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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第20話 ミサキの過去(後編)

「ううっ……」


 ミサキが目を覚ますと、そこは見知らぬ小屋の中だった。体中の傷には手当てされた形跡があり、包帯が巻かれている。


 その小屋は長い間使われていなかったらしく、雨風をしのぐ事は出来たものの、あちこちボロボロに傷んでいる。

 そんな廃れた小屋の暖炉で、一人の少年がたきぎを燃やしていた。


「目が覚めたみたいだね」


 そう言って振り向くと、ミサキの方に歩いていく。

 その少年はボロボロの薄汚れた衣服を身にまとっており、貧しい身なりをしている。顔立ちや背丈から、年齢は十歳くらいに見えた。


「君が私をここに運んで手当てしてくれたのか?」


 ミサキがすぐに問いかける。


「うん……一人でお姉ちゃんをここまで運んでくるのは苦労したよ。それで服を脱がせて、傷口を水で洗って消毒して薬を……あっ、あれとかそれとか見ちゃったけど、許してね……エヘヘ」


 少年はそう言って少し顔を赤くしながら照れ臭そうに笑う。


「気にするな……乳首も性器も、手術台に乗せられて体をいじくられた時に散々見られた。今さら人に見られて恥ずかしがるものではない。それよりも……なんで私を助けた?」


 ミサキの問いかけに、少年は顔をキョトンとさせる。

 世間の情報に相当うといのか、彼女が何者で、これまで何をしてきたのか知らない様子だった。


「君、なんでこんな所に一人で暮らしている? 親はどうした」


 ミサキは頭の中に浮かんだ疑問を即座に少年にぶつけた。

 ……家族の事を聞かれて、少年の顔が少しだけ暗くなる。


「父さんも母さんも、もう死んだよ……お姉ちゃんが倒れてた場所の近くに村があっただろ? 僕たち、前はあそこに住んでたんだ」


 少年は更に言葉を続ける。


「僕の母さん、病気だったんだ……治すには薬が必要だった。でも高くて、とても買えなかった。だから父さんは薬を盗んだんだ。それが村の皆にバレて、捕まって死刑になった……薬で体が良くなった母さんも、父さんが死んだショックで結局すぐ後に死んじゃったよ。残された僕は罪人の息子呼ばわりされて村を追い出されて、こんな所で一人で暮らしてるってわけさ……」


 ……その口から語られたのは、十歳前後という若さで味わうには、あまりにも過酷な人生だった。


「そうか……」


 少年の境遇を知って、ミサキは少し悲しげに顔をうつむかせた。

 その胸中には、ある種の同情や共感のような気持ちが湧き上がる。組織に捨てられた自らの境遇を、少年に重ね合わせていたのかもしれない。

 そんな彼女に、今度は少年の方が問い返す。


「それよりもお姉ちゃんは、なんであんな所に倒れてたの? 熊にでも襲われたの?」

「……」


 その問いにミサキはしばらくの間無言でうつむいていたが、何か思う所があったのか、やがて顔を上げると意を決したように語りだす。


「聞いてくれ、少年……君はこんな所に一人で住んでいたから知らないだろうが、今この国では戦争が起きているんだ。私はその戦争でたくさん人を殺してきた。君が昔住んでいたという村の人間も、たくさん殺した。私はその戦いで負傷して、あそこに倒れていたって訳さ……」


 語っている間に、ミサキの表情が徐々に暗くなっていく。


「本来私はあそこで死ぬべきだった……君に救われるべき人間じゃなかったんだ。私は組織の命じるままたくさん人を殺し、最後はその組織からも見放された空っぽの人間なのだから……ハハハ……」


 そう言うと自嘲気味に乾いた笑いを浮かべる。

 少年はそんなミサキを見て、少しだけ悲しそうな目をした。


「お姉ちゃん、苦労したんだね……好きでもない人殺しをたくさんさせられて、それで最後は一人ぼっちになっちゃって……」


 哀れみの言葉を掛けられて、ミサキが不思議そうに首を傾げながら聞き返す。


「何故私が人殺しを好きでなくやったと言い切れる……? もしかしたら私は、人の死を喜ぶ悪魔のような女かもしれないのだぞ?」


 彼女の言葉を否定するように、少年は首を左右に振って答えた。


「ううん、分かるよ……お姉ちゃんずっと寂しそうな目をしてたもん。好き好んで人殺しをするような人は、そんな目をしたりしないから」


 少年の指摘に、ミサキは今まで目を向けようとしなかった自身の内面に気付かされた心境になり、目が覚める思いがした。


「私が……寂しそうな目を……?」



 そんな事……生まれてから一度も言われた事が無かった。

 敵も味方も、私を兵器としてしか扱わなかった。

 そして、それでも良いとずっと思っていた。

 そうか……やっと分かった。

 私は本当は兵器としてでなく、『人』として生きたかった。

 人として扱って欲しかった……。

 人として見てもらいたかった……。

 たった……それだけなんだ。



「お姉ちゃ……っ!」


 気が付いた時、ミサキは自分でも無意識のうちに少年を抱きしめていた。

 ……その目にはうっすらと涙を浮かべている。


「すまない……しばらくこのままでいせてくれ……」


 そう口にすると、少年を抱きしめたまま静かにえつを漏らして泣いていた。

 少年もまた、そんな彼女を受け入れるように優しく抱きしめ返した。




 それから時間が経った頃、二人は暖炉の火の前で仲良く並んで座りながら暖まっていた。まるで本当の家族のように……。


「お姉ちゃん……これからどうするの?」


 少年がミサキの顔を覗き込むような仕草で問いかける。


「……私は人を殺しすぎた。組織に見放されたと言っても、人々は信じないだろう。私はこれから命を狙われて、追われ続ける身になる。一箇所に長く留まってはいられない。明日にでもここを発つ事にする」


 ミサキは深刻そうな表情で、暖炉の炎を見つめたまま答える。その真剣な眼差しには、これから過酷な逃亡生活を送るのだという、ある種の覚悟のような物が宿っていた。


「そうか……行っちゃうんだ」


 少年が、ミサキとの別れを名残惜しむようにつぶやいた。一緒に過ごした数時間の間に、すっかり家族の情が芽生えたのだろう。

 ミサキはそんな少年をなぐさめるように振り向いて言葉を掛ける。


「……私と一緒に来るか?」



 ……あの時、何故そう言ったのかは自分でも分からない。

 危険な旅に巻き込むかもしれないと、分かっていたはずなのに……。

 それでも……思ってしまったんだ。


 ――――もう一人にはなりたくない、と。




 ……翌朝、二人は荷物をまとめて廃れた小屋を後にした。もう二度とこの家には戻るまいという、強い決意を抱いて。


 荒野を吹き抜ける風は決して肌に心地よい物では無かったが、それでもさんさんと照り付ける太陽は二人の新しい旅路を後押ししているように思えた。


「少年……まだ君の名前を聞いてなかったな」


 荒野を一緒に歩きながら、ミサキが問いかける。

 その問いに少年は顔をニッコリさせながら答えた。


「僕、イルマって言うんだっ! お姉ちゃんは?」


 イルマと名乗った少年の問いに、ミサキも幸せそうに微笑みながら答える。


「私はミサキ……霧崎ミサキだ」




「ミサキお姉ちゃん……これから何処に行くの?」


 イルマが少し不安げな顔で聞く。


「ここからずっと遠く離れた場所……追手が来ないくらい遠く離れた、辺境の土地を探そう。そこで二人だけで静かに暮らすんだ。私達二人だけで、ずっと一緒に……」


 ミサキは穏やかな顔でそう言うと、イルマの手をぎゅっと握った。

 イルマもそれに答えるように、笑顔でその手を握り返した。

 二人はそうして仲良く手を握り合いながら、荒野の果てに向かって歩いて行った。




 ……その旅がどんな終焉を迎える事になるか。その時のミサキは想像もしていなかった。

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