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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
194/227

第192話 最高の弟子(後編)

 ……しばらく両者共に相手の出方をうかがうように睨み合ったまま立っていたが、やがて先手を打つようにミサキが前に一歩踏み出す。


「師匠……貴方を倒すために七日間特訓した成果、今からお見せしよう。正真正銘これが最後の打ち合いになる。もしこれで貴方に勝てなければ、その時は私の首が地面に転がるハメになる」


 強い決意に満ちた言葉を吐く。決していつわらざる気迫の宿った台詞セリフからは、生きるか死ぬかの大勝負に出る覚悟を決めた思いが十二分に伝わる。


二重の罠(ダブル・トラップ)ッ!!」


 ミサキが左手の中指と人差し指を垂直に立てて、忍術のように技名を叫ぶ。

 次の瞬間少女の姿が二体に分裂して、それぞれが左右真逆の方向に散開するように走り出す。


『何ッ!?』


 予想だにしない相手の能力に、ガイルがにわかに浮き足立つ。

 事前に把握した弟子の能力の中に、分身を作る技など無かった。もしあったら、これまで幾度となく迎えた危機の中で使っていたはずだ。その事が彼に深い驚きを抱かせた。


(バイド粒子を固定化させて残像を生み出す技は、ゆりかというおなの能力……それを我が弟子は七日掛けて習得したというのかッ! それがしに勝つために……たったそれだけのためにッ!!)


 弟子が指定した七日間という特訓の期間は、全てこのためだったのだと、男はここに至ってようやく理解する。勝利を得るために努力をおこたらない弟子の研鑽けんさんに思わず舌を巻く。


 ガイルが心の中で納得した時、彼の正面から、二体に分裂した少女のうち一体が走り出す。


『ムンッ!』


 男が一喝するように言葉を発しながら刀を振り下ろす。縦一閃いっせんに切り裂かれると、少女の姿が霧のように散っていく。肉を斬った手応えが全く感じられない。


『こっちが残像であったか! ならば……』

「でやぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!』


 釣られた事に気付いて男が慌てて振り返ろうとした瞬間、彼の背後から少女が気迫の篭った雄叫びを上げながら斬りかかる。


『グッ!』


 ガイルが咄嗟に相手の方を向いて、おお太刀だちを水平に構える。間一髪で男のガードが間に合い、少女の斬撃が刀にぶつかって弾かれる。


 ミサキはそれでも一切ひるむ事なく何度も斬りかかる。少女の振った刀が鉄塊のような大太刀に触れるたびに、ギィンッギィンッと鈍い金属音が鳴る。

 強度の高い大太刀が折れるはずもなく、男が押される気配も無い。男には相手の意図が全く読めず、ただせっ詰まって悪あがきしているだけにしか見えない。


 やがて疲れたように少女の動きが遅くなり、ついには刀を振る腕が止まる。


『万策尽きて悪あがきに走るとは愚かなりッ! ここではかなく散る事こそ、そなたの運命だったのだ! いさぎよく我が剣のさびとなれいッ!!』


 ガイルが死を宣告する言葉を吐きながら、大太刀を横ぎに振る。刀のが少女の首に触れて、真っ赤な血が噴き出すかと思われた瞬間……。


『!?』


 目の前で起こった出来事に、ガイルが驚愕する。刀で斬られた少女の姿が、またしても霧のように散ったからだ。

 分裂した二体のうち一体が残像なら、残る一体は本物のはず……しかも二体目はちゃんとした実体があり、何度もガイルの刀に弾かれたのだ。

 にも関わらず二体目も霧のように消え失せた事に、男は何が何だかまるで訳が分からなくなり、頭がおかしくなりかけた。



 ……ふと正面に目をやると、少女が立っていた空間に、彼女が使っていた白い刀『マサムネ』だけが宙に浮いている。


(そうか……そうであったか!! 我が弟子は、直接手を触れずとも刀を遠隔操作する力を持っている! つまり二体目の残像に、宙に浮いた刀を重ねる事で、さも実体があるように見せかけたのだッ!!)


 男が弟子の能力を思い出して、彼女のたくらみに気付く。完全にしてやられた、一杯食わされたという気になり、愕然がくぜんとする。


(ならば弟子は……彼奴きゃつは、今何処にいるというのだ!?)


 敵の姿を見失った事を悟って、にわかに焦燥感が湧き上がる。


 何の手がかりも得られぬままうろたえるように周囲を見回した時、何処からか草を踏む音がザザザッと鳴る。それは男に向かって猛スピードで近付く。音はすれども姿が見えない。


 男から二メートルほど離れた地点に『音』が辿たどり着いた時、ミサキが突然ワープしたように姿を現す。その手には黒い刀ムラマサが握られている。


やつ……透明化の術まで習得しおったか!)


 弟子が姿を消していた事に男が驚愕する。『二重の罠(ダブル・トラップ)』……それは分裂した二体がいずれもおとりだった事を示していた。

 今まで姿を隠したのは、力を溜める時間を稼ぐためだったように思えた。


『グッ……おのれぇぇぇぇぇぇええええええええっっ!!』


 ガイルが激昂してなかばヤケになりながら、刀を横薙ぎに振る。

 少女は最初からそう来ると読んでいたように咄嗟にしゃがんで、相手の一撃を難なくかわす。


『何ッ!?』


 渾身の一撃をかわされた事に男が困惑する。完全に読みを見誤ったと悟り、敗北の二文字が胸に浮かぶ。


「師匠……貴方は重大な局面では、相手の首を落とすために、必ず刀を横薙ぎに振るくせがあるッ! それに気付けたのは、貴方の弟子であるこの私、ただ一人だけだッ!!」


 ミサキが師匠の癖を、してやったり顔で指摘する。勝利への揺るぎない確信に口元をニヤリと緩ませた。

 彼女は師匠の悪癖を見抜きながら、あえて今まで教えなかった。自分だけが知る秘密として温存すれば、いずれ何かの役に立つかもしれないと考えたのだ。今回それを切り札として使った形となる。もはや勝敗は決したも同然だった。


「冥王秘剣奥義……真・烈風斬ッ!!」


 技名を叫びながら、少女の姿がヒュンッという音と共に消える。ほんの一瞬目に見えない高速の銃弾のようなものがガイルの脇腹をカカッとかすめた後、男から十メートルほど離れた地点に、少女が刀を振り終えたまま姿を現す。



 真・烈風斬……。

 残された力全てをついやして放たれた渾身の一撃は、烈風斬の十倍の威力がある。

 だが通常の五倍の溜めが必要になる上に、もし仮にその一撃で敵を仕留められなければ、後は一方的になぶり殺しにされるだけというもろの剣。

 絶対に敵を仕留められると確信した局面でなければ、決して使ってはならない捨て身の技。



『グッ……ヌゥゥウウウ!!』


 ガイルが棒立ちになったまま、苦しそうにうめき声を漏らす。彼の手に握られた大太刀がボロッと力なくこぼれ落ちて地面に転がる。彼の脇腹から胸にかけての装甲が三日月状にバックリと割れて、そこから黄色い火花が鮮血のように噴き出す。


 男は崩れ落ちるように後ろへと傾いていき、ドスゥゥーーーンッという音と共に豪快に倒れ込む。そのままピクリとも動かない。


「ハァ……ハァ……やったぞ」


 敵を討ち果たしたミサキが、辛そうに息を吐きながらニッコリ笑う。手足がガクガク震えて、体中びっしょり汗まみれになり、力を使い切ったようにガクッとひざをついたものの、表情は心から満足したように晴れやかだ。


「ミサキちゃーーーーーーんっ!」


 勝負が終わった事を確信したさやかが、大声で名を呼びながら仲間の元へと走り出す。他の者たちも後に続くように一斉に駆ける。勝利を手にした少女を全員で取りかこむ。


「ミサキちゃん、やったね! おめでとう! 凄いよミサキちゃんっ! ザルヴァと同じ強さの相手を、一人でやっつけちゃったんだもの!」


 真っ先にさやかが仲間の労をねぎらう。強敵との一騎打ちを制する偉業を成し遂げた少女に尊敬の眼差しを向けて、手放しでたたえる。


「ミス・ミサキ、ナイスファイトでしたの! 貴方こそまことのサムライ・ガールですのっ!」


 マリナが仲間の健闘を称賛する。彼女にこそ本物の大和魂があると認定する。


「途中やられるんじゃないかと何度もハラハラしました……ミサキさんが勝ってくれて、本当に良かったです」


 アミカがホッとしたように胸をで下ろす。大切な仲間が生きててくれた事に、心の底から安堵する。とても心臓がドキドキしたのか、少し疲れたような顔を見せる。


「みんな、心配させてすまない……決闘の誘いに乗ったのは、私のわがままだったかもしれない。だが要塞に行く方法を知るには、他に手が無いと思ったんだ」


 ミサキが仲間の顔を見回して、申し訳無さそうに頭を下げる。理由があったとはいえ、大切な友を失う不安を抱かせた事を深くびる。


「ミサキ……ついにやったのね」


 最後にゆりかが、仲間の勝利を祝うように優しく笑いかけた。


「ああ……みんなの協力と応援があったから、私は勝てた。一対一の勝負でも、私はずっと一人じゃなかった。私を応援してくれる仲間がいた。だから私は勝てたんだ……本当に感謝している」


 ミサキが感謝の言葉を口にしながら、フッと穏やかに笑う。


 喜びを分かち合うように言葉を掛け終えた後、自力で立てないミサキにゆりかと博士が肩を貸す。一行は深手を負って倒れたガイルの元へと向かう。


『……我が弟子よ』


 少女たちに見下ろされながら、男が口を開く。

 彼は大の字に倒れたまま、全く起き上がろうとしない。胸の傷はかなり深く、間違いなく致命傷を負ったと思われたが、少しの間言葉を交わす力は残っている様子だ。


『無念……されど天晴あっぱれなり。よくぞ……よくぞそれがしに打ち勝った』


 勝負に敗れた悔しさと、弟子の勝利を歓迎する言葉が同時に飛び出す。それでも最後は弟子が勝ってくれて嬉しいと思う気持ちが上だったのか、満足げにニッコリと笑う。


「師匠……」


 ガイルの言葉を聞いて、ミサキが何とも言えない表情になる。互いに全てをぶつけて殺し合ったが、憎む気持ちは皆無だった。剣術を叩き込んでくれた、尊敬すべき師だった。その彼の死を間近に控えて、複雑な心境になる。


「さあ約束よ。要塞に向かう方法とやらを教えてちょうだい」


 さやかが腰に手を当てて鼻息を吹かせながら、約束を果たすように急かす。

 少女は内心自分でも空気の読めない発言をしたと思ったが、大事な情報を聞き出す前に男が息絶えるのではないかと懸念を抱いた。


『……これを持っていくがいい』


 ガイルはそう言うと、左腰にしてあった巻物のようなものを取り出して、博士に手渡す。

 博士が受け取った巻物を地面に広げると、それは北海道がしるされた地図だった。あさひかわに向かって、マジックで書いた赤い線が、蛇のようにウネウネと引かれている。


「これは何ですの?」


 マリナが地図を眺めながらいぶかしげに問う。


『旭川に向かう道はいくつかあるが、『死の蜘蛛(フェイト・スピナー)』に出会わずに進めるルートはそれ一つだけだ。もしその道順に従わずに進めば、確実に命を落とす事になる……これが約束の報酬なり』


 地図に記された赤い線が、要塞に辿り着く唯一の道である事をガイルが明かす。それこそまさに彼が一対一の決闘の条件として提示した、さやか達の役に立つ情報だった。


『それともう一つ、ついでに教えよう……要塞にてそなたらを待つ者が、我があるじ以外にもう一人いる。その者はザルヴァ……ソードマスター・ザルヴァ!! 彼奴きゃつはそなたらと再戦を果たすため、地獄の底から蘇った! 復活によって進化を遂げたヤツは、以前とは比べ物にならぬ強さを手に入れた! 今のそなたらが戦っても、勝てるという保証は無いッ!!』


 さらに復活した幹部がザルヴァである事、彼が要塞で待ち受ける事、以前さやか達に敗れた時より大幅にパワーアップした事を伝える。

 かつてブリッツが口にした、自分以外に復活したメタルノイドが、ここで明らかとなった。

 あえて同僚の復活を教えたのは、要塞に向かえば死ぬかもしれないぞという、男からの忠告のように思えた。


「それでも私たち、絶対負けないよ」


 さやかが強気な笑みを浮かべながら、頼もしい言葉を吐く。自らの強さをアピールするように、右腕に岩のように大きな力こぶを作る。強敵の復活を告げられてもおくする様子は全く無い。


『そうか……ならば何も言う事はあるまい。ミサキ……我が弟子よ。最後に一つだけ聞きたい』


 さやかとの話を終えると、ガイルはミサキに問いかける。


「何ですか、師匠」


 ミサキが背筋を伸ばしてかしこまった口調になる。尊敬する師と対面する弟子の顔になる。


『それがし……いや私は、お前を娘としてでなく、弟子として扱った。その事を恨んではいまいか』


 ガイルも素に戻ったのか、武士のような呼び方をやめる。これまで彼女に対して行った仕打ちを恨んでないか問う。心の何処かでかすかな負い目を感じていた事を覗かせた。


「……」


 ミサキは師匠の問いにどう答えるべきか迷ったように黙り込む。しばらく下を向いて思い悩んだ表情をしていたが、やがて答えが決まったのか、顔を上げて口を開く。


「……私は師匠から、多くの大切な事を学びました。それらは血となり、肉となり、今も私の中に脈々と息いています。たとえ親子のちぎりなど交わさずとも……貴方は私にとって最高の師匠でした」


 師匠への恨みなど微塵も抱いていない事を明かす。一言一句丁寧につむがれた、感謝を伝える言葉からは、彼女の切実な思いが十二分に伝わる。


『そうか……そうであったか』


 いつわらざる弟子の言葉に、ガイルが嬉しそうに笑う。これまで抱えた不安が払拭されたような満足感に溢れる。機械の体である以上涙は流さないが、心の底から感激したように体を震わせる。


『ゴホゴホッ! そ……そろそろお迎えが来たようだ』


 苦しそうに声に出してき込む。口から真っ赤なオイルが血のように吐き出される。


『もう思い残す事は何も無い……我が弟子よ。お前も悔いを残さぬよう、自分の人生を精一杯生きろ。やりきったと自分に胸を張って言えるよう、最後の一瞬まで、諦めず、希望を捨てず、全力で悪あがきしろ。そこに勝機チャンスを見い出せ。それが私からお前に教える、師匠としての……最後の言葉だ』


 自らの命がもうすぐ尽きる事を悟ったのか、弟子に最後の教えを授ける。

 ミサキは師匠の言葉に聞き入りながら、真剣な表情でコクンとうなずく。


『ミサキよ……お前も、私の……最高の……弟……子……』


 話を終えると、ガクッと力尽きて動かなくなり、静かに息を引き取る。

 ……だが彼の表情は弟子と分かり合えた事に満足したように穏やかだった。


「しっ……師匠ぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 ミサキがガイルの亡骸に突っ伏したまま、大きな声で泣く。そのまま涙が枯れるまで泣き続ける。

 さやか達はそんな彼女を黙って見守る。下手に慰めの言葉を掛けるより、気の済むまで泣く事こそが最善だと考えた。


 そして彼女が泣き止んだら、その時は暖かく迎え入れようと、思いを新たにするのだった。

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