第2話 オメガ・ストライク
『装甲少女……エア・グレイブ……だとぉ……?』
突然目の前に現れた少女に片腕を押さえつけられ、微動だに出来ないメタルノイド……それだけでも驚きだが、彼女が口にした名前にそのメタルノイドは全く聞き覚えが無かった。
一つ確かに言えた事は、彼女が自衛隊にとっては味方であり、メタルノイドにとっては『敵』であるという事だけだった。
自らをエア・グレイブと名乗った少女……赤城さやかは、そのまま後ろを振り返ると隊員の一人に話しかける。
「ここは私に任せてっ! 貴方達は逃げ遅れた人の救助をっ!」
「しかし、君一人では……」
こんな所に少女一人を置いていく訳にはいかない、と心配そうな表情を浮かべる隊員。いくら怪力の持ち主とはいえ、年端も行かぬ女の子にメタルノイドの相手をさせる事には心の負い目があった。
さやかはそんな彼らの不安を払拭するかのように、それまで片手で止めていたメタルノイドの腕を今度は両手で捕まえると、そのまま本体ごと持ち上げて、空に向かって放り投げた。
『ウオオオオォォォッッ!!』
鉄の巨体がフワリと宙を舞い、急速に落下して地面に叩き付けられる。その衝撃で大地が激しく揺れて、周囲の砂塵が一気に舞い上がる。
それらの光景を目にして呆気に取られている隊員に、さやかが満面の笑みで振り返った。
「大丈夫……私、強いですからっ!」
……彼女が何者なのかは分からない。だが重さ10tは超えるであろう鉄の巨体をいともたやすく放り投げるその姿は、彼女になら任せても大丈夫だろうと思わせる根拠として十分だった。
「……分かった! ここは君に任せる! だがくれぐれもムチャはするんじゃないぞ! いいか! ピンチになったら必ず逃げろ! ……死ぬんじゃないぞ」
隊員達はそう言い残すと、急いでその場から撤収する。彼らの姿が見えなくなる直前、隊員の一人がさやかの方を向いて敬礼していた。彼らにとって、少女はまさに救いの英雄だった。
隊員達の姿が見えなくなり、さやかが安堵していると、地面に転がっていたメタルノイドがゆっくりと起き上がって体勢を立て直す。
『誰だか知らんが、余計な真似を……』
憎々しげに吐き捨てながら、さやかの前に立つ。
廃墟と化した町で、巨大な鉄の塊と一人の少女が真っ向から対峙する。
そして沈黙を破るかのようにメタルノイドが先に言葉を発した。
『エア・グレイブ……確か、そう言ったな。ならばこちらも名乗らせて頂こう。俺は No.001 コードネーム:ミスター・ブリッツ。異星攻撃隊バロウズの少佐……そして、これから貴様を地獄に送る者の名だッ!』
自らブリッツと名乗ったメタルノイドは、自己紹介を終えるとさやかに向かって猛然と突進していく。
『ブッ潰してやるッッ!!』
そう叫びながら巨大な手で掴もうとした瞬間、彼女が垂直にジャンプしてブリッツの攻撃をかわす。ギリギリまで引き付けて、相手が攻撃を空振りするのを最初から狙っていたのだ。
「やぁぁあああっっ!!」
さやかが雄叫びを上げながら、ブリッツの頭部に向かって踵落としを放つ。
『ウグゥゥオオオオオッッ!!』
踵落としが命中すると、鉄の巨体は化け物のような声を発しながら豪快に倒れ込んだ。頭が半分地面にめり込んでおり、そこから引き抜こうと必死にもがく。
さやかはそんなブリッツに向かって、左右の拳と拳とを力強くぶつけ合わせて高らかに叫んだ。
「親のカタキ……取らせてもらうわっ!」
それは憎むべき親の仇であっても、これから相手の命を奪う事に変わりはないという彼女なりの覚悟でありけじめだった。
『親の仇か……フン、くだらん』
頭を地面から引き抜きながら話半分に聞いていたブリッツだったが、彼女を小馬鹿にするように鼻で笑いながらゆっくり立ち上がる。
『そんなに親が大好きなら……その親のいる地獄に送ってやるッッ!!』
そう言い終えるや否や、肩の装甲が開いて数発の小型ミサイルが彼女に向けて発射される。
ミサイルは熱源を探知する自動追尾式であったが、彼女はそれをギリギリまで引き付けて床や地面に着弾させる事で回避していた。
『なかなかやるな……だが、これならどうだッ!』
ブリッツの肩、腕、胸、腰、足……全身のありとあらゆる箇所の装甲が開き、そこに搭載されているミサイルポッドから全てのミサイルが一度に発射される。文字通りの全弾一斉発射だ。
『フハハハハハァッ! 全方位から飛んでくるミサイル、避けられるものなら避けてみろぉッ!!』
ブリッツはとてもロボットとは思えないような喜びに満ちた声で高笑いする。機械の体をしていても、感情や性格は完全に人間のそれだった。
ミサイルはさやかを四方八方から取り囲み、彼女に向かって一直線に飛んでいく。何処にも逃げ場はない。
『終わりだ、エア・グレイブッ! 死ねぇぇえええっ!!』
勝利を確信したブリッツが大声で叫ぶ。目の前の少女がミサイルの集中砲火を浴びてバラバラの肉片になる姿を想像して、内心ほくそ笑んでいた。
だがさやかが腰を深く落としてグッと体に力を入れると、彼女の両肩にまるでワープしてきたかのように大型のキャノン砲が出現した。
「避けられないなら……打ち落とすッ!!」
そう叫ぶと同時にキャノン砲が火を噴く。その砲台は飛んでくるミサイルに合わせて角度を調整しながらフルオートでビームを連射し、ミサイルを次々に撃ち落としていく。わずか三分と経たないうちに全てのミサイルは撃ち落とされていた。
『全弾迎撃……だと……!?』
その光景を目にしてブリッツが唖然とする。彼にとって、少女がミサイルへの対抗手段を持っていた事は完全に計算外だった。ミサイルを全弾防がれた事がよほどショックだったのか、驚きのあまりぼう然と立ち尽くす。
さやかはそれを好機と捉えると、両肩から砲台を切り離して重量を軽くし、ブリッツに向かって猛スピードで飛びかかる。
「だだだだだだぁぁあああーーーーーっっ!!」
両手両足を駆使して、パンチとキックの猛ラッシュがブリッツに叩き込まれる。
胸の装甲に重い一撃が叩き込まれるたびに鈍い金属音がなり、鉄の巨体が後ずさりする。
そして彼女の放った渾身の回し蹴りが胴体に命中すると、その巨体は凄まじい勢いで後ろへと吹っ飛んでいった。
その瞬間、さやかは勝利を確信した。だが……。
『ククク……』
ブリッツは不気味な笑いを浮かべて立ち上がった。
あれだけの猛打を受けたにも関わらず、彼の装甲は微塵も傷付いた様子がない。
せいぜい表面が微かに凹んだ程度だが、致命傷を与えるにはあまりに程遠かった。
「ハァ……ハァ……」
むしろ先程のラッシュを放ったさやかの方が息を切らしている。
傍から見ると、効かない攻撃を乱発して無駄に体力を消耗したようにすら見えた。
『クククッ……惜しかったなぁ、小娘。お前は確かに強い……少なくとも、この星に来てから我々とここまで渡り合えたのはお前が初めてだ。だが、どうやらそれもここまでのようだ。残念ながら、お前如きの力では核の直撃に耐える我々の装甲を貫く事は出来ん……出来んのだぁぁああっっ!!』
ブリッツは勝ち誇ったように叫ぶと、これまでのお返しと言わんばかりに全力のパンチでさやかを殴り付けた。
「ぐあ……ぁ……」
鉄の巨体が放つ一撃をまともに食らい、さやかはまるでハエ叩きで叩かれたハエのように吹き飛ばされる。
直後ビルの外壁に激突し、更にそこから落下して全身を地面に強く叩き付けられた。
体中の骨がバラバラに砕けるような感触を覚え、全身が引き裂かれるような激痛に襲われる。
痛いのは分かっていても、体の何処が痛いのかさえ分からないような状態だ。
ゴホゴホッと咳き込むたびに、口から血が溢れ出す。
『……終わりだな』
もはや死にかけのさやかに、ブリッツは一歩ずつ近付いていく。
このまま戦う力を失った彼女を踏み潰すつもりでいた。
「ううっ……」
さやかの意識が次第に薄れ、視界がブラックアウトする。
勝負は付いたかに見えた。
(ドクン……ドクン……)
……悔しい。
ずっと、力が欲しかった……。
ヒーローになりたかった……。
みんなを救うヒーローに……。
それがようやく叶うと思ってたのに、こんな所で何も出来ないまま死ぬなんて……。
そんなの嫌だ……絶対に嫌だっ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!
(ドクンドクンドクンドクン)
絶対に嫌だっ!
諦めたくない……私は……私は……。
(ドクンッ)
――――絶対に、諦めないっ!
「ハア……ハア……」
……それはまさに奇跡だった。
完全に意識を失って死んだかに見えた彼女が、息を吹き返して立ち上がったのだ。
負けたくないという強い意志がそうさせたのか。
『馬鹿な……』
ブリッツは一瞬驚いたものの、それでも全身血まみれで死にかけている今の彼女に自分を倒す力は残っていないだろうと考えて、そのまま向かっていく。
『フンッ、死にぞこないが……ならば良いだろうッ! お望み通りキッチリとどめを刺して、立ち上がった事をあの世で後悔させてやるッッ!!』
今度こそ完全に息の根を止める、と言わんばかりに声を荒げる。
さやかはそんな敵を前にしても慌てずに目を閉じて一呼吸すると、全ての意識を右手に集中させた。
「最終ギア……解放ッ!」
掛け声と共に彼女の右肩にあるリミッターらしき装置が展開して、腕の機械に内蔵されたギアが高速で回りだす。
右腕全体がバチバチと赤く光って放電し、凄まじい勢いでエネルギーが蓄積されていく。
それは明らかにエア・グレイブが最大の必殺技を放つ前動作だった。
むろんブリッツがその光景をただ黙って見ている筈がない。
『馬鹿めぇっ! 隙だらけだっ!』
絶好の好機とばかりに猛然と迫っていく。
エネルギーの溜め時間は非常に長く、このままでは先に攻撃される事は明白だった。
『死ねぇぇえええっっ!!』
勝利を確信したブリッツが大声で叫ぶ。
だがさやかの頭を握り潰そうとその手を伸ばした瞬間、彼の足元が突然爆発して鉄の巨体がわずかにバランスを崩した。
『なっ!?』
突然の出来事にブリッツが驚いて一瞬立ち止まる。
慌てて周囲を見回すと、建物の陰に撤収したはずの自衛隊がいた。
爆発は彼らの放ったロケット弾によるものだった。
それも直接ブリッツの足を狙うのではなく、立っている地面を正確に狙って―――。
「嬢ちゃん、今だっ! やれぇぇえええーーーーーっっ!!」
ロケット弾を発射した隊員が、さやかを応援するように大きな声で叫んだ。
作った隙は一瞬だ。だが、そのたった一瞬の隙があれば十分だった。
エネルギーは最大まで蓄積され、技を放つ準備は完全に整っている。
右腕の装甲からは赤い稲妻のような光が漏れ出し、今にもエネルギーが溢れ出そうな勢いだった。
さやかはそんな右腕を見つめて、決意を固めたように口を開いた。
「この一撃に……私の全てを賭けるッ!」
右拳をググッと握り締めると、前方に向かって勢いをつけてダッシュし、ついにブリッツの腹に渾身の一撃を叩き込んだ。
「……オメガ・ストライクッッ!!」
……彼女の拳がブリッツの腹に叩き込まれた瞬間、ドォォッと爆発音のような音が響き渡る。無敵であるはずの装甲が内側に大きく歪み、重さ10tはあるはずの巨体が、物凄い勢いで後方へと吹き飛ばされていく。
『グォォォオオオオッッ!!』
ブリッツが怪物のような悲鳴を上げる。
時速200kmを超える猛スピードで飛ぶ鉄の巨体は直線上にある建物をいくつもなぎ倒し、やがて地面に激突して豪快に大地の土をえぐり上げながら、その場に停止した。
『グォ……ォ……』
そして呻き声を上げながら、ゆっくりと地面から起き上がる。
体のあちこちからは火花が飛び散り、殴られて裂けた箇所からは大量の油が漏れ出している。先程食らった一撃で致命傷を負った事は一目瞭然だった。
『こ……こンナ……バカナ……俺ハ……俺サマハ……コンナ所デ……死ヌノカ……? イ……イヤダ……死ニタクナイ……誰カ、助ケテクレ……俺ハ……俺サマハ……死ニタクナイ……死ニタクナイィィッ!! イ……イヤダ……イヤダ……イ……イヤ……イヤギャァァァアアアアーーーーーーッッ!!』
壊れた機械音で悲鳴を上げると、ブリッツの体は殴られた箇所から真っ二つに裂けるように大爆発して跡形もなく消し飛んだ。
バラバラに砕け散った機械の破片は地面に散乱し、あまたの人間を死に追いやった悪魔の兵器はただの鉄クズと化した。
……何処までも残忍で身勝手な男の、何とも惨めな死に様だった。
「オメガ・ストライク……なんて威力だ」
無敵の装甲をわずか一撃で粉砕したその破壊力を目の当たりにして、自衛隊はゴクリと唾を飲む。
それは例え味方であっても、彼女もまたメタルノイドと同等の兵器なのだという事実を突きつけられる思いだった。
「アハハ……や……やったぁ……」
ブリッツが完全に活動停止したのを見届けて、さやかは疲れきった表情で半笑いになる。安心してフッと緊張が解けたのか、全身血まみれでボロ雑巾のようになっていた彼女は、そのまま地面に倒れ込んでしまった。
「オイ、お嬢ちゃん! 大丈夫か!すぐに手当てを……」
心配して彼女に駆け寄る隊員たちの声も、薄れゆく意識と共にフェードアウトしていく……。
……その一部始終を、暗がりの部屋でモニター越しに見ている一人の男がいた。
男は全身をローブで覆い隠し、顔には西洋の騎士のような鉄仮面を被っていたが、ローブからわずかに覗かせた手は紛れもなく機械のものだ。
その男に、側近らしき者から報告が入る。
「ブリッツ少佐が戦死しました……バエル総統閣下」
「……」
側近からバエルと呼ばれた男は、無言で室内にあるテーブルに目をやる。
テーブルの上に並べられた、ジョーカーを含む14枚のトランプのカード……男はその内一枚を手に取ると、力任せに握り潰した。
◇ ◇ ◇
「んっ……」
さやかが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。服は変身前の学生服に戻っている。
ここは何処か建物の中のようだ。その清潔感ある雰囲気は、一見すると病院か何かの施設のように見える。
ブリッツを倒した直後に意識を失い、ここに運ばれたらしい。
「気が付いたようだね」
その声と共に部屋に二人の男が入ってくる。
片方は長身に白髭の科学者らしき人物で、もう片方はその助手らしき男だった。
科学者らしき男が間髪入れずに口を開く。
「私はゼル・シュナイダー。メタルノイドの侵略から西日本を守る電磁バリアを開発し……そして、アームド・ギアと装甲少女を設計した者だ。赤城さやか君、ようこそ我らの研究所へ……」