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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第210話 私の娘になれ

 バエルは過酷な戦場生活によって、自分が弱肉強食の価値観に目覚めた事を明かす。

 彼が世界制覇をこころざすのは、かすみを生き返らせられなかった悲しみではなく、自らが生物の頂点に君臨したい野望を抱いたからだった。

 かつて持っていた優しさは完全に消えてなくなり、他者を踏みにじる事を躊躇しない悪魔へと変貌する。


 もはや彼を改心させる事は不可能と判断したさやかは、正義の怒りによって強化変身を遂げる。


「大変身……エアロ・グレイブッ!!」


 それはかつてバエル最終形態を倒した姿だった。任意に引き出せる力では無かったが、魔王の言動に心の底から憤激した今ならば出来そうだという予感があった。現実に変身成功した事によって、彼女の予感は裏付けられる形となった。


「フフフッ……フハハハハッ! やはり……やはり、その形態になったか!!」


 バエルが予想通りと言わんばかりに手を叩いて笑う。


「何がおかしい! かつて貴様を倒した形態だぞッ! 恐ろしくはないのか!?」


 ゼル博士が思わず声を荒らげて問い質す。男の不可解な態度に心の底からいぶかる。

 博士自身が口にした通り、少女は魔王の天敵と呼べる姿に変身した。にも関わらず、男は全く恐れを抱いていない。本来死の恐怖におびえてもおかしくない状況なのに、それを全くしないのだ。違和感を覚えずにはいられなかった。


「やれやれ……随分ずいぶんと見くびられたものだな。この私が一度敗れた相手に、以前と全く同じ強さで挑むと本気で考えたのか? この大たわけが」


 バエルはあきれ気味に悪態をついて博士の言葉に反論する。再戦に向けて新たな力を手に入れた事、それによって恐れる必要が無くなった事実を明かす。


「私の新たな力、見せてやろう……転生ッ!!」

『STAND BY!! 3(スリー)……2(ツー)……1(ワン)……BORN ULTIMATE!!』


 男はニヤリと笑うと、グワッと開いた両手を前面でクロスさせながら変身の掛け声を口にする。直後ナビゲートらしき機械音声が流れて、彼の真上にブラックホールのような黒い球体が現れる。

 球体は真下にいた彼を飲み込むと、ボコッボコッと不気味にうごめく。しばらくすると、ブシュゥーーーッと穴がいた風船のように黒いガスが抜けて球体が縮んでいき、中から人影が姿を現す。


 ……そこに立っていたのは、以前と同じく筋骨隆々としたコウモリの羽が生えた人型のデーモンだが、以前は黒一色だった体色が、今は黒地に血管のような赤い線がびっしりと張り巡らされており、より禍々(まがまが)しさを増す。全身の筋肉はさらにムキムキに膨れ上がり、体が一回り大きくなって、背丈は三メートル半に達する。ツラ構えもより凶悪になる。

 以前より強くなった事が、見た目だけで十分に伝わる。


ちりあくたごとき俗衆ども、絶望して刮目かつもくせよ。『最終』を超えて『究極』へと至る道……これこそ、宇宙をべる新たな神が降臨した姿……バールゼブブ、アルティメットフォーム!!」


 新たな姿へと変化したバエルが自ら名乗りを上げる。最終形態から更にもう一段階パワーアップした自分を、究極形態と呼称した。


「究極だか何だか知らないけど、アンタがどれだけ強くなろうと、私は絶対負けないッ!!」


 さやかが相手を指差しながら、宣戦布告するようにたんを切ってみせた。敵が明らかに強くなっていても、恐れを一切抱かない。何としても彼を倒して世界に平和を取り戻すのだと激しく息巻く。


「行くよバエルッ! うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」


 大声で相手の名を叫ぶと、その勢いに任せるように全力でダッシュする。右拳をグッと握り締めて力を溜め込むと、敵の腹めがけて渾身のパンチを繰り出す。


 少女の拳が男の腹にめり込んで、ボムッと体育用のマットを殴り付けたような鈍い音が鳴る。直後反動によって拳が後ろに押し返されて、少女は攻撃が効かなかったのかと心の中で落胆した。だが……。


「ヌオオオオオオッ!」


 バエルが苦しげな声を漏らしながら、地に足をついたまま数メートル後ろに押されていく。ザザーーッと足でこすれた大地から砂ぼこりが空に舞う。

 男は殴られた腹をかばうように両手で押さえながら、背中を丸めてうずくまる。致命傷にはなっていないものの、全くの無傷という訳でもなさそうだ。


「フフフッ……やはり強いな、赤城さやか。敵とするには惜しいほどに……」


 男が顔を上げて相手を見ながら、楽しそうに笑う。殴られた事にいきどおる様子は微塵もなく、逆に相手の強さを素直に称賛する。


「……」


 男はすぐに立ち上がると、突然あごに手を当てて下を向いたまま考え込む仕草をする。気難しい表情になりながらブツブツとひとり言をつぶやいて、何やら思い悩んでいるようだった。


「なぁ、赤城さやかよ……どうだ? 私の娘になってみる気は無いか?」


 やがてそんな言葉が彼の口をいて出た。


「はぁ!? アンタ一体、こここ、このに及んで何言ってんのよッ! この筋肉モリモリマッチョの全裸魔王ッ! そんな言葉で私を混乱させようとしたって、そそそ、そうは行かにゃいももッ!!」


 いきなり男の口から放たれた言葉にさやかが慌てふためく。精神的に不意を突かれて動揺してしまい、れつが回らなくなって台詞セリフを噛んでしまう。


 それはあまりに唐突な提案だった。今から本気の殺し合いをしようと身構えた所に、突然親子のちぎりを交わすように誘われたのだ。到底受け入れられるものではない。

 彼女からすれば、やぶから棒に何を言い出すんだという気にすらなる。男は相手の高まったテンションを空回りさせるために、わざと虚言を吐いたのではないかとかんぐられても仕方ない。


 だが男の表情は至って真面目だ。真剣な目付きで、相手の反応をうかがうように少女の顔をじっと見る。冗談で言った訳では無いらしい雰囲気が伝わる。


「赤城さやか、お前は前世の私に……雨霧あまぎりシズクによく似ている。顔や声、荒っぽい性格、ケツをく仕草から、食べ物の好みに至るまで……血液型はOオー型で、嫌いな食べ物はしいたけ、足は臭かった。言っておくがお前と私には何の血縁関係も無いし、クローンとかでもない。にも関わらず、まるで生きうつしのようにうり二つなのだ……」


 かつて自分が少女とそっくりであったと明かす。何の接点も無いのに双子のようによく似ていた事に、運命のようなものを感じる。


「それ自体はただの偶然、もしくは神のイタズラだったとしても、私がお前にかつての自分を重ねた事は確かだ。私はお前に可能性を感じたのだ……前世の私に似ていたからこそ、お前が弱肉強食の価値観に目覚めて、今の私と同じ存在になるのではないか、と」


 自分とよく似た少女に親近感を抱いた事、それによって彼女が新たな魔王になるのではないかと期待を膨らませた事を伝える。


「赤城さやか、もう一度だけ言うぞ。私の娘となれッ! 我ら二人で宇宙の支配者として君臨し、全てを自らの望むがままに、暴力的に、むさぼるように、喰らい尽くそうではないかッ!!」


 一通りの話を終えると、改めて少女に自分の娘となるよう提案する。


「……」


 男の話を聞いて、さやかが下を向いたまま黙り込む。彼女なりに思う所があったのか、真剣に悩んでいる様子だ。どう断るべきか考えていたのか、それとも誘いに乗るべきかどうか迷ったのかは分からない。


「残念だけど……貴方の誘いには乗れないよ」


 だがやがて思いが固まったように口を開く。


「だってそうでしょ? 昔の貴方が今の私にそっくりだって言うなら……昔の貴方だって、今の貴方の考えに絶対賛同しないって思ったから。たとえそれが同じ自分だと分かったとしても」


 雨霧シズクが自分とうり二つである事実を受け入れた上で、ならば彼女も自分と同じ考え方をしただろうと推測し、それをもって魔王の誘いを断る事の根拠とした。


「そうか……」


 少女の返答を聞かされて、バエルが残念そうに肩を落とす。屈強な見た目には似つかわしくないほどしょぼくれた表情になる。

 彼女が提案を飲む事をかなり期待したらしく、それが打ち砕かれた事に心の底から落胆する。一方では彼女のぶんにはそれなりに理があると納得したのか、あえてしつこく食い下がったりはしない。


(本当に欲しいものは、決してこの手に収まりはしない……ならば、それもまたしかり。それが人の上に立つ王の宿命ならば、甘んじて受け入れようぞ。この手に収まらぬものは全て破壊すると、そう誓ったのだから……)


 欲するモノが手中に収まらぬ事を仕方ないのだと、心の中で自分に言い聞かせた。


「赤城さやか……貴様を味方に引き込めないのは残念だが、かたくなにこばむのであれば、それもむ無しッ! かくなる上はこのバエル、全力をもって貴様の相手をしよう! せめて我が思い出の中で、永遠に生き続けるがいいッ!!」


 少女を手に入れる事をいさぎよく諦めて、命を奪う事を高らかに宣言する。


「バエルッ! もうおかしな提案して戦いを中断させるのは無しだよ! どのみち私とアンタはケリを付けるしかない! ここでアンタをブチのめして、全て終わりにするッ!!」


 話が終わると、さやかが仕切り直すように宣戦布告を行う。やはり自分たちは戦う運命にあったのだと改めて決心した。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」


 勇ましくえると、敵に向かって一目散に駆け出す。またも右拳によるパンチで相手を殴り飛ばそうとこころみた。



 だが近接戦の間合いに入りかけた瞬間、左側面からやってきた何者かが、彼女の脇腹にヤクザキックを叩き込む。ドンッと車が衝突したような音が鳴り、少女の体があっけなく宙を舞う。


「なっ……うぼぉぉぉぉぁぁぁぁああああああっっ!!」


 さやかがいのししの断末魔のような奇声を発しながら、豪快に弾き飛ばされる。受け身を取るひまもなく地面に激突して、全身を何度も激しく打ち付けた。

 完全に不意を突かれた形になり、冷静に対処出来なかった。一対一の決闘だと思っていたのに、一体何者が割り込んできたのか? ……そんな疑問が頭の中に湧き上がる。


 少女が困惑しながら顔を上げると、いつからそこにいたのか、数メートル離れた先に三人の男が並んで立つ。


「……ッ!!」


 男の姿を目にして、さやかが驚くあまり言葉を詰まらせた。戦いを見ていた観衆も呆気あっけに取られて目が点になる。


 そこに三人のバエルが立っていたのだ。そのうち中央にいたのは先ほどまでさやかと話していた究極形態で、左右に立つ残りの二人は、その一つ前の形態をしている。

 むろん本物のバエルが三人いるはずがなく、中央の彼が本物であろうと思われたが、だとしても屈強な全裸のデーモンが三人並び立つ光景は何とも異様だ。

 少女にヤクザキックしたのは、左右にいた二体のどちらかだろうと推測できた。


「バエルが……三人」


 さやかが思わずそう口にして、金魚のように口をパクパクさせた。魔王が三人いる事実が理屈で受け入れられず、頭が真っ白になり思考停止する。

 そんな少女をバエルが声に出してあざける。


「フフフッ……驚くのも無理はない。紹介しよう……左右にいる二体は、私の脳波で遠隔操作されたビット兵器。バエルの姿をしたビット……バエル・ビットとでも命名しようか」


 本物でないと思われる二体について説明を行う。それは新たな兵器であり、彼の能力の一部だというのだ。


「彼らは見た目通り、私の前形態と同じ強さを持つ。つまり赤城さやかよ……貴様は今から、本物のバエル三体を同時に相手せねばならんのだッ!!」


 魔王が恐ろしい事実を口にして、獲物を眺めるようにペロリと舌なめずりした。

 一対一でありながら、実質的に三対一という、少女にとって圧倒的に不利な戦いが始まろうとしていた。

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