シュナイダー博士のレポート Part2
……私はゼル・シュナイダー。
装甲少女とメタルノイドの戦いの記録を見ている君たちに向けてレポートを書くのは、これで二度目になる。
私はこれまで過去について多くを語らなかった。それには理由がある。
情報量があまりに膨大なため、一度に全てを話しても、頭に入らないと思ったからだ。興味も湧かなかっただろう。
だから今の戦いに関係ある事だけを話そうと考えていた。
だがさやか君が、かつてこの世界で起こった戦いを夢で見た事……その夢に出てきた魔法少女らしき霊と対面した事で、今の戦いが、昔の戦いと無関係であるとは言えなくなった。
私は遂に過去について語る事を決めた。それが近い将来、バエルの謎を解く鍵になるかもしれないからだ。
私はこれからさやか君たちに真実を話す。その内容を紙に書いておく事で、戦いの記録を見ている諸君らにも伝わる形式にしたい。長い話になるが、どうか付き合ってもらいたい。
◇ ◇ ◇
まずはさやか君の夢に出てきた怪物について話そう。
遠い昔、この世界を大きな災厄が襲った。それは一人の邪神によってもたらされた。
その邪神の名は……『ΩΩΩ』!
『Ω』とは究極を表す文字だが、それを三つ重ねて『オーズ』と読むらしい。
それがさやか君の夢に出てきた骸骨の化け物の名だ。
他に『闇舞踏』という異名を持つが、そちらの名で呼ばれる事はあまり無い。
オーズの行動に正義や信念といったものは存在しない。
ヤツはその世界に住む人類をひたすら蹂躙し、破壊し、虐殺する。一度に全滅させるのではなく、じわじわと追い詰めるように数を減らしていき、人々が苦しむさまを見て楽しむ。それに飽きたら、最後は世界ごと消滅させる。
ヤツに降伏した人間だけが部下となって生き延びられる。
そうして世界を消し去ったら、ヤツは部下を引き連れて次の世界へと行く。今度はその世界を蹂躙して滅ぼす。そしてまた次の世界に行く。それが五回も繰り返された。
ヤツはただ快楽のために破壊と殺戮を繰り返すだけの、紛う事なき邪神なのだ。
ヤツがこの世界に来た時、果敢に立ち向かう魔法少女がいた。
赤き獄炎の魔法少女 マギア・ソール 焔かすみ
青き氷結の魔法少女 マギア・フロスト 雨霧シズク
橙色の癒しの魔法少女 マギア・エイド 来堂あかり
……それがさやか君の夢に出てきた三人の少女だ。
魔法少女は他にも数人いたが、最終決戦に辿り着いたのは四人だけだ。他の者は途中で命を落とした。
更に四人のうち一人が、最後の戦いにおいて邪神の攻撃を受けて、儚くも命を散らした。
かすみ君は究極魔法を発動させて邪神を封印したが、それは彼女の命を代償として失うものだった。彼女は世界のために犠牲になったのだ。
彼女が死んだ後、シズク君は深く嘆き悲しんで、心の底から泣いた。
世界が救われても、彼女が死んでは意味が無いと思うほどに……。
そして彼女を生き返らせる方法を探す旅に出て、そのまま消息不明となった。
最後に残ったあかり君だけが結婚し、幸せな家庭を築いて、子孫を残す事が出来た。国防長官の雷同平八は、彼女の血を引いている。
……何故私が彼女たちの事を知っているか、疑問に思っただろう。
知っているのは当然だ。何故ならば……私もかつて邪神に世界を滅ぼされて、やむなく服従した一人だったからだ。
私はヤツの命令で、数々の悪しき発明を行った。そのせいで多くの人間が命を落とした。決して許される事ではない。償っても償いきれない罪を犯した。
私は十一回土下座しても許されない、悪の科学者だったのだ。
私は自分が生きるために、たったそれだけのために多くの人間を犠牲にした。それを仕方のない事だと自分に言い聞かせてきた。
だがそれが間違いだった事に気付かされた。魔法少女が気付かせてくれたんだ。彼女たちの勇気に心を打たれて、私は邪神と戦う決心をした。
だが私は戦いの結末を見届けられなかった。最終局面において、敵の攻撃から彼女たちを庇おうとした私はブラックホールに呑まれてしまったんだ。幸いにも一命は取り留めたが、別の星へと飛ばされてしまった。
そうして行き着いたのが、メタルノイドの故郷だった星なのだよ。
私が戦いの結末を知ったのは、あかり君が書き記した日記を平八から見せてもらった事によるものだ。
焔かすみの死は私にとってもショックだった。彼女はこの世から争いが無くなる事を……世界中の人々が笑顔になる事を一途に願って戦った。私は彼女ならば、それが出来ると信じていた。その夢は少女の死によって絶たれた。
◇ ◇ ◇
ともあれ邪神は封印されたが、それで全てが終わった訳では無かった。
ヤツは何らかの手段を用いて封印を破り、現世へと舞い戻った。そして今度は私が飛ばされた星へと攻めてきたのだ。
ヤツは星を侵略するにあたって、新たな兵器を創造した。目が一つだけあって、蜘蛛のような多関節の脚が四本生えた不気味な円盤……さやか君たちも一度だけ戦った、『テトラ・ボット』と呼ばれる殺人ロボだよ。
ヤツはそれを私がいた星に百体以上も投下した。
テトラ・ボットの力はあまりに強大だった。生身の人間が彼らに敵うはずもなく、アリクイがアリを捕食するように、人類は一方的に蹂躙され、虐殺された。
考えてもみたまえ。たった一体ですらさやか君たちがあれだけ苦戦した相手が、五体から十体ほどで群れを成して、集落に襲いかかったのだ。まともに太刀打ちできるはずが無かった。
このままでは絶滅させられると考えた我々は、急遽ヤツらに対抗する力を生み出す必要に迫られた。そこで私とドクター・ブロディは共同研究を立ち上げた。
ナノチップを埋め込んだ人間の脳を、人間の体と同じ感覚で動かせるロボットに搭載する事で、『人間の頭脳と機械のボディを併せ持った兵器』を生み出す……後にメタルノイド計画と呼称されたプロジェクトだ。
メタルノイドとは即ち、脳以外の全てを義体化したフル・サイボーグだったのだよ。あえて自律型の無人兵器を採用しなかったのは、テトラ・ボットが無人兵器であった事から、彼らに同じものをぶつけたら制御を剥奪されるのではないかという懸念が人々の中にあったからだ。
当時どの国にも属さず、金で雇われて各地を転戦する傭兵部隊がいた。彼らは自ら望んでメタルノイドへと志願した。荒くれの集団に力を与える事に私は微かな不安を抱いたが、リスクのある手術を快く引き受けてくれるのは彼らの他にいなかった。
バエルはその傭兵部隊のリーダーだった。今でこそ険悪な仲だが、当時私と彼はそれなりにうまく行っていた。彼は粗暴な野心家だが、人当たりは良かった。どんな難局も精神力で突破するタフさは、荒くれどもの心を掴んだようだ。
彼は元々部隊の下っ端だったそうだが、過酷な戦場で上がどんどん死んでいく中、ただひたすら生き延びる事だけを考えていたら、気が付いたら自分が一番上になっていたという話だった。
ともあれ遂にメタルノイド部隊が結成された。星を守るための戦いが始まったのだ。
戦いは決して順風満帆では無かった。メタルノイドは非常に強かったが、テトラ・ボットの力は彼らを凌駕した。戦力比はメタルノイド五体に対してテトラ・ボット一体分だと言われており、この戦いだけで数十体ものメタルノイドが命を落としたほどだ。
だがバエルだけは話が違った。メタルノイドになった後の彼は……君たちも知っての通り、恐ろしい強さを誇った。味方からすら『魔王』と呼ばれ、恐れられたほどだ。
彼は戦いにおいて一度も傷を受ける事無く、テトラ・ボットをゴミのように蹴散らした。それまで蹂躙する側だったヤツらが、蹂躙される側に回った瞬間だった。結局全テトラ・ボットの半数以上にも上る数を、彼一人で倒してしまった。
私はこの時彼を見て、敵に回れば恐ろしいが、味方であればこれ以上頼もしい存在は無いと胸が躍ったものだよ。
彼は遂にテトラ・ボットを生み出した張本人、邪神オーズと対決する。そして勝ってしまった。さすがに楽勝という訳には行かなかったようだが、それでも彼が勝った。
封印するでもなく、再生させる事無く、塵も残さず分解させて、跡形も無く消し去った……もう二度と復活する事は無いという話だった。
戦った本人いわく、オーズはバエル最終形態の三分の二程度の強さだったそうだ。
「見るがいいッ!! 発展した科学が、古代の神を凌駕した瞬間をッ!!」
オーズを倒した直後、彼は天に向かってそう叫んだと伝えられる。
オーズが倒されたと知って、人々は歓喜した。これで待ち望んだ平和が訪れると大喜びした。
バエルとその部下たちは星を救った英雄としてもてはやされて、異例の歓待を受けた。
だがバエルはそれでは満足しなかった。彼は決して正義や平和のために邪神と戦った訳ではなく、単に自分が世界征服するために邪魔な存在を排除したに過ぎなかったのだ。
彼は機を見計らって人類に宣戦布告を行い、オーズに成り代わって自分が宇宙の支配者として君臨する事を宣言した。そして星を侵略する側に回った。
我々は皮肉にも、第二のオーズを生んでしまった形となる。悔やんでも悔やみきれない事だ。
新たな戦争が起こった時、全メタルノイドの三分の一ほどが人類側に付いた。フェニキスとザルヴァも人類側に加わった。だが残る三分の二はバエル側に付いてしまった。
人類は必死に抵抗したが、バエルに敵うはずも無く敗れていった。ヤツに逆らったメタルノイドは大半が命を落とし、そうでない者はやむなく服従した。星はヤツによって支配されてしまった。
ヤツは一つの星を支配するだけでは飽き足らず、他の星まで侵略する事を思い立った。次の標的として選ばれたのが、今君たちがいる『地球』だ。ヤツは要塞空母『ベヒーモス』に全兵力を乗せて地球へと飛び立った。私も彼の後を追う形で地球へと向かった。
後の事は君たちも知っての通りだ。ヤツらは東京を一夜で壊滅させて、私は来堂あかりの子孫である雷同平八と出会い、ヤツらの地球侵攻を妨げるために協力する事となった。そして装甲少女を開発したのだ。
◇ ◇ ◇
……これで私の話は終わりだ。
私の知る全てを一通り話したが、かすみ君の言葉の真意は掴めない。
「私の友達を救って」とはどういう事なのか、バエルを倒す事が、彼女の友達を救う事とどう繋がるのか……。
あるいはバエルとかすみ君だけが知る、私も知らない真実があるのかもしれない。
我々はそれを確かめるために、先に進まなければならない。
要塞に辿り着いて、バエルの口から直接聞く事だけが、真相を知る唯一の手段に違いないのだから……。
それを知った時、我々はこの戦いが始まった真の意味をも知る事になるだろう。
――――ゼル・シュナイダー。




