第199話 メタルマンとの戦い(前編)
……エルミナがメタル・オロチと戦っていた頃、遠く離れた場所にいたさやか達は、バエルのいる玉座の間を目指して一直線に駆ける。要塞の中をひたすら走っていると、道が二つに分かれたT字路へと行き当たる。
スギタからもらった見取り図のコピーに目をやると、一方は玉座の間へと、もう一方はエルミナのいる東門へと通じている。
「さやか、どうする? このまま真っ直ぐ玉座の間へと向かうか、ここでエルミナが合流するのを待つか、それとも彼女の援護に向かうか?」
分かれた道を前にして、ミサキが尋ねる。この後どうするかの選択を仲間に委ねる。
「ルミナならきっと、私たちが向かわなくても大丈夫……だってあの子、とっても強いんだもの。ザコを引き付ける仕事はあの子に任せて、私たちは、私たちの為すべき事をやろうッ!!」
さやかは娘の強さを信頼し、救援に行く必要は無いと答える。今はそれぞれに与えられた使命を果たす事こそがベストだと判断する。
彼女の言葉にミサキも、他の三人も同意するように頷く。意見が一つにまとまると、一行は再び玉座の間を目指して走り出す。
彼女らがここに来るまで量産ロボの群れと何度か交戦したが、その数は要塞の規模から考えると明らかに少ない。しかも奥に進めば進むほど、数が少なくなっていく。今は全く敵と戦わずに先に進める状態だ。
それが、エルミナが敵の大半を引き付けた結果である事は想像に難くない。
(ありがとう……ルミナ)
さやかは体を動かしたまま、心の中で娘の頑張りに感謝した。
……そうして走り続けた五人は、やがて通路の終わりにある巨大な鉄製の扉へと行き当たる。
「この扉の向こうが玉座の間ですか?」
アミカが扉をノックするように手でコンコン叩きながら言う。
「いや、まだ玉座の間ではない。この扉の向こうに大きな部屋があって、その部屋の奥が、玉座の間へと繋がっているようだ」
ミサキが見取り図のコピーを眺めながら答える。
「だったらさっさと通り抜けるだけよッ! オラァァアアアッ!!」
さやかが威勢の良い言葉を吐くと、有無を言わさず扉を足で蹴って開ける。
扉の奥へと進むと、そこは教会の礼拝堂のような部屋だった。ただし椅子は置かれておらず、部屋の中央に変身前のバエルを模した銅像が置かれているだけで、他には何も無い。
部屋の奥には五つの人影が立っており、その後ろに玉座の間へと通じるらしき扉がある。
五つの人影は扉を守るように立っているだけで、ピクリとも動かない。銅像かマネキンかは分からないが、生身の人間では無さそうだ。
外見は黒一色に塗られた全裸の男性の姿をしていて、ボディビルダーのように屈強な体付きをしている。頭はツルツルのスキンヘッドで、背丈は三メートルほどもあった。
あえて雑な表現するなら、『黒いハゲのマッチョなオッサン』と呼ぶべきか。それが五つも並んで立っている。
「不気味だわ……なんて悪趣味なのかしら」
見るからに異様な光景に、ゆりかが思わず顔をしかめる。筋肉男の彫像を自室の前に飾るバエルの美的センスを疑い、彼を心から軽蔑した。
「こんな筋肉ハゲ、無視してさっさと先に進みますの」
マリナが興味無さげに吐き捨てながら前に一歩踏み出した途端、突然部屋全体がゴゴゴッと音を立てて振動する。それはまともに立っていられないほど激しい揺れだったが、揺れたのはほんの一瞬だけで、すぐに収まる。
「今のは一体何ですの?」
何の前触れも無く起こった地震にマリナが訝る。他の仲間たちも敵の罠が発動したのではないかと疑い、部屋の中をくまなく見回す。
「ああっ! 皆さん、あれを見て下さい! ハゲが……ハゲが動いてますっ!」
アミカが大きな声で叫びながら、部屋の奥を指差す。
少女が指差した方角に皆が視線を向けると、彼女の言葉通り、五つの彫像の目が赤く光り、まるで石化が解けたように動き出す。最初はゆっくりだった動きが、徐々に速くなっていき、最後は生身の人間のように軽くなる。
「俺ノ名ハ メタルマン……オ前タチヲ、ココカラ先ニハ 行カセン……ッ!!」
五体のうち一体が、突然口を動かして自己紹介する。
……それは部屋に飾られたオブジェクトなどでは無かった。玉座の間へと通じる扉を守る番人であり、『メタルマン』という名の人型ロボットだったのだ。
「ウオオオオッ!」
五人の男が大声で叫びながら、少女たちめがけて走り出す。既に戦闘モードに入っている。
「やれやれ……遂に人型の量産ロボまで出だしたか」
ミサキが呆れたように言う。敵の強さを恐れてはいない。
「ふん、なによメタルマンって! メタルノイドと微妙に名前が被ってるじゃない!」
さやかが至極真っ当なツッコミを入れる。
「みんな、たぶんこいつらあんま強くないから、バラバラに散って一人一体ずつ片付けよう! サクッと終わらせるよ!」
相手の戦力を予測し、各個撃破するよう指示を出す。
「分かったわ!」
「了解した!」
「任せて下さいッ!」
「分かりましたの!」
他の四人が彼女の考えに賛同した返事をする。
五人は作戦通りクモの子を散らすように散開して、部屋の各所へと配置して相手を待ち伏せる。メタルマンもそれに付き合うようにバラバラに散って少女たちを追う。
「赤城サヤカ……偉大ナル バエル様ニ逆ライシ、愚カ者……死ネェェェェェェエエエエエエエエッッ!!」
五体のうち一体が、先陣を切るようにさやかへと襲いかかる。
当のさやかは何を思ったのか、腰に手を当ててふんぞり返るように仁王立ちするだけで、防御の構えを全く取ろうとしない。完全に相手の攻撃を受ける気でいる。
「ムゥンッ!!」
メタルマンが気迫の篭った掛け声を発しながら、少女の顔面に全力のパンチを叩き込む。ボムッとサンドバッグを殴り付けたような鈍い音が鳴る。
だが少女はビクともしない。並みの人間なら重傷を負う威力の一撃を受けたにも関わらず、平然と立っている。まるで男ではなく、少女の方こそが銅像であるかのような硬さだ。
「ムオオオオオオッ!!」
それでもメタルマンは怯む事なく、今度は両手を駆使した拳のラッシュを繰り出す。一撃でダメなら、何発も攻撃を当てようとする。
秒間何発ものパンチが放たれて、少女の顔面がドガガガガッと音を立てて殴られる。その衝撃で風圧が巻き起こり、床に積もった埃が空へと舞い上がる。それが時間にして十秒ほど続いた。
「ムッ……ムォォ……」
やがてメタルマンが疲れたようにガックリと肩を落とす。完全に力を使い果たしたのか、背中を丸めて両腕をだらんと垂らしながら、呻き声を漏らす。相手の打たれ強さに根負けした形だ。
当のさやか本人は全くの無傷だ。男があれだけ必死にパンチを繰り出したにも関わらず、かすり傷一つ負っていない。何事も無かったようにピンピンしている。
しかも彼女は敵を見下すようにフフンッと鼻息を吹かす。最初からこうなる事が分かっていたような余裕ある態度だ。
「見本を見せてあげる。パンチっていうのは……こうやって繰り出すものよッ!!」
さやかはそう言ってニヤリと不敵に笑うと、グッと力を溜めるように握った右拳を、男の腹に抉るように思いっきり叩き込んだ。ドグォッと鈍い金属音が鳴り、男の腹が熱で歪んだ鉄板のようにひしゃげる。
「グッ……ズギャァァァァァァアアアアアアアアッッ!!」
直後メタルマンが殴られた衝撃で弾き飛ばされて、大の字になりながらドォォーーーンッと音を立てて壁に激突する。断末魔の悲鳴を上げて爆散すると、金属の部品が床に散らばってただの鉄クズと化した。
「しょせん量産ロボね……これならブリッツの方が十倍……いや百倍強かったわ」
さやかは手に付いた埃をパンパン叩いて払うと、敵を侮辱するように吐き捨てた。相手の強さに対する恐怖心など一ミリも無い。
力の差は一目瞭然だった。いくら人の形をしていようと、所詮は安価で大量に作る事を想定して設計されたロボであり、メタルノイドには遠く及ばない。装甲少女を倒す力など、ありはしなかったのだ。




