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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第188話 エッジマスターの称号を持つ者

 メリクリウスとの戦いを終えた一行は、再び海辺の砂浜をキャンピングカーで移動する。地雷原を避けるために遠回りする道を選んだ彼らであったが、やがて巨大ながけに行き当たり、砂浜が途切れてしまう。かいするにしても結局は内陸部を進まなければならないと判断し、敵要塞があるあさひかわに向けてハンドルを切った。


 『死の蜘蛛(フェイト・スピナー)』がいないか慎重に見極めるためにノロノロ走る車の速度は遅い。これでは目的地に着くのに数週間をようしてしまうとさやかが不満を漏らしたものの、他に方法が見つからない。

 身の安全を最優先して、亀の歩みを続けた一行だが……。


「ムッ! センサーにメタルノイドの反応あり!」


 車を運転していた博士が敵の存在を察知して、慌ててブレーキを踏む。

 急停車した車のドアが開いて、学生服を着た五人の少女が一斉に降りる。


覚醒トランスッ! アームド・ギア、ウェイクア……」


 先頭にいたさやかが右腕にブレスレットを出現させて、変身の構えを取ろうとした瞬間……。


『……その必要は無い』


 突如そんな声が何処からか発せられた。とても落ち着いた中年男性のような声であったが、それを発した人物の姿は見当たらない。

 謎の声に困惑したさやか達が周囲を見回すと、彼女たちから五メートルほど離れた岩陰から、一人の男が姿を現す。


『今日は戦いに来たのではない。お前たちと話をしに来た』


 声を発した人物が、そう言いながらゆっくりと歩いてくる。少女たちの前に立つと足を止める。敵意は感じられない。


 その者は背丈四メートル、鎧武者の甲冑を着たような姿をしており、顔には般若はんにゃの面を被っている。背中には彼のサイズに合わせた一振りのおお太刀だちが、さやに収まった状態でしてある。

 センサーで探知できた事からメタルノイドであろう事は分かったものの、何とも特徴的で奇妙な外見をしていた。


「……師匠」


 男の姿を目にして、ミサキが小声でつぶやく。この見るからに異様な人物が、彼女に剣術を教えた師匠だというのだ。

 男はミサキの顔を見て何か言いかけたものの、まずは初対面の人物に挨拶あいさつする方が先と考えて、さやかの方を向く。


『まずは拙者を知らぬ者に名乗らせて頂く。それがしはNo.030 コードネーム:エッジマスター・ガイル……先ほど聞いた通り、ミサキの剣術の師匠……そして我があるじバエルの身辺警護をつとめし者なり』


 男が自らの素性を明かす。とても古めかしい言い回しは、戦国時代の武士のような雰囲気を漂わせる。


(……バエルが三十一番目って言ってたわね)


 ゆりかが以前バエルと戦った時の彼の名乗り口上を思い出す。


 ブリッツは三度目の戦いの時、自分以外にもう一体だけメタルノイドが復活したと言った。その者を除けば、幹部クラスのメタルノイドは、今目の前にいる男で打ち止めという事になる。それはバロウズとの戦いがきょうに入った事を意味する。


『今日、それがしがここに来た用件を率直に伝える。霧崎ミサキ……そなたに一対一の決闘を申し込むッ!!』


 ガイルと名乗る男が、ミサキを指差しながら単刀直入に言う。


「師匠が私と、一対一の決闘……だと!?」


 名指しで勝負を申し込まれた事にミサキが困惑する。全く予想しなかった提案に驚くあまり顔を引きつらせて、無意識のうちにジリジリと後ずさる。ひたいから滝のように汗が流れ出す。


 少女のそんな態度を尻目に、ガイルが口を開く。


『本来それがしが受けた任務は五人を抹殺する事……だが貴公らは一人でも人員を失えば、戦力が大幅に低下する。であれば、それがしは弟子と純粋な決闘を行うという、自らの願いを優先させたい……主君にそう申し出た所、晴れて許しを頂く事が出来た』


 ミサキと勝負したいというのは彼自身のいちな願いであった事、バエルの許可が得られた事などを明かす。


「師匠……はっきり言って、貴方はとても強い。私一人では到底勝ち目が無いほどに……その貴方の申し出をただ受けたのでは、こちら側にはデメリットしか無い。何かしら、貴方の申し出を受けた事によるメリットを提示して頂きたい」


 ミサキはすぐには首を縦に振らない。あまりに不利な条件での戦いとなるため、相応の対価が得られなければ、決闘には応じられないと答える。

 ゆりかとゼル博士はよく言った、その通りだと言いたげにウンとうなずく。


『無論ただとは言わぬ……報酬は考えてある』


 相手の返答を予測していたようにガイルが口を開く。


『もしそれがしに勝てたなら、今の貴公らにとってもっとも有益な情報を与える。『死の蜘蛛(フェイト・スピナー)』を避けて、安全に基地まで辿たどり着くための方法をな……』


 一騎打ちに応じた場合の報酬として、地雷原を避けて進む道を教えるのだという。

 それは今のさやか達にとってはのどから手が出るほど欲しいものだった。彼女たちが慎重に徹するあまり亀の歩みをして、むずがゆい思いをしていた現状を見透かしたように思える。


『もしこの情報が得られなければ、仮に拙者を倒したとしても、そなたらが基地に辿り着く事は永久に不可能ッ!! しかるに、この申し出を受けるより他に道は無い』


 それが無ければこれ以上先に進めない事、男の誘いに乗る以外の選択肢が無いのだと伝える。


「……」


 男の言葉を聞いて、ミサキがしばし黙り込む。すぐに返答せず、あごに手を当てて、下を向いて気難しい表情を浮かべたまま考え込む。時折「うーむ」と声に出してうなる。


「……七日ほど時間が欲しい。こっちもそれなりに準備がる」


 やがて覚悟を決めたように顔を上げて、口を開く。


『七日だな? 了解した……七日後の正午、ここから東に一キロ向かった先にある森にかこまれた平野にて、そなたの訪れを待つ。必ずや時間までに来られよ。万が一約束をたがえれば、情報は得られぬものと思え……ではひとまずさらばッ!!』


 男はミサキの提案を受け入れて、約束を守るように強く念を押す。別れの挨拶を済ませると、一行に背を向けて、重そうな見た目からは想像も付かないほどピョンピョンと身軽に飛び跳ねて、険しい岩山をバッタのようにいともたやすく越えていった。

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