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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
179/227

第177話 新たなライバル(中編-3)

 ――――そして現在。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 さやかに殴り飛ばされて地面に倒れていたマリナが、ゆっくりと立ち上がる。

 背筋が曲がっていて、呼吸は荒く、手足が震えている。表情に疲労の色が浮かぶ。大幅に体力を消耗しているのが見て取れる。

 先ほど喰らった一撃でかなりのダメージを負った彼女であったが、気力によって自らを奮い立たせていた。


「まだ……まだですのッ! ワタクシ、諦めませんのッ! 貴方に勝って、失った手足を取り戻すって……そう心に決めましたのッ! それまで、親元には帰れませんのッ!」


 強い決意に満ちた言葉が口をいて出る。彼女にも引き下がれない理由がある事が十二分に伝わる。

 体はよろめいたものの、瞳に浮かぶ闘志の炎は決して揺らいでいない。


「だから私はッ! 絶対にッ! 負けられませんのぉぉおおおおっ!」


 そう叫ぶや否や、大地を強く蹴って雄々しく走りだす。視界の先にエサを見つけた馬のように全力疾走する。


「分かったよ……マリナ」


 少女の言葉を聞いて、さやかが目を閉じて思いをせる。覚悟を秘めた彼女の真剣さに胸を打たれる感覚があり、心の奥底から熱い激情のようなものが湧き上がる。


「だったら私もッ! 全力で貴方とぶつかり合うッ! ぶつかり合って、分かり合ってみせるッ!」


 目をグワッと見開いて敵を威嚇するように睨み付けると、あえて本気で勝負する宣言をしてみせた。相手の覚悟に応えなければ失礼だという思いが、そうさせたのだ。


「うぉぉおおおおっ!」


 さやかも大声で叫びながら敵に向かってダッシュする。


「うららららららぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 勇ましくえながら、両手を駆使した拳のラッシュを繰り出す。一撃の威力を低くした代わりに手数で攻める、高速の連打だ。


「Orararararaaaaaaaaa!!」


 マリナも負けじと気迫の篭った雄叫びを発しながら、パンチによるラッシュを放つ。両者の拳が正面から激突して、ドガガガガッとガトリングの発射音のように響き渡る。そのたびに衝撃波が発せられて、周囲一帯の空気がビリビリと振動する。


「Kill you!! Dieeeeeee!!」


 やがてマリナが一歩後ろに下がると、右手の指を揃えて、鋭い剣のようにまされた貫手をさやかの腹めがけて放つ。


「どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 それとほぼ時を同じくして、さやかもググッと握った右拳を大きく後ろに回して、バネのように勢いを付けたパンチを繰り出す。


 二つの影が重なった瞬間ザシュッと何かを貫いたような音が鳴る。二人は硬直したまま一歩も動かない。勝敗がどうなったかは分からない。

 何とも言えない緊張感が場を支配して、辺りが静寂に包まれる。戦いを見ていた者たちが思わずゴクリとつばを飲んだ。


 かわいた風が吹き抜けて、カラカラと大地の砂が舞った直後……。


「Ungaahhhhhhhh!!」

「ぐぁぁぁぁああああああっっ!!」


 両者が共に悲鳴を上げながら後方へと弾き飛ばされる。マリナの左ほほは赤く腫れ上がっており、さやかの腹からは真っ赤な血が噴き出す。ただ傷は浅かったのか、出血量はそう多くはない。


「……オゥ」

「ううっ……」


 二人は地面に倒れたまま、傷口の激しい痛みに身をよじらせてもだえる。そのままダンゴムシのように体を丸まらせた。しばらく起き上がれそうにない。


『……勝負はほぼ互角か』


 これまで二人の戦いを見ていたベルセデスが、思わずそう口にしていた。

 その言葉を聞いたミサキ達も、敵ながら反論せず、同意するように無言のままうなずく。


 さやかの体力が消耗した状態で始まった戦いだが、ここに至って両者の力が拮抗し、どちらが勝っても不思議じゃない状態になる。

 これから先勝負を決めるのは、精神力の差になるだろう……その場にいた者は皆、そう思わずにいられなかった。


 力尽きたようにぐったりしていた二人だったが、やがて気力を振り絞るようにゆっくりと立ち上がる。


「……」


 互いに姿勢を低くしてひざを曲げてハァハァと息を切らしながら、無言で相手を見つめる。ひたいからは汗が滝のように流れて、足がガクガクと小刻みに震える。


「……やりますわね」


 マリナがそう言って不敵に笑う。口元に入った汗を舌でペロリとめ取って、つばと一緒にぺっと吐き出す。その瞳は獲物を狙う蛇のようにギラギラと輝く。

 お嬢様としてのプライドを捨てて、貪欲に勝利を求める戦士になったかのようだ。


「アンタもね……マリナ」


 さやかも思いは同じだとばかりに言い返す。心の底から戦いを楽しむように強気な笑みを浮かべる。


 両者の間に戦いを通じて奇妙な友情が芽生えていた。相手を殺そうとする憎しみの感情でなく、スポーツにおけるライバルのような気持ちを互いに抱いた。


 マリナの胸に不思議な高揚感が湧く。今まで抱いた事の無い感情に戸惑いを覚えてドキドキする。一瞬頭がおかしくなったのかとさえ思った。

 これまで必死に努力しなかった訳ではない。勉強も陸上競技も、必死に打ち込んだ。だがそれらの分野において、彼女にかなう相手はいなかった。

 父の寵愛を受ける妹に嫉妬はしても、純粋に競い合い、高め合える相手には出会えなかった。


 彼女は生まれて初めて出会ったのだ。真剣に打ち込んだ何かにおいて、自分と互角に渡り合えるライバルに……。


 マリナはこの戦いを、どちらかが死ぬ形で終わらせたくないと思った。さやかの言う通り、分かり合える未来があったかもしれないと考えた。彼女の事をもっと知りたいという興味が湧いた。


 だが周囲の状況がそれを許しはしない。生身の手足を付けてもらえる条件は、あくまでさやかの殺害だった。それに万が一マリナが殺害に失敗しても、その時は後ろに控えるベルセデスがさやかを殺すだけなのだ。満身創痍の彼女が、バロウズのナンバー2(ツー)に勝てるとは到底思えない。


「……」


 しばらく無言のまま深く考え込んでいたマリナであったが、思い立ったように口を開く。


「……サヤカ・アカギ。貴方とはもっと別の形で出会いたかったわ。そうすれば私たち、良き友達になれたかもしれませんの。ですがもう、終わりにしましょう。どのみち貴方が死ぬ運命は変えられませんの。でしたらせめてワタクシの手で……苦しまないよう、安らかに眠らせてあげますのッ!!」


 ついに相手を殺す覚悟を決めた事を宣言する。言葉の節々からは、苦悩の末に重い決断をしたであろう事が読み取れた。


「You made my day!! ……ブレイク・ショット!!」


 そう叫びながら両手のひらを相手に向けると、手のひらから光線のようなものが放たれる。さやかは咄嗟にジャンプしてかわそうとしたものの、反応が一瞬遅れてしまい、左足のはしに光線が触れてしまう。


「なっ……何これぇっ!?」


 さやかが着地した直後、驚くべき事が起こる。

 光線が触れた左足から、少女の体がビキビキと音を立てて銅へと変わってゆく。神話の怪物メデューサに睨まれて石化したかのように……。


「なっ……がっ」


 さやかは身動きが取れないまま、数秒と経たない内に全身を銅で塗り固められてしまう。駅前や学校に飾られる銅像のようになり、ピクリとも動かなくなった。


「さや……か……」


 友が銅像に変えられたのを見て、ゆりかがポカンと口を開ける。一瞬頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなる。ショックにおちいるあまり、金魚のように口をパクパクさせた。

 他の仲間たちも同様に、彼女の身に起こった出来事が全く理解できず、茫然ぼうぜん自失になる。今まで目にした事が無い奇怪な術に、思考が追い付かなかった。


「……ウフフッ」


 深く動揺するゆりか達を前に、マリナがいたずらっ子のようにクスクス笑う。


「ブレイク・ショット……対象の分子配列を組み替えて、ブロンズ像へと変えて、永久に仮死状態にする技……バエル直伝の必殺奥義ですのッ! 一度の変身につき一回きりしか使えない、ワタクシの切り札ッ! 受けたら最後、治す方法はありませんのッ! 彼女は永久に銅像のままですわッ!」


 技の特性について自慢げに語る。一度銅像に変えられたら、絶対に解除される事は無いというのだ。それは恐るべき悪魔の技と呼ぶ他なかった。


「サヤカ・アカギ……貴方はまさに強敵と呼ぶに相応しい相手でした。素直に認めますわ。ですが、最後に勝ったのは……このワタクシ! そう! 私がッ! 蛟神こうがみリンスレット・オリヴィエ・マリナが勝ちましたのッ! バエルですら倒せなかった女に、この私が勝ったんですわッ! うふふ……あはは……あーーはっはっはぁっ!」


 宿敵を倒せた達成感に酔いれるあまり、心の底から嬉しそうに高笑いした。

 少女の邪悪な笑い声が、絶望の音楽となって荒野の大地に響き渡る。

 ベルセデスが背後から少女を眺めながら、任務を達成できた喜びにひたるようにニンマリと笑う。


「何という事だ……」


 ゼル博士がガクッとひざをついてうなだれる。さやかが元に戻らない事実に、最後の希望を砕かれて、悲しみの奈落に突き落とされた。

 他の仲間たちもため息をついて深く落胆する。ゆりかは目に涙を浮かべて、今にも泣きそうになる。


 勝利の喜びに浸る者と、敗北感に打ちのめされた者……全く異なる二つの空気が、そこにあった。だが誰もが、さやかの永久なる銅像化を信じて疑わなかった。



 ……その場にいた者は、誰一人として気付こうとしない。

 さやかの銅像がかすかに動いて、左右に揺れていた事に。

 地をサソリだけが異変に気付き、慌てて彼女から離れた。

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