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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
181/227

第179話 新たなライバル(後編)

最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 マリナがそう叫ぶや否や、右足の装甲からギュィィーーーンとドリルが高速回転するような音が鳴り出す。恐らくは彼女の右足にも、さやかの右腕と同様のギアモーターが内蔵されており、それが必殺技を放つために駆動した事を推測させるものだった。


「最終ギア……解放ッ!!」


 相手から一瞬遅れて、さやかもパワーを溜める動作に入る。二人のギアが回転する音が重なり、共鳴を起こして北海道全土に響かんばかりの大音量となる。遠く離れた場所にいたエゾシカの群れが、空気のかすかな振動を感じ取り、慌てて逃げ出す。


 さやかの右腕とマリナの右足が、バチバチと音を立てて放電する。今にも力が溢れんばかりにまばゆい光を放つ。

 二人の少女が互いに相手を見ながらニヤリと不敵に笑う。どちらもこの勝負に胸を高鳴らせている。負けるかもしれない不安より、残された全てをぶつけ合える喜びが勝る。

 マリナがラスト・ターンと言った通り、彼女たちはこの一撃で全てを終わらせるつもりでいた。


「サヤカ・アカギ……行きますわよ。ワタクシの力、目に焼き付けてあの世へとおきなさいッ!!」


 最大までパワーを溜めると、マリナはすぐに垂直ジャンプする。三階建ての校舎を超える高さまで飛び上がる。


「I'll drop you into hell!!」


 死を宣告する言葉を吐くと、右足を斜め下へと突き出した姿勢のまま、相手めがけて急降下した。背中のバーニアが噴射口を上向きにしたまま炎を噴射させて、彼女の落下を加速させる。


「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 さやかも負けじと獅子のごと咆哮ほうこうを上げながら、大地に立ったまま、空に向かってパンチを繰り出す。自らの拳で少女の蹴りを迎え撃とうとする。


ベノン(VENOM)・ストライクッ!!」

「オメガ・ストライクッ!!」


 技名を叫んだのとほぼ同時に、互いの蹴りと拳が激突する。その瞬間ダイナマイトが爆発したような音が鳴り響き、大地が激しく揺れた。衝突の発生地点から強烈な突風が吹き荒れて、大量の砂ぼこりが空に舞い上がり、小石となって地面に降り注ぐ。


「うぁぁぁぁぁあああああああっっ!!」

「ンアアアアアアッ!!」


 直後バァンッとタイヤが破裂したような音が鳴り、二人の少女が悲鳴を上げながら弾き飛ばされた。新幹線にねられたような勢いで大地に激突して、数メートル引きずった挙句に体が半分めり込む。全身を駆け回る痛みが相当きつかったのか、二人ともすぐには起き上がれず、イモムシのように体をよじらせる。


 またしても相討ちか……その場にいた者がそう感じた時、マリナが一足先に立ち上がる。激突の後自分が先に動けた事に、宿敵に勝ったという実感が胸に湧き上がり、表情が満面の笑みになる。


「この勝負……ワタクシの勝ちですわねッ!!」


 そう言いながら、倒れた相手に向かって一気に駆け出す。このままとどめを刺そうともくろむ。


 勝利を確信した少女が数歩前へと進んだ時……。


「ウッ!!」


 急に一声発しながら、その場に立ち止まる。


「ウッ……グァァァァァアアアアアアアッッ!!」


 直後いきなり地面に倒れ込んで、右足を抱えたまま、苦しそうに悲鳴を上げてのたうち回った。放たれた絶叫はのどれてしまいそうなほど大きく、激しく暴れるさまは、彼女の右足が想像を絶する痛みに襲われたであろう事を悟らせた。このまま放っておいたら、もがき苦しんだだけで気絶してしまいそうだ。


 成り行きを見ていた者には何が起こったのか理解できない。訳が分からずに茫然ぼうぜんと立ち尽くしていたが……。


「ムッ! あれを見ろっ!」


 ゼル博士がそう叫びながら、マリナの右足を指差す。皆が彼の指示に従い、一斉に視線を向ける。

 よく見ると、拳と衝突した足裏部分に小さなヒビが入っている。それは次第に大きくなっていき、やがて右足の装甲全体に大きな亀裂となって張り巡らされる。


 一瞬ビシッと小さな音が鳴った。


 直後それが引き金になったように、彼女の右足が亀裂の入った箇所から音を立てて崩れだす。やがて表面の装甲が砕けて、内部の機械があらわになる。さらに剥き出しになった金属の骨格も、すねの下半分が、風で飛ばされたビニールかさのようにへし折れて、まともに歩けない状態になる。


「いっ……いやぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」


 マリナの口から、この世の終わりと思える程の絶叫が放たれた。自分の右足を打ち砕かれた事に、交通事故にって両手と両足を失った時の恐怖がフラッシュバックして、正気を保っていられなくなる。


 トラウマが何度も脳内で再生されて、過呼吸になって息が詰まる。急激に胸が苦しくなって、まいがして吐き気をもよおす。頭の血管がキューッとなって、視界がグルグル回って、物事を考えられなくなる。

 高齢者の運転する車が自分めがけて突っ込んでくる幻覚が見えてしまう。


「Noooooo!! Someone help me please!! No!! No!! Help meeeeeeee!!」


 うつ伏せに地べたをいつくばったまま、大声で泣き叫んで誰彼構わず助けを求める。もはや戦いどころでは無くなり、完全にパニックにおちいっていた。

 目からは大粒の涙が溢れ出し、表情は深い絶望に染まる。翼をもがれたタカに戦う気力などあるはずもなく、完膚無きまでに心をへし折られた、ただの小娘と化した。


 その時地面に倒れていたさやかが、むくっと起き上がる。衝突によって弾き飛ばされたものの、大きく負傷した様子は無い。すぐに二本の足で立ち上がる。


「マリナ……」


 片足を失って錯乱した少女を、あわれむような目で見る。心をえぐられるような体験をした彼女に、心の底から同情する。相手があまりにかわいそうで、見ているのが辛くなる。


 少女の事情を深く知った訳ではない。彼女の口から明かされたのは事故で両手と両足を失った事、さやかを殺せば生身の手足を取り戻せる契約を交わした事、それが果たされるまでは親元に帰れないと決心した事だけだった。

 だが彼女に負けられない理由があると知るには、それで十分だった。


 彼女は他人の不幸を喜ぶような悪党ではない。ただ自分の幸せを取り戻したかっただけの、ごく普通の少女なのだ。


 もはやさやかにとってマリナは命を奪う危険のある敵では無くなった。親猫から引き離されてさびしく鳴き続けるだけの子猫になっていた。彼女を救ってあげたい気持ちでいっぱいになり、胸がきゅうっとなる。


 さやかはマリナの元まで歩いていき、その場にしゃがみ込むと、おびえる彼女を両手で包み込むようにそっと抱き締めた。


「よしよし……もう怖くないよ。なんも怖くないからね」


 そう言って、怖がる彼女を落ち着かせようと優しく言葉を掛ける。その声は赤子をあやす母親のように穏やかで、瞳は天使のような慈愛に満ちている。相手の心をいやしてあげたい思いやりが十二分に伝わる。


「Help……help me……hel……」


 さやかに抱き締められて、狂った獣のように暴れていたマリナがだんだん静かになる。人肌のぬくもりに包まれて安心感を覚えたのか、相手の胸にしがみ付いたまま、グスッ……グスッ……と小声ですすり泣く。やがて気持ちが落ち着いたのか、体の震えが止まって泣くのをやめる。


「……」


 普段の冷静さを取り戻しても、マリナは抱かれたまま抵抗しない。ハグを振りほどいたり、奇襲したりする様子は全く無い。反省した子供のようにしおらしくなって、相手のなすがままにさせている。


 一番見られたくない相手に、恥ずかしい所を見られた。その事にかすかにプライドが傷付いた気持ちもあった。だが完膚無きまでに敗れた事はまぎれもない事実であり、今更いまさら意地を張っても仕方がないという気持ちの方が上だった。


 そして何より……他人の優しさに触れた時、今まで味わった事の無い不思議な感覚を覚えた。心のかわきが満たされるような幸福感を抱いたのと同時に、胸が少しドキドキした。それが何なのか、彼女自身にも分からない。一瞬これが恋なのかと錯覚すらした。

 少女は自分の中に湧き上がった理解できない感情に、戸惑わずにいられなかった。


「サヤカ・アカギ……あの……ワタクシ……」


 恥ずかしさで目を合わせられず、マリナがうつむいたまま何か言おうとした時……。


『くだらん茶番は終わりだッ! 死ねぇぇぇぇええええええーーーーーーーーッッ!!』


 ベルセデスが大声で叫びながら突如走り出す。これまで成り行きを見守っていた彼であったが、よほど腹にえかねたのか、ついに自ら行動を起こす。

 右腕のこうに仕込んであったつめのようなリストブレイドを飛び出させて、二人をくし刺しにしようとする。


「危ないっ!」


 さやかがそう言って咄嗟にマリナを突き飛ばす。無意識下での行動だった。

 突き飛ばされた勢いで、マリナが少女から数メートル離れた地面に倒れた瞬間……。


「うぐぅっ!」


 悲痛な声と共に、ドスッと何かが刺さったような鈍い音が鳴る。真っ赤な血が噴き出して、大地がまたたく間に赤く染まる。


「サヤ……カ……」


 マリナが顔を上げると、目の前でさやかが敵の刃に胸を貫かれていた。男が刃を引き抜くと、傷口からトマトジュースのように血がドクドクと溢れ出す。

 さやかの顔から見る見るうちに生気が抜けていき、糸が切れた人形のように倒れす。


 マリナは一瞬何が起こったか分からなかった。状況を理解するのに数秒掛かった。それでもさやかが自分をかばって串刺しにされた事を知り、深い悲しみを抱く。

 右足を失ったため歩けない彼女は、地べたをいつくばってどうにか少女の元へと辿たどり着く。


「Sayaka……Why……Why did you for me?」


 相手の顔を覗き込んで、心配そうに声を掛けた。どうして自分なんかのために……そう何度も口にする。そんな資格など無いと言わんばかりに自分を責める。

 彼女を助けたい思いで胸が張り裂けそうになる。目に涙が浮かんで、またも泣きそうになる。自分のために彼女が死んだら、とても耐えられない気持ちになる。


「ハァ……ハァ……良かった。マリナが無事で……」


 さやかが消え入りそうにか細い声で言う。相手に向ける笑顔は優しく、何ともはかなげだ。今この瞬間命が尽きようとしているのに、あくまで他人を思いやる。その健気な態度が余計に痛ましい。


「私……マリナに生きて欲しかった。幸せになって……欲し……」


 そう言い終える前に、目を閉じてガクッと力尽きる。起き上がる気配は全く無い。

 その表情は少女の命を救えた事に満足したように穏やかだった。


「Sa……Sayakaaaaaaaaa!!」


 マリナの悲痛な叫び声が天に響き渡る……。

 ベルセデスは使命を成しげられた喜びでニッコリ笑う。



(……マリナ)


 その時黒のアームド・ギアが小声で呼びかけた事に、彼女は気付きもしなかった。

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