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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
223/227

第220話 貴方に出会えて良かった

「そんな……」


 残酷な事実を明かされて、さやかの表情がみるみるうちに青ざめた。ようやく今の立場が決して好ましいものではない事を悟り、心が激しくざわつく。奇妙な暗闇の中に死ぬまで閉じ込められるのではないかという考えが頭をよぎり、にわかに焦りだす。


「せっかく世界救ったのに、一生ずっとこのままなんて、そんなの絶対嫌だよっ! 私、起き上がりたいっ! 起き上がって、みんなともっとたくさん、いろんな経験したいっ! そのためにここまで頑張ったのに……どうにかならないの、かすみちゃん!」


 胸の内に湧き上がった感情を声に出してぶちまけた。不安と絶望で心が押し潰されそうになり、とても冷静でいられない。目の前にいる少女の肩をつかんで激しく揺らしながら、何か良い方法は無いのかと必死にせがむ。


「大丈夫、安心して……さやかちゃん。方法ならちゃんとある」


 かすみがそう言って不安を和らげようとニッコリ笑う。その笑みは今にも消え入りそうで、何処かはかなげだ。


「私の魂が貴方と融合して一つになるの……そうすれば貴方の魂の傷はふさがる。ちゃんと目が覚めて、またみんなと遊べるようになるよ」


 少女を目覚めさせる解決策について教える。それは二人の魂が合体する事で、空いた心の隙間を埋めるというものだった。


「でもそれをやったら、かすみちゃんはどうなるの? 消えて無くなっちゃうんじゃないの?」


 ふと、さやかが一つの質問を投げかけた。傷を塞ぐ形で融合したら、かすみの存在が呑まれて消えてしまうのではないかというかすかな疑念が頭をよぎり、気になって仕方がない。

 唯一の解決策を実践したいのはやまやまだが、それは誰かを犠牲にしてまで叶えたい願いではない。さやかはかすみにも幸せになってもらいたい思いがあった。


「大丈夫、そこは心配ないよ。だから安心して……」


 かすみが何も問題無いと言いたげに優しく微笑みかけた。


「合体しても、私という存在が消えて無くなる訳じゃない……私の魂は貴方と一つになって、いつまでも貴方の中で生き続けられる。貴方が見たもの、聞いた音、食べた味……それらを私も感じ取れるようになる。たまに心の声で直接呼びかける事も出来るし、許可が得られたら一時的に貴方の体を借りる事だって出来る。これから死ぬまで、ずっと私たちは一緒の体になる……」


 両者の魂が融合したらどうなるかについて、詳細な説明を行う。合体しても、かすみの意識が消えてしまうという事ではなく、実質さやかの体に住まわせてもらうという話だった。


「そっかあ……それなら良かった」


 少女の説明を聞いて、さやかがホッと一安心する。不安が解消されてスッキリしたような満面の笑みになる。


「うん、それなら良いよっ! 大歓迎っ! 私は永遠に眠らなくて済むし、かすみちゃんはたまに実体を得て活動できるし、互いに良い事づくめっ! まさにウィンウィンの関係だねっ! 商談成立っ!!」


 メリット・デメリットを知らされた上で、それなら異論は無いと同化を了承する。体内に間借りされる事に微塵も恐れを抱かない。

 冷静に考えれば不便な要素が全く無いはずはないのだが、さやかは少しもそれを不安に感じない。それどころか、かすみが体を得て活動できる事を喜んですらいる。よほど彼女を気にかけていたようだ。

 何より他に目覚める手段が無いとあっては、さやかにとってはさいな問題だったのかもしれない。


「……うっうっ」


 話の途中で、かすみが急に声に出して泣き出す。さやかの大らかさに胸を打たれたのか、それとも合体するのが嫌になったのかは分からない。


「ええっ!? かかか、かすみちゃんっ! いきなりどうしたのっ! 何か嫌な事でもあった!? 私に出来る事なら、何でも相談に乗るよっ!」


 目の前にいた少女が何の脈絡も無く突然泣き出したので、さやかが顔面蒼白しながら慌てふためく。自分が悪い事をしてしまった気になり、どうにかして泣き止ませようとあたふたする。


「ごめんね、さやかちゃん……急に驚かせちゃって」


 かすみが顔を上げて泣きながら謝る。さやかがビックリした姿を見て少し気持ちが落ち着いたのか、静かに語りだす。


「私、シズクちゃんを救えなかった……彼女がああなったのは、何もかも全部私のせいだから。私が自分の身を犠牲にしたおかげで、彼女を追い詰めてしまった……私、彼女を苦しめたくてそうした訳じゃない。ただみんなを、世界を救いたかっただけなのに……」


 最愛の友を救えなかった苦悩を口にする。雨霧あまぎりシズクが自分を生き返らせようとした行為が、世界を侵略する魔王の誕生へと行き着いた事に責任を感じて、取り返しの付かない事をした思いに駆られた。


「私が犠牲にならなければ、シズクちゃんは魔王になんかならなかった。いつまでも他人を思いやる、優しい子のままでいられた。私、間違ってたのかな……誰かのために犠牲になんて、ならなきゃ良かったのかな」


 かつて自分のした行いがあやまりだったと決め付けて、後悔の念にさいなまれながら、シクシクと声に出してすすり泣く。


「かすみちゃん……」


 自分を責めて泣く少女の姿を目にして、さやかが悲しそうな顔をする。

 かすみは見た目は中学二年生くらいの、本当に背の小さな女の子だ。まだ大人と呼べる歳ではない。にも関わらず他人の不幸や世界の災厄に責任を感じるなど、さやかにしてみれば分不相応としか思えない。

 としも行かぬいたいけな少女が、重い責任に押し潰されそうになる姿はとてもびんで、さやかは彼女を救ってあげたい気持ちになり胸がキュンッとなる。


「かすみちゃんは悪くない……何も悪くないよ」


 少女に穏やかな口調で語りかけながら、両手で包み込むように抱き締めた。


「私、あの戦いを夢で見たから知ってるよ。かすみちゃんは決して好きで犠牲になりたかった訳じゃない。あの時はああする以外、他に方法が無かった……だから仕方なく、そうしただけ。貴方が責任を感じる必要なんて無い」


 腕に抱かれて泣く少女の頭をそっと優しくでながら、彼女の行いを肯定する。少女の責任を感じる気持ちを少しでも和らげようと、選択が正しかった事を論理的に説明する。


「私、貴方に感謝してるんだよ。だってそうでしょ? 貴方が世界を救わなかったら、世界はとっくに滅ぼされて、生命は死に絶えた……私だってこの世に生まれてなかった。私が……私たちが今こうして地球で生きていられるのは、全部貴方のおかげなんだから。だから自分を責めないで、ね」


 彼女のとうとい犠牲が無ければ、今の世界が存在しなかった事、ひいては自分も生まれてこなかったと語り、たくさんの命を守る選択をした少女に素直な感謝の気持ちを伝えた。


「さやかちゃん……うっうっ……うわぁぁぁあああああん」


 なぐさめの言葉が胸に刺さったのか、かすみがわんわんと大声で泣く。母親に抱かれた幼い子供のように、さやかの腕に抱かれたままヒクッヒクッと小声で泣きじゃくる。

 親友が闇に堕ちた事、それによって多くの命が失われた事に長く苦悩し続けた少女にとって、さやかの言葉がどれだけ嬉しかったか……かすみは心から救われた気持ちになる。


「グスッ……私、貴方に出会えて良かった。本当に良かった……」


 優しく気遣ってくれたさやかに深く感謝の言葉を述べる。これまで抱えたもやが晴れてスッキリしたのか、気持ちが落ち着いたように泣き止むと、服のすそで涙を拭いて顔を上げた。その表情はとても元気に満ちた笑顔だ。


「それじゃ、かすみちゃん……そろそろ」


 もう彼女に何の問題も無くなったと感じて、さやかが融合をうながす。

 かすみが同意するようにコクンとうなずいて、二人が互いに相手の顔を見た後、別れを惜しむ家族のように両腕でしっかりと抱き合う。

 すると白い大きな光が生まれて、またたく間に二人を包み込んだ。


  ◇    ◇    ◇


 ――――そして現実の空間。


「うーーんっ……」


 病院のベッドで眠っていたさやかが目を覚ます。周囲を見回すと、それまで彼女が目覚めない事に悲嘆していた仲間たち全員が、ポカンと口を開けたまま石になったように固まる。突然少女が目覚めた事に驚くあまり、はとが豆鉄砲を喰らったような顔をする。


「やぁ、みんな……おはよう」


 さやかはどう仲間に声を掛ければ良いか分からず、居心地が悪そうに照れ笑いしながら、適当に挨拶あいさつする。それでも仲間たちは思考の整理が追い付かず、呆気あっけに取られて棒立ちになっていたが……。


「さっ……さやかぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 真っ先に口火を切るようにミサキが名を呼びながら、彼女に抱き着く。これまで溜まった鬱憤を晴らそうとするように、ぎゅうっと腕に力を込めた。


「さやかさん、元気になったんですね!」

「ママーーーーッ!!」

「Oh.Miss Sayaka!! Thank you for coming back!!」


 他の仲間たちも後に続くように喜びの言葉を口にしながら、次々とさやかに抱き着く。周囲をガッチリ固められて肉団子のようになり、少しも身動きが取れなくなる。


「ちょ、ちょっとみんな落ち着いてっ! このままじゃ私、やっと目覚めたのに今度は窒息しちゃう!」


 あまりの息苦しさにさやかが大声でわめきながら、ゴリラのように体を動かして暴れる。ミサキ達も彼女が苦しんでいた事に気付いて、慌ててそばから離れる。


「さやか……本当にもう大丈夫なのね?」


 離れて状況を見守っていたゆりかが、念を押すように問いかけた。

 その場にいた者の中では、彼女は比較的冷静な方だ。親友が目覚める事を固く信じていたようにも見える。


「うん、私はもう大丈夫っ! 何も心配いらないよ! へーき、へっちゃら!!」


 さやかは満面の笑みを浮かべながら質問に答える。自身の健在ぶりをアピールするように、両腕に岩のように大きな力こぶを作ってみせた。

 ゆりかもそれなら良かったと言いたげにニッコリ笑う。


「さやか君……君が目覚めてくれて、私も本当に嬉しい。だがハッキリ言って驚きだ。私は君を目覚めさせるために八方はっぽう手を尽くしてみたが、どれも成功しなかった。もうダメだと心の中で諦めていたのだからな……だからこそ、あえて問いたい。君はどうやって目覚める事が出来たのだ?」


 ゼル博士も少女が眠りから目覚めた事を素直に喜びつつ、病気を克服した方法について問い質す。自分には思い付かなかった手段があるのだとすれば、それをどうしても知りたいと願った。


「実は……」


 さやかは言い辛そうに顔をうつむかせたまま、重い口を開く。長話になるため言うべきかどうか一瞬迷ったが、結局は全部話そうと決断する。

 かすみが魂の傷をふさぐために融合する提案をした事、その提案に乗った事、罪の意識にさいなまれた彼女を優しくなぐさめた事、それら全てを詳細に話す。


「そうか……かすみ君が」


 一連の出来事を知らされて、博士が天井を見つめながら物思いにふける。あごに手を当てて気難しい表情になりながら、深く考え込んでいる。かすみの行動や言動に、何かしら思う所があったのは想像にかたくない。


「さやか君……目覚めたばかりで悪いのだが、ちょっと私に付いてきてくれないか。みんなも一緒にだ。どうしても君たちに言っておかねばならぬ事がある」


 やがて思い立ったように口を開くと、ドアを開けて廊下へと出ていく。そのままスタスタと何処かに向かって歩き出す。


「博士……?」


 ただならぬ様子の博士に異変を感じながらも、さやかはベッドから起き上がって、彼の後に付いていく。他の仲間たちも後に続く。

 そうして一同は病院の廊下を、時折ときおり患者や看護師とすれ違って挨拶あいさつしながら、ぞろぞろ歩いていた。

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