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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
209/227

第206話 黒い剣士、ザルヴァ再び(後編)

 激闘の末ザルヴァの左腕を切り落としたさやか達であったが、あっさり自動修復されてしまう。それはこれまでの彼女たちの努力を無にする行為に等しかった。


『残念だったな……俺は本体であるコア・ユニット以外に受けた傷は、致命傷にならんのだッ!!』


 男の口から残酷な事実が明かされる。急所以外に受けたダメージはどれだけ深かろうが、瞬時に回復してしまうというのだ。片腕どころか四肢を切断されようが、装甲をいくら傷付けられようが、無駄だという事になる。


「そんなぁ……」


 ゆりかの口から悲嘆する言葉が漏れる。あんなに頑張ったのに、と心の底から落胆する。

 他の仲間たちも「あぁ……」と残念そうに溜息を漏らし、ガッカリしたように肩を落とす。


 ザルヴァの腕を落とした事は、彼女たちにとっていちの望みだった。たとえ命を奪えずとも、戦力を削ぎ落せば勝てる見込みがあった。それを絶たれた事は、未来へと繋がるわずかな可能性を奪われたも同然だった。


「まだよッ!」


 だが彼女たちの中で唯一さやかだけが希望を捨てない。何としても敵に打ち勝つのだという闘志に満ちている。


「まだ終わりじゃないッ! むしろこれから……本当の戦いは、これからなんだよッ! 確かに傷はふさがったけど……それでもチームプレイが通用する事を、しっかりと証明できたッ! ヤツも体力を消耗してるッ! これから先何度でもヤツを追い込んでいけば、いつか必ずトドメを刺すチャンスが生まれるッ! そうすれば、私たちは勝てるッ!!」


 失意に呑まれた仲間を励まそうと、大きな声で叫ぶ。自分たちに勝機があるという考えを、明確な根拠によって伝えた。


(さやか……)


 彼女の言葉にゆりかが深く感動する。勝利の可能性を最後まで捨てない仲間の姿に、胸を強く打たれた気がした。心の中にあった絶望のもやが晴れていき、ハッと目が覚めた心地になる。

 自分は何をくだらない事で悩んでいたんだろうという気にすらなる。さっきまであった無念さは完全に消え失せていた。


「そうですわ。ワタクシたち、まだ負けてませんの」


 四人の中でマリナが最初に口を開く。落ち込んでなどいられないとばかりに血気盛んになる。


「マリナさんの言う通りです。むしろ私たちがザルヴァを追い詰めてるのかもしれません」


 アミカがポジティブに物事をとらえてニッコリ笑う。


「フッ……またさやかに教えられてしまったな。最後まで諦めないと、そう誓ったはずなのに……」


 ミサキが口元に笑みを浮かべておのれの未熟さを恥じる。やはり彼女こそリーダーに相応しいのだと、改めて心の中で実感する。


「そうね……さやかの言う通り。私たち、まだ負けてない。勝負はほぼ互角……いやそれどころか、私たちの方が少し有利なくらいよ。何しろ向こうだって、今はこっちに対する攻め手に欠いたんだもの。もう一度みんなで力を合わせて頑張りましょう」


 最後にゆりかが仲間の意見をまとめるように、冷静な言葉で締めくくる。


 四人ともさやかの言葉ですっかり勇気を取り戻す。それは彼女の言葉がただのデタラメな精神論でなく、それなりに説得力が感じられたからだ。

 たとえ一ミリでも勝機があれば、そこに付け入るすきが生まれる。壁に空いたのが小さな穴でも、何度も叩けば壁は壊れる。勝利の可能性は十分に残っている。にも関わらず勝負を諦めかけた事を、少女たちは深く悔いた。


(フム……)


 少女たちのやり取りを黙って聞いていたザルヴァだったが、彼なりに思う所があったのか、心の中でうなずく。


(……ゴリラ女の言う事にも一理ある。結果的に無傷だっただけで、腕を落とされた事実に何ら変わりない。それを軽視するのは馬鹿者の考えだ。俺はヤツらの力を過小評価していたかもしれん……このままチームプレイとやらで攻め立てられれば、俺が負ける可能性は十分にある)


 彼もまた、自身が不利な状況に追い込まれたのではないかと気付く。相手の力を脅威とみなし、これまであなどっていた認識を改めざるを得ない思いに駆られた。


『バエルとの勝負まで取っておきたかったが……いたかたない。負ける可能性が生まれた以上、こちらも力の出し惜しみは無しだ』


 何らかの覚悟を決めたらしい言葉を吐くと、前に一歩踏み出す。


『赤城さやか、その仲間たちよッ! 今からお前たちに、俺の最大奥義を見せてやるッ! この技を使えば、お前たちは言葉通り手も足も出ず、何の反撃も行えず、一瞬で勝敗が決まる! それを今から使うのだッ! とくと目に焼き付けて死ぬがいいッ!!』


 これまで温存した切り札を使用する判断に踏み切った事を、声高に伝える。あえて敵に教えた辺りからは、知られようとも決して防がれる事の無い技だという高い自信がうかがえた。


 さやか達も恐ろしい技が来ると聞いて咄嗟に身構えたものの、どんな能力か分からない以上、対策の取りようが無い。せめて不意打ちに備えようと、ゆりか達三人が重ね掛けしたバリアを張る。


『ライジング・ザルヴァ、ブーストモード……ツインドライヴッ!!』


 ザルヴァがそう叫んだ途端、彼の体のあちこちにある装甲が開いて、排気口のような穴が展開する。そこからブシュゥゥーーーッと紫色のガスが吐き出されて、キラキラ光る粒子となって大気に拡散する。



 次の瞬間、ザルヴァの姿が突然ワープしたようにフッと消える。そしてゆりか達が張っていたバリアに亀裂が入り、バリィィーーーンッと音を立ててガラス板のようにもろく砕けた。


「えっ!?」


 彼女たちは何が起こったのか、全く理解できなかった。何もされていないように見えたのに、バリアがひとりでに割れたのだ。それも三重に重ね張りしたはずの、極めて頑丈なバリアが、わずか一瞬で――――。


 それが敵の攻撃にるものである事は容易に想像が付いたが、肝心の姿が見当たらない。

 相手は透明になったのか? ……そう思いながら、彼女たちが周囲を見回した時。


 突然黒い影のようなものが、五人の周りをヒュヒュンッと高速で駆ける。目にも止まらぬ速さで動くそれは風のようでもあり、黒いイタチのようでもあった。不気味にうごめく謎の物体が、音速を超える速さで戦場を駆け抜けた後……。


「うっ……ぐぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」


 さやか達が要塞全体に響かんばかりの大きな声で叫ぶ。体中に刀で斬られたような切り傷が浮かび上がると、そこから大量の血が一気に噴き出す。傷口から湧き上がる激痛に耐えられず、五人はなすすべなく地面に倒れてしまう。

 ミミズのように体をよじらせたまま、「ウウッ」と声に出して苦しそうにもだえる。やがて目を閉じて手足をだらんとさせると、力なく大地に横たわり、ピクリとも動かなくなる。


「さ……さやか君……」


 戦いを見ていた観衆も、ゼル博士も、彼女たちが死んでしまったと思い顔面蒼白になる。嫌な予感が頭をよぎり、背筋が凍り付いた。仮に生きていたとしても、今の彼女たちに戦う力が残っているようには到底見えない。敵にあっけなく力でねじ伏せられる未来しか思い描けなかった。


 少女たちが血の海に沈んだ後、彼女たちから数メートル離れた地点に、それまで消えていたザルヴァがヒュンッと姿を現す。


『ゼタニウム鉱石を分解して、擬似ぎじバイド粒子を高速で生成させるエネルギー……通常メタルノイドに一基しか搭載されない『それ』を、俺は復活に際して二基搭載した。それを同時稼働する事により五分間、俺だけが百倍の速さで動き回れるフィールドを展開する……これこそがブーストモード、ツインドライヴッ!!』


 さやか達を仕留めた技の原理について詳細に語る。彼が消えたように見えたのは、人間の認識速度ではとらえられない速さで動き回ったからだった。少女たちは目にも止まらぬ速さで全身をメッタ斬りにされたのだ。


『フハハハハハハァッ! 人間どもよ、見たかッ! 圧倒的な力が、友情のきずなとやらを凌駕した、その瞬間をッ! いくら小娘どもがれい事を並べて力を合わせようと、強大な力を前にすれば、ゴミのように踏みつぶされるッ! それこそが戦いッ! それこそ真理ッ! 俺の考えが正しい事が、今まさに証明されたのだッ!!』


 天を仰ぐように両腕を広げると、自らの勝利を高らかに宣言した。よほど少女たちの信念を否定できた事に気を良くしたのか、心の底から嬉しそうに大声で笑う。


「何という事だ……」


 博士が無念そうに下唇を噛んだまま、ガクッとひざをつく。彼の隣にいたスギタも、他の観衆たちも、深い絶望の奈落へと突き落とされた。

 誰もザルヴァの言葉に反論できず、英雄を殺した悪魔の演説に黙って聞き入るしかない。魔王の前座に過ぎないはずの彼が、魔王そのものになったような悪夢の光景だ。


『本来バエルとの決闘用に編み出した技で、お前たちに使うつもりは無かった……それを使わせたのだ。せいぜい誇りを胸に抱いて、あの世へと旅立つがいい』


 ザルヴァが勝利の余韻にひたるように空を眺めながら、少女の健闘ぶりをたたえる。使うまいと決めていた奥義を使わせた彼女たちの想定外の強さに、敵ながらよくやったと感嘆する。宿敵との別れを惜しむようにとむらいの言葉を掛けた。


 男が完全に戦いの終わりを確信した時……。


「ま……だよ……」


 そう口にしながら、一人の少女がゆっくりと立ち上がる。


「さやか君っ!」


 少女の姿を目にして、博士が名を叫ぶ。

 血の海から立ち上がったのは、他の誰でもない赤城さやかその人だった。明らかに致死量に相当する血を噴いたにも関わらず、彼女は死んでいない。手足がガクガク震えて、肩で激しく息をしていて、軽く小突いただけで倒れてしまいそうなほどボロボロだ。

 それでも彼女は立った。最後まで折れない心、不屈の闘志によって――――。


『まだ立ち上がる力が残っていたとはな……大した女だ。だがそのザマで一体何が出来る? 完全にただのボロ雑巾ぞうきんではないか。大人しく死んでいた方がマシだったかもしれんぞ』


 ザルヴァが少女のガッツに感心しながらも苦言をていする。彼女の頑張りを、勝敗に繋がらない無意味なせ我慢だと吐き捨てる。


『よしんば戦う力があったとしても、一体どうするつもりだ? 今の貴様に、百倍の速さに付いて来れる手段などありはしないというのに……』


 ツインドライヴを破れなければ、少女に勝機は無いと説く。


「手段なら……あるッ!!」


 ザルヴァの言葉にさやかが即答で反論する。何らかの方法を思い付いたのか、受け答えに一切迷いが無い。


「ドーピングで三倍強化した私が、自力で三十三倍速く動く……そうすれば九十九倍ッ! 四捨五入すれば、だいたい百倍ッ! そうすれば、ほぼアンタと同じ速さで動き回れるようになるよッ!!」


 相手の速さに付いて来れる方法について説明する。薬物による肉体強化と自力を合わせて、音速を超えた速さに辿たどり着こうというのだ。


 彼女の理論はハッキリ言ってメチャクチャだった。彼女以外の誰も、それが出来ると信じていない。敵のザルヴァはもちろん、味方である博士やスギタさえも。


 だが彼女だけは、それが出来ると本気で信じている。自分ならやり遂げられるのだと、揺るぎない確信を抱く。


薬物注入ドーピングッ!!」


 バックパックから一本の注射器を取り出すと、迷わず自分の首に刺す。中の液体が一滴残らず注がれてカラになると、少女の体がビクンビクンと激しく脈動して、全身の筋肉がムキムキに膨れ上がる。体中に付いた刀傷がまたたく間にふさがっていき、全能力三倍強化モードになる。


『自力で三十三倍速く動くだとぉ!? たわけがッ! それが出来ると、本気で信じているのか!? だとすれば、とんだ大馬鹿者よッ! 血が流れすぎて、脳に酸素が行かなくなったようだな! 出来もしない事を口にするなど、愚の骨頂ッ!!』


 ザルヴァが少女の言葉を、不可能なそら事だと吐き捨てた。早口でまくし立てたあまり、口から大量のつばが飛ぶ。

 彼女が筋力増強しようと、全く恐れを抱かない。もうすでに勝敗は決したと確信して、相手に向かって全速力で駆け出す。


『赤城さやかァッ! ここが貴様の限界なのだ、死ねぇぇぇぇええええええッ!!』


 死を宣告する言葉を吐くと、左手に握った刀で縦一閃いっせんに切り裂こうとする。

 巨大な岩をもつ剛剣の刃が、少女の頭に触れようとした瞬間……。


『……馬鹿なッ!?』


 ザルヴァが声に出して驚愕する。目の前で起こった光景がにわかに信じられず、心の底から動揺した。


 男が振り下ろした刀の刃を、少女は片手だけで止めていた。その腕力も恐ろしいが、真に驚くべきは男の一撃に少女が反応した事だ。

 百倍の速さで動く斬撃を知覚して、手で止める……それは少女が同じ速さで動けなければ実現不可能な事象だ。男は嫌な予感が頭をよぎり、まいがして吐きそうになった。


 男がいくら腕に力を込めても、刀は少女の握力でつかまれたままビクともしない。ボルトをきつく締めたようにガッシリと固定される。速さが同じである以上、三倍強化したパワーで少女に上回られてしまったかのようだ。


「限界なんて、何度だって超えてみせる……それが出来なきゃ世界救えないからッ!!」


 さやかが相手の刀を掴んだまま、目をグワッと見開いて、大きな声で叫ぶ。

 その時ザルヴァには、少女の姿が阿修羅に見えたという。

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