第208話 明かされた真実(前編)
激闘の末ザルヴァを討ち果たしたさやか……だが勝利の余韻に浸る時間は与えられない。
旅の目的であるバエル本人が、遂に闘技場に姿を現したのだ。
「大した女だ。まさか、ザルヴァまでも倒してしまうとはな……」
男の口から放たれた第一声は、少女の健闘ぶりを称える言葉だった。追い詰められた事への焦りは微塵も感じられず、余裕たっぷりに堂々と歩く姿は王の威厳すら漂わせる。
「私は志半ばにして倒れるならそれまでと思い、部下には貴様らを本気で殺すよう命じた。にも関わらず、貴様らはここまで来た……そして私の前に立つ事が出来たのは赤城さやか、お前一人だった。やはり私とお前が雌雄を決する事は、天が定めた運命だったやもしれぬ……」
少女が自分の元へと辿り着いてくれた喜びを口にする。一切手心を加える事なく全力で迎え撃ったにも関わらず、それを乗り越えてくれた彼女の強さに運命のようなものを感じて胸を躍らせた。彼もまたザルヴァ同様に少女を宿敵とみなし、それに値する存在となる事を心から望んだのだ。
「バエルッ! もう貴様に付き従うメタルノイドは一人もおらんぞッ! いい加減くだらない野望を捨てて、観念せいッ!!」
ゼル博士が世界征服を諦めるように忠告する。悪事に手を染めたかつての友に対して、馬鹿な事をやめろと言いたげに声を張り上げた。
「フンッ……ヒューマン・デストロイヤーの各国への配備体制さえ整えば、後は人間の兵士と量産ロボだけで、世界征服などどうとでもなるッ! 彼らはその時間稼ぎをしたに過ぎんッ! この私という王がいる限り、バロウズは滅びはせんのだよッ!!」
バエルは世界征服の計画が着々と進んでいる事、メタルノイド抜きでもそれが達成可能となった事実を述べて、博士の言葉に反論する。部下を失った事に悲しむ様子は全く無い。
しょせん彼にとって部下の命など、将棋の駒と同程度の価値しかない。代用品が見つかれば、失ってしまっても構わないという態度が十二分に伝わる。
(バエル……やはり此奴こそ現代に降臨せし魔王ッ! 人類が生んだ災厄そのものッ!!)
彼の命を軽んずる思想を改めて知らされて、博士は心の底から深く憤る。湧き上がる怒りのあまり、ギリギリと音を立てて歯軋りした。
「それよりバエル……どうしても貴方に聞きたい事がある」
憤慨する博士とは対照的に、さやかは極めて冷静に振る舞う。むろん心の中では怒っていたが、それを表に出す事はしない。今は怒るよりも、まず先にしなければならない事があると思い至る。
「焔かすみっていう子の事……知ってる?」
夢の中に出てきた少女の名を口にする。彼女とバエルがどういう関係なのか、二人だけが知る真相があるならば、それを本人に聞いて確かめなければならないと考えた。
「ッ!!」
かすみの名を聞いた男が一瞬深く動揺する。どう答えるべきか迷ったように無言のまま固まる。まさか目の前にいる相手からその名を聞くとは思わなかった、という反応を示し、意表を突かれたように絶句した。
「……フフフッ、そうか。ここに来る前に、博士から全て聞いたという訳か」
だがすぐに普段の冷静さを取り戻して、余裕ありげに含み笑いする。さやか達が過去の戦いについて知らされた経緯を自分なりに推測して納得した。
「良いだろう……戦いが始まる前に教えてやる。お前たちが知らない過去、知りたい真実、それら全てをな」
……雨霧シズクという女の事は知っているだろう。かつて焔かすみと一緒に戦った魔法少女の一人だ。
かすみが死んだ時、彼女は深く嘆き悲しんで、心の底から絶望した。かすみがいなければ、生きている意味が無いと仲間に言ったほどに……。
彼女はかすみを生き返らせる方法を探す旅に出た。仲間を連れて行かず、一人でだ。どんな手段を使ってでも、必ず最愛の友を蘇らせようと決意したのだ。その為に砂漠を渡り、山を越えて、ありとあらゆる未踏の秘境や古代遺跡へと足を運んだ。
これまで人類に発見されなかった多くの財宝を入手し、古代の書物に目を通した。それらがかすみを生き返らせる手がかりになるかもしれないと考えたのだ。
少女は古代の書物に記された、あらゆる儀式を試みた。悪魔と契約する魔法陣を描き、生贄を捧げて、錬金術にまで手を染めた。
だがそうまでしても、友を生き返らせる手がかりは掴めなかった。彼女が手詰まりを感じた時、魔道書の一篇にある文章が目に付いた。
それは転生の秘術だった。毒蛇に咬まれて、全身を激痛に苛まれてもがき苦しんで死ぬ代わりに、前世の記憶を持ったまま生まれ変わるというものだ。
無論かすみに使うのではない。粒子状に分解されて遺体が残らなかった彼女には使いようが無い代物だからな。
雨霧シズクはそれを自分に使用した。友を生き返らす方法が現世で見つからずとも、数十年後ならば……来世ならば見つかるかもしれないと最後の賭けに出たのだ。彼女は毒蛇に咬まれて悲惨な死を遂げた。
「……そして少女は生まれ変わった。前世の記憶を引き継いだまま、別の星において、男性の赤子としてな」
バエルはそこまで口にすると、意味深にニヤリと笑ってみせた。
「ま、まさか……」
彼の話を聞かされて、さやかが顔面蒼白になる。嫌な予感が頭の中をよぎり、背筋がゾクッと冷え込んで、体の震えが止まらなくなる。
脳裏に湧き上がった恐ろしい想像を必死に打ち消そうとしたが、否定しようとすればするほど、それが確信として焼き付く。
そもそも赤の他人であるはずの彼が、少女の顛末を知る理由を考えれば、他に答えも出なかった。
「フハハハハハハハハァッ! そう、そのまさかよッ! この私、バロウズ総統バエルこそが、前世の記憶を持って生まれ変わった雨霧シズク本人だったのだよッ!!」
バエルが心の底から楽しそうに高笑いしながら、恐るべき真実を口にする。
「そっ……そんなの、嘘だぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
さやかが反射的にそう叫んでいた。あまりにショッキングな事実を明かされて、俄かに信じられず、真っ向から否定せずにいられない。
今目の前にいる、世界征服を企む邪悪で狡猾な恐るべき魔王が、かつてかすみと一緒に世界平和を守るために戦った魔法少女だというのだ。
それが事実だとすれば、到底受け入れられるものでは無い。正に天と地がひっくり返ったような話だ。
「嘘だと思うなら、証拠を見せてやる」
バエルはそう言うとローブの裾から紙のカードとペンを取り出す。カードにスラスラと何かを書き記すと、それを空に向かって放り投げた。
直後カードはフッと消えてテレポートし、障壁の向こう側にいる博士の手元へと現れる。
「ああっ……これは!!」
カードに書かれた文字を目にして、博士の表情がこわばる。顔はみるみるうちに青ざめていき、この世の終わりが訪れたように手足がガタガタ震える。動悸と目眩が激しくなり、額からは汗が滝のように流れて、終いには吐き気を催す。
「ここに書かれた『雨霧シズク』の署名は、一字一句違わず彼女の筆跡ッ! 他人がおいそれと真似できる代物ではないッ! 何という事だ……これをバエルが書いたのなら、彼……いや彼女は、紛れもなくシズク君本人だという事になるッ!!」
字の書き癖によって本人証明が為されたと語る。博士自身否定したかったが、それが出来ない確固たる証拠が突き付けられた形となる。
事ここに至って、バエルが雨霧シズクの転生体である事は、博士の認める所となった。
「ああっ……」
「大丈夫ですか、博士っ!」
博士が情けない声を漏らしながら、ガクッと崩れ落ちるように座席にもたれかかる。辛い事実に心を打ちのめされたあまり、立ち上がる気力すら失ったように意気消沈してしまっている。気落ちした彼を心配して、スギタが慌てて言葉を掛けた。
「スギタ君……もしさやか君が世界征服を企む悪の魔王になったら、君は深く動揺して落胆するだろう。だが私は今、それに近いショックを受けている。何しろあのバエルの前世に当たる雨霧シズクという少女は、今のさやか君がそうであるように、悪を憎み、他人を守るために戦う事の出来た心優しき女の子だったのだからな……」
スギタに助け起こされながら、博士が憔悴しきった表情で答える。
博士にとって、それは悪夢以外の何者でも無かった。何故心優しかった少女が、このようなマネを……そんな疑問が脳裏に湧き上がる。
気付いていたら止められたんじゃないか、自分に落ち度があったのではないか、何か取り返しの付かない事をしたのではないか……などと様々な思考が頭の中をグルグルと駆け巡る。
何よりも、かすみがこの事実を最初から知っていたのなら、彼女がどれだけ深く責任を感じて、傷付いて嘆き悲しんだだろう……そう思わずにいられなかった。
「バエル……貴方が世界を征服しようとするのは、かすみちゃんを生き返らせられなかった悲しみからなの?」
さやかが胸の内に湧き上がった疑問をぶつける。彼が悪事を働くのは、最愛の人を蘇生させられなかった絶望が原因ではないかと推測した。
「フフフッ……ここまで話を聞いただけなら、誰しもそう思うだろう。だがそうではない、そうではないのだよ。赤城さやか君」
バエルがククッと声に出して笑う。最初からそう来ると読んでいたように少女の言葉を否定してみせた。からかうようにいきなり相手の名を『君』付けで呼ぶ。
「知りたいのだろう? 私が世界征服するに至った理由、その心境の変化を……ならば聞かせてやろう」




