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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第一部 「序」
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第19話 ミサキの過去(前編)

 ――――それは遥か遠い昔、地球とは異なる星で起こった出来事。



 荒野の真ん中にひっそりたたずむ村……その村の入口にある建物に、一人の男が早足で駆け込んできた。


「あの女だっ! あの女が来たぞぉっ!」


 慌てて息を切らしながら叫ぶと、建物の中にいた男達はみな銃を手にして立ち上がり、建物の外へと出ていく。

 彼らは迷彩服に防弾チョッキ、そして目出し帽を被った武装兵士だった。その鋭い目付きに屈強な体格、無駄のない一挙手一投足は、彼らがよく訓練された兵士であると判断するに十分だった。


 男達が村の入口に集まり、戦いに備えるように横一列に並んで銃を構えていると、荒野の彼方から一人の少女が歩いてくる。


 その少女は右手に一振りの刀を握り、つやっぽく黒光りするライダースーツに、ベルトを巻き付けたような戦闘服を着ていた。体のラインがくっきり浮き出るその服装は、うっかり気を抜いたら胸や尻に見とれてしまいそうな色っぽさを漂わせていた。

 ……少女が危険な存在である事を知りさえしなければ。


 少女が男達と10メートルほどの距離まで歩いた時、一人の男が叫んだ。


「ミサキだっ! 撃てっ! 撃ち殺せぇっ!」


 その掛け声を合図に、男達が銃の引き金を引いて一斉射撃を行う。

 アサルトライフルの銃口がとうごとく火を噴いて、ミサキの姿はあっという間に砂塵で見えなくなる。


「……やったのか?」


 男のうち一人がそう口にする。敵を倒せたかもしれない期待と、それにしてはあまりに呆気なさすぎるという警戒心とが、彼らの中で複雑に入り混じる。


 やがて砂塵が晴れた時……地面には死体どころか、血の一滴も無かった。


「いないっ! あの女は何処だっ!」


 ミサキが姿を消した事に、にわかにどよめいて困惑する男達……そのうち一人がふいに後ろを振り返った時、風を切るような音と共に首が跳んだ。

 ……ミサキは彼らのすぐ真後ろに立っていた。刀には首を刎ねた返り血がベットリ付着している。


「うっ……撃ち殺せぇぇえええええーーーーーっっ!!」


 男達は急いで後ろを振り返り、ミサキに銃を向けて構える。

 だが彼らが銃の引き金を引くよりも、ミサキが動き出す方が一瞬速かった。

 ミサキが三日月を描くように刀を一振りすると、その軌道上にいた男達の体が真っ二つに切り裂かれる。


「ぎゃぁぁああああーーーーっっ!!」


 真っ赤な鮮血が噴水のように噴き上がり、男達が天にも届かんばかりの悲鳴を上げる。致命傷を負って息絶えた者、痛みのあまり地面に転がって激しくのたうち回る者、腕を落とされてパニックに陥っている者……辺り一帯は阿鼻叫喚の地獄と化した。大地は血で赤く染まり、男達の苦痛に歪んだ悲鳴が絶望のメロディとなってこだまする。


 ……ただ男達の中に一人だけ、ミサキの一撃を間一髪で避けた者がおり、村の奥の方へと走って逃げていく。


(一人だけ出来るヤツがいたようだな……それとも、ただ偶然避けただけか? まあ良い……どうせすぐに分かる)


 ミサキはその男をすぐには追わず、刀を振り回してその場にいる男全員の首を、まるで雑草でも刈るかのように軽快に刎ね落とした。

 そのうち一人の首を刎ねた時、首に下げていたロケットペンダントのような物が彼女の足元に落ちる。

 ミサキがそのペンダントを拾い上げてふたを開けると、中に写真が入っている。それは男が妻や子と一緒に写っている家族写真だった。


「……」


 写真を目にして、一瞬だけミサキの表情が曇った。だがすぐに無表情に戻ると、無言のままペンダントを捨てるように男の遺体に向かって放り投げた。

 その時ミサキの中にどんな感情が湧いたのか……それは彼女自身にも分からなかった。


 ミサキは敵を打ち損じていた事を思い出すと、すぐに村の中へと歩き出す。




 ミサキが来る前に兵士以外の村人は全員避難したのか、村はひっそりと静まり返っていた。乾いた荒野の砂ぼこりを運んでくる風の音だけが寂しく鳴り響き、猫の一匹すらも見かけない。

 そんなゴーストタウンと化した村の中を、逃げた男を追いかけてミサキがずかずかと早足で歩く。


 男はどんどん奥へと逃げていき、ミサキはそれに誘われるがまま彼の後を追いかける。何処かに誘い込もうとしているらしき意図は読めていたが、彼女はそれに対して一切の警戒心を抱かなかった。どんな罠が待ち受けていようと、返り討ちに出来るという絶対の自信があったからだ。


 奇妙な追いかけっこを続けているうち、ミサキはやがて巨大な倉庫のような建物へと辿り着く。扉を開けて中に入ると、建物の中は真っ暗になって、不気味に静まり返っていた。

 周囲を見回すと、何か金属の容器のような物が山積みになって置かれている。それが何なのか目で見て確かめる事は出来なかったが、彼女は別段気にも留めなかった。


「こんな所に隠れていても、無駄だぞ……」


 小さな声でつぶやきながら、獲物を探し出すように暗闇の迷路の中をしらみ潰しに歩き回る。ミサキが建物の奥まで進むと、通路の行き止まりに男が立っていた。


「終わりだっ! 観念して死ねぇっ!」


 大声で叫びながら刀を手にして斬りかかろうとした瞬間、突如電気がいて、建物の中が明るく照らし出される。


「……っ!」


 周囲を見回して、ミサキは思わず絶句した。

 倉庫内の至る所に置かれていたのは、ガソリンが入った燃料タンクだった。更にその上には、高威力のダイナマイトが山のように積まれている。

 男の右手には、爆弾を起動するボタンらしき物が付いた装置が握られている。

 この倉庫自体が、ミサキを殺すために用意された一つの巨大な爆弾だと言っても差し支え無かった。


 ……彼女はまんまとこの地におびき出されたのだ。今からでは走って逃げたとしても、とても間に合わない。


「……貴様ぁっ!」


 ミサキは憎々しげに叫びながら男を睨み付ける。よくもこんな大掛かりな仕掛けを用意してくれたな、という思いが心の内に広がり、怒りを覚えずにはいられなかった。


 ミサキはすぐさま斬りかかって爆発を止めようとしたものの、男がボタンを押すタイミングの方が速かった。


「……You Die Here!!」


 男がそう口にしながら手元のボタンを押すと、ダイナマイトが瞬時に爆発して辺り一面が灼熱の業火に包まれ、大気を揺るがすほどの轟音と共に、倉庫が建物ごと木っ端微塵に吹き飛んだ。


「ぐぁぁあああああーーーーっっ!!」


 全身火だるまになって、爆発の衝撃で吹き飛ばされて豪快に宙を舞いながら、全身を駆け巡る痛みにミサキが悲鳴を上げる。

 身を引き裂かれんばかりの激痛に襲われて意識を失いかける中、彼女の脳裏にボタンを押す間際の男の顔がよぎった。


(あの男……ニヤリと笑っていたっ! 私を道連れにして死ぬ事に、まるで躊躇が無かったっ! 一瞬の迷いも無かった! 狂っている! どうにかしているっ!)


 捨て身の自爆攻撃を行った男の迷い無き覚悟に、ミサキは戦慄した。




 村から遠く離れた荒野の大地に落下して、全身を地面に強く叩き付けられたミサキ……うつ伏せになったまま倒れ伏し、自力では体を起こす事すら出来ない。まるでカラスに襲われて死にかけた、全身血まみれの野良猫のような姿だった。


「ぐうぅっ……」


 体中を駆け回る痛みに、たまらずうめき声を上げる。このまま放置されれば彼女が命を落とす事は明白だった。

 だが何処までも続く無人の荒野を人が通る気配はなく、誰かが助けに来る気配もない。ただ乾いた風の音だけが、彼女を嘲笑うかのように空しく響き渡る。


「バロウズは……奴らは、何故私を助けに来ない……?」


 こういう状況になれば、自分を作った組織が助けに来ると思っていたミサキは、いつまで経っても彼らが来ない事に不信を抱いていた。


「そうか……私はもう用済み……という訳か。ハハハ……」


 自分が組織にとってただの捨て駒に過ぎなかった事に気付かされ、ミサキは自嘲気味に笑う……その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


 ……やがて日が沈み、周囲の景色が一気に暗くなる。気温が急激に下がり、厚着をしないと凍えるほど空気が冷たくなる。


「寒い……」


 夜の闇の中、体を動かせないまま冷風にさらされ、ミサキの中に寂しいという孤独の感情が湧き上がる。死が間近に迫っている事を強く実感し、彼女の心は恐怖と絶望に打ちのめされて、どんどん弱気になっていた。

 それはこれまで抱いた事の無い『生きたい』という思いを抱かせ、人肌の温もりや優しさ、愛への渇望を抱かせるほどだった。


「私は……死ぬのか……このまま……こんな所で……一人寂しく……それは嫌だ……死にたくない……嫌だ……嫌……だ……私は……死にたく……な……」



 ……思えばつまらない人生だった。

 ただ組織に言われるがまま人を斬るだけの、ロボットのような人生……。

 そう言えば何故……私はこんな事をしていたのだろう。

 組織に生み出された私には、家族も目的も……信念すらない。

 ただ命令に従って生きる事……それがずっと正しい事だと信じて、ここまでやってきた。


 だがその結果がこれか……。

 組織にとって私など、使い捨ての道具に過ぎなかった。

 結局……私には何も無かったんだ。


 そうか……やっと分かった。

 私はその『何か』が欲しかったんだ……。

 少なくとも、私が殺してきた男達には『何か』があった。

 家族……友人……信念……正義……夢……生き甲斐……趣味……。

 だが私にはそのいずれも無かった。

 ただ組織に命じられるがまま奪ってきただけで、結局何もつかみとれはしなかった。


 もう……疲れた。

 もし生まれ変われるのなら、その時は裕福な家に生まれて、優しい家族や友人に囲まれて、幸せに……暮らし……た……。



「……」


 ミサキの意識は、夜の闇に呑まれるようにそこで途切れた。

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