第195話 要塞突入計画(前編)
博士がした過去の話……それはかつてこの世界で壮絶な戦いがあった事、それにより深い悲しみに包まれた少女がいたという事実だった。
語られた話はとても衝撃的な内容であったが、それでもさやか達は先に進むしか無いと悟る。
敵要塞に辿り着いて、バエルの口から直接聞く事以外に、真相を知る手段は無いのだと思いを新たにした。
一行を乗せたキャンピングカーはクモ型地雷に探知されないルートを通り、遂に目的地である旭川へと到着する。見通しが良い平野を突っ切って、敵要塞から数キロ離れた場所まで来た所で、車が一旦停まる。
「これ以上先に進むと、敵に探知される恐れがある……ひとまず様子を見よう」
博士はそう口にすると、荷物棚に積んであった双眼鏡を手にし、運転席のドアを開けて車から降りる。少女たちも彼の後に続くようにぞろぞろと車の外に出る。
博士は要塞のある方角に立つと、平野の遥か彼方を双眼鏡で覗き見る。
双眼鏡に写った要塞の姿……それは高度な科学には似つかわしくない、中世ヨーロッパの城のような外観をしていた。ただ夜の暗闇のような黒一色に塗られており、棘の生えた茨の植物が、有刺鉄線のように張り巡らされている。
そしてよく見てみると、本物か作り物か分からない人間の頭蓋骨が、外壁のあちこちにオブジェクトとして埋まっている。それらはまるで生きているように目を赤く光らせてケタケタと笑う。要塞上空には、侵入者を見張るように数羽のカラスが舞う。
城の外側に大きな穴が掘ってあり、犠牲者の遺骨らしきものが無造作に投げ捨ててある。
それは正に魔王の城と呼ぶに相応しい、禍々しい建造物だった。
「なんてキモい建物なのかしら……如何にもバエルが好みそうな、オッサンの中二病センス丸出しの、ファンタジーのラスボス気取りの嗜好だわ」
博士から渡された双眼鏡で要塞を見たさやかが「うわっ」と声に出して嫌そうな顔をする。相手の趣味の悪さを散々に罵倒してこき下ろす。もしバエル本人が聞いたら、「誰がオッサンの中二病だ!」とブチきれそうだ。
「ワタクシは前にも来た事がありますけど、その時はいつも目隠しをされてましたの。こんなおぞましい外観だったなんて、知りませんでしたわ」
マリナが、幾度か足を踏み入れた建物の不気味さを知って体を震わせる。
「さっさと要塞に乗り込んで、バエルをやっつけましょう!」
アミカが敵地に殴り込みを掛ける提案をする。一刻も早く戦いを終わらせたくてウズウズしている様子だ。
「だが無策のまま飛び込むのは危険だ。ここは冷静に作戦を考えた方が……」
ミサキが慎重に侵入計画を練るよう提案した時……。
「おーーーーーーいっ!」
何処からか、大きな声が彼女たちを呼んだ。
声が聞こえた方角に一行が振り返ると、数人の若い男が走ってくる。黒のタンクトップに迷彩服のズボンを穿いて、アサルトライフルと手榴弾で武装している。
さやか達は一瞬バロウズの手先かと身構えたが、彼らは満面の笑みを浮かべて手を振っており、敵意は感じられない。
男たちは一行の前まで来て立ち止まる。
「アンタら、噂の装甲少女だろ? 必ずここを通るだろうと思って、ずっと待ってたんだ」
さやか達の素性を知っている事、彼女たちに会うために待ち伏せていた事を明かす。
「貴方たちは?」
ゆりかが開口一番に問いかけた。
「俺たちはバロウズと戦う抵抗組織さっ!」
先頭に立つ男が、誇らしげに自己紹介する。彼らは卑劣な暴力に立ち向かおうとする、勇気ある男の一団だった。
「アンタら、これから要塞に向かおうとしてた所だろ? 俺たちもアンタらの手助けがしたい。まずは俺たちの村に来てくれ。そこで作戦を立てよう」
この近くに彼らの村がある事を伝えて、そこに来るよう提案する。
「嘘をついてはいないようだ。ここは彼らの協力を仰ぐ事にしよう」
博士が男たちに付いていくよう言うと、「博士がそう言うなら」と少女たちも賛同するように頷く。異論は出ない。
一行は再びキャンピングカーに乗り、男たちに案内されながらゆっくりと進む。
男たちと最初に会った場所から数キロ離れた地点に向かうと、深い堀に囲まれた集落のようなものが見えてくる。
男の一人が堀の前に立つと、堀の内側にある監視台から、見張り役と思しき男が話しかけてくる。
「王様の耳に?」
「タコが出来るぜっ!」
合言葉と思しきやり取りが交わされると、数人の屈強な男が鉄の板を運んできて、堀に即席の簡素な橋を掛ける。
「ささ、どうぞ。落ちないように気を付けて下さい」
先頭にいた男が、鉄の板を渡って村に入るよう促す。
鉄の板はキャンピングカーの重量に耐えられる代物では無かったため、さやか達は必要な荷物だけを降ろし、車を堀の外に停めたまま自分達だけ中に入る。
「『死の蜘蛛』対策なんで……すいませんね」
一行が橋を渡り終えると、男たちは堀に掛けてあった鉄の板を外して倉庫へと運んでいく。
「アンタらも大変ね。お疲れさん」
さやか達は彼らの労を労うように手を振って見送ると、一人の男に先導されて集落の中を歩き出す。彼女たちが村の中ほどまで来ると、装甲少女が来た事を聞き付けたのか、家の中から一目見ようと人々がぞろぞろと姿を現す。
彼らの反応は様々だ。歓声を上げて喜ぶ子供たち、神に祈るように両手を合わせて拝む老人、興味深そうにジロジロと眺める若者……スマホで写真を撮る者までいる。だが皆、ヒーローの到来を心から歓迎した様子だ。
「バロウズの要塞の近くに、このような村があったとはな」
そんな人々の反応を目の当たりにしながら、ミサキが感心したように口を開く。いつ襲われてもおかしくない場所に人が住んでいる事を不思議がる。
「クモ型地雷が旭川を取り囲むように配置された時、我々はその配置の外に逃げられず、孤立してしまったのです。何分あれが置かれたのは突然の事だったので……仕方なく我々は村の周囲に堀を築いて、自給自足の生活を始めたのです」
一行を先導しながら、男が村の置かれた状況について話す。
「これまでどうにか持ち堪えて来ましたが、それもいつまで持つか……皆心の底では大きな不安を抱えてました。いつか水や食料が尽きるんじゃないか、ヤツらに殺されるんじゃないか、と」
少し疲れたように溜息を漏らす。未来の見通せない生活に希望を失いかけた事を明かす。
「そんな時、貴方がたの噂を聞いたのです。バロウズと戦う英雄がいると……それは私たちにとって一縷の望みでした。貴方がたが必ずやこの地を救ってくださると、それだけを信じて、今日まで生きて来られたのです」
さやか達の存在を聞き付けた事、それによって勇気を与えられたのだと伝える。
彼らにとって少女たちは正に救いの英雄であり、最後の希望に他ならなかった。
「私たちに任せてっ! この命に代えてもバロウズを壊滅させて、アナタ達に元の生活を取り戻させてあげるからっ!」
さやかが強気な笑みを浮かべて頼もしい言葉を吐く。自分の強さを見せ付けるように、右腕に岩のように大きな力こぶを作る。
彼女の言葉を聞いて、男も安心したようにニッコリ笑う。
……そうしたやり取りを交わしながら歩いていると、村の奥にある集会所らしき二階建てのコンクリートの建物へと着く。
男に案内されて中に入り、建物の一階にある広い部屋へと通される。
細長い鉄製のテーブルに、向き合うようにいくつも並べられたパイプ椅子、壁に備え付けられたホワイトボード……一目で会議室だと分かる部屋のテーブルの末席に、一人の男が座っている。
その男は他の連中より一回り屈強な体格をしており、頭にはバンダナを巻いて、顔にはサングラスを掛けている。右頬には戦闘で受けたらしき傷が付いており、歴戦の猛者である事を窺わせた。
「私がレジスタンスのリーダー、スギタという者です。元は自衛隊の教官を務めておりました。この地を訪れた事、心より感謝申し上げます。既に話には聞いているでしょうが、私たちに出来る事なら何なりと協力させて下さい」
スギタと名乗る男が、椅子から立ち上がって自己紹介しながら頭を下げる。粗暴な印象を与える見た目に反して、態度は丁寧で紳士的だった。
「こちらこそよろしく頼む」
博士が言葉を返して頭を下げながら、男とガッチリ握手を交わす。さやか達五人の少女もペコリとお辞儀する。
男の部下がお茶を運んできて皆に配ったので、一行はくつろぐように椅子に腰掛けて、男も皆が着席したのを確認した後に椅子に座る。
「では早速だが本題に入らせてもらう。スギタ君、あの要塞は一体いつからあそこにあったのかね?」
博士が開口一番に問いかけた。
「十年前、東京上空に現れた要塞空母『ベヒーモス』……あれが旭川まで飛んできた後、大地に降り立つと、変形してそのまま地上要塞として運用されたのです。それからはずっとあの姿です。北海道を根城にしたのは、ヤツらの計画に必要なゼタニウム鉱石が豊富に採れるからだろうと我々は見ています」
博士の問いにスギタが答える。
バロウズが地球に来る移動手段として使った空中要塞が、そのまま彼らの本拠地として使用されている事を明かす。不気味な魔王の城のような外観は、要塞が変形した姿だったのだ。
「皆さん、これを見て下さい」
スギタがそう言いながら、テーブルの上に一枚の大きな紙を広げる。
そこに書かれていたのは巨大な建物の見取り図だった。そのうち一箇所には青ペンで丸が付けてあり、それとは別のもう一箇所に赤ペンで丸が付けてある。
「これは何?」
さやかが、きょとんとした目で問いかける。
「これはバロウズの要塞内部を記した見取り図です。青い印が付いた所は、これまでヤツらに捕まった人質が監禁された牢屋で、赤い印が付いた所はバエルがいる玉座の間を表しています」
スギタが、敵の建物の内部構造を記した図である事を伝える。
「これを完成させる苦労は並々ならぬものがありました……我々のうち一人が寝返ったフリをしてバロウズにスパイとして潜り込んだのですが、バレないようにするのに必死でした……疑われるのを避けるために、上から命じられたままに非人道的な作戦を実行した事もありました。彼がそうまでして書き上げたのが、この図なのです」
レジスタンスの一人が組織に潜入して、建物をくまなく調べて作成したものだったと明かす。
「ありがたい……要塞の内部が詳細に把握できれば、作戦が立てやすくなる。よくここまで頑張ってくれた」
博士が見取り図を眺めながら満足げにニッコリと笑う。最後は彼らの苦労に対する労いの言葉を掛けた。
「この建物、入口が三つありますね」
アミカがテーブルに身を乗り出して、見取り図を指差しながら言う。
「ええ、要塞には東門、南門、西門があります。どの門にも見張りの兵士が均等に配置されているようです。人質が捕まった牢獄は南門からが一番近く、バエルがいる玉座の間は西門からが一番近い。逆に東門はどっちからも遠い」
スギタが見取り図を指差しながら、全ての門に警備兵がいる事、それぞれの門から目的地までの距離について語る。
「フーーム……」
男の話を聞くと、博士は顎に手を当てて気難しい表情を浮かべながら考え込む。要塞の構造を頭の中に叩き込んだ上で、何らかの作戦を練っているようだ。
しばらく「ムムム」と声に出して唸りながら考えていたが……。
「よしっ! ここは彼女にも手伝ってもらおう!」
そう叫ぶや否や、白衣のポケットから携帯電話を取り出して何処かに掛ける。
博士が電話を終えて数分が経過すると、建物の外から突然大きな音が鳴る。
それはジェットエンジンの排気口から炎が噴き出すような、けたたましい轟音だった。
「なんだ!?」
スギタが血相を変えて慌てて外に飛び出す。遂にメタルノイドが攻めてきたかと内心肝を冷やす。
さやか達も彼の後に続いて一斉に建物の外に出る。
ただ一人博士だけは何が起きたか知っているのか、慌てた様子を見せない。普段通りの落ち着いた足取りで玄関に向かって歩き出す。
一行が空を見上げると、遥か上空から人影のようなものが降りてくる。
背中にバーニア付きの、天使の翼のような巨大なバックパックを装備し、ジェット噴射の火力を調整しながらゆっくりと降り立つ……それは少女の姿をしていた。
変身後の装甲少女のような姿をしていて、アミカと同じぐらいの年齢に見える、幼い顔立ちをした女の子……さやか達は彼女に見覚えがあった。
「ママーーーーーーッ!!」
……それは自衛隊が開発した対メタルノイド用少女型ロボット、通称『エルミナ』だった。




