第186話 本当の仲間になりたくて(中編)
地雷原を避けるために海辺の砂浜を移動するさやか達……一旦車を停めて、昼食の準備に取り掛かる。
バーベキューに必要な炭が足りないと知ったマリナは「薪を取りに行く」と言って仲間の返答も聞かずに一人駆け出す。心配になったアミカが彼女の後を追う。
敵として殺し合った罪の意識から勇気が出せず、仲間と打ち解けられずにいた苦悩を明かすマリナだったが、アミカの優しい説得に心を動かされる。これまで抱えていた不安は払拭されて、前向きに打ち解ける決心を固めるのだった。
問題が解決したマリナとアミカが、楽しそうに笑いながら薪拾いを再開しようとした時……。
「メタルノイドが出たぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」
ゼル博士により敵の襲来が告げられる。
急を要する事態だと察して、二人は元いた砂浜に向かって早足で駆け出す。
◇ ◇ ◇
装甲少女へと変身を終えた二人が砂浜に到着すると、さやか達も変身した後だった。博士の乗るキャンピングカーは既に戦いに巻き込まれない場所へと退避している。
二人が合流すると、さやか達は一体のメタルノイドと牽制するように睨み合っていた。
その者は背丈六メートル、全身がゴツゴツして角ばった岩のような装甲をしており、土のような暗めの茶色に塗られている。神話に出てくるゴーレムと呼ばれる怪物を模したロボットのような外見をしていた。左胸には『M』の文字が刻印されている。
よく見ると両手のひらに直径五センチのレンズ穴が付いていたが、それがどんな機能を果たすのかは分からない。
『俺はNo.029 コードネーム:アブソリュート・メリクリウス……バエル様直属の死刑執行人を任された身。貴様らがこのルートを進むだろうと予測して、待ち伏せていたのだ。嬉しいぞ……よくぞのこのこと地獄に足を踏み入れてくれた。ここをお前たちの墓場にしてくれようぞ……フッフフフッ』
岩のような大男が挨拶代わりに自己紹介を行う。一行が想定通りに動いてくれた事を喜び、勝ち誇ったように含み笑いした。
「フン、なによっ! メリクリだか何だか知らないけど、よくも昼食を邪魔してくれたわねっ! 絶対許さない! 良い気になっていられるのも今のウチよっ! ここが地獄だっていうなら、アンタにとっての地獄になるって事を教えてやるんだからっ!!」
さやかが相手を指差して、喧嘩を売る言葉を吐く。肉を食べそびれた事に腹を立てたのか、それとも敵の余裕ありげな態度が癪に障ったのか、フンフンと興奮した牛のように鼻息を荒くする。
「今まで倒した仲間の元に送ってやるッ! でやぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
勇ましく啖呵を切ると、大声で叫びながら敵に向かって駆け出す。そのまま勢いに任せるように右拳によるパンチを繰り出す。
『ムンッ!』
メリクリウスが喝を入れるように一声発しながら、両腕をX字に交差させてガードの構えを取る。腕が交差する一点に拳が激突してドォォーーーンッと地を裂くような爆音が鳴り響くと、男が直立不動のまま後ろへと押されていき、大地に付いた足がザザァーーーッと砂埃を舞わせる。
『フン……能力も分からない相手にいきなり突進するとは、セオリーを無視した戦いぶり……聞きしに勝るゴリラよ』
防御の構えを解くと、腹立たしげに鼻息を吹かせながら少女の脳筋ぶりを罵る。パンチを受けた腕の装甲は微かに凹んだだけで、深手を負った様子は無い。見た目通り重装甲タイプのようだ。
『これでも喰らうがいいッ!』
そう口にするや否や、右腕に仕込んであったフック付きのワイヤーを前方めがけて射出する。他の四人は咄嗟にジャンプしてかわしたものの、さやかだけ一瞬反応が遅れてしまい、彼女の右腕にグルグルとワイヤーが巻き付く。
「こんなオモチャで、私をどうこう出来ると思ってるの? だとしたら、随分と舐められたモノね」
少女があくまで強気な態度を崩さない。この程度の仕掛けで動きを拘束できる訳が無いという確信が、彼女に余裕を抱かせた。
(馬鹿な女め……その余裕が命取りになるとも知らずに。せいぜい己の浅はかさを呪いながら地獄に落ちるがいい)
メリクリウスがあえて声に出さず、心の中で少女を嘲笑う。明らかに何らかの奸計があるように、ニタァッと不気味に口元を歪ませた。思わず「フフッ」と笑う声が口から漏れ出す。
ゆりかは敵に何か考えがあるのではないかと疑い、仲間に忠告しようとしたが既に遅かった。
男が右腕を顔の前に持ってきて小声で何かを囁くと、右腕上部に付いた蓋のようなものがパカッと開く。中にはいくつかの四角いボタンが並んでいる。男が左手の人差し指でボタンをピッピッと順番に押して、何らかの操作を入力完了したらしき仕草をした瞬間……。
「うぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
さやかが悲鳴を上げて悶え苦しむ。彼女の体全体が青白い光を放ち、バチバチと音を立てて放電する。マッサージチェアに乗せられたように体が激しく振動し、皮膚のあちこちからブスブスと音を立てて白煙を立ち上らせた。
男の腕からワイヤー越しに流された高圧電流が、少女の体を貫いたのだ。
『フハハハハッ! 最初からこうなる事を見越して、電流を流せるギミックを仕込んでおいたのだッ! 貴様はまんまとそれに引っかかったという訳だッ! 赤城さやかッ! このまま全身を焼かれて、感電死するがいいッ!!』
メリクリウスが自らの勝利を確信して高笑いする。計略が成功した喜びでウキウキが止まらなくなる。
「さやか、待ってろ! 今助けるぞッ!」
仲間のピンチを見かねたミサキが慌てて助けようとする。彼女の腕を縛るワイヤーを刀で切断しようとした。
「ぐぁぁぁぁああああああっ!」
だが刀の剣先がワイヤーに触れた瞬間、凄まじい威力の電流が少女の体に流れ出す。しかもワイヤーは非常に頑丈であり、生半可な力では断ち切れそうも無い。
ミサキはワイヤーを切るのをやむなく断念し、悔しそうに下唇を噛みながら後ろへと下がる。
『貴様らを殺すために用意した超硬度のワイヤー、そう簡単に切れると本気で思ったか!? 馬鹿めッ! そんな訳無かろう! 仲間の救助は諦めるんだなッ! 何、嘆く事は無いぞ。どうせ貴様らにもすぐに後を追わせてやるッ!!』
メリクリウスが少女の行動を無駄な努力だと嘲る。ワイヤーの強度に絶対の自信を抱き、さやかの死は回避できないのだと強い口調でまくし立てた。
しばらく高圧電流に晒されたまま棒立ちになっていたさやかだが……。
「……ナメんじゃないわよ」
そんな言葉が口から飛び出す。
「電流で死にかけた事なんて、一度や二度じゃないよ……何を今更って感じ。今更すぎて、へそでコーヒー沸かしちゃうんだから。こんな使い古された手で私を殺せると思ってんなら、周回遅れにも程があるんだから。ホント笑っちゃう」
挑発的な台詞が次から次へと出てくる。それが相手に屈したくないが故の強がりなのか、それとも本当に効いていないのか、パッと見では分からない。電流は確実に彼女の体を蝕んでおり、一歩ずつ死に近付いている筈なのだ。
にも関わらず少女の表情は生気に満ちており、倒れる気配が全く無い。あまりの頼もしさ溢れる佇まいに、攻撃を受けた最中である事すら忘れさせる勢いだ。
「こんなんじゃ私を殺せないって事、教えてあげるッ! うらぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
腹の底から絞り出したような雄叫びを発すると、目がグワッと見開かれて、眉間に皺が寄り、とても少女とは思えない阿修羅の顔になる。その気迫に任せるように右腕をグイッと後ろに引くと、ワイヤーで繋がったメリクリウスの体が、綱引きで負けたように引き寄せられた。
『おおおおおっ!?』
少女の想定外の馬鹿力に、男が思わず声に出して狼狽する。メタルノイドの重量は十トンあるというのに、それを物ともしない。彼女がパワータイプだと男は聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
強い力で引っ張られた男の巨体がワイヤーの遠心力によって宙に舞い上がり、少女と男を繋いだワイヤーがピンッと真っ直ぐに張る。直後投げ出された男の体重に耐え切れず、ワイヤーがブツンッと音を立てて千切れてしまう。
『ウオオオオオオッ!!』
ワイヤーが切断されると、男の巨体がなす術なく落下して大地に頭から叩き付けられた。男は上半身が埋まったままジタバタともがくが、すぐに正気を取り戻して慌てて立ち上がる。首を左右にブンブンと振って、顔に付いた砂を払い落とす。
「どう? 私の力がどれほどのものか、思い知ったでしょ」
敵の滑稽な姿を眺めながら、さやかがフフンッと鼻息を吹かせた。腰に手を当てて胸を全面に突き出してふんぞり返りながら、誇らしげなドヤ顔になる。相手に自分の強さを見せ付けた満足感に浸る。
(クソッ……なんて女だ! 話には聞いていたが、まさかこれほどとはッ! 見た目が女子高生なだけで、中身は完全に三国志の張飛ではないかッ! 確かにこれでは、馬鹿正直に力勝負を挑むには分が悪すぎるッ! 巨大な岩に生卵をぶつけるようなモノだッ!!)
少女の怪力ぶりにメリクリウスが驚嘆する。相手の力量を見誤った自身の浅はかさを深く後悔し、認識を改めざるを得ない思いに至る。
『ここは一旦退かせてもらうとしよう……さらばッ!』
唐突にそう口走ると、最初に立っていた方角の砂浜へと向きを変えて、背中のバーニアを噴射させて全速力で逃げ出す。
「待ちなさいっ!」
さやか達も砂浜を徒歩で駆けて、急いで彼の後を追う。
◇ ◇ ◇
両者の追いかけっこはしばらく続いたが、やがてメリクリウスがブレーキを掛けたように急に止まる。男の後を追っていた五人の少女も、警戒するように彼から数メートル離れた場所で立ち止まる。
「ハァ……ハァ……ようやく追い付いたよッ! 観念しなさい! もう何処にも逃がさないんだからッ!」
五人の先頭に立つさやかが汗を掻いて息を切らしながら早口で叫ぶ。人差し指を相手に向けて、無駄な抵抗をやめるように忠告する。
『クククッ……』
だがメリクリウスが観念する様子は全く無い。それどころか五人に背を向けたまま、不気味に口元を歪ませて笑っている。追い詰められた者が取る態度とは到底思えない。
ゆりかとミサキは敵に何か策があるのではないかと疑ったものの、それが何か分からない以上、迂闊に動けない。仲間に注意を呼びかけるのも、それはそれで敵を利する可能性があった。
男は少しの間何もせずただ笑っていたが、やがて思い立ったようにさやか達の方を向く。
『ザザッ! ボーグルッ! 今だっ! やれぇぇぇぇぇぇええええええええっっ!!』
何者かに呼びかけるように、突然大きな声で叫んだ。
彼が名前を呼んだ直後、男から離れた場所にある浅瀬から一体のメタルノイドが水面に浮上する。更に彼の真正面にある砂浜がザザァーーッと盛り上がり、そこにもう一体メタルノイドが立っていた。
二者はメリクリウスを一回り小さくしたような外見をしており、胸にはそれぞれ『Z』『B』の文字が刻まれる。
『ようやく俺たちの出番だぜッ!』
『キキキッ、ここがお前たちの墓場となるのだぁっ!』
男からザザ、ボーグルと呼ばれた二体が不気味に笑う。彼らは上司から合図が送られるまで、じっと息を潜めて待ち伏せていたのだ。
三体は正三角形を描くように配置しており、さやか達はその中心に囚われていた。
『トライアングル・フォーメーション……絶対幽閉牢獄ッ!!』
三体が同時に技名を叫びながら、左右の手のひらを斜め方向にいる仲間へと向ける。手のひらにあるレンズ穴から白い光線のようなものが仲間に向けて放たれ、仲間がそれを手で受ける。そうして三体が白い線で結ばれた三角の図形が出来上がった瞬間、それは起こった。
さやか達の周囲にある空気が突然バチバチッと音を立ててスパークする。それは瞬く間に大きくなっていき、白い線で囲まれた結界内部が落雷に匹敵する高圧電流で覆われた。
『うぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!』
『ぐぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!』
『ギャァァァァァアアアアアアアッッ!!』
全身を凄まじい威力の電流で貫かれて、五人の少女が悲鳴を上げる。体の芯から引き裂かれたような激痛に、危うく気を失いかけた。それは先ほどさやかが受けたものより遥かに強力だった。
五つに重なった乙女の叫びが、絶望の音楽となって砂浜に響き渡る。
『フハハハハハハァッ! 馬鹿めぇっ! 敵を追い込んだつもりで、自分たちが追い込まれた事に気付きもしないとはなぁっ! わざと苦戦したフリをして、貴様らをこの場に誘い込む……そういう計画だったのだぁっ!!』
もがき苦しむ少女を眺めながら、メリクリウスが嬉しそうに笑う。最初から彼女たちを罠に嵌める作戦だった事を自信満々に明かす。計略が成功した事に機嫌を良くする。
『ここでお前たちを亡き者とし、その首をバエル様への手土産とするッ! バエル様もさぞやお喜びになられるであろう……俺は大出世を果たし、空白になった元帥の座に就任するのだぁっ! ハァーーーッハッハッハァッ!!』
自らの勝利を確信し、昇進した姿を想像して胸を躍らせた。
「なによっ! どう見ても上がガラ空きじゃないっ! こんなもの、あっさり脱出してやるんだからっ! オラァァアアアッ!!」
さやかが電流に耐えて負けん気な台詞を吐く。勢いよくジャンプして結界から脱出しようとした。
「いたぁっ!」
だが目に見えない天井のようなものにぶつかり、地面に落下してしまう。
『アブソリュート・メリクリウス、ライトニング・ザザ、サンダー・ボーグル……三人が力を合わせて形成したバリア・フィールドは空からも地下からも脱出不可能ッ! 貴様らはここで電子レンジに焼かれた肉となる運命にあるのだッ! 分かったら、諦めて絶望してさっさとくたばって死ねッ!!』
メリクリウスが自分たちの技の特性について語る。少女の努力を無駄な愚行だと嘲り、死の運命を受け入れるように言う。
「このままでは……皆さん、私の元に集まってくださいっ!」
何か思い付いたのか、アミカが大声で呼びかける。他の四人が指示に従い、彼女に身を寄せる。
「チェンジ……ガードモードッ!」
アミカはそう口にしながら右腕のボタンを押すと、両手のひらを前面にかざして半透明のバリアをドーム状に張り巡らせて、五人を包み込む。
「アミカ、私も手伝うわ!」
「協力しますの!」
ゆりかとマリナも後に続くようにバリアを張り、三人のバリアが重なって厚みを増す。防御力が増したバリアは電流を完全に遮断し、全く寄せ付けない。
「やった!」
電流を防げた事にさやかが一瞬気を良くしてガッツポーズする。
「だがこのまま防いだだけでは、相手を攻撃する手段が無い。こっちのバリアが先に尽きれば、丸焦げになる未来は避けられない……」
ミサキが冷静に状況を分析して、勝機の無さに悲嘆する。さやかも、他の仲間たちも彼女の言葉に反論できず、顔をうつむかせた。
敵が緻密な計算を練って作戦を立てた以上、敵のパワーが先に尽きる事は考えにくい。今の彼女たちには打開策が思い付かなかった。




