第183話 降臨!その名はエア・グライド(後編)
装甲少女エア・グライドへと変身を遂げた蛟神マリナ……単身ベルセデスに立ち向かう。
ベルセデスは強力な二つの技を使用してマリナを迎え撃とうとしたものの、彼女はそのどちらも攻略してみせた。
(マリナ……っ!!)
少女の高い戦闘能力、ずば抜けたセンスに、さやか達は彼女の揺るぎない勝利を確信して胸を躍らせた。
『……クズどもが』
ベルセデスが唐突に口走る。戦勝ムードに湧くさやか達とは対照的に、全身をわなわな震わせる。二度も技を破られた事に深く落胆した彼であったが、怒りによって落ち着きを取り戻す。
『蛟神マリナ……貴様が素晴らしい戦士である事は認めよう。バエル様の猛特訓に耐えたのは伊達じゃない……並みの力量では、ここまで渡り合えなかっただろう』
相手の実力を素直に称賛する。これまで格下とみなしていた認識を改め、対等の敵と判断して身構える。
『だがマリナ……いや装甲少女エア・グライド! それでも勝機は我にあり! 何故なら私は最後の手札を残してある! 貴様を確実にあの世へと送る、究極の切り札がなッ! 防げるものなら防いでみせろ! もし防げたら、私は貴様を殺す手段を全て失う! その時は貴様の勝ちだッ!!』
尚も自らの勝利を信じて疑わない。一つの大技を残してある事を明かし、最後の決戦に臨む事を宣言した。
話を終えるとベルセデスの背中に生えたトンボのような虫羽が、二十匹くらいの手のひらサイズの蚊型ロボットへと変形する。それらはブゥゥーーーンと羽音を立てながら一斉に飛び立ち、マリナを四方八方から取り囲む。相手を威嚇するようにキキキッと不気味に鳴く。
『……やれぇっ!』
男が前方に手を振って合図を送ると、蚊の大群が、包囲の中心にいる少女めがけて金属製の針をプププッと口から発射する。針が大地に刺さった音がドガガガッとマシンガンのように鳴り響き、砂煙が立ち上って少女の姿が見えなくなる。
やがて弾切れになったのか、蚊の大群は男の背中へと飛んでいき、再び虫羽の姿に戻る。
「マリナぁぁぁぁああああああーーーーーーーっっ!!」
さやかが悲痛な声で叫ぶ。金属針の集中砲火を浴びた仲間の姿を目にして、死を予感せずにいられない。心は深い悲しみに染まり、目にはうっすらと涙が浮かぶ。
『フハハハハッ! 今そいつが喰らったのはアーマー・ピアッシング! バロウズ製のバリアを素通りし、メタルノイドの装甲だろうと豆腐のように貫通する最強の金属針だッ! 然るに防御は絶対に不可能ッ! 生身の人間が受ければ、確実に命を落とすシロモノだッ!!』
蚊が発射した金属針についてベルセデスが解説する。
それはかつてデスギュノスがトータスに対して使用したのと同じ兵器だった。
『蛟神マリナは死んだ……間違いなく命を落としたッ! メタルノイドですら致命傷になりかねない技を、生身の少女が喰らったのだッ! 生きてなどいられるはずが無いッ! 彼女のこれまでの努力は水泡に帰したのだッ! はぁっはっはっはっはっはっ!!』
敵を仕留めた事を確信して、嬉しそうに大声で笑う。少女が体中を串刺しにされて無惨な死を遂げた姿を想像して、ウキウキが止まらなくなる。思わず鼻歌を唄いながらスキップしたい衝動に駆られた。
生意気な小娘に一泡吹かせられた心地になり、気持ちが満たされた。
「そんな……」
マリナの死を告げられて、さやかが悲嘆に暮れる。ガクッと膝をついて、今にも泣きそうになる。他の仲間たちも苦悶の表情を浮かべて顔をうつむかせる。少女の生存を信じる者はいない。一時の希望が絶望へと塗り替えられた悲しみで、胸が張り裂けそうになる。
『ワハハハハッ……』
彼らに追い討ちをかけるように、ベルセデスの笑い声が荒野にこだまする。
悪夢のような光景がしばらく続いた後、モクモクと立ち込めていた煙が次第に晴れてゆく。
やがて煙が完全に消えて視界が開けた時……少女はそこに立っていた。
「フフンッ」
腰に手を当てて得意げに鼻息を吹かせながら、勝ち誇ったドヤ顔になる。特に疲れた様子は無く、二本の足でしっかりと立てている。
金属の針はびっしりと地面に刺さっていたものの、彼女には一本も当たっていない。全くの無傷だ。
『ななな、なんばとぉぉおおおぼろぉぉぉぉおおおおおおっっ!!』
ベルセデスが驚くあまり奇声を発した。もはや呂律が回っておらず、ちゃんとした言葉になっていない。冷静さを保てなくなり、あばばばば、パピプペポ、などと意味不明な事ばかり口走る。
遂に頭がおかしくなったか……その場にいた者たちは皆、彼を見てそう思った。
(どどどどど、どういう事だ!? あの女、どうやって技を凌いだッ! ままま、まずはそれを……それを確かめなければッ! いいか俺、落ち着けッ! ひとまず落ち着くんだッ!)
それでも何とか正気を保とうと、必死に自分に言い聞かせる。ハァハァと激しく息を切らせたままその場にしゃがみ込んで、額に手を当てて、落ち着きを取り戻そうとする。
やがて動悸が収まってくると、フゥーーッと深呼吸して気持ちを落ち着かせながらゆっくりと立ち上がる。
(どうやって技を防いだか……確かめねばならん)
ベルセデスが右腕を顔の前まで持ってきて小声で何か囁くと、右腕上部に付いた蓋のようなものがパカッと開く。そこに小型のモニターが一つと、無数のボタンが並ぶ。
左手の人差し指でボタンをピッピッと順番に押すと、マリナの姿がサーモグラフィーで赤く画面に映し出される。どうやって技を防いだか見るために、自動録画した映像をスロー再生する。
(……ッ!!)
映像を見てベルセデスは驚愕した。マリナは自分に向かって飛んできた針を一本ずつ正確に避けていたのだ。針は雨あられのように発射されたが、彼女はそれをウナギのようにウネウネと動いてかわしていた。スロー再生で見ると『何となくやれそう』に思えたが、彼女はそれを等速で行った。わずか一瞬の出来事だ。
(何という事だッ! こんな事、常識的にありえるか!? 防御できないなら、避けるしかない……理屈の上では確かにそうだ。だがこの技はヤツにとって初見のはずだぞ!? 瞬時に針の軌道を計算し、回避ルートを割り出す思考の速さ……更にそれを避け切るスピードが無ければ不可能な芸当だッ! ヤツはそれを……それをやってのけたというのか!? 馬鹿なッ!!)
少女が針を目視で避けた事実に、男は動揺を隠し切れない。絶対に出来る訳ないと思っていた事を平然とやられた驚きに、心を激しくかき乱された。
(ヤツは人間じゃないッ! 正真正銘、人の皮を被った化け物だッ! いやバカモノだッ!!)
思わず頭を抱え込んでウンウンと唸りながら、彼女の非常識ぶりを心の中で罵る事しか出来なかった。
現実逃避するように塞ぎ込んだベルセデスを、マリナが見下すような目で見る。
「貴方の技は全て攻略しましたわ。どうなさいますの? 大人しく降参するなら、命だけは助けてあげても良くってよ」
右手を首の後ろに回して腋を強調するポーズを見せて、気だるそうに溜息をつきながら、あえて挑発する言動を取る。むろん本気で敵が降参するなどとは思っていない。優勢なのを良い事に、わざと敵を怒らせようとしている。
『グヌヌゥ……』
ベルセデスが一言も言い返せずに悔しがる。下を向いたまま唸り声を発しながら肩をプルプル震わせる。討論において論破されたように黙り込む。
彼女を倒せる手段が無くなった事は紛れもない事実であり、今更勝ち誇った態度など取れない。嘘をついた所で精神攻撃にもならない。
後は逃げるか降伏するか、戦って死ぬしか選択肢が無い。
『それでも……それでも私は断じて貴様などに屈しはせんッ! ましてや逃げ恥を晒すつもりも無いッ! 蛟神マリナッ! 私は赤城さやかの首を持って帰る事をバエル様に約束して、ここまで来たのだッ! それが成し遂げられぬとあらば、いっそこの場で潔く討ち死にして果てようぞッ!!』
それでも引き下がれない思いがあり、最後まで戦い抜く事を宣言する。たとえ命を散らそうとも、戦士として矜持を貫き通す事を選ぶ。
話を終えると、決死の覚悟を抱きながら少女に向かってドスドスと走り出す。
『せめて足の一本……いや指先の皮だろうと、あの世に持っていく!!』
そう叫びながら、両手をグワッと開く。相手を掴んで力ずくで締め上げるつもりのようだ。
「最終ギア……解放ッ!!」
マリナが必殺技を放つ準備動作に入る。右脚の装甲に内蔵されたギアがギュィィーーーンッと音を立てて回りだし、エネルギーが凄まじい速さで溜まっていく。バチバチと稲妻のようなものが漏れ出し、右脚全体が眩い光を放つ。
パワーが限界まで溜まると、マリナは一旦大きくしゃがんだ後、反動を付けるように大地を強く蹴って高く跳ぶ。さやかに使用した時の倍の高さまでジャンプすると、背中のバーニアの噴射口を空に向けて、ジェット噴射の勢いで急降下する。
「ベノン・ストライク……フルダイヴッ!!」
右足を斜め下に突き出した姿勢のまま、技名を叫びながら敵めがけて落下する。そのスピードは以前使用したものよりも格段に速い。空気との摩擦により生じた炎のようなオーラをまとい、あたかも地球に落下する隕石のようだ。
ベルセデスは咄嗟に両腕を盾にしてガードしようとしたものの、少女の足は男の腕を豆腐のように粉砕し、そのまま一気に相手の体ごとブチ抜いて、向こう側にある空間へと突き抜ける。
最後はバランスを崩さないよう右手と両足を大地についた姿勢で着地して、ズザザザァァーーーーッと数メートル引きずって、派手に砂煙を上げながら止まる。
『グァァァァアアアアアアーーーーーーーーッッ!!』
どてっ腹に少女と同じ大きさの風穴を空けられて、男が化け物のような悲鳴を上げる。穴の断面から覗いた機械がズタズタに捩じ切れていて、金属の部品が、食べかけたカステラのようにポロポロと零れ落ちる。致命傷を受けた事は疑いようが無い状況だ。
『コノ未来ハ スーパーコンピューターデモ予測デキナカッタ……バエル様……期待ニ応エラレズ、申シ訳アリマセ……ン……ンンンッッ!!』
任務を果たせなかった無念を滲ませると、一瞬ガクッとうなだれて動かなくなった後、穴が空いた箇所から火が点いたように爆発して木っ端微塵に吹き飛んだ。地面に散らばった黒焦げの破片が、男の死をこれ以上無いほど強く印象付ける。
「……Good night. Sweet dreams」
男の無惨な最期を見届けながら、マリナが弔うように口にした。
憎むべき敵であったが、義手と義足を与えてくれた恩もある。
今はただ戦士として矜持を貫き通した彼に敬意を払い、安らかに眠れるよう祈る。
ベルセデスが死ぬと、ゆりか、ミサキ、アミカを拘束していたリングが消滅して、ようやく彼女たちが動けるようになる。
「ふうっ……長いイモムシ生活とも、これでおさらばだ。二時間足らずの出来事だったはずだが、四ヶ月以上は縛られてた気分だったな」
ミサキが安堵の溜息を漏らしながら立ち上がると、他の二人も後に続く。久々に体を動かせた喜びを味わうように背中を曲げたり、手足を伸ばしたりする。
危機が去った事を確信して、博士も金属球から発生させていたバリアを解除する。
「マリナーーーーーーーーッ!!」
さやかが大声で名を呼びながら、少女の元へと駆け寄る。
「マリナ、本当に装甲少女になれたんだねっ! 私今すっごく嬉しい! これからずっと一緒だよっ! マリナが仲間になってくれて、モーレツに感動してるっ! 悪いヤツみんなやっつけて、楽しい思い出いっぱい作ろう! ねっ!」
少女の仲間入りを歓迎する言葉が口を衝いて出る。嬉しさのあまり満面の笑みを浮かべながら相手に抱き着く。よほど興奮しているのか、馬のように鼻息を荒くさせる。
「こ、こちらこそよろしく……ですの」
マリナが両腕で抱かれたまま、言い辛そうに口をモゴモゴさせる。これまで迷惑を掛けた負い目か、それとも単に恥ずかしいからか、素直に目を合わせられない。表情に微かな罪悪感が浮かぶ。
「マリナちゃん、大好きっ! 愛してるっ! チュッ」
さやかはそんな態度を気にも留めず、彼女の頬にキスした。
「ななな、何するんですのっ!」
突然の仕打ちにマリナが顔を真っ赤にして怒り出す。心に抱えていたモヤモヤが一瞬で吹き飛ぶ。
「もう、いつまでくっついてますの! さっさと離れて下さいませっ! さもないと、新型ゴリラウィルスに感染しますの! そんなの絶対ゴメンですのっ! だいたい貴方、ちゃんと毎日風呂に入ってますの!? 貴方からポテトチップスのコンソメ味のニオイがプンプンなさいますの! コンソメ臭が伝染るのなんて、絶対嫌ですわっ!!」
早口でまくし立てながら、相手の顔を両手でグイグイ押して、ハグを振り払おうとする。
「ええーーーー、そんなぁーーーーっ」
さやかがタコみたいに口を尖らせてジト目になりながら、ブーブーと不満を垂れた。もっと金髪のお嬢様と濃厚接触したかったようだ。
他の仲間たちは、少し離れた場所から二人を見守る。
「これから賑やかになりそうですね」
アミカがコントのようなやり取りを眺めながらニッコリ笑う。
「フッ……さやかに負けず随分とキャラの濃い女が仲間になってしまったな」
ミサキが腕組みしたドヤ顔になりながら、上から目線で言う。自分は違うとでも言いたげだ。
(えっ、貴方がそれを言うの!?)
ゆりかは思わず声に出して言いかけたツッコミを、慌ててグッと飲み込んだ。
博士とアミカは彼女の心境を察して、クスクスと小声で笑う。
(マリナ……良かったな)
少女が一行に打ち解けた平和な光景に、桃色のアームド・ギアがホッと胸を撫で下ろす。この先ずっと彼女が幸せでいられるようにと、心から願うのだった。




