第200話 メタルマンとの戦い(後編)
要塞の中を駆け抜けたさやか達は、遂に玉座の間の手前にある部屋へと辿り着く。そこには王の間へと通じる扉を守るように、五つの彫像が立つ。
筋骨隆々としたハゲ男の彫像を無視して少女たちが先に進もうとした時、五体の彫像が突然動き出す。それは部屋に飾られたオブジェクトなどではなく、人の形をした量産ロボ『メタルマン』であった。
彼らの力はそれほど脅威ではないと捉えて、五人の少女が部屋中に散らばる。メタルマンもそれを追う。かくして装甲少女とロボット兵の戦いがここに勃発した。
彼らのうち一体が先陣を切るようにさやかへと襲いかかったものの、いくら攻撃しても全く手傷を負わせられない。それどころか少女がただ一度反撃しただけで、ゴミのように蹴散らされて鉄クズと化してしまう。
力の差は歴然としていた。五体のうち一体は、開始数分と持たずに倒された形となる。
「ウオオオオオオオオッ!!」
続く二体目が、野獣の如き咆哮を発しながらミサキに飛びかかる。両手をグワッと開いたまま、相手に掴みかかろうとした。
だが男の手が触れようとした瞬間、少女の姿がフッとワープしたように消える。
「!?」
敵を見失った事に驚いて、男が慌てて周囲を見回す。
「何処を見ている?」
その時彼の背後から誰かが言葉を掛ける。男が急いで後ろを振り返ると、視界の先にミサキが立つ。
「ウッ……ウオオオオオオッ!!」
メタルマンは一瞬たじろぎながらも、自身の中に湧き上がった恐怖を振り払おうとするように大声で叫びながら、再び少女に掴みかかろうとする。
だが男の手が触れかけると、また同じようにミサキが高速移動して相手の攻撃をかわす。
「私の動き……貴様には到底見切れまいッ!!」
ミサキはそう口にするや否や、メタルマンの周囲を目にも止まらぬ速さで駆ける。ヒュンヒュンッと音が鳴るたびに少女の姿が消えては現れる。それを数回繰り返す。まるで野生の豹の如く俊敏に駆け回る彼女の動きを、男は目で追う事すら出来ず、パニックに陥って棒立ちになる。
それが十秒ほど続いた後、男から数メートル離れた地点にミサキが背を向けたまま立ち止まる。
「ウオオオオッ!」
後ろを振り返ろうともしない彼女を前にして、絶好の好機とみなしたメタルマンが大声で叫びながら前に一歩踏み出そうとした。
「無駄だ。貴様は既に詰んでいる」
ミサキが彼の死を宣告した途端、男の体のあちこちからビシビシと音が鳴って、白い線のようなものが入りだす。直後線の入った箇所が切断面になって体がズレていき、男の五体が細切れにされたように崩れてゆく。
「グオオッ……!!」
大きな悲鳴を一瞬だけ発した後、メタルマンは包丁で切られたかまぼこのようにバラバラになって地面に転がる。そのまま何も出来ずに息絶えた。
「斬られた事に気付きもしないとはな……所詮その程度か」
ミサキが手にした刀を露払いするようにヒュンッと振る。彼女にとっては道端の小石をどけるに等しい戦いだった。
◇ ◇ ◇
三体目のメタルマンが、ジリジリと距離を保ったまま牽制するようにマリナと睨み合う。互いに相手の出方を窺っており、積極的に動こうとしない。
「ウオオオオオオオオッ!!」
だがやがて痺れを切らしたようにメタルマンがけたたましく吠えながら、少女めがけて走り出す。彼も二体目同様に両手をグワッと開いて、相手に掴みかかろうとした。
「フンッ!」
マリナが気合を入れるように鼻息を吹かすと、右足を大きく振り上げて、眼前に迫ってきた男の顎を思いっきり蹴飛ばす。
「ブオオオオッ!!」
男が奇声を発しながら空高く打ち上げられて天井に激突する。直後地面に落下して全身を強く打ち付けると、うつ伏せに大の字に倒れたまま手足をピクピクさせた。
それでもすぐに意識を取り戻し、両腕で上半身を起こそうとした時……。
「ヤァッ!」
マリナがジャンプしながら右足を大きく振り上げて、渾身の踵落としを繰り出す。
少女の踵は男の後頭部に命中し、メタルマンの顔面がドォォンッと音を立てて床にめり込む。
「ズモモモモッ!!」
顔が床にめり込んだまま、男が奇声を発しながらジタバタもがく。力ずくで起き上がろうと激しく暴れる。
「大人しくするんですのッ!」
マリナは大声で相手を叱り付けると、床に埋まった男の後頭部を再度右足で踏む。そのままグリグリといたぶるように踏み付けた挙句、最後はグイッと足を下に押し込んだ。
「……ッ!!」
グシャッと機械が潰れたような音が鳴り、メタルマンは手足をだらんとさせたまま動かなくなる。頭部が圧迫された衝撃で機能を停止させたようだ。
「……ワタクシに足蹴にされて死ねた事、光栄に思うがいいですわ」
マリナは気だるそうに前髪を右手でかき分ける仕草をすると、相手を心から見下す。黒い筋肉ハゲ男の死体を、汚物を見るような目で見た。
◇ ◇ ◇
槍を手にしたゆりかが、四体目のメタルマンと対峙する。ジリジリと距離を保ったまま後退するうちに壁際へと追い込まれた。
「ヌオオオオッ!」
それをチャンスとみなしたメタルマンが、右肩を前面に出してアメフトのようなショルダータックルを放つ。相手を体当たりで吹き飛ばして壁に叩き付けようともくろむ。
ドスドスと床を走る男が眼前に迫ってきても、少女は避けようともしない。観念したように何もせず棒立ちになる。
「!?」
だが男が体当たりした途端、ゆりかの姿が霧のように散っていく。それは彼女がバイド粒子を固定化させて生み出した残像だった。
「ウガアアアアアッ!」
実体の無い残像めがけて突進した男が、大声で叫びながら壁に激突する。頭から突っ込んで体が半分埋まったまま手足をジタバタさせてもがく。やがて壁から頭を引っこ抜くと、慌てて周囲を見回す。敵の姿は見当たらない。
少女は何処に? ……そんな疑問が彼の脳裏を掠めた時。
「やぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
男の頭上から、ゆりかが雄叫びを上げながら落下する。槍の刃を下に向けて、先端をドリルのように高速回転させる。
「メテオ・ファングッ!!」
大声で技名を叫ぶと、少女は全体重を槍に乗せて、真下にいる敵を一気に貫く。
「グァァアアアアッ!」
体を縦一閃に貫かれたメタルマンが悲鳴を上げる。全身がバラバラに砕けて跡形もなく吹き飛んだ。
「……みんなは大丈夫かしら」
敵を仕留めたゆりかが仲間の安否を気遣う。もし他の誰かが苦戦しているようであれば、助けに向かおうと考えた。
◇ ◇ ◇
最後である五体目のメタルマンが、アミカの前に立ちはだかる。少女を威圧するように両腕と両足を左右に広げたポーズをして、自分を大きく見せようとする。傍から見ると、かよわき乙女に迫ろうとする黒マッチョの変態だ。
「チェンジ……パワーモードッ!」
だがハゲの大男に迫られてもアミカは物怖じしない。右腕にあるボタンのうち一つを冷静に指で押す。
「でやぁぁぁぁああああああっ!」
パワー重視タイプに切り替えると、勇ましく吠えながら右拳によるパンチを繰り出す。
少女が放ったパンチは、ちょうど目の前にあった男の股間へと命中する。
「ウンヌフォォオオオオッ!」
股間に強烈なパンチを叩き込まれて、メタルマンが奇妙な悲鳴を上げる。ロボであっても『そこ』は♂の致命的な弱点であったらしく、思わず声に出して悶える。
男は殴られた衝撃で弾き飛ばされて、ゴロゴロと床を転がる。慌てて床から起き上がると、彼のすぐ側にバエルを模した銅像が置かれていた。
「フンガァァアアアアッ!」
よほど頭に血が上ったのか、メタルマンが大声で叫びながら主君の銅像を持ち上げる。そのまま力任せに少女へと放り投げた。
「そぉい!」
アミカは飛んできた銅像を両手でキャッチすると、相手めがけて全力で投げ返す。
「ウガアアアアアッ!」
メタルマンは投げ返された銅像を避け切れず、あえなく下敷きになってしまう。かなり重さのある銅像に乗っかられて身動きが取れず、うつ伏せに倒れたまま手足をバタつかせる。
絶好のチャンスと見るや、アミカはすかさず倒れた敵の前まで走って、その場にしゃがむ。
「でやぁっ!」
男の顔面を両手で掴むと、腕に力を込めて、そのまま一気に相手の首を逆方向に捻る。ゴリッと何かが砕けたような鈍い音が鳴り、激しく暴れていた男の動きがビタッと止まる。手足をだらんとさせたまま死んだように動かなくなる。
「……生き返ったりしませんよね?」
アミカは不安そうに口にすると、生死を確かめるように男の股間を何度も踏み付けた。
心なしか、股間を踏まれた男が喜んでいるように見えたと後に彼女は証言する。
……部屋に響いていた音が止み、俄かに静寂が訪れる。その場にいた誰もが、戦いが終わったらしい空気を感じ取る。
五人の少女が、互いの動向を確かめ合うように部屋の中を見回すと、五体のメタルマンはほぼ同時刻に倒されていた。
「みんなぁーーーーーーっ!」
さやかが真っ先に大声で叫びながら、仲間の元へと駆け出す。
他の仲間たちが、続々と彼女の元に集まる。
「みんな、大丈夫だった? ケガしてない? アイツらに何か変な事されなかった?」
さやかが仲間の安否を問う。自分は無傷で勝てたが、他の仲間までそうだったとは限らないと不安になる。
「フッ、あの程度の連中に苦戦しては話にならん」
ミサキが腰に手を当てて得意げに鼻息を吹かす。
「ラスボス前のウォーミングアップにもなりませんでしたの」
マリナがつまらなそうに髪の毛を指でクルクル弄って遊ぶ。
「私は大丈夫だったわ。アミちゃんは?」
ゆりかが他の仲間に無事だったかどうか聞く。
「全然へーきですっ! 私だって装甲少女ですからっ」
アミカが両腕に力こぶを作って、元気をアピールする。
「みんな大丈夫そうね。ヨシッ! それじゃ、とっととバエルの部屋に乗り込むよっ!」
全員の無事を確かめると、さやかが握った拳を天に向かって力強く突き上げる。
「オオーーーーッ!」
他の仲間たちが声を上げて彼女の意見に賛同する。
今後の方針がまとまると、五人の少女は部屋の奥にある扉へと一斉に駆け出す。
装甲少女とメタルマンの戦いは、少女たちの勝利で幕を下ろす。如何に人型と言えど、量産ロボでは時間稼ぎにもならなかった。




