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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
187/227

第185話 本当の仲間になりたくて(前編)

 ベルセデスとの戦いから数日……北海道の海辺の砂浜を、一台のキャンピングカーが走る。無論それはさやか達を乗せた車だ。彼女たちがこのルートを選んだのには理由があった。


 一行は最初、内陸部を突っ切るつもりでいた。その方がバロウズ要塞があるというあさひかわに手っ取り早く着けるからだ。だがそれは取り止めになった。


 ゼル博士が偵察用の小型ドローンを飛ばしてみた所、小さいクモ型ロボットの残骸と、焼け焦げた人間の死体らしきものが見つかる。それがバロウズの自走式ステルス地雷『死の蜘蛛(フェイト・スピナー)』と、その犠牲者だという事は一目で分かった。


 基地への最短ルートに地雷が仕掛けられている危険性があり、それを避けるために、あえてかいして進む事に決まる。無論敵側にこちらの動向を読まれた可能性はあったものの、地雷原を突っ切るよりマシという結論に落ち着く。



 砂浜を移動して、およそ二時間が経過……時刻にして昼の十二時過ぎ。敵が襲ってくる気配は無い。


「よし、ここいらでひとまず昼食をる事にしよう。なに、心配する事は無い。センサーによると半径二十メートル以内に敵の反応は見当たらなかった」


 博士がそう言って砂浜に車をめる。運転席から降りると、車の荷台から肉を焼くための鉄板を取り出す。電源不要で長時間冷やす特殊クーラーボックスには肉と野菜が詰め込んである。


「今日のお昼はバーベキューねっ!」


 さやかがそう言って目をキラキラ輝かせる。新鮮な肉が食べられる事に胸をおどらせた。

 彼女たちも車から降りて、博士の作業をせっせと手伝う。手を動かしたまま、たわいもない雑談に花を咲かせる。


「……」


 ただ一人マリナだけは重苦しい表情を浮かべたまま黙り込んでいる。作業はちゃんと手伝ったものの、一切口を開かず、仲間たちの会話に混ざろうとしない。

 肉が嫌いだった訳ではない。彼女は仲間になってから数日、ずっとこの調子だった。さやかにおかしな事をされた時だけは反応を返すものの、すぐ元に戻ってしまう。


「あっ……」


 さやかは一瞬冗談を言って彼女をからかおうとしたものの、それでは根本的な解決にならないと悟り、思わず口をつぐんでしまう。他の三人も解決策が見つからず、無言のまま手だけ動かす。場の空気がにわかに重くなる。


「しまった! すみを用意していなかった!」


 沈黙を破ろうとするように、博士が大きな声で叫ぶ。苦虫をつぶしたような表情を浮かべて、自らのひたいを手でペチッと叩く。肉は用意してあっても、肉を焼くのに必要な燃料が無いというのだ。


「来た道を引き返したら、日がれてしまう……どうしたものか」


 腕組みして気難しい顔になりながら、「ムムムッ」と声に出してうなる。今後について真剣に考えたものの、妙案が浮かばない。


「ここから少し離れた所に林がありますの。ちょっとそこへ行って、たきぎを取ってきますわ」


 マリナはそう口にするや否や、仲間の返答も聞かずに一人で走り出す。


「マリナさんっ! 待って下さい! 私も行きますっ!」


 アミカが大声で叫びながら、慌てて後を追う。彼女の事が心配になり、ても立ってもいられなかった。

 さやか達も一瞬後を追おうとしたものの、全員でぞろぞろ向かうより二人きりの方が話しやすいと考えて、思いとどまる。せめて彼女たちをこころよく迎えようと、肉を焼く準備を再開する。


 アミカは必死に追いかけたものの、マリナの足は非常に速く、どんどん引き離されていく。何度か呼びかけてみたが、彼女の耳には届いていない。

 やがて相手の姿が小さな点になり、そのまま見失う。それでも真っ直ぐ進めば会えるだろうと思い、少女は走り続けた。


  ◇    ◇    ◇


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 一心不乱に走り続けたマリナが息を切らす。表情には疲労の色が浮かび、体中じっとりと汗ばむ。ガクガク震えて足が止まる。あの場から離れようとするのに必死で、アミカが後を追っていた事には気が付いていない。

 少女がふと辺りを見回すと、いつの間にか目的の林へと到着していた。


「……」


 マリナが下を向いて深刻そうな顔をしたまま物思いにふける。


 自分でも何故あんな行動に出たか分からない。あの場にられない気持ちと、みんなの役に立ちたい思いが入り混じって、無意識のうちに駆け出したのかもしれない。彼女はそう思った。


 よそよそしい態度を取って、みんなを怒らせたかもしれない。うまく場に馴染もうとしない事で、不興を買ったかもしれない。それを「失敗した」と後悔する気持ちもある。だが上手いやり方が見つからない。

 どうすれば良いか、自分でも分からない。今の彼女はさながら水まりにハマったアリのようだ。


 それでもこのまま何もしない訳には行かず、足元に落ちた枯れ木を拾い始める。枯れ木は広い範囲に落ちていたが、彼女はしゃがみ歩きしたまま右手でヒョイヒョイと拾い集めて、左脇に抱えていく。

 手を動かすだけなのは楽だった。何も考えずに済むから。


 やがて一人では持ちきれない量になった時……。


「手伝いましょうか?」


 誰かが後ろから声を掛けてきた。


「ワアッ!」


 マリナが急に声を掛けられた事にビックリして、思わず大声で叫びながら駆け出してしまう。その衝撃でうっかり枯れ木を手放して、バラバラと地面にぶちまける。


「ああ、私が声を掛けたばかりに……すみません。おびに拾うの手伝います」


 十二歳くらいの少女が何度も頭を下げて平謝りする。とても申し訳無さそうな顔をしながら、地面に落ちた枯れ木を拾い始める。

 マリナに声を掛けたのは、彼女を追ってきた他ならぬアミカだった。やっとここまで追い付いたが、マリナがそれに気付いていない事が不幸の元となった。


「……」


 いそいそと木を拾い集めるアミカを、マリナが複雑な心境で眺める。

 木を地面にぶちまけたのは自分のせいなのに、彼女は一切とがめずに拾うのを手伝ってくれる……その事がいたたまれなかった。


「ほっといてくれれば良いのに……」


 そんな言葉が口から飛び出す。


「どうして……どうしてワタクシなんかに構ってくださいますのッ! 私みたいな女の事なんか、ほっといてくれて構いませんのにッ! その方がいっそ、気が楽になりますわッ!!」


 目をつぶって思い詰めた表情をしたまま、早口でまくし立てる。自分を卑下ひげする言葉が次々に飛び出す。肩をプルプル震わせて泣きそうになる。


「ワタクシみたいな悪党、今更いまさら貴方たちと馴れ合うなんて、そんな事出来る訳ありませんのッ! 散々迷惑を掛けましたのッ! 絶対許されませんのッ! だからもう、ほっといてくださいませッ!!」


 かつて敵として戦ってきた苦悩を吐露とろする。自分を責める気持ちがあり、仲間と打ち解けるべきでないとする心の壁を生んでいた。自分には受け入れられる資格など無いと考えていたのだ。

 仲間に加わったからといって、これまで犯した罪が急に消えてなくなる訳じゃない……その思いが彼女を深く追い詰めた。彼女はいっそこのまま消え去りたいとすら願った。


「マリナさん……」


 ウッウッと声に出して泣き出す少女を、アミカが悲しげな表情で見つめる。彼女の事がとてもびんに思えて、胸がきゅうっと締め付けられた。

 せめて今やれるだけの事をやろうと考えて、制服のスカートのポケットからハンカチを取り出す。


「ほっといてくれだなんて、さびしい事言わないで下さい……さやかさんもゆりさんもミサキさんも博士も、みんな良い人達です。マリナさんを責めたりなんて絶対しません。むしろ逆……みんな貴方と仲良くしたいんです。それなのにマリナさんが心の壁を作ってしまったら、悲しいじゃありませんか」


 マリナのほほを流れる涙をハンカチでそっとぬぐいながら、優しく言葉を掛ける。極力刺激を与えないよう、丁寧な口調で話す。


「……分かってますの」


 マリナがボソッと小声でつぶやく。だいぶ気持ちが落ち着いたのか泣くのを止めたが、表情は暗いままだ。涙でれて真っ赤になった顔を右腕でゴシゴシくと、今度は両ひざを抱えたまま体育座りする。


「皆さんがワタクシを許してくださった事、もう分かってますの……みんなとっても優しい方でいらっしゃいましたわ。その事には深く感謝してますの」


 仲間が自分を恨んでいない事に理解を示す。暖かく迎えられた数日間を思い出して、少しだけ安心したように笑顔になる。


「でも……」


 だが表情が一瞬にして暗くなる。


「ワタクシ、怖いんですの……勇気が出ませんの。みんなが私の事を嫌ってないと分かっていても、それでも行動に移せませんの……体が萎縮してしまいますの。ワタクシ、とんだ臆病者ですわ。おいしいチキンガールですの」


 うつむいたまま、今にも消え入りそうにか細い声で言う。言葉の一つ一つにどうにもならない悲壮感が浮かぶ。

 仲間に受け入れられた事は分かっていても、彼女自身の中にある恐怖が、無意識に心の壁を作ってしまっていた事を明かす。

 体の大きな女性が、肩を縮こませてウサギのようにプルプル震える姿は何とも言えない哀愁を漂わせた。


 アミカはおびえる少女の前に立つと、その場にしゃがみ込んで、彼女の手を自分の手で包み込むようにしっかりと握る。


「急に変わろうとしなくて良いんです。ゆっくりと……少しずつ変わっていければ良い。そうすればきっと馴染めるようになります。焦る必要なんて無い。時間はいくらでもあるんですから……」


 穏やかな表情で相手を見ながら、いたわりの言葉を掛ける。丁寧につむがれた一言一句に仲間を思いやる優しさが感じられた。少女が如何いかに真剣に相手を心配したか、マリナにも痛いほどよく分かる。

 触れ合った手を通して、人肌の温もりが伝わる。それは彼女の中にあった不安を和らげるには十分だった。


「ああっ……!!」


 マリナは胸が奥からカーッと熱くなって、感極まってアミカを抱き締めた。


「おお……ミス・アミカっ! 貴方はなんて素晴らしい子なのっ! まるで地上に舞い降りた天使のよう! ワタクシ、感激しましたのっ!」


 両腕でぎゅうっと抱き締めながら、少女の人柄を強い口調でたたえる。感動のあまり涙が浮かんで、目をうるませた。


「ワタクシ、こんなに大事に思われていたなんて知りませんでしたのっ! なんて愚かなんでしょう! 無垢むくな優しさに応えられなければ、天罰が下ってしまいますのっ!」


 そして仲間の思いを理解しない己の無知を深く嘆いた。


「むぐぐ……くっ……苦しいです……マリナさん」


 少女の熱い抱擁を受けて、アミカが嫌がる子供のように手足をバタつかせた。息をする箇所がたわわな胸でふさがれて呼吸できなくなり、あやうく窒息しかけた。


「Oh……I'm sorry」


 相手が苦しんでいる事に気付いて、マリナが慌てて抱くのをやめて平謝りする。申し訳無さそうな顔をしながら何度も頭を下げた。


「ミス・アミカ……貴方のおかげで勇気が湧きましたの。ワタクシ、何だかやれそうな気がしてきましたわ。もう少しだけ頑張ってみますの。礼を言いますの」


 心からの感謝を述べながら、フッと口元をゆるませた。これまで抱えていた不安が払拭されたように、晴れやかな笑みを浮かべる。

 もう彼女は大丈夫……そう思わせる優しい笑顔だった。


「マリナさん……」


 問題が解決した事を確信して、アミカも嬉しそうに笑う。努力がむくわれた安心感に包まれる。



 二人が楽しそうに笑いながらたきぎ拾いを再開しようとした時……。


「メタルノイドが出たぞぉぉぉぉおおおおおおーーーーーーーーっっ!!」


 北海道全土に響かんばかりの大声が発せられた。博士が叫んだと思われる言葉の声量はとても大きく、砂浜から林まで二キロほど離れていたが、それでも二人の耳に届いた。まるでスピーカーを使ったかのようだ。


「マリナさんっ!」

「ええっ!」


 二人は互いに顔を合わせてコクンとうなずくと、元いた砂浜に向かって全力で駆け出す。新たな激闘を予感して、仲間と力を合わせて困難を乗り越えるのだと決意を胸に抱きながら……。

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