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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
212/227

第209話 明かされた真実(後編)

 バエルの口から語られた過去……それは彼の前世が、かつてほむらかすみと一緒に戦った魔法少女、雨霧あまぎりシズクだという恐るべき真実だった。

 最愛の友を生き返らせるために世界中を放浪した彼女は、自らに転生の秘術を使い、前世の記憶を継いだまま男性の赤子として生まれ変わったのだという。


 かすみを生き返らせられなかった事が、世界征服する理由なのかとさやかは問う。バエルがそうではないと笑って否定する。


「知りたいのだろう? 私が世界征服するに至った理由、その心境の変化を……ならば聞かせてやろう」



 私が転生した星……そこは激しい戦争のただ中だった。大国同士が資源を巡って争い、『B-29』のような爆撃機による大規模な空爆が、昼夜問わず行われた。

 村は焼かれ、人々が逃げまどい、無惨に命を散らせていく……黒焦げの死体が大地を埋め尽くす光景が、地の果てまで見渡す限り続く、地獄のような荒野。


 転生した私の両親も、私が十歳の時空爆で命を落とした。

 貴様らには想像も付くまい……ただの人間同士の戦争で、何億何万もの命が失われたのだ。


 そんな中、私は自ら少年兵に志願した。何の力も持たずただ逃げ惑う民衆でいるより、戦う力を身に付けた方が、いくらか生き延びる確率が増すと思ったからだ。

 かすみを生き返らす方法を探すにしても、まずは生き延びなければ話にならない。私は生き延びる事だけを第一に考えようとした。


 私を戦場で待っていたのは、想像を絶する過酷な闘争の日々だった。

 気温四十度を超す砂漠での激しい銃撃戦、ほほかすめる銃弾……ヘルメットが弾き飛ばされたら、即座に塹壕ざんごうに身を隠さないと撃ち殺されるほどの弾雨。私に大声で指示を飛ばす上官が、数秒後には撃たれて死んでいる。

 ピンを抜いた手榴弾が投げ込まれたら、すぐその場から離れないと爆発に巻き込まれる。敵は降伏など許しはしない。最初からこちらを皆殺しにするつもりで襲ってくる、悪魔の集団。こちらも敵の命を気遣う余裕は全く無い。らなければられるだけだ。


 元々末端の兵士など、使い捨てるつもりで戦場に投入されるのだ。生き延びる方が奇跡に近い。そんな状況下で、私は必死に生き延びようとした。

 炎天下の中、水も食料もロクに供給されず、のどはカラカラ、空腹でまいがして集中力もたもてない。それでも私は敵を殺し、時には仲間を殺して、彼らの食料を奪った。

 えをしのぐためにサソリや蛇、挙げ句の果てには人肉までも食し、かわきを満たすためなら自分の小便だろうと飲んだ。


 生きるために戦い、生きるために奪い、生きるために殺す……肉を包丁でさばくように、ただ機械的に人を殺すだけの日々。人を裏切った事も、人に裏切られた事も、両手の指で数えられないほど経験した。


 命乞いする敵兵ののどをナイフでえぐった事など、十回や二十回では済むまい。助けを求める仲間のこめかみを銃で撃ち抜いて、食料と弾薬を奪って逃げた事も、罪無き村を焼き払って村人を皆殺しにした事も、いたいけな少女を首を絞めて殺し、生皮をいで食った事もやった。

 それもこれも全て、自分が生きるためにやった事だ。それをしなければ生きられなかった。そこに良心のしゃくなど一ミリも無かった。


 弱いヤツが悪い、負けて死ぬヤツは全員敗者だ、俺はそうならない、絶対生き延びてやる……ずっと自分にそう言い聞かせた。


 ……そんな生活を二十年以上の長きに渡り続けた時、ふと自分が、何のために転生したか忘れていた事に気付く。

 自分の事ばかり気にかけるのに必死で、何十年も昔に死んだ女の事など、どうでも良くなった。ただ生きたいと願い、その為だけに戦う自分がいた。


 私が過酷な戦場で叩き込まれたのは結局の所、強い者が生き、弱い者が死ぬという、ごく当たり前の弱肉強食の価値観だった。



「……この世に生きとし生ける者は全て、弱肉強食のピラミッドへと放り込まれる。例外は無い。常に喰う者と喰われる者の力関係があり、自分をおびやかす存在に恐怖せねばならない。唯一の例外は、ピラミッドの頂点に君臨する者のみ」


 バエルは長話を終えると、この世が過酷な搾取さくしゅのし合いで成り立つ事、頂点に君臨する者だけは、搾取される側では無くなるのだと説く。


「バエル……貴方が世界征服しようとする目的は、全ての生物の頂点に君臨したいからなの?」


 さやかが頭の中に湧き上がった推測をぶつける。これまで話を聞いていて、他に答えも出なかった。

 少女の言葉を肯定するようにバエルがニヤリと笑う。


「ああ、そうだ……他人に喰われる事なく、私が他人を喰らい続ける世界ッ! それこそ、私が全ての頂点に君臨するという事ッ! 私が宇宙をべる王となり、全てを暴力によって支配する永遠の王国を築くのだッ!!」


 自らが世界征服するに至った目的を高らかに宣言した。

 彼が世界制覇をこころざすのは、かすみを生き返らせられなかった悲しみからではない。もはや彼女の事はどうでも良くなり、他人を踏みつぶす事を躊躇しない野心家へと変貌してしまった。


「バエル……貴方だって、昔は誰かを助けようとして戦った魔法少女なんでしょ? その貴方が、他人を傷付ける行為に胸がいたんだりしないの?」


 それでもさやかは諦めようとしない。まだ彼の心の片すみに、他人を思いやる気持ちが残っているのではないかとかすかな希望を抱く。


「私がいた戦場では、甘っちょろい理想を抱いた連中は真っ先に死んだよ……それを捨てた者だけが生き残れた。もし私にかつてのような甘さが残っていたら、私は今ここにいなかっただろう」


 バエルは過酷な戦場で生きるために他人への情けは不要だと説く。彼の実体験、何より今こうして生きていられたという『結果』によって、自分の考えが正しい事の証明とした。


「他人のために戦い、他人のために生き、他人のために死ぬ……その事に何の意味も無かった。今思えば魔法少女なんて、くだらん理想にれた子供のごっこ遊びだったよ」


 かつて魔法少女として戦った自分の行いすら否定してみせた。もはや今の彼にとって、誰かを守るために戦った過去はまわしい記憶、消し去りたい負の思い出でしかない。

 過去を否定する発言の対象は、昔の仲間であるかすみにも及ぶ。


ほむらかすみだってそうだ。世界平和などという叶わぬ夢のために命を捨てたのだ。それさえしなければ……いっそオーズに降伏でもすれば、彼女だけは生き延びられたというのに。つくづく馬鹿な女だ」


 自分を犠牲にした少女の思いを無価値であると断じて、挙げ句の果てに侮辱する言葉を浴びせた。


「私は彼女と同じてつは踏まないッ! 他人のために自分を犠牲にするのでなく、自分の幸せのために、他人を犠牲にし続けてやるッ! 大切なものを奪われて泣くだけだった前世の弱い自分と決別し、一方的に奪い、一方的に破壊し、一方的に虐殺する、宇宙の絶対王者として君臨するのだッ!!」


 少女のあやまりを指摘した上で、彼女とは真逆の生き方をすると決意した事、それが世界征服の野心を抱いた理由であると明かす。全てを支配する王になる事を改めて宣言し、長話を締めくくった。


「バエル……最後に一つだけ教えて。もし今目の前でかすみちゃんが生き返っても、貴方は少しも嬉しくないの?」


 話を終えた男に、さやかが率直な疑問をぶつける。

 彼が転生した本来の目的は、少女を生き返らせる事だ。どうでも良くなったと言いはしたが、それが叶っても本当に何の感慨も湧かないのか、どうしても確かめたかった。


「フフンッ……かすみなど今更いまさら生き返られても、かえって面倒になるだけだ。もし私の世界征服の野望を邪魔しようとするなら、私は一片の躊躇なく彼女の首をへし折るだろう。こんな風にな」


 バエルは小馬鹿にするように鼻で笑うと、右手をシュッと動かして、首の骨を折る仕草をしてみせた。


「……ッ!!」


 魔王の返答を聞いて、さやかが思わず絶句した。よほど彼の態度が腹にえかねたのか、はらわたがグツグツと煮えくり返るような感触を覚えて、胸の奥底から激しい怒りがマグマのように湧き上がる。今にも全身の血管が爆発して炎が噴き出しそうな勢いで体が熱くなる。


 彼女にとって、男は実の両親を死に追いやったかたきだ。仇討ちのためにここまでやって来たと言っても過言ではない。


 だがかすみという少女に「友達を救って」とお願いされた。もし彼の心の何処かにわずかでも他人を思いやる優しさが残っていて、改心させられる事が可能ならば、それをしてもいいとさえ思った。そうする事でかすみが救われると信じていた。

 だがそれは叶わぬ夢となった。


 何より、今のかすみが男の発言を聞いたら、どれだけ深く傷付いて、嘆き悲しむだろう……そう思ったら、怒りを覚えずにはいられなかった。


「バエル……私はアンタを絶対許さないッ! 必ずアンタの息の根を止めて、二度と悪事が働けないようにしてやるッ! そうする事でしか悲劇の連鎖を止められない……もう誰もアンタに傷付けられて、苦しむ事が無いようにするためには……そうするしか方法が無いって分かったから!!」


 さやかが湯水のごとく湧き上がる憤激の言葉を、早口でまくし立てた。彼女は憎しみにとらわれぬよう冷静さをたもとうとしたが、それでもなお収まらぬ正義の怒りが、体の中を炎のように熱く駆け巡る。

 もはやバエルを改心させる事は不可能であり、彼をこの場で殺さぬ限り、新たな犠牲者が生まれ続けるのだと、あくまで理性的に、客観的に結論付けた。


 その時ほんのひとしずくだけ、涙が右目からこぼれ落ちた事に、少女は自分で気付かない。


覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」


 さやかが大声で叫びながら変身の構えを取ると、彼女の全身がまばゆい光に包まれる。やがて光が消えてなくなると、少女の姿がこれまでと少し変わる。


 装甲に大きな違いは見られないが、これまでの血のような赤色から、あざやかなしゅ色へと変化する。背中のバックパックに付いてたバーニアはオミットされ、重力制御機能を備えた二枚のブレードのような金属羽に変わっている。

 通常形態では右腕のみに内蔵されたオメガ・ストライク用のギアが、左腕にも内蔵されている。


「大変身……エアロ・グレイブッ!!」


 ……それはかつてバエル最終形態を倒した、さやかの強化変身した姿だった。

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