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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第176話 新たなライバル(中編-2)

 ――――話は、マリナがさやか達の前に現れるより数週間前へとさかのぼる。



 バロウズの基地と思しき建物、その内部にある四方八方をコンクリートの壁にかこまれた、体育館くらいの広さの部屋にて。


「ウッ……グッ……」


 装甲奴隷アームド・スレイブギル・グライドに変身済みのマリナが、両腕を盾にしたガードの構えで、何者かの猛攻に必死に耐える。剣道の竹刀しないのようなもので、腕をビシビシと激しく打ちえられる。


 彼女を竹刀で叩いていたのは、騎士の鉄仮面を被りローブを羽織った長身の男……他ならぬバロウズ総統バエルその人だった。両者から距離を置いた部屋のすみっこにて、ベルセデスが事の成り行きを見守る。


 バエルはこの奇妙な稽古けいこをマリナにいた。精神面を鍛えようとしているのか、身体能力を高めようとしているのかは分からない。この前時代的な古臭いノリの苦行に一体何の意味があるのかとベルセデスは首を傾げる。


 ともあれバエルは少女を竹刀で何度も打ち据える。金属の装甲は塗装が剥げてボロボロになり、装甲で覆われていない皮膚は表面がこすれて真っ赤になる。


「……ムンッ!」


 かつを入れるように一声発すると、両腕で覆われていない少女の左脇腹を、すきを突くように横ぎに竹刀でぶっ叩く。バチーーーーンッ! と肉に竹の棒が強くぶつかった音が大きく鳴り、少女の表情が苦痛にゆがむ。


「ンアアアアッ!」


 マリナがたまらずに悲痛な叫び声を上げて地面に倒れ込む。激痛の広がる左脇腹を両手で押さえたまま、ミミズのようにジタバタとのたうち回る。やがて気絶したようにぐったりしたまま動かなくなる。


「立て……この程度の痛みに耐えられんようでは、あの女には到底勝てんぞ」


 少女を見下ろしながら、バエルが冷たく言い放つ。彼女を無理にでも起き上がらそうと、足でひっくり返してみたり、体のあちこちを竹刀でツンツン突っついてみたりする。

 だが少女が起き上がる気配は無い。完全に手足をだらんとさせて、冷めたラーメンのように伸びてしまっている。


「……フゥーーッ」


 バエルはしばし黙り込んだ後、落胆したようにため息を漏らし、首を左右に振る。


「いくらバイド粒子の適合者として覚醒済みとはいえ、しょせんただの一般人……しかも世間知らずのお嬢様とあれば、尚更なおさらだ。短期間で一人前の戦士に育てられるよう、痛みに耐える特訓をしてみたが、このザマとはな。あの女なら、この十倍の痛みだろうと平気で耐えるというのに……とんだ見込み違いであったわ」


 少女が自らの期待に応えるものでは無かったと失望をあらわにする。彼女を赤城さやかに勝てる戦士に育て上げようとする計画が失敗に終わった事を深く残念がる。


 バエルが竹刀を床に投げ捨てて、背を向けてその場から立ち去ろうとした時……。


「まだ……やれますわ」


 そう口にしながら、マリナがゆっくりと立ち上がる。目はうつろで、息もえで、ひたいからは汗が滝のように流れ出す。手足はガクガク震えていて、軽く小突いただけで倒れてしまいそうなほど頼りない。

 それでも彼女は気力を振り絞って立ち上がったのだ。


「フンッ……もうすでにボロボロではないか。そのザマで一体何が出来る? これ以上せ我慢するのは、貴様にとってもためにならん。あの女と同等の覚悟を貴様に求めた私の失敗であったわ」


 バエルが少女の現状を冷静に指摘する。自らの判断ミスを素直に認めて、無茶をしないように忠告する。


「その義足はくれてやる。大人しく家に帰って、紅茶でも飲んでおれ」


 戦士になる事を諦めて帰宅するようにうながす。

 男が再び少女に背を向けて歩き出そうとした時……。


「覚悟なら……ワタクシにだってありますのッ!!」


 マリナが腹の底から絞り出したように大きな声で叫んだ。

 その声は基地中に響かんばかりの声量があり、室内で聞いていたベルセデスが思わずビクッと体を震わせて驚く。バエルが迫力に押されたように無意識に足を止める。


 男が後ろを振り返ると、マリナが物凄い形相で彼の方を睨む。目はグワッと見開かれて、眉間みけんにはしわが寄り、割れんばかりの勢いで歯ぎしりする。とても少女とは思えない阿修羅のような顔になる。


「この稽古に耐えられなければ、赤城さやかという女に勝てないのでしょう……だったらワタクシ、耐えてみせますわッ! 私だって、生半可な覚悟でここに来た訳じゃありませんッ! 生身の手足を取り戻すまで、親には顔を見せないと……そう心に決めて、ここまで来たんですものッ!!」


 不退転の決意を抱いて今この場に立っている事を、強い口調で語ってみせた。


「……」


 マリナの言葉を聞いて、バエルはしばし考え込む。少女の言葉が決してうわべではない、まことの気迫が宿っていた事は彼にも十分に伝わった。

 その気迫と根性、捨て置くには惜しいとも考えて、もうしばらく様子を見てみようかという好奇心が頭の中に湧き上がる。


「……良いだろう。ただし男に……いや女に二言は無いぞ。これから弱音を吐こうが、泣こうが、やめたくなろうが、われは稽古をやめぬ。貴様をビシビシ鍛えて、一人前の戦士に育て上げてやる。心してかかれ」


 バエルはそう口にすると、床に捨ててあった竹刀を拾い上げる。再びマリナの前に立ち、中断した修行を再開する。



 ――――この先どれだけ辛い目におうと、決して弱音を吐かない。くじけたりしない。生身の手足を取り戻せるなら、どんな困難にだって耐えてみせる……そう心に誓ったんですもの。



 マリナは竹刀で何度もぶたれながら、決意を強くする。


 いちな思いを抱く少女を、無言のまま竹刀で打ち据えるバエル……何を考えているか、表情からは読み取れない。けれども成り行きを見ていたベルセデスには、主君が心の何処かで少女を応援しているように見えたという。

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