第191話 最高の弟子(中編-2)
クモ型地雷を警戒しながら慎重に進むさやか達の前に、エッジマスター・ガイルと名乗る鎧武者のメタルノイドが姿を現す。ミサキに剣を教えた師匠である彼は、自分に勝てば要塞まで安全に進む方法を教えると条件を提示して、弟子に一対一の決闘を申し込む。
ミサキは彼の提案を受け入れて、七日間の修行に励む。
七日後、両者の戦いの火蓋が切って落とされた。
ガイルは強大な力で終始ミサキを圧倒する。ミサキは徐々に劣勢に追い込まれ、遂に相手の刀で押し潰されそうになる。少女の心が折れて敗北を受け入れかけた瞬間、彼女の勝利を願う仲間の声援が送られる。
友の言葉に勇気を与えられた少女は奮起して立ち上がり、遂に師匠を力で押し返す。
押し飛ばされた勢いで宙を舞ったガイルが地面に落下して尻餅をつく。
「師匠……私が貴方に教わらなかった事が、一つだけある。それは仲間との絆が、力になるという事だッ!!」
ミサキは師匠にパワー勝ちすると、友との友情の絆が、自分に力を与えてくれたと強い口調で語るのだった。
『仲間との絆……だと?』
押し飛ばされて地面に倒れていたガイルがボソッと小声で呟く。ゆっくり体を起こして立ち上がると、しばらく下を向いて立ったまま黙り込む。弟子の言葉に微かに苛立ったように見える。
『……温いッ! 温すぎるぞ、我が弟子よッ! 仲間の絆とやらで優劣が引っくり返るほど、勝負の世界は甘くないッ! そんな曖昧で不確かな精神論に頼るような甘さを教えたつもりは無いッ!!』
顔を上げて目をグワッと見開くと、弟子の主張を真っ向から否定する言葉を吐く。語気の強さも相まって、鬼のような剣幕になる。
よほど腹に据えかねたのか、早口でまくし立てながら、口から大量の唾が飛ぶ。
『一回押し返した程度、只の偶然に過ぎんッ! それを今から証明してみせんッ!!』
一本の大太刀を両手で握って構えると、仕切り直しだと言わんばかりに少女に向かって駆け出す。近接戦の間合いに入ると、刀を縦一閃に振り下ろそうとする。
「フンッ!」
ミサキが再びバック宙返りして相手の一撃を難なくかわす。だいぶ斬撃の間合いを見切り慣れたのか、前回のように切羽詰ってはいない。不敵な笑みを浮かべて鼻息を吹かせる余裕すら見せている。
少女は相手から十メートルほど離れて着地すると、またも腰に挿してあった爆弾クナイの一本を手で引き抜く。
「精神論だけで勝てない事は分かっている……だから、搦め手を使うんだッ!!」
そう叫ぶや否や、相手めがけて一直線に投げ付けた。
『今更かような浅知恵で、それがしを謀る気かッ! この馬鹿弟子めッ!!』
弟子を叱る言葉を吐きながら、ガイルが刀の刃でクナイを弾こうとした瞬間……。
『何!?』
突然の出来事に男が驚きの声を発する。
クナイは刀に触れる直前、空中で四つのパーツに分離して自ら空を飛ぶ。
それはクナイに偽装したビット兵器のようなものだった。
ビットはガイルを四方から取り囲むと、電磁バリアのような障壁を発生させて、内部の空気に高圧電流を生じさせる。
『ぬおおおおッ!!』
強大な破壊力の電流を流されて、ガイルが思わず大きな声で叫ぶ。全身の神経が痺れる感覚を味わったのか、うっかり刀を手放してしまう。数秒間何も出来ずに棒立ちになる。
それでも電流に耐えながら慌てて刀を拾い上げると、横に一回転するように大きく振って、自分の周囲にいる四つのビットを、ハエを落とすように一太刀で斬り払う。
だがビットを排除して電流が消失した次の瞬間、彼の前へと少女が駆け出す。その手にはしっかりと刀が握られている。
「この程度で致命傷にならない事は百も承知ッ! ほんの一瞬でも時間が稼げれば、それで良かったんだ!」
一連の流れが彼女の計画通りだった事を明かす。電流トラップを仕組んだクナイで相手の動きを止めたのは、師匠の間合いに飛び込むために、少女なりに考えた精一杯の策だった。
「冥王秘剣……烈風斬ッ!!」
ミサキが技名を叫びながら全速力でダッシュする。目にも止まらぬ速さとなった少女が、戦場に吹く一陣の風のようにガイルの真横をスウッと通り抜ける。
ガイルも咄嗟に迎え撃とうとしたものの、彼が刀を振るより少女が技を繰り出すタイミングの方が僅かに速かった。
二つの影が交差すると、ミサキが男から十メートルほど離れた大地まで来て足を止める。技を出し終えたように刀を振り下ろした姿勢のまま固まる。
「やった!」
少女の技が命中した事に、さやかが思わずガッツポーズを取る。仲間の勝利を確信して嬉しそうにはしゃぐ。他の四人も満面の笑みを浮かべて大きな歓声を上げる。場が少女の勝利を祝うムード一色になる。
だが当のミサキは全く嬉しそうじゃない。
「グッ……」
それどころか、悔しそうに下唇を噛む。表情には焦りの色が浮かんでおり、額からは汗が滝のように流れ出す。刀を握る手がガクガク震えており、絶望に打ちひしがれたように地面に膝をつく。
とても宿敵を討ち果たした勝利者の姿には見えない。それもその筈だった。
『……残念であったな』
ガイルがそう言いながら、ゆっくりと後ろを振り返る。明らかに余裕のある口ぶりからは、負傷した様子が微塵も感じ取れない。
刀で斬られたはずの彼の脇腹は、車のドアを軽く擦ったようなかすり傷が付いただけで、致命傷には全く届いていない。これまで数多くのメタルノイドを屠ってきた必殺の一撃を受けたにも関わらず……!
『搦め手を使ったとはいえ、それがしに一太刀でも当てた事、称賛に値する。生身同士の決闘なら勝負が付いた一撃だっただろう。その点は素直に認めよう。だがそれがしの装甲の硬さはザルヴァと同程度……烈風斬では致命傷にならんのだ。残念ながらな……』
ガイルが、自らの装甲が極めて堅牢である事を明かす。渾身の策を弄して刀傷を負わせた弟子の奮戦ぶりを褒め称えながらも、それでも尚自分を倒す事は叶わないのだと、これ以上無いほど残酷な事実を突き付けた。
「ああ……そんなぁ」
さやかが悲嘆するあまり、間の抜けた言葉を発する。敵が健在だった事に心底ガッカリしたように肩を落とす。仲間があれだけ必死に頑張ったのに、という思いに包まれて、やるせない気持ちになる。
アミカも同様に、ぬか喜びに終わった事に深い悲しみを抱く。目に涙を浮かべて今にも泣きそうになる。他の仲間たちもミサキの勝ち目が薄い流れに落胆する。
それまで喜び一色に染まっていた場が、一転して絶望へと塗り替えられた。
……ただ一人、ゆりかを除いては。
明らかに仲間が不利な状況に追い込まれたというのに、彼女だけが絶望していない。特訓に付き合った相方の勝利を固く信じるように真剣な顔で成り行きを見守る。
それはミサキも同じだった。技を防がれた事に一度はショックを受けたものの、すぐに思い直したように立ち上がる。後ろを振り返り、ガイルと正面から向き合う。まだ策が残っているのか、表情から希望の色が消え失せていない。
(やはり師匠を倒すには、あの技を使うしか無さそうだ……)
心の中で、そんな言葉を口にする。




