第17話 絶望に生きた女(前編)
「生きていたのか……霧崎ミサキ」
少女を一目見て、博士が無意識のうちにそう口にしていた。明らかに少女の素性を知っている様子だった。
「装甲奴隷……ギル・セイバー……霧崎ミサキ」
……さやか達にとっては何から何まで驚く事ばかりであったが、何よりもまず驚いたのは、その少女が博士と顔見知りであったという事だ。
「博士っ! あの娘の事、何か知ってるんですかっ!」
ゆりかが真っ先に問いかける。少しでも少女の素性について聞き出したい思いがあった。
その問いに博士は暗い表情をしながらもゆっくりと語り始めた。
「ああ、知っている……正直、あまり人に話したくはなかった。出来れば私の胸の内に永遠に締まっておきたかった事だ。たとえ卑怯者と罵られようとも……だが現にこうして彼女が目の前に現れた以上、そういう訳にも行かなくなった」
その深刻そうな様子に、さやか達は思わずゴクリと唾を飲んだ。
博士はなおも言葉を続ける。
「かつて私がいた星……メタルノイドはその星を、侵略者から守る為に戦った。だが戦争に勝利した後、今度はメタルノイド自身が星を侵略する側に回ったのだ。狼を狩る者たちが、狼になってしまったと言うべきか……。ヤツらがその戦争において投入した、人の姿をした兵器……それが彼女……霧崎ミサキだ」
……霧崎ミサキは、人造人間だ。
人間の細胞を培養して生み出されたクローン人間……。
それを遺伝子操作し、さらに後から投薬や強化手術を施した存在。
……人造人間、クローン人間、改造人間、強化人間。
彼女にはその全ての単語が当てはまった。
最初、彼女は生身の体に一本の刀だけを手にした姿で戦場に投入された。
だがその刀はライフルの銃弾を弾き、彼女が一陣の風のように駆けると、戦車や戦闘機は一瞬にして真っ二つになった。
そして武装した兵士も、非武装の民間人も、彼女は区別する事なく皆殺しにした。
何万……いや何十万もの命が無惨にも奪われたのだ。彼女は人を殺す事に何の躊躇も無かった。
何しろ彼女はその為に生み出された人間兵器なのだから……。
「……やがて彼女は戦場で討ち死にし、命を落とす事となった」
博士がそこまで語った時、さやか達の中に一つの疑問が湧き上がった。
「えっ、死んだって……? でも今こうして生きてるじゃん。何かの見間違いじゃ……!?」
さやかが不思議そうな顔で問いかける。
その問いに、博士は重苦しい表情で答えた。
「いや……彼女は間違いなく一度死んだ。何故なら、彼女を殺したのは……この私だ」
「……っ!!」
明かされた真実に、さやか達は驚きのあまり言葉を失う。
その時、博士の言葉に答えるかのようにミサキが口を開いた。
「あぁ、そうだ……当時私は肉体を強化されていたとはいえ、装甲奴隷に変身していない生身の体だった。博士は幾重にも罠を張り巡らせて私を待ち伏せし、最後は高性能爆弾で焼き殺したのだ……私の弟ごとなぁっ!!」
腹立たしげにそう叫びながら、博士に刀の切っ先を向ける。
よほど弟を殺した仇が憎かったのだろう……その眼差しは一点の曇りなき、純粋な殺意に満ち溢れていた。
「今更その事について弁解する気は無い……君の弟を殺した事は紛れもない事実だ。あの時そうでもしなければ君を殺せないと分かってて、あえてそうしたのだ……っ!!」
博士はそう言って苦悶の表情を浮かべながら、ミサキから目を背ける。
その姿からは、彼女の弟を巻き込んだ行為を仕方ない事だと割り切ろうとしながらも、決して逃れられない良心の呵責に苛まれている複雑な心境を覗かせていた。
……さやかとゆりかは困惑するあまり、ただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
ミサキとゼル博士、二人の口から語られた凄惨な過去、二人の間にあった壮絶な因縁。それはバロウズに侵略されたとはいえ、これまで日本という平和な国で暮らしてきた彼女たちには、あまりにも縁遠い世界の出来事であった。
「こんなの……重すぎる……」
ふいにさやかがそんな言葉を口にする。その目には微かに涙を浮かべていた。
「フフッ……こっちだって今さら弁解を求めちゃいないさ」
ミサキはそう言って博士を見下すように冷笑する。
「何にせよ、私はこうして組織の手によって生き返った。バロウズから与えられた指令は、そこにいる小娘二人を抹殺する事だが……先に博士を殺してしまっても……構わんのだろうッ!」
刀を手にして構えると、即座に博士に斬りかかっていった。その挙動には一片の躊躇も無かった。
「ぬぅっ!」
殺気を感じ取って、博士は咄嗟に飛び退いて彼女の一撃をかわす。
だが身体能力の差か、先に動くのはミサキの方が速かった。
「終わりだぁっ! 死ねぇっ!」
叫び声と共に、博士の首を撥ねんと刀が一直線に振り下ろされる。
だが刃先が触れようとした瞬間、何者かがその刃を止めた。
「貴様……っ!!」
ミサキが露骨に不快そうな顔をする。
その刃を止めたのは、エア・グレイブ赤城さやかだった。
彼女は右腕の装甲を盾のようにして刀を押し止めながら、ミサキをキッと睨み付ける。
その顔は怒りながら泣いているような、何とも複雑な表情をしていた。
歯をギリギリと強く食いしばり、頬は真っ赤に紅潮し、目からは涙がボロボロとこぼれている。心の中に怒りと悲しみが同時に湧き上がったような……まさにそんな表情だった。
「正直よくわかんないっ! よくわかんないよっ! 貴方にも大切な弟がいたかもしれないっ! 弟を殺されて博士に復讐したかったかもしれないっ! でも貴方だって、たくさん人を殺してきたっ! そして今も殺そうとしてるっ! 私はそれを絶対に許さないっ! 貴方は私の敵っ! だから……私が倒すっ! たとえ貴方を殺す事になろうともっ!」
さやかは心の整理も付かないまま、高ぶる感情のままに吠えた。
ミサキはそんな彼女を警戒するように一旦後ろに下がって距離を取る。
「そうか……ならばエア・グレイブッ! お前から地獄に送ってやるっ!」




