第180話 キミのチカラになりたくて
エア・グレイブ赤城さやかとギル・グライド蛟神マリナ……両者の全てを賭けた必殺技が遂に激突する。相討ちかに思われた戦いは、マリナの機械の右足が時間差で砕けた事によって勝敗が決する。
右足を失って錯乱するマリナを、さやかが優しく抱き締めた。人肌の温もりに包まれて心が満たされたマリナは不思議な感情を抱く。それが何なのか、彼女自身にも分からない。
だが両者が分かり合おうとした時、ベルセデスが突然走り出した。
『くだらん茶番は終わりだッ! 死ねぇぇぇぇええええええーーーーーーーーッッ!!』
大声で叫びながら、右腕の甲に仕込んであったリストブレイドで二人を貫こうとする。これまで戦いを静観していた彼であったが、遂に痺れを切らしたのだ。
咄嗟にマリナを庇おうとして突き飛ばしたさやかは、避ける暇もなく凶刃に貫かれてしまう。
「私……マリナに生きて欲しかった。幸せになって……欲し……」
そう言って穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに息を引き取るのだった。
「Sa……Sayakaaaaaaaaa!!」
マリナが悲痛な声で泣き叫ぶ。表情が見る見るうちに絶望の色に染まっていき、悲しみで胸が張り裂けそうになる。頭の中がグチャグチャに掻き回されて、とても冷静でいられなくなる。
気が動転したあまり、何度も声を掛けたり、激しく体を揺さぶったりして、さやかを起こそうとする。無論そんな事で起きる筈がない。既に彼女は死んだも同然なのだ。
「uu……Sayaka……please……please get up for me……」
目から大粒の涙を溢れさせながら、少女の体に覆い被さって泣き出す。彼女が刺された事に深く責任を感じて、自責の念に押し潰されそうになる。彼女が死んでしまったら耐えられない気持ちになる。いっそ自分が刺された方がまだマシだったという思いにすらなる。
……マリナはとっくに気付いていた。たとえ生身の手足を取り戻しても、両親が自分を愛してくれない事に。その現実から目を背けていた事に。
陸上競技で良い結果を出せば、両親が愛してくれるかもしれないと、淡い希望にすがり付いただけだった。そうする事でしか未来に希望を見出せなかった。それすら諦めてしまったら、生きる目的を全て失う気がした。
本当はただ愛されたかった。自分の存在価値を、誰かに認めて欲しかった。自分が傷付いたら一緒に泣いてくれて、良い事があったら一緒に笑ってくれる……そんな家族のような相手に出会いたかった。たったそれだけなのだ。
ここに至ってようやくマリナは、さやかこそが探し求めていた相手だったと気付く。だがそれに気付くには、あまりに遅すぎた。遅すぎたのだ。
少女は一番大切な事を見落とした自分の愚かさを、心の底から呪った。
「さやか……」
友の死を前にして、ゆりかが悲嘆に暮れる。他の者も一様に顔を曇らせる。皆泣きそうになるのを必死に堪えて、下を向いたまま肩を震わせる。それでも我慢できずに、ウウッと嗚咽を漏らしてむせび泣く。
大切な仲間を失った悲しみを抑えられる筈が無かった。彼女は一人の少女を救った事に満足しながら死んだのだ。その事が余計に辛かった。
一行が深い傷心に囚われて、落ち込んでいた時……。
『フフフッ……ハハハハハァッ!!』
感傷に浸るのを邪魔するようにベルセデスが笑い出す。
『やった……遂にやったぞ! やはり私の見込んだ通りであった! 如何に赤城さやかと言えど、連戦に次ぐ連戦で限界まで体力を消耗しては、自力での復活は不可能ッ! その状態でトドメを刺す事によって、確実に命を奪えるッ! これがロスヴァルトと同じ轍を踏まない為に私が考えた作戦ッ! スーパーコンピュータが成功率百パーセントと判定した、完璧な計画だッ!!』
これまでの段取り全てが、さやかを殺すという一つの目的遂行の為に練られた、大掛かりな作戦だった事を明かす。
(……恐ろしい男だ)
ゼル博士がベルセデスの用意周到ぶりに驚嘆した。
恐らく彼は単独でも高い戦闘力の持ち主だ。それは未だに外せない拘束リングが彼の能力らしい事からも明らかだ。
だが彼はそれだけでは安心しなかった。
さやかが何度も死の淵から蘇った事を警戒し、ロスヴァルトの二の舞にならないために、緻密な作戦を立てたのだ。
ヒューマン・デストロイヤー、ブリッツ、蛟神マリナ、そして自分という四段構えの襲撃を行った。そして見事に目的を遂行してみせた。
(……さすが、バロウズの元帥なだけの事はある)
彼の徹底した慎重さに、博士は敵ながら思わず舌を巻いた。
『赤城さやかは死んだ……彼女が生き返る事は決して無い。絶対にだ。そして彼女亡き今、残る装甲少女など我らにとってはゴミカスも同然。もはやバロウズによる世界征服計画は完了したに等しい。バエル様も、さぞやお喜びになられたであろう……』
使命を終えたベルセデスが達成感に浸る。宿敵を討ち果たした喜びを心から味わうように、空を眺めながら物思いに耽る。
『これから地上は阿鼻叫喚の地獄と化し、我らが支配する絶望と暗黒の世界が訪れる……バエル様に栄光あれッ!!』
拳を天に向かって突き上げて、高らかに勝利宣言を行う。
一行は誰も彼の言葉に反論できず、悔しげに顔をうつむかせたまま、黙って聞き入るしか無い。
『さてと……』
ベルセデスはふと思い出したようにマリナの方を振り返る。
彼女は相変わらずさやかに覆い被さって泣いている。男はそれを悠然と見下ろす。
『マリナよ……紆余曲折あったが、結果的に作戦は成功した。それというのも、お前の協力があったればこそ。感謝しているぞ……お前の存在が無ければ、成功率を百パーセントには出来なかったのだからな』
少女に対して、作戦に貢献した事への感謝の念を述べる。
『途中で敵と分かり合おうとした事は気に入らんが、不問にしてやる。約束は約束だ。貴様の手足を元通りにしてやる。フフフッ……喜ぶがいい。これで何の不自由も無い平和な日常が取り戻せるのだからな……ハッハッハッ』
あえて寛大な態度を示し、律儀に約束を果たす事を伝えた。彼女が元の生活に戻れる事を皮肉交じりに歓迎しながら笑う。
「……そんなもの要りませんわ」
『あ?』
少女が唐突に声を発する。あまりに予想外の言葉が返ってきたため、ベルセデスは一瞬ポカンと口を半開きにした。
「生身の手足なんて、そんなもの……もう要りませんのッ! そんなもの貰ったって、両親はワタクシを愛しては下さりませんのッ! だからもう、いいですのッ!!」
マリナが堰を切ったように、今の思いを早口でまくし立てた。素直に現実を認めて吹っ切れたのか、家族に愛される事への未練を全く感じさせない。
「ワタクシ、ようやく出会えたのですわ。自分を受け入れて、認めてくれる相手に……」
そう言うと、さやかの顔を寂しげな表情で見つめながら、愛おしそうに指で撫でる。自分を庇ってくれた事に感謝するように、瞳を潤ませながら唇にキスした。
「どんな願いでも叶えて下さるというのなら、ミス・サヤカを今すぐ生き返らせて下さいませッ! それが今の私の、本当の願いですのッ!!」
顔を上げて、気迫の篭った言葉で自らの要求を伝えた。放たれた一言一句には全く迷いが無い。目はグワッと見開かれて、眉間には皺が寄る。要求が果たされなければ激怒しかねないほど真剣な顔付きになる。
もはや彼女にとって両親の事などどうでも良くなった。自分を愛してくれる一人の少女だけが、生きる希望となった。
『……』
マリナの言葉を、ベルセデスはただ黙って聞いていた。彼女の話が終わってもピクリとも動かずに、無言のまま棒立ちになっている。
よほど少女の言葉にショックを受けたのか、あるいは頭の中を整理しているのか……ただ今の状況を歓迎しない事だけは確かだ。
何しろ彼は赤城さやかを殺すためにこれまで努力したのだ。にも関わらずさやかを生き返らせろと言われて、喜べる筈が無かった。
しばらく石像のように固まっていた彼だったが……。
『この……大馬鹿者がぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!』
導火線に火が点いたように怒りを爆発させた。大地を揺るがす雷の如き怒号を吐き出すと、少女の腹を足のつま先で力任せに蹴り飛ばす。
「ンアアアアッ!」
少女が悲痛な声で叫びながら弾き飛ばされて、大地を石ころのようにゴロゴロ転がる。男から数メートル離れて止まると、蹴られた腹を両手で押さえながら、ゴホゴホッと辛そうに咳き込んだ。
ベルセデスは少女に向かってズカズカと早足で歩き、彼女の前で止まる。しばらくゴミを見るような目で眺めていたが、やがて片足を大きく上げて、そのまま一気に踏み付けた。
『あの女を生き返らせろだとぉ!? ふざけるなッ! 私が今まで何のために必死に努力したと思っているッ! あの女を殺すためだぞッ! それがようやく叶ったのに、台無しにするような命令が聞けると本気で思っているのかッ! クソ女めッ! この脳足りんの、役立たずの、大バカタレがぁぁぁぁああああああっ!!』
ありったけの罵詈雑言を喚きながら、少女を何度も踏む。一度に全体重を乗せるのではなく、複数回に分けて、じわじわといたぶるように殺そうとする。
「アアッ! アアッ!」
ロボットの巨大な足で踏まれて、マリナが苦しそうにもがく。
男が足を下ろすたびにドガッドガッと音が鳴り、大地が激しく振動する。そのたびに少女の口から真っ赤な血が吐き出されて、辺り一面血の海と化す。この拷問が続いたら、数分と持たずに命を落としてしまいそうだ。
『一体誰が貴様を取り立ててやったと思っている!? 私だぞッ! 私が貴様の粒子適性を見抜いて、スカウトしたッ! それが無ければ、貴様は今も病室で腑抜けた人形のように暮らしていたんだぞッ! にも関わらず、くだらん情に流されおって! もういい! 敵と心を通わせたなら、貴様も敵とみなす! ここで仲良く死ぬがいいッ!!』
ベルセデスが死を宣告する言葉を吐く。恩を仇で返されたと感じたのか、一瞬の迷いも無い。このまま少女を踏み殺すつもりでいた。
(嫌ですの……せっかく本当の願いに気付けたのに、こんな所で死ぬなんて……そんなの絶対に嫌ですのッ!)
苛烈な拷問を受けながら、マリナが必死に生にしがみ付こうとする。だがダンゴムシのように体を丸めて耐えるので精一杯で、他に手立てが無い。激しい戦いで消耗した今の彼女に、ベルセデスを倒す力など残っていない。
(ああ……誰か……誰かワタクシに、力を与えて下さいませッ!!)
藁にもすがる思いで祈りを捧げた時……。
突然彼女の右腕が光りだす。その光は次第に大きくなっていき、辺り一帯を包み込むまでになる。ベルセデスですら直視できないほどの眩しさに彼がひるんだ時、少女の姿がワープしたように足元から消えていた。
◇ ◇ ◇
「うっ……」
マリナが目を覚ました時、彼女は深い暗闇の中に倒れていた。周囲に他の者の姿は無い。彼女一人だけだ。この奇妙な空間に囚われた事に、一瞬死んでしまったのかと錯覚した。
「マリナ……マリナ……」
何者かが彼女に語りかける。声の主に心当たりは無い。少女が戸惑いながら周囲を見回すと、目の前に小さな光がボヤッと浮き上がる。それは人魂のようであり、蛍の光のようでもあった。手を伸ばしても直接触れる事は出来ない。
「アナタ……誰ですの?」
声の主と思しき光にマリナが問いかける。
「私は黒のアームド・ギアに搭載された人工知能……今こうしてお前の頭に直接語りかけている」
声の主が疑問に答える。
それは少女をギル・グライドに変身させた黒のブレスレットに宿る意思だというのだ。この奇怪な現象も、彼が起こしたもののようだった。
「私は持ち主の願いに応えるようインプットされている。私を作った組織でなく、持ち主であるお前の願いにだ……そのように作られた」
自らの行動原理について説明する。
「かつて私の主はミサキという少女だった。だが私には彼女を助けられなかった。白のアームド・ギアが飛んできた時、なす術なく装着者を明け渡すしか無かった。私にとってそれは屈辱だった……主を救えない己の無力さが許せなかったのだ」
ミサキを救えなかった事への後悔を口にする。自分の役目を果たせなかった者の苦悩が浮かぶ。
「私は同じ失敗を繰り返したくない……だからマリナよ、あえて問おう。力が欲しくないか? もし望むなら、私は今一度お前に力を授けようぞ」
少女に力を与える提案をする。今度こそ主の役に立とうと意気込む。
「その力があれば……ミス・サヤカを救えるんですのね?」
マリナが念を押すように問う。仮に力が与えられても、仲間を助けられなければ意味が無いという懸念があった。
「お前がそう望むなら、必ずや願いは果たされよう……」
謎の声が、心配するなと言いたげに疑問に答える。
「分かりましたわ……黒のアームド・ギア! お願いですの! 今一度、私に力を与えて下さいませ! 必ずやアナタの良きパートナーになってみせますの!」
マリナが声の主に呼びかけた。不安が払拭された今、ためらう理由は一つも無い。少女が目の前にある光に手を伸ばすと、光は瞬く間に大きくなっていき、暗闇を明るく照らし出す。
◇ ◇ ◇
……荒野を覆っていた光が消えて無くなった時、マリナはベルセデスから離れた大地に立っていた。外見は変身前の制服姿に戻っている。
驚くべき事に、さやかに破壊された機械の右足が元通りになっている。更に右手首にあったブレスレットが、黒から桃色に変わっていた。
『……』
その場にいた者は誰も状況を理解できず、ポカンと口を開けたまま棒立ちになる。マリナは周囲を見回して一通りの反応を確かめると、肩の力を抜いて、リラックスするように深呼吸する。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」
突然そう叫ぶや否や、変身の構えを取る。少女の全身が眩い光に包まれて、金属の装甲をまとった戦士の姿へと変わっていく。
装甲の形はギル・グライドと変わらないが、色は黒から鮮やかなピンク色に変化している。レオタードも黒から白へと変わっている。左右の両腰に爆弾クナイが三本ずつ挿してある点は変わらない。
ウェーブの掛かった金髪に白い肌、白のレオタード、桃色の装甲という組み合わせは見る者の目を引く。悪役令嬢から美の女神に生まれ変わったかのようだ。
「装甲少女……天空より舞い降りし桃色の牙、エア・グライド!」
変身を終えると、マリナが颯爽と名乗りを上げる。
装甲奴隷ではなく装甲少女……彼女は確かにそう名乗った。
『なっ……何ぃぃぃぃいいいいいいーーーーーーーーっっ!?』
……ベルセデスは驚くあまり、大声で叫ぶ事しか出来なかった。




