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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
210/227

第207話 音速を超えた拳

 百倍の速さで五分間動き回れる大技『ブーストモード、ツインドライヴ』を使用したザルヴァ……彼によってさやか達はまたたく間に全身を切り裂かれて、血の海に沈んでしまう。


 勝敗が決したと誰もが確信した瞬間、さやかが立ち上がる。

 少女は薬物で三倍強化した自分が、自力で三十三倍速く動けば九十九倍だと主張し、有言実行すべく注射を打つ。


 ザルヴァは彼女の作戦を不可能だと断言し、刀で斬り捨てようとする。だが少女は自分めがけて振り下ろされた刀を片手だけで止める。男の速さに付いて来れなければ、到底ない事だ。


「限界なんて、何度だって超えてみせる……それが出来なきゃ世界救えないからッ!!」


 さやかは不可能を可能にしてみせた自らの意気込みを、声高に叫ぶのだった。


「どおおおおりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 腹の底から絞り出したような雄叫びを発すると、ザルヴァの巨体をつかんだ刀ごと片手で軽々と持ち上げて、空に向かって放り投げた。


『ヌオオオオオオッ!!』


 空に投げ出されたザルヴァが大声で慌てふためく。思わぬ反撃に驚いたあまり冷静な対処が行えず、泳ぐように手足をバタつかせる。最後は地面に落下して、ドォォーーーンッ! と雷が鳴るような音を立てて全身を強打した。

 落下の衝撃によって大地が激しく揺れて、大量の砂ぼこりが舞い上がる。


『フフフッ……』


 モクモク立ちのぼる砂煙に包まれながら、ザルヴァがゆっくりと起き上がる。不気味な含み笑いを浮かべており、土を付けられた悔しさは微塵も感じられない。

 装甲の硬さゆえに地面に投げ出されても深手を負いはしなかったが、彼が笑う理由はそこでは無い。


『面白い……面白いぞ、赤城さやかァッ! 出来もしないはずそら事を、こうもあっさりやり遂げるとはッ! 貴様は何処までデタラメな女なのだッ! だが、だからこそ面白いッ! それでこそ、全てをぶつけて殺し合う価値があるッ! 赤城さやかッ! 生涯において俺のかわきを満たせる戦士は、お前をおいて他にいなかった! 貴様こそ、俺が求めた最高の宿敵ライバルだったのだ!!』


 自分の予想をいともたやすくくつがえしてみせた少女の強さに心から感動する。長年の夢が叶った喜びで全身がわなわなと打ち震えており、今すぐ決着を付けたくてウズウズしている。

 怒りや憎しみの感情は一切無く、ただ純粋に一人の戦士として相手に勝ちたいという思いが、彼の体を突き動かす。


『赤城さやかッ! 貴様の薬物強化ドーピングの持続時間は三分ッ! そのうち一分がすでに経過しているッ! そして俺のツインドライヴも三分が経過し、ちょうど残り二分だッ! 今から二分……その間にどちらが真の強者か、勝敗を決しようではないかッ!!』


 両者が共に百倍の速さで動き回れる時間がほぼ一致した事を伝えて、その間に勝負を終わらせようと提案する。


『行くぞォォォォオオオオオオッッ!!』


 話を終わらせると、戦いの始まりを告げるように、少女に向かって真っ先に駆け出す。


「私は負けないッ! うらぁぁぁぁあああああっ!」


 さやかは威勢の良い言葉を吐くと、右拳によるパンチを繰り出して敵を迎え撃とうとする。拳が当たる直前、男の体がヒュンッとワープして消える。直後少女の後ろから隠しようのない殺気が漂う。それは後ろを振り向かずとも、彼女の背後に敵が回り込んだ事実を瞬時に悟らせた。

 男は百倍の速さになっても、その状態でさらに高速ワープが使えたようだ。


『キェェェェエエエエエエーーーーーーッッ!!』


 ザルヴァが奇声を上げながら、右手に握った刀を少女めがけて振り下ろそうとする。


「おらぁっ!」


 さやかは喝を入れるように一声発すると、その場で左足をじくにして横回転し、右足を大きく振り上げた後ろ回し蹴りを放つ。足のつま先が刃の中心を正確にとらえると、ギィィインッと鈍い金属音が鳴り、刀が強い力で弾き飛ばされる。

 男の手を離れて宙を舞った刀は、クルクルと縦回転しながら落下して、ミサキが倒れた床のすぐそばにドスッと突き刺さる。


(しまった!!)


 ザルヴァが二本の剣のうち一本を蹴り飛ばされた事に深く焦る。刀はだいぶ離れた場所に落ちており、とても悠長に拾いに行ける状況ではない。

 男は思わぬ反撃に遭い武器を片方失った事に、判断ミスをしたのではないかと後悔する思いに駆られた。だが落胆するひまはない。


「オララララララララァァァァァーーーーーーーッッ!!」


 さやかが気迫の篭った雄叫びと共に、両手を駆使した拳のラッシュを繰り出す。


『ヌォォォォォォオオオオオオオオッッ!!』


 ザルヴァが負けじと大声で張り合う。一本の刀を両手に持ち替えると、刃の側面を盾代わりにして相手の拳をガードする。少女の拳が刃に衝突するたびに、鈍い金属音が鳴って弾かれる。

 さやかはガトリングの弾のような猛ラッシュを繰り出すが、ザルヴァもたくみに剣を操って相手の一撃を受け流す。両者一歩も譲らず互角の攻防が繰り広げられた。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 拳のラッシュが急に止まり、さやかが激しく息を切らす。ひたいからは汗が滝のように流れて、表情には疲労の色が浮かび、猫背になって両腕をだらんとさせる。パンチを撃ち尽くして体力を消耗したように見える。


『赤城さやか、その首もらったぁぁぁぁああああああっっ!!』


 絶好の好機チャンス到来と見るや、ザルヴァが大声で叫びながら刀を横ぎに振る。疲労困憊した相手の首を一太刀でねようとした。

 だが刃が触れる直前、少女の姿がヒュンッと音を立ててワープする。男が慌てて後ろを振り返ると、彼から数メートル離れた背後に少女が立つ。


 男ではなく、少女の方が高速ワープしたのだ。その事にザルヴァが深く困惑する。彼女はこの最終局面において、敵の技を見よう見まねでほうしてみせたというのか。敵の前で疲れた様子を見せたのすら、空振りを誘うための演技だったように思えた。


「どおおおおりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 さやかが勇ましくえながら、全力で相手に殴りかかろうとする。


『させるかぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!』


 ザルヴァは刀を横薙ぎに振って少女を迎え撃とうとする。

 剣と拳が正面からぶつかり合い、大地を揺るがすほどの爆発音が鳴る。そこから発せられた衝撃波が周囲に伝わって、空気がビリビリと振動する。空を飛んでいたカラスの群れが異変を察知して、慌てて逃げ出す。


 両者は衝突した姿勢のまま、数秒間固まっていたが……。


「うわぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」

『グオオオオオオッ!』


 時間差で振動が伝わったのか、双方共に悲鳴を上げながら弾き飛ばされる。そのまま墜落するように地面に激突すると横向きにゴロゴロ転がっていき、全身を何度も激しく打ち付けた。


「……ッ!!」


 さやかがすぐさま二本の足で立ち上がる。痛みをせ我慢するように歯を食いしばって、無言のまま威嚇するように敵を睨む。吹き飛ばされた事による痛みはそれほど大きなものではなく、戦闘は十分に続行可能だ。だが今の彼女には別の懸念があった。


(ドーピングの効果が切れるまで、あと三十秒しか無い……!!)


 百倍の速さで動ける時間が残りわずかである事を悟る。薬の効果が切れれば、急激に弱体化した彼女が不利な状況へと追い込まれるのは目に見えていた。それを避けるために、次の一撃で勝負を終わらせようと思いを抱く。


 少女に遅れて立ち上がったザルヴァも、残り時間が少ない事には気付いている。彼もまた、次に繰り出す一撃が双方にとって最後の大技になるだろうと腹をくくって身構えた。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 さやかが覚悟を決めると、右肩のリミッターを解除してパワー溜めの動作に入る。右腕に内蔵されたギアが高速で回転し、エネルギーが限界まで溜まり切ると、間髪入れず敵に向かって走り出す。


「トライオメガ・ストライク……でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 大声で技名を叫ぶと、右拳による全力のパンチを放つ。これで力を全て出し切ってしまっても構わないという少女の思いが宿った、全身全霊を賭けた決死の一撃だ。


『天王秘剣奥義……鬼首おにくび落としッ!!』


 ザルヴァも同じように技名を叫ぶと、両手で握った一本の刀を水平に構えて、少女めがけて一直線に駆け出す。すれ違いざまに相手の首を落とそうとこころみた。



 ――――ザルヴァの刃が首に届きかけた瞬間、少女の姿がヒュンッと消える。

 いな、消えたのではない。少女の姿そのものが光となって、男の体を一瞬にして突き抜けたのだ。


 さやかが正面に拳を突き出した構えのまま、男の背後に現れる。男の胴体には少女と同じ大きさの風穴がく。


(今……何が起こった!? 今の一瞬何が起こったのか、俺には全く分からなかった! 相手の一撃が見えなかった! ヤツはパンチを繰り出す瞬間……そのわずか一瞬だけ、光の速度に達したというのかッ!!)


 ザルヴァは百倍の速さで動き回るこの状況で、少女がさらに限界を超えて光の速さに達した事に心底驚愕した。

 腹に空いた穴の断面から黄色い火花が血のように噴き出し、体のあちこちに亀裂が入りだす。彼の手に握られた刀がボロッとこぼれ落ちて、地面に転がる。敗北を受け入れたようにガクッとひざをつく。


(負けた……二度も敗北した。結局俺は、あの女に勝てなかったようだ……だが悔いは無い。互角の力量を誇る強者つわもの同士が、死力を尽くして戦い、限界を超えたすえ辿たどり着いた名誉の敗北だ……何を悔いる事があろうかッ! 今、我の心には一片たりとて後悔は無いッ! 俺の中にあったかわきは満たされたッ! これまでの人生で出会った最強の戦士と、最高の勝負が果たせたのだからなッ!!)


 自らの命が尽きた事を明確に悟ったザルヴァだったが、そこに悲しみの感情は一切無い。むしろ彼は今この瞬間、心の底から喜びに打ち震えて、深く感動していた。長年求めたものが得られた満足感にひたり、それ以上何も望みはしなかった。


『赤城サヤカ……オ前コソ、最強ノ戦士ダ。今、オ前ニ全テヲ託ス……バエルヲ……倒……セ……ヌグォォォォオオオオオオッッ!!』


 自分を倒した少女に魔王討伐の願いを託すと、糸が切れた人形のように動かなくなる。直後穴の空いた箇所から火がいたように爆発して、跡形もなく吹き飛ぶ。

 かつて彼の一部だった金属の部品が、闘技場の床にバラバラと散らばる。少女と稀代の名勝負を演じた男の、何ともはかない最期だった。


(ザルヴァ……)


 さやかが宿敵ライバルの死に思いをせる。彼の遺言を聞かされて、複雑な心境になる。

 憎むべきかたきではあった。戦闘狂に付き合っていられない倦怠感もあった。強敵を討ち果たせた喜びもあった。

 だがそれでも心の何処かで、彼を純粋に一人の戦士として認める気持ちがあったのかもしれない。


 今はただ、心の底から満足した彼が安らかに眠れるように、二度と眠りを覚まされる事が無いようにと、心から願う。


 さやかが宿敵の安らかな死を願った時……。


「大した女だ。まさか、ザルヴァまでも倒してしまうとはな……」


 そんな言葉が何処からか発せられた。ドスの利いた低音で、如何いかにも悪の首領らしい魔王然とした声……。

 嫌な予感が頭をよぎった少女が慌てて振り返ると、ザルヴァが入ってきた選手入場用の入口から一人の男が歩いてくる。


 騎士の鉄仮面を被り、全身をローブで覆い隠した怪しげな男……もちろんさやか達がよく知る人物だ。


「……バエルッ!!」


 さやかが怒りの表情を浮かべて、その名を口にする。

 前座が倒されて、ついに要塞の主たる魔王自らが姿を現す事となる。

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