第211話 魔王の死刑執行
装甲少女と魔王、互いの誇りと意地を賭けた戦いが今始まる。
すぐさま敵に殴りかかろうとしたさやかだったが、突然何者かに横から蹴り飛ばされてしまう。少女が顔を上げると、目の前に三人の屈強な男が立つ。
それは中央に立つ本物のバエルが、彼と同じ姿をしたビット兵器『バエル・ビット』を左右に従えた光景だった。
「彼らは見た目通り、私の前形態と同じ強さを持つ。つまり赤城さやかよ……貴様は今から、本物のバエル三体を同時に相手せねばならんのだッ!!」
バエルがビットの強さについて説明する。それは少女にとって圧倒的に不利な戦いになるという、残酷な事実を教えるものだった。
「くっ……アンタが何人いようと、私は絶対負けないッ!!」
さやかが負けん気な台詞を口にしながら立ち上がる。敵が三体いる事に驚きはしたものの、何としても物怖じすまいと勇気で自分を奮い立たせた。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
威勢の良い掛け声を発しながら、中央にいた本物めがけて一直線に走り出す。他の二体には目もくれず、本体を狙って右拳で殴りかかろうとした。
だが二体のうち一体が彼女の横に回り込んで、右足のつま先をちょこんっとだけ前に出す。少女はそれに足を引っ掛けられて、バランスを崩してしまう。
「うわぁっ!」
危うく前のめりに転びそうになりながら、足をもつれさせたまま「おっとっとっ」と数歩前に歩く。完全に無防備な姿を曝け出した少女を、バエルが腕組みしたままふんぞり返るように見下ろす。
「フンッ!」
小馬鹿にするように鼻息を吹かせると、右足をスイングするように高く振り上げて、目の前に差し出された少女の顎を思いっきり蹴り飛ばした。ドガァッと聞くだけでも痛そうな音が鳴り、少女の体がバレーボールのように高々と打ち上げられる。
「ぐぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
さやかが痛ましい叫び声を上げる。頭蓋骨が砕けて脳が破裂したと錯覚するような激痛に見舞われて、正常な思考が働かない。上空数十メートルに吹き飛ばされた後、何も出来ないまま重力に任せて落下する。
「セイッ!」
落下地点に待ち伏せたもう一体のバエル・ビットが、上から落ちてきた少女をタイミングよく蹴り上げる。またも蹴飛ばされた少女が闘技場の床に叩き付けられて、横向きにゴロゴロと転がる。
「くっ……」
さやかが全身を駆け回る痛みに耐えながら急いで立ち上がろうとした時、三体の魔王が彼女を取り囲む。そして三人でよってたかって、少女を蹴ったり殴ったりし始めた。一瞬の反撃の隙も許されず、屈強な男のパンチとキックがドガガガガッと少女の体と顔面に浴びせられる。
「うぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
かよわい乙女の悲痛な叫び声が、闘技場内にこだまする。ドガッボゴッと肉を蹴られた音が鳴るたびに「うぐぅっ」と痛そうな声が聞こえて、真っ赤な血飛沫が飛び散って闘技場の床を汚す。
それはもはや戦いと呼べるものではなく、完全に三人の魔王による公開処刑だった。戦いを見ていた観衆は「ああっ」と悲鳴を漏らしたり、凄惨な光景を直視できずに目を覆ったりする。
やがて本物である一体が、右足を大きく振り上げた全力の回し蹴りを放ち、少女の顔面を思いっきり蹴飛ばす。バァンッ! と大きな音を立ててゴムボールのように弾き飛ばされた少女が高々と宙を舞い、闘技場の床に落下して体を強く打ち付ける。だらしなく大の字に倒れて手足をだらんとさせたまま、ピクリとも動かない。
「やっ……やめろぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!! 三対一とは卑怯だぞおっ! バエルッ! それが貴様のやり口なのかぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
ゼル博士が思わず大声で叫ぶ。あまりに一方的な、弱い者イジメとしか呼べない虐待に居ても立ってもいられず、つい口を出さずにいられない。
「たわけがッ! これはルールに縛られたスポーツの試合などではないッ! 殺るか殺られるかの真剣な命のやり取りぞッ! 本当に三対一でやったとしても非難する謂れは無いが、ビットは我が能力の一部ッ! つまり名目上、一対一の勝負をしているに過ぎんッ! それを卑怯と罵るなら、好きなだけ喚くがいいッ!!」
博士の言葉にバエルが彼なりの理屈を並べ立てて反論する。あくまで武器の一つであって、部下や仲間を呼んだ訳ではないから卑怯じゃないとする主張だ。
「ヌッ……グヌゥゥゥ」
男の言葉に博士はそれ以上何も言い返せず、論破されたように押し黙る。反論する言葉が見当たらず、悔しげに下唇を噛む事しか出来ない。
実際、博士には魔王の言い分はそれなりに筋が通っているように思えた。矛盾を付き崩せない以上、黙って相手の主張を受け入れるしかない。
「フンッ……だがまぁ、確かにこのまま終わらせたのでは、あまりにつまらん。興が削がれるし、何より面白みに欠ける。どうやら相手の強さを過剰に警戒して、本気を出し過ぎてしまったらしい……」
一方バエルもまた、勝負にすらなっていない拷問に次第に飽きてくる。博士とのやり取りを経て、今の戦いには華が無いと冷静に思い直す。
「よし、そうだな。良いだろう……ならば博士の望み通り、ここからは私一人でやらせてもらう。ビット二体には一切手出しさせん。それで私が勝てば文句はあるまい」
男がそう言って合図を送るように右手をサッと横に振ると、二体の魔王が後ろに下がる。そのままじっと大人しくしており、全く動こうとしない。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
バエルと博士が話している間に、蹴飛ばされて闘技場の床に倒れていたさやかが、ゆっくりと立ち上がる。体中の傷は再生能力により塞がったものの、消耗した体力は戻りきっていない。呼吸は荒く、手足はガクガク震えており、肌がじっとりと汗ばむ。
見るからに疲労困憊していたが、それでも少女は気力で奮い立とうとする。
彼女は敵が手加減する意思を示した事に内心不満があったが、圧倒的な戦力差がある事は否めず、それが緩和された事実をチャンスとして素直に受け入れる事にした。
今ならば勝機が生まれるかもしれないと考えて、それを最大限生かそうと思い立つ。
「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」
勇ましく吠えると、敵に向かって全速力で駆け出す。今度こそ相手を殴り飛ばそうと意気込む。
だが近接戦の間合いに入った瞬間、バエルの右手に鉄パイプのような金属製の長い棒が、ワープしたように出現する。
「ムゥンッ!」
男は喝を入れるように一声発すると、右手に握った棒を横薙ぎにブンッと振って、少女の頬を全力でぶっ叩く。豚の尻がビンタされたような、バチィィーーーーンッ! という、とても良い音が鳴る。
「どぶるぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
さやかが少女とは思えない滑稽な奇声を発しながら、豪快に吹き飛ばされる。物凄い力で叩かれた頬をブルルルンッと震わせた変顔になり、クルクルと高速で錐揉み回転しながら飛んでった挙句、派手にバウンドして何度も全身を床に打ち付けた。
「くっ……こんのぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
少女が大声で怒鳴りながら、慌てて立ち上がる。体に受けた痛みよりも、ヤクザのケンカのように鉄パイプで顔面を殴られた屈辱に深く憤る。
頬はパンパンに赤く腫れ上がっており、見るからに痛そうだ。必死に痩せ我慢してもやはり痛く感じたのか、怒り目にじわりと涙が浮かぶ。ただ命に別状は無さそうだった。常人なら首が飛ぶ威力の一撃を喰らっても、打たれ強い彼女だからこの程度で済んだのだ。
さやかは頭に血が上って今すぐ敵に飛びかかりたい衝動に駆られたが、それをすれば同じ事の繰り返しになると、冷静に思い直して必死に踏み止まる。近接戦闘では分が悪いと考えて、どう戦うべきか思い悩む。
少女はしばらく立ったまま考え込んでいたが、やがて答えが決まったのか、力を溜め込むように腰を落とし込んだガニ股になり、両手の拳をグッと握る。
すると彼女の右肩に、ワープしたように大型のビームキャノンが出現する。
「だったらこれで……どうだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
そう叫ぶや否や、少女の右肩にあるキャノン砲がドゥルルルルッと音を立てて火を噴く。秒間十発を超えるビームが連続発射されて、魔王めがけて飛んでいく。
「遠距離射撃なら自分に利があると考えたか? だが……甘いッ!!」
バエルは少女の考えを一瞬で見破ると、鉄パイプを左右にブンブンと振って、自分に向かってきたビームをハエでも叩き落とすように正確に弾く。彼には一発たりとも命中しない。
「ほらよ、私からのプレゼントだッ!!」
皮肉交じりに言い放つと、エネルギーが尽きてビームが途切れた瞬間を見計らって、鉄パイプを少女めがけて一直線に投げ付けた。
ビュウッと風を切る音を鳴らしながら、巨大な矢のように飛んでいった鉄の棒が、少女の腹にドグォッと深くめり込む。内蔵が圧迫された感触を覚えて、メリメリと骨が砕ける音が鳴る。
「うげぇっ!」
さやかが思わず痛そうな声を漏らしながらガクッと膝をつく。鉄パイプが彼女の腹から落ちて床を転がっていくと、負傷した腹を庇うように両手で押さえたまま、背中を丸めてうずくまる。胃の中に湧き上がった吐き気を堪えようと必死だった。
それでもいつまでも痛がっていられないと、少女が慌てて立ち上がろうとした時……。
「やれぇッ! 死の蜘蛛ッ!!」
バエルが何かに命令するように叫びながら、右手の指をパチンッと鳴らす。
すると少女の周りに、十匹のクモ型地雷がテレポートしたように現れる。
クモ型地雷はエサに群がるように一斉に飛びかかり、少女の全身にまとわりつくと、次々に連鎖するように起爆する。
「ぐぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
要塞全体に届きそうなほど大きな悲鳴が、爆発音と共に響き渡る。一発でもビルを吹き飛ばす威力の爆風を十発も浴びせられて、危うく気を失いかけた。
観客席と戦いの場は頑丈な結界で仕切られていたが、そうでなければ確実に観客に被害が及ぶ威力だ。
爆破地点でモクモクと立ち上る煙から、全身黒焦げになった人影がゾンビのようによろよろと歩く。数歩前に進んだ後、前のめりに地面に倒れて手足をピクピクさせた。それが爆破をモロに喰らったさやかである事は疑いようがない。
(強いッ! 今のバエルは、以前よりも遥かに……ッ!!)
魔王の圧倒的な力を見せ付けられて、博士が心の底から恐怖し、戦慄した。
三対一で無くなれば少女に勝機が生まれると見込んだが、それが思い違いに過ぎないと痛感させられた。
バエルはビット抜きでも勝てる算段を立てて、この戦いに臨んだのだ。
「ああ……」
「もうダメだ……」
戦いを見ていた観衆が悲嘆に暮れる。次々に落胆する言葉が口から漏れる。少女の勝利を諦めるムードが場に漂い始める。
「ぐぅ……ま……まだだ……」
それでも少女は希望を捨てない。黒焦げになったまま、力を振り絞って立ち上がろうとする。赤い光が彼女の体を包んで、傷口がみるみるうちに塞がっていく。だが体力まで回復した訳ではなく、体はよろめいたままだ。ピンチへと追い込まれた状況は変わらない。
「抵抗は無意味だ。今の貴様がどうあがいても、勝ち目は無い……そろそろ終わりにしよう」
バエルが少し名残惜しそうに呟く。これ以上戦いを引き伸ばすのは不毛だと判断し、勝敗を決しようと思い立つ。
「赤城さやか……貴様のその形態、エアロ・グレイブの最も厄介な点は回復能力にある。だが私には、そんなお前だろうと一撃で戦闘不能に追い込む切り札がある。以前の戦いでミサキに邪魔されて不発に終わった技、ここで使わせてもらおう」
そう口にするや否や、彼の右手に青い光が集まっていく。それは手のひらで凝縮されて、野球ボールくらいの大きさの光球になる。これからとどめの一撃を放とうとしている事は明白だ。
「圧縮爆裂光球ッ!!」
技名らしき言葉を叫ぶと、男は手のひらに凝縮した光球を、少女に向けて闘気弾のように発射する。光球の飛んでいくスピードは非常に速く、少女は反応する暇も無かった。
ドンッ! と何かがぶつかったような音が鳴り、じわぁっと焼けるような痛みが広がる。一瞬何が起こったか分からず、少女が自分の胸に目をやると、光球と同じ大きさの穴が空いて、背中まで貫通している。
傷口は一向に塞がらず、真っ赤な血がトマトジュースのように溢れ出す。
「うそ……なんで……傷が……塞がらない」
さやかが途切れ途切れに言葉を吐く。自慢の再生能力が発揮されない事が受け入れられず、頭が真っ白になりポカンと口を開けた。虚ろな目をして生気を失った表情のまま血の海に倒れて、ピクリとも動かなくなる。
場内がシーーンと静まり返る。誰も一言も発しないまま、静寂の時間だけが過ぎる。
「赤城さやかが……死んだ」
観客の一人が思わずそう口にした。直視したくない、だが頭をよぎってしまった言葉を、声に出さずにいられなかった。
「圧縮爆裂光球……一度着弾すれば、常に相手の再生速度を上回るダメージを、生命活動が停止するまで与え続ける奥義……彼女はそれを喰らったのだよ。しかも心臓に穴まで開けられてね」
バエルが自らの使用した技について解説する。無敵の回復能力を持つ少女であろうと、確実に死へと追いやる一撃であった事を伝える。
「フフフッ……赤城さやかは死んだッ! 今度こそ間違いなく命を落としたッ! この私がキッチリとどめを刺してやったのだ! もう二度と生き返りはすまいッ! 今この瞬間、私こそが宇宙最強だと証明されたのだァッ! わぁーーーっはっはっはぁっ!!」
宿敵の命を奪ったと確信して、高らかに勝利宣言を行う。
心の底から嬉しそうに笑う魔王の声が、辺り一帯に響き渡る。それは正に世界が恐怖のどん底に突き落とされた瞬間に他ならない。
「さっ……さやか君ーーーーーーーーっっ!!」
ゼル博士の悲痛な叫び声が場内にこだまする……。




