当していた。彼女の治療が手遅れにならないように、と強く願いながら……。


  ◇    ◇    ◇


 その頃……バロウズに加担する協力者エージェントの隠れ家と思しき建物。


「ぐぁぁぁああああっ!!」


 ミサキは手術台に乗せられたまま、ジタバタともがき苦しんで暴れている。まるで禁断症状が出ておかしくなった、薬物中毒の患者のようであった。

 そんな彼女を、黒服の男が数人がかりで必死に押さえつける。

 男のうち一人が仲間からピストル注射器を手渡されると、それを彼女の首筋に打ち込んだ。


「ウウッ!! ……ウッ……ふぅ」


 プシュッと音が鳴ると、一瞬彼女の体がビクンッと震えた後、痛みが引いたのか暴れるのをやめて、ぐったりと疲れるように眠りに落ちた。すぅすぅと気持ち良さそうに寝息すら立てている。


「……予想外に薬が切れるのが早かった。次に薬が切れた時は、ミサキが自分で投与できるように改良を加えなければ……」


 安らかなミサキの寝顔を見て、男が腹立たしげに呟いた。




 ――――それから5時間後。


「ううっ……」


 さやかが目を開けると、視界にゼル博士とゆりかの顔が映り込む。

 ……そこは病院と思しき建物のベッドの上だった。

 致命傷に近い傷を受けた彼女であったが、適切な応急処置と、救護班がすぐに駆け付けた事によって一命を取り留めていた。


「さやかぁぁあああああっっ!!」


 すぐさまゆりかが大声で叫びながらさやかに抱きつく。

 一時は命すら危ぶまれていた親友が目覚めた事への喜びで、ゆりかは思いの丈をぶつけるように声に出して泣きじゃくる。

 彼女を慰めるようにその頭を撫でながら、さやか自身少し落ち込んだ顔をしていた。


「正直……今回はダメかと思った」


 ……そんな弱音が口から漏れる。

 手足の力が急激に抜けていき、体中から体温がどんどん奪われていく感覚を思い出し、ブルブルッと身震いせずにはいられなかった。むしろ自分が今こうして生きていられた事が、奇跡に思えた程だ。

 さやかが意識を取り戻したのを確認して、博士が冷静に語りだす。


「さやか君が倒れた後、とどめを刺そうとしたミサキが突然錯乱したんだ。おかげで君はこうして生き延びられた。だがミサキの体に何が起きたのかは、現時点では不明のままだ……」


 あごに右手をえて深刻な顔をしながらあれこれ考え込んでいると、病室のドアをノックして助手が入ってくる。


「博士、ミサキ……いやギル・セイバーの分析結果が出ました」


 そう言う助手の手には、データのような物が羅列した書類が握られている。


「あの装甲奴隷アームド・スレイブという代物……外見は装甲少女アームド・ガールを模倣していますが、中身は全くの別物です。少なくとも技術に互換性はありません。恐らく、これまで得た戦闘データから見よう見まねで作ったのでしょう」


 助手はそこまで語ると、書類の中の一点を指差した。それは遠く離れた場所からミサキを撮影したサーモグラフィーのような写真だった。


「その最たる違いが、これです。装甲奴隷は脳と心臓に電気的な刺激を与える事で、強制的にバイド粒子を分泌させているのです。そのため変身している間ずっと、体が引き裂かれる程の激痛に襲われます。彼女は鎮痛剤を投与する事で、痛みを無理やり抑え込んでいたのです」


 装甲奴隷……それはまさにバロウズの奴隷と呼ぶ他ない、装着者の命を危険にさらし続ける恐るべき代物であった。

 そのあまりにも邪悪な設計を聞いて、博士の中に怒りの感情が湧き上がる。


「何という事だ……それでは痛みを抑えたとしても、体に掛かる負担はかなり大きいはずだ。恐らく四~五回も変身すれば、装着者の体はボロボロになる。良くてせいぜい廃人、下手すれば命を落とす事になるだろう。部下の命を使い捨てにする発想……まさに悪魔の発明ッ! いかにもバロウズのやりそうな事だ……ッ!!」


 グワッと眉間にしわを寄せて、吐き捨てるように言い放つ。それは過去にたもとを分かった元同僚のやり口に対する強い憤りでもあった。


「そんな……命を捨ててまでミサキが戦う目的って、一体何なのっ!?」


 彼女の身を案じ、さやかが心配そうな顔で叫ぶ。

 たとえ自分を本気で殺そうとした相手だとしても、まだ心の何処かでは悲しみから救ってあげたいと強く願っていた。そんな彼女が、我が身を犠牲にしてまで戦っている事実に、胸が締め付けられる思いがした。


「分からん……普通に考えれば、弟を殺された復讐だと思うが……」


 博士はまたも顎に右手を添えて、深刻そうに考え込む。ミサキがそうまでして何の為に戦っているのか、内心では測りかねていた。


「私、知りたい……ミサキが戦う理由を……直接会って、聞いて確かめたい」


 さやかは少し悲しげに顔をうつむかせながら、そう呟いた。


「もう一度戦っても、勝てる保証は無い……今度こそ本当に殺されるかもしれんぞ」


 博士が釘を刺すように忠告する。

 それでもさやかは揺らぐ事のない決意を込めた表情で答える。


「私、もう一度ミサキと戦う……戦って、確かめてくるっ!」


  ◇    ◇    ◇


 その頃、ミサキもまた協力者の隠れ家で目を覚ましていた。ギル・セイバーへの変身もすでに解除されている。


「ううっ……あの女はどうした……」


 ふらつく頭を右手で支えながらさやかの所在について問いかけると、すぐそばにいる黒服の男が答える。


「殺し損ねたよ……ドローンでは、お前一人を回収するので手一杯だった」

「そうか……」


 男の言葉に、ミサキは複雑そうな表情を浮かべた。

 男はさらに言葉を続ける。


「ミサキよ……ギル・セイバーに新しい機能を追加しておいた。もし今度薬が切れたら、すぐに右腕のボタンを押せ。鎮痛剤が投与されるはずだ。次こそ必ずエア・グレイブを抹殺するのだ……薬切れの心配が無くなった以上、失敗は許されんぞ」


 男の言葉に、ミサキは腹立たしげにキッと睨み付けるような目で答えた。


「失敗などするものか……今度こそ、あの女を必ず殺すッ! そして……」


 そこまで言うと、立ち上がって部屋から出て行く。


(……今度こそ、あの女を殺す。そして……そして、全てを終わらせるんだ)


 ミサキは声には出さず、心の中でそう呟いた。


  ◇    ◇    ◇


 ……二時間後。

 ミサキは果たし状を送り付けて、さやかをひとのない採掘現場に呼び出していた。

 博士がアタッシュケースの話をした時からは合計九時間が経っており、既に日が沈みかかっている。

 空は夕暮れで美しいオレンジ色に染まり、辺り一帯は少しだけ暗くなり、カラスの群れがカァカァと鳴く声だけが寂しく響き渡る。

 何処か哀愁を漂わせる採掘現場で、制服姿のミサキが覚悟を決めた顔で直立不動のまま待ち続けていると、彼方からさやかが一人で歩いてくる。


「待っていたぞ……約束通り、ちゃんと一人で来たろうな?」


 念を押すようにミサキが問いかける。内心では相手が複数で襲いかかってくるのではないかと警戒していた。


「大丈夫、ちゃんと一人で来たよ……ゆりちゃんと博士は離れた場所で見てる。貴方が一対一という誓いを破らない限り、そして罠を仕掛けたりしてない限りは二人には手出ししないように言ってある」


 さやかが真剣そうな口調で答える。その一点の曇り無き瞳は、疑念を払拭するには十分だった。


「そうか……ならば心置きなく決着を付けるとしようっ! 行くぞっ!!」


 ミサキがそう叫ぶと右腕に黒のブレスレットが出現し、それに答えるようにさやかの右腕にも赤のブレスレットが出現する。

 そして変身の掛け声を、二人は声が重なるようにほぼ同時に叫んだ。


「「覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」」

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