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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
215/227

第212話 ――これが、最後の変身。

 ついに始まった最終決戦……だが再戦に向けてさらなる進化を遂げたバエルの力はあまりに大きく、さやかは手も足も出ない。それでも彼女が諦めずに食い下がろうとした時、魔王が『切り札』と称する青い光球を発射する。

 それは一度着弾すれば、相手の再生能力を上回るダメージを与え続ける恐るべき技だった。


 光球に胸を貫かれて風穴をけられた少女は、自分の身に起こった事が理解できないまま血の海に倒れる。


「赤城さやかは死んだッ! この私がキッチリとどめを刺してやったのだ! もう二度と生き返りはすまいッ! 今この瞬間、私こそが宇宙最強だと証明されたのだァッ! わぁーーーっはっはっはぁっ!!」


 少女の死を確信して、魔王が高らかに勝利宣言を行う。

 それは世界が絶望の奈落へと突き落とされた瞬間に他ならない。


「何という事だ……」


 救世主の死を目の当たりにして、ゼル博士がガクッとひざをついてうなだれる。魔王への対抗手段を失った事、そして何より、家族のように大切に思う仲間が命を落とした悲しみに深く打ちのめされた。

 戦いを見ていた他の観衆も、ある者はシクシクと泣き、またある者は溜息を漏らして、英雄の死を嘆き悲しむ。闘技場の空気がにわかによどんで、葬式のように重くなる。


 このまま少女が生き返らなければ、地球が魔王に支配される事は目に見えている。全ての希望は失われたかに思われた。


  ◇    ◇    ◇


「ううっ……」


 意識を失っていたさやかが目を覚ます。

 仰向けに地べたに倒れた彼女は変身前の学生服を着ていたが、胸には背中まで貫通した穴が空く。手足を動かそうとしても一切反応が無く、首から下が硬直した岩のようにビクともしない。かろうじて首から上だけが動かせた。


 ふと辺りを見回すと、彼女は深い暗闇の中にいた。一切光の届かない『黒』が、何処までも無限に広がる空間……具体的な広さは分からない。狭い個室に入れられたかもしれないし、壁の無い広大な場所かもしれない。ただ視界が黒一色に塗り潰されて、地平を見渡せない事は確かだ。他に誰もいないのか、音も一切聞こえない。


 そこが精神空間なのか、死後の世界なのかは分からない。だがこの奇妙な空間に入れられた事に、少女は一つの確信を抱く。


「そっか……私、死んじゃったんだ」


 そんな言葉が口から飛び出す。そして瞳から大粒の涙がボロボロと溢れ出す。


「ううっ……みんな、ゴメンね。私、ダメだったよ……負けちゃったよ……あんなに頑張ったのに……ううっ……うっ……うわぁぁぁあああああん」


 わんわんと声に出して仲間に謝りながら、子供のように泣く。期待に応えられなかった悲しみで胸が張り裂けそうになり、ても立ってもいられない。

 己の無力さを責める感情がどんどん高まっていき、自分を許せない気持ちになる。


 それでも首から下が動かず、ただ泣く事しか出来ない。

 少女は泣いた。ただひたすら泣いた。いつまでも泣き続けた。


 涙がれるまで少女が泣き続けると思われた時……。


「さやかちゃん……」


 彼女の名を呼ぶ声が、何処からか聞こえる。

 声の聞こえた方角に少女が顔を向けると、暗闇の中に松明たいまつあかりのような、小さな光がぼやぁっと浮かび上がる。それは次第に人の形を取っていく。


「かすみ……ちゃん」


 見覚えのある少女を目にして、さやかがその名を口にする。

 無限に広がる暗闇に姿を浮かび上がらせたのは、赤い服を着た中学二年生くらいの魔法少女、他ならぬ『ほむらかすみ』その人だった。

 彼女はニッコリと優しく微笑んでいたが、その笑顔は何処か寂しげだ。今にも消え入りそうなはかなさを漂わせている。


「かすみちゃん、ゴメン……私、あの子を……」


 さやかが少女にびの言葉を述べる。彼女に「救って」とお願いされた友人が、完全に悪の心に染まった事、自分には魔王となった友人を殺す以外に方法が無い事などを、言葉で伝えようとした。


「謝らないでっ!」


 かすみが大声で叫んで、釈明の言葉をさえぎる。


「もういい……もういいの……私、全部最初から分かってたから。あの子を昔の優しさに戻せない事も……殺して止めるしか、悲劇を終わらせられない事も」


 そう言って顔をうつむかせると、泣くのを必死にこらえようと声を震わせる。それでも抑えきれず、目にうっすらと涙が浮かぶ。ゆっくり吐き出される言葉の一つ一つに、友を救えない悲しみがにじむ。


「貴方は何も悪くない。むしろ謝らなくちゃいけないのは、私の方……貴方に重荷を背負わせる形になっちゃって。本当に、ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を口にして深く頭を下げる。赤の他人に無理難題を押し付けたという罪悪感があったのか、かなり申し訳なさそうにしょんぼりする。身内の犯した不祥事に肩身を狭くする姿はとても中学二年の少女とは思えず、何ともあわれだ。


「ううん、いいの……私、ちっとも気にしてないから。だからかすみちゃん、そんな悲しい顔しないで」


 さやかがそう言ってニッコリ笑う。少しでも目の前にいる少女の責任を感じる気持ちが和らぐように、優しく言葉を掛けた。


「それよりも私、胸におっきな穴が空いちゃった。いくら体動かそうとしても、首から下が全く反応しないの……これじゃもう戦えないよ」


 魔王に致命傷を負わされた事を嘆き悲しむ。本人はまだやる気があるのに、それがやれないもどかしさを感じる。目標に手が届きそうで届かないむずがゆさで、心がモヤモヤする。


 せめてもう一度だけ戦えたら、全て終わらせられるのに……少女がそんな思いを抱いた時。


「……私の力を分けてあげる」


 かすみの口からそんな言葉が飛び出す。


「私の魔力を分け与えれば、貴方を一度だけ生き返らせられる……私はそのためにここへ来た。お願い、もう一度だけ変身して、バエルを……あの子を倒して。もうこれ以上、あの子のせいで誰かが傷付くのを見たくないから……」


 少女の力を分け与えればさやかを蘇生させられる事、それが再度姿を現した理由だと明かす。昔の友が罪を重ねる事に深く胸を痛めて、彼女を止めて欲しいと心から懇願する。


「でも……本当に良いの?」


 さやかが念を押すように問いかけた。

 バエルを倒す、それはイコール焔かすみの親友……雨霧あまぎりシズクの息の根を止める事だ。本当にそれをしても良いかどうか、うかがいを立てようとした。


「……」


 かすみが無言のままうなずく。表情にかすかな悲しみを浮かべつつも、それを仕方のない事だと割り切って、必死に押し殺そうとする。


「……分かった。お願い、かすみちゃん! 私にもう一度だけ戦える力を貸してっ!」


 相手の覚悟を受け止めて、さやかが力を貸すようにお願いする。

 寝そべった少女の腹に空いた穴に、かすみがそっと両手をえると、手のひらからまばゆい光が注がれる。光は次第に大きくなっていき、やがて二人を呑み込んだ――――。


  ◇    ◇    ◇


 ……その頃、現実世界では。


「フハハハハァッ! 見たか、人間どもッ! 地球を守ろうとする小娘が死んだ姿をッ!」


 バエルが天を仰ぐように両腕を広げて、大声で観衆に訴えかける。彼らの希望をへし折れた事によほど気を良くしたのか、今にも鼻歌をうたいかねないほどウキウキする。


「赤城さやかはよくやった……それは認めよう。だが結局はヤツもまた敗者に過ぎなかった! 宇宙をべる王たる偉大な我に、身の程をわきまえぬ下等生物が愚かしくも戦いを挑み、ブザマに敗れて死ぬ醜態をさらしたのだッ! これを滑稽と言わずして、何と言おうかッ!!」


 少女の健闘ぶりをたたえつつも、彼女が悲惨な末路を迎えたと説く。自分に逆らう事が如何いかに愚かな行為であるか、少女を精一杯侮辱する言葉を並べ立てて、人々に分からせてやろうとした。


「くっ……」


 ゼル博士が悔しげに下唇を噛む。仲間の死を散々悪く言われて、それに一切反論できない腹立たしさにバリバリと音を立てて歯ぎしりする。ここで何を言い返した所で、さやかが死んだ今、全ては空虚な言葉にしかならない思いがあり、余計に怒りがつのりだす。

 この悪党め、好き放題言いおって! ……博士は思わず声に出して言いかけた言葉を、我慢してグッと飲み込む。


 スギタを含む他の観衆もみな考えは同じであり、黙って魔王の言葉に聞き入るしかない。

 誰もが絶望してうなだれるかに思われた時……。


「お姉ちゃんを……悪く言うなぁぁぁあああああーーーーーーーっっ!!」


 何処からか、そんな言葉が飛び出す。

 声が聞こえた方角に皆の視線が向けられると、客席のすみっこに一人の少女がいる。背丈や顔立ちから年は七歳くらいに見え、ツインテールの黒髪で白のワンピースを着た、かわいらしい女の子……家族とはぐれて捕まったのか、近くに親の姿は見えない。


「お姉ちゃんはいっしょうけんめい諦めず、最後までがんばったんだ! ブザマなんかじゃない! お姉ちゃんはあたし達のために戦った、かっこいいヒーローだっ! だから悪く言うなっ!」


 名も知らぬ少女はさやかを力いっぱい弁護する。たとえ敗れても、必死に抵抗しようとした彼女の戦いぶりを称賛し、真のヒーローであると認定する。彼女を侮辱する魔王の言葉に、ほっぺたをぷーっと膨らませた怒り顔になって抗議した。


「そうだ! 彼女こそ、俺たちのヒーローだっ!」

「彼女が死んでも、俺たちはお前に屈したりなんかしないぞッ!」

「ぜんぶ力で思い通りになると思ったら、大間違いだッ!」

「この全裸魔王め、恥を知れッ!」


 他の観衆たちが、後に続くように口を開く。これまで言い返せなかった自分を深くじて、せきを切ったように罵詈雑言を浴びせる。それで魔王を怒らせたとしてもお構いなしだ。服従してこき使われるなら、いっそこの場で死んだ方がマシだとさえ考えた。


 観衆の悪口を、ただ黙って聞いていたバエルだったが……。


「……わめくなッ! ただえるしか能がない、俗衆どもがぁぁぁぁぁぁああああああああッッ!!」


 突然けたたましい怒号を発する。その声量は天が震え、大地が裂けんばかりに大きく、空気がビリビリと振動して、地をう虫が慌ててひっくり返る。観衆を一瞬で黙らせるには十分すぎる迫力があり、人々は心臓が止まる錯覚すら覚えた。


「何が最後まで戦ったから立派だ、何がヒーローだ、笑わせるなッ! どれだけ努力しようが、結果がともなわなければただの負け犬ッ! 何の価値も無いッ! スポーツ、商売、殺し合い、あらゆる分野において言える事ッ! 勝たなければ、何の意味も無いのだッ! 結果が出なかったのに努力したからエライなどと言えるのは、負け犬へのなぐさめに過ぎんッ! 勝負の世界の理屈にあらずッ!!」


 さやかの敗北を擁護しようとする観衆に、彼なりの理屈を並べ立てて反論する。幼い少女の言葉を、取るに足らない子供のごとだと吐き捨てた。


「貴様らに真の絶望というものを思い知らせてやるッ! 今からこの女の首を切り落として、貴様らにプレゼントしてやろう!!」


 そう言うや否や、さやかに向かってのっしのしと歩き出す。自分に逆らった見せしめとして、少女を斬首しようと思い立つ。

 当のさやかは床に倒れて死んでいる。瞳孔が開ききって口を開けたまま、起き上がろうとしない。


 バエルは死体の前に立つと、腰に手を当ててふんぞり返りながら少女を見下ろす。


「赤城さやか、さらばだッ! 念には念を入れて、もう一度とどめを刺させてもらうッ! 人間どもを絶望におとしいれるためのエサとなれいッ!!」


 別れの言葉を口にすると、死体めがけて右手による貫手を放つ。

 鋭い剣のようにぎ澄まされた指先が、少女の首へと迫っていく。


「お姉ちゃん、避けてぇぇぇぇぇぇええええええええーーーーーーーーーーっっ!!」


 幼い少女の叫びもむなしく、さやかの首が飛ぶかに思われた時……。



「何ィィッ!?」


 突然の出来事に、バエルが声に出して驚愕する。

 彼の貫手が触れようとした瞬間、少女の姿がワープしたように消えたのだ。男の手は何も無い床を突いてしまい、大地に指が深くめり込む。


 男は一瞬何が起こったのか全く理解できず、慌てて床から指を引き抜くと、咄嗟に後ろを振り返る。すると彼から十メートルほど離れた地点にさやかが立つ。


 よく見てみると、彼女の胸にいた穴がれいふさがっている。男にはそれが何故なのか、全く分からない。完全に息の根を止めたと確信した相手が生き返った事実が頭で受け入れられず、にわかに混乱しかけた。


覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」


 バエルが茫然ぼうぜんと立ち尽くす姿を見て絶好のチャンスとみなし、さやかが変身の構えを取る。直後少女の全身がまばゆい光に包まれて見えなくなる。

 やがて光が消えてなくなると、少女が新たな姿へと変わる。


 全身の装甲は暴走形態エア・グレイブルのようにゴツゴツして悪魔的にとんがっていたが、色はあざやかなしゅ色に染まっている。背中のバックパックに付いてたブレードのような二枚羽は、装甲との重量バランスを取るためか、噴射口の付いたバーニアへと戻っている。オメガ・ストライク用のギアが両腕に装備されている点は変わらない。

 エア・グレイブルとエアロ・グレイブ、両形態の要素をあわせ持った姿は、さらなる進化を遂げた事を一目で分からせた。


「これが正真正銘の最終進化形態……超変身、エリアル・グレイヴッ!!」

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