第204話 黒い剣士、ザルヴァ再び(中編-2)
「みんなっ! 私の所に集まって!」
ゆりかが急いで仲間に指示を出す。他の四人が指示に従い彼女の元に集まると、ゆりかがバリアをドーム状に張り巡らせて五人をスッポリと覆う。アミカとマリナもバリアを張るのを手伝い、障壁が一段と厚みを増す。
ダイヤモンドのように硬くなったバリアは全方位から飛んでくる手裏剣をキンキンと弾いて全く通さない。切断力で刀に劣る手裏剣がバリアを破る気配も無い。
ひとまず難を逃れた事に皆が安堵する。だがこのまま防御に徹しても埒が明かない。バリアのエネルギーが尽きれば集中砲火を浴びる事は目に見えていた。
『そうやって何の反撃も出来ないまま、バリアの中に引き篭るつもりか? だとしたら、なんともつまらん幕引きだな。どのみち死の運命からは逃れられんというのに……』
ザルヴァが失望したように溜息を漏らす。とんだ見込み違いだったと言わんばかりに深く落胆する。
『業火の中に手を突っ込んで栗を拾いに行く覚悟が無ければ、バエルには届かん……残念ながらお前たちには、その覚悟が無かったようだ』
少女たちにその資格無しと侮蔑する言葉を吐いた。危険を冒す覚悟が無ければ魔王には勝てない事、彼女たちには覚悟が備わっていないと苦言を呈する。
男の言葉は少女たちを煽って奮起を促そうとしているようにも、単に彼女たちの気骨の無さに失望しているようにも、どちらにも受け取れた。もしくはその両方か。
だがザルヴァに挑発的な台詞を浴びせられても、一行には反論する言葉が見つからない。ただ悔しそうに下唇を噛んだまま押し黙るのが精一杯だった。
いくら言葉で言い返しても、彼の攻撃に対する反撃手段が伴わければ、説得力は皆無だ。かといって自在に空を舞う手裏剣に対して、有効な打開策を見いだせない。
少女たちは相手の言い分に負かされたように歯軋りするしか無い。
ただ一人を除いては……。
「フン、なによっ! そこまで言うなら、栗でもみかんでも、拾いに行ってやろうじゃないッ!!」
そう口にしながら、さやかが前に一歩踏み出す。興奮したゴリラのように鼻の穴おっぴろげて、拳をゴキゴキ鳴らして、のっしのしとガニ股で歩く。
ザルヴァの挑発に乗せられて闘争心に火が点いたのか、完全にやる気マンマンだ。そのまま勢いに任せてバリアの外に出ようとする。
「オイさやか、やめろ! 何するつもりだッ! 死ぬ気か!?」
ミサキが慌てて止めようとしたものの、時既に遅く、彼女はバリアの外に出てしまっていた。
さやかは数歩前に進むとザルヴァの正面に立つ。
「私の覚悟、アンタに見せてあげるわッ!!」
相手に人差し指を向けて、強気な口調で言い放った。
『危険に身を投げた勇気は褒めてやるッ! ならば貴様の覚悟、見せてもらおう! 行け、クロスブレイドッ!!』
ザルヴァが少女の勇気を褒め称えながら、武器に指示を出す。
彼の命令を受けて、四つの手裏剣がそれぞれ別の方角から少女へと襲いかかる。
さやかは一番最初に飛んできた手裏剣を、右手による裏拳を繰り出して撃ち落とそうとしたものの、最初からそう来ると読んでいたように手裏剣がサッと上に動いてかわす。
大振りの一撃を空振って隙を曝け出した少女に、エサに群がるハエのように四つの手裏剣が集まっていく。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
全身をズバズバと何度も切り裂かれて、さやかが悲痛な声で叫ぶ。切られた瞬間逆方向に動いて致命傷を避けようとすると、避けた先でまた切られる。それを何度も繰り返して、手裏剣に弄ばれるようにクルクル回る。真っ赤な鮮血を飛び散らせながら逃げ惑う姿は、あたかも死のダンスを踊らされているようだ。
終いにはまともに立つ事さえ出来なくなり、血の海にドォッと倒れ込んでしまう。
「ううっ……」
口から呻き声を漏らしながら、力なく地べたに横たわる。体の至る所に深い切り傷が付いており、そこからトマトジュースのような血が溢れ出す。息も絶えだえで、全身グッタリしており、とても戦う力が残っているように見えない。
『意気込みは買うが……勇ましく啖呵を切っておいて、そのザマとはな』
見るも無惨な姿となった少女にザルヴァが呆れたように言う。威勢の良い言葉を吐きながら、一方的にやられるだけで全く手が出なかった彼女を軽蔑した。
『赤城さやか……今回も気迫だけでどうにかなるとタカを括ったのだろうが、その結果がこれだ。もし本当にどうにかなったなら大したものだが、そうでは無かった。要するに、それが貴様の辿り着いた限界だったという訳だ』
手裏剣に太刀打ち出来なかった事実を根拠として、少女が限界に達したと語る。
『貴様はこれより上のステージには進めん。そしてそれが出来なければ、今のバエルには絶対に勝てん……残念ながら、それが現実だ』
少女の力では魔王には到底敵わないのだと、冷静な言葉で忠告した。
「……まだよ」
さやかがそう口にしながら、ゆっくりと体を起こす。
彼女固有の自己再生能力が働いて、床に流れた血が傷口へと吸い込まれていき、傷口がみるみるうちに塞がっていく。だが体力まで回復した訳ではなく、呼吸は荒いままだ。いつ倒れてもおかしくないように手足がプルプル震える。
それでも少女は勝負を捨てていない。何としても負けまいとする不屈の闘志が表情に浮かぶ。喝を入れて意識を覚醒させようと、自分の体を指でつねった。
「まだ終わらせない……こんな所でなんて、終われないッ! 私はまだやれるッ! 真に倒すべき相手がこの先に控えてるのに、こんな所でやられてなんかいられないッ!!」
二本の足でしっかりと立ち上がると、確固たる戦いへの意思を表明した。
『馬鹿めッ! いくら傷口が塞がっても、既にヨレヨレのボロボロではないかッ! そのザマで一体何が出来る!? 否、何も出来はしない! 只の痩せ我慢で戦況がひっくり返るほど、勝負の世界は甘くないのだッ!!』
ザルヴァが早口で相手を罵る。少女の抵抗を、何の結果も伴わない無価値な精神論だと断じた。彼女が見るからに疲れ切っている事が、その考えに拍車を掛けた。
『赤城さやかッ! 今度こそ年貢の納め時だッ! 諦めて死んで、地獄に落ちるがいいッ! 行け、クロスブレイドッ!!』
死を宣告する言葉を吐くと、再び武器に相手を襲うよう指令を出す。
彼の命を受けた四つの手裏剣が少女めがけて飛んでいく。そのスピードはさっきよりも数段速い。
「さやかーーーーーーっ!!」
ゆりかが悲痛な声で叫ぶ。親友の無惨な死を確信して、思わず目を瞑らずにいられない。
一番手の手裏剣が少女に触れようとした、正にその瞬間……。
「うんどりゃぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
さやかが猛り狂う野獣の如き咆哮を発する。その声量はスタジアムはおろか要塞全体にまで響き渡るほど大きく、その場にいた者は皆危うく鼓膜が破れそうになり、咄嗟に両手で耳を塞ぐ。
空気がビリビリと激しく振動し、生じた衝撃波によって手裏剣の動きが僅かに鈍る。少女はその瞬間を見逃さない。
「どりゃあっ!」
絶好の好機と見るや、勇ましく吠えながら一番手の手裏剣に渾身の回し蹴りを叩き込んだ。バアァァンッ! と音を立てて弾き飛ばされた手裏剣が床に叩き付けられて、粉々に砕け散る。
「うらぁっ!」
続く二番手の手裏剣に、左手による裏拳を浴びせて一撃で粉砕すると、今度は足元を狙って飛んできた手裏剣に踵落としを喰らわせる。そのまま足でグシャッと踏み潰した。
だが最後の手裏剣は少女の顔面へと飛んでいく。手や足による迎撃は間に合いそうも無い。
……驚くべき事にさやかは「あーーん」と大きく口を開けると、顔に向かって飛んできた手裏剣をガブッと歯で噛んでしまう。そのまま顎に力を入れて、煎餅のようにバリバリと噛み砕いてしまった。最後は口の中に残った金属片をペッペッと吐き出す。
『……』
ザルヴァが呆気に取られたまま棒立ちになる。一瞬何が起こったのか訳が分からず、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
四人の少女も、戦いを見ていた観客も、状況を全く理解できず目が点になる。誰も一言も発しないまま、しばらく沈黙が続いたが……。
「ウオオオオオオッ!」
やがて人々から割れんばかりの歓声が上がる。自慢のガッツで難局を乗り切った少女の奮戦ぶりに、思わず興奮せずにいられない。既に勝利が決まったかのように喜んで大はしゃぎした。彼らの心に『赤城さやか』という少女の存在がヒーローとして焼き付く。
「さやかッ! さやかッ!」
英雄の名を称えるさやかコールが巻き起こる。
「さやかーーーーっ!」
バリアを解除したゆりかが、満面の笑みで少女の元へと駆け出す。他の仲間たちも後に続く。
「ミス・サヤカ、やりましたのッ! なんてワイルドなファイトでしたのッ! ワタクシ、不覚にもドキドキしましたのッ!」
マリナが興奮気味に鼻息を荒くしながら熱く語る。よほど仲間の戦いぶりに胸を打たれたのか、目がキラキラ輝いている。
「まさか、あんな方法で手裏剣を破るとはな。ゴリ……いや、あえて包み隠さず言おう! 赤城さやかッ! お前はゴリラだッ! それも紛れもなく、確実にだッ! 決して馬鹿にして言うのではない! その最後まで諦めない精神力、持ち前のタフさ、ガッツ、それらに戦士として敬意を評して、ゴリラと呼ぶのだッ!!」
ミサキが少女の脳筋ぶりに感動するあまり、遂に表立ってゴリラと呼んでしまう。彼女の言葉に観衆が感化されて、さやかコールが途中からゴリラコールへと変わる。
さやかはこめかみに血管がビキビキと浮き出て口元を引きつらせながら、必死に笑顔を取り繕う。その場では怒ろうとしない。周囲にゴリラ呼ばわりされた事は半ば諦めて受け入れていた。
『……』
少女が歓声に包まれている間、ザルヴァは茫然と立ち尽くす。渾身の技を防がれた事実が未だに受け入れられない。
『フフフッ……』
だがすぐに正気を取り戻したのか、声に出して笑い出す。
『赤城さやか……貴様は大した女だよ。驚きを通り越して、感動すら覚えたわ。俺がここまでだと判断しても、貴様は常にその先を行く。正にこの世に生まれ落ちた戦いの天才……否、人の姿をした化け物か。やはり貴様こそ俺の宿敵に相応しい……』
少女の荒っぽい戦いぶりに称賛の言葉を送る。彼女が予想を遥かに超える強さを見せ付けてくれた事がよほど嬉しかったのか、体がプルプル震える。見るからにテンションが上がって、ウズウズしているのが伝わる。
『やはりお前とは、剣で決着を付けなければな……本当の勝負はこれからだッ!!』
そう口にするや否や、背中の鞘に挿してあった二振りの刀を抜いて再び構えた。




