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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
176/227

第174話 新たなライバル(前編)

 ブリッツを倒したさやか達の前に、ベルセデスと名乗るメタルノイドが姿を現す。彼は元帥マーシャルの階級にあり、組織のナンバー2(ツー)なのだという。バエルの右腕ともくされる人物が表に出てきた事は、戦いが最終局面に入りつつある事を感じさせた。


 彼はかたわらに一人の少女を連れていた。蛟神こうがみリンスレット・オリヴィエ・マリナと名乗るアメリカ出身の女子高生は、かつてミサキが使っていた黒のアームド・ギアを装着して、装甲奴隷アームド・スレイブギル・グライドへと変身をげる。そして悲惨な事故によって両手と両足を失い、今は機械でおぎなっている事、さやかを殺せば生身の手足を付けてもらえる事、そのために悪の戦士となって彼女の前に現れた身の上を明かした。


「……」


 不幸な境遇を知らされて、さやかはマリナを心からあわれむ。何とかしてあげたい気持ちになり、胸がきゅうっと締め付けられた。だが結局は戦いによって分かり合うしかないという結論に行き着く。


「私戦うよ……マリナがそうしたいって言うなら、戦ってあげる。私バカで不器用でゴリラだから……他にやり方知らない。貴方と正面から、全力で、真っ直ぐにぶつかっていく事しか出来ない。全てを投げ打って戦ったその先に……分かり合える未来があるって信じてるからッ!!」


 そう口にした少女の瞳が、熱い闘志の炎で燃え上がった。

 両足に力を込めて気合で立ち上がろうとするさやかに、博士が慌てて駆け寄る。


「さやか君ッ! いくらなんでも、このまま戦いを続行するのはムチャだッ! ただでさえブリッツとの戦いで死にかけたというのに、この上さらに新たな敵と戦うなど、死にに行くようなものだッ! この場は一旦退こう! 少なくとも今殺されかかっている非戦闘員はいないし、逃げれば拘束リングも消えるかもしれない!」


 少女の身を強く案じて、この場からの撤退を進言する。今ここで無理を押し通すメリットは無いと冷静に説く。

 博士からすれば、ボロボロに傷付いた今の彼女が敵と戦っても、とても勝ち目があるようには見えない。一時いっときの感情に流されてヤケを起こしたようにしか見えなかった。自殺行為にも等しい行いをして、若い命をむざむざ散らせる訳には行かないと思った。


「さやか、博士の言う通りよ! ここは大人しく逃げよう!」


 ゆりかが輪っかに縛られたまま彼の意見に同意する。ミサキとアミカもうんうんと声に出してうなずく。さやかの考えに賛成する者はいない。

 いくらマリナの境遇に同情したとしても、勝てるかどうかは別問題だ。そもそも勝てなければ問題すら解決しないのに、さやかは勝算の薄い戦いに踏み切ろうというのだ。とても賛同できるものでは無かった。


 だが周囲に反対されても、さやかは自身の選択を曲げようとしない。


「やらせて下さい……博士。私、どうしても今すぐ戦いたい。今ここで戦って、彼女に打ち勝って、彼女と分かり合いたいんです。だって、しょうがないじゃないですか……ハートに火がいちゃったんだから。たぶん今戦えなかったら、次戦う機会があったとしても、今みたいに熱くなれる保証なんて無いから」


 完全に仲間の制止を振り切って戦う気まんまんでいる。興奮して自分を抑え切れなくなったのか、体をウズウズさせている。表情にはニヤリと強気な笑みが浮かんでいて、強敵に出会った戦闘民族のようにワクワクしている。心臓の鼓動が激しく高鳴っている。


「だから……今じゃなきゃ、ダメなんですッ!!」


 そう叫んで目をグワッと見開くと、気力を振り絞って一気に立ち上がった。先の戦いで深く傷付いた彼女であったが、テンションはこれまでになく高まっていた。


「むう……」


 少女が揺るがない気迫を抱いたのを前にして、博士はしばし考え込む。

 本来かなり不利な状況に追い込まれているはずだが、彼女の気力がみなぎっている事実を無視できないとも考えた。

 結局赤城さやかの強みは底無しの気迫でありガッツなのだ。今この瞬間、最高に盛り上がってる彼女を止めるのは、噴火寸前のマグマを水で冷やすようなものだ。

 それに敵がみすみす逃がしてくれるとは思えない計算も、冷静な思考として働いた。


「分かった……ならばせめて、これを飲みたまえ」


 博士はしぶしぶ承諾すると、白衣のポケットから黄色い液体の入ったガラスびんを取り出して、少女に手渡しする。


「昨日完成した、市販のファイト一発なドリンクを独自に改良したものだ。これを飲めば、消耗したスタミナが三割だけ回復する。残念ながらこれも、一日に一回しか効果が出ないシロモノだが……無いよりマシだ。これを飲んで、せめて満足に体を動かせるくらいにはなってくれ」


 薬の効能について説明する。それは装甲少女の助けとなるために博士が生み出したものだった。


「ありがとうございます……」


 さやかは自身の選択を尊重してくれた博士に感謝の言葉を述べると、瓶のふたを開けて、中の液体をゴクゴクと飲み干す。

 数秒後薬が全身に行き渡ったのか、少女の体が一瞬ビクンッと激しく震えた。直後それまで荒かった呼吸が落ち着いて、かすかに震えていた手足がピタッと止まり、疲労の色が消え失せてスッキリした表情になる。明らかにせ我慢していた瞳に元気が戻り、晴れやかになる。


「ふうっ……これならやれます。博士はみんなと一緒に離れていて下さい」


 口元を手でぬぐって一息つくと、空になった瓶を博士に返し、戦いに巻き込まれないよう安全な場所に退避する事を求めた。


「分かった。いいか、さやか君ッ! 必ず勝つんだぞ! 絶対だぞッ! 君はこんな所で死んじゃいけない! 人々にとって、最後の希望なんだッ! それを決して忘れるなッ!」


 博士は少女の言葉にうなずくと、負けないように何度も念を押す。そしてゆりかとアミカを両脇に抱えて早足でダッシュし、一旦地面に置くと、今度はミサキを回収しに戻る。そうして少女たちを一箇所に集めると、ポケットからピンポン玉くらいの大きさの金属球を取り出し、それを中心として半透明に白く光るバリアを展開させて、自分たちを包み込んだ。


 さやかは仲間の身の安全が保証されたと確信して安堵の笑みを浮かべると、再び相手の方へと振り返る。


「さあマリナ……行くよ。私は貴方に勝つ。絶対に勝って、全力で貴方と分かり合ってみせるッ!!」


 決意に満ちた台詞セリフと共に、拳を強く握ってボクシングの構えを取った。


「……手加減しませんわ」


 マリナは余裕ありげに前髪を手でかき分けて、さやかの前に立つ。姿勢を低くして前かがみになり、両足に力を込める。

 ベルセデスは戦いの始まりを予感し、二人の邪魔をしないように後ろに下がる。


 そのまま両者共に動かずに数秒が経過した後……。


「Sayaka Akagi!! Screw you!!」


 ケンカを売る言葉を発しながら、マリナが前方へと駆け出す。一瞬遅れてさやかも後に続くように走り出す。


「Arghhhhhhhhhh!!」

「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」


 互いに気迫の篭った雄叫びを発しながら、同じタイミングでパンチを繰り出す。両者の拳が正面から激突して、大地を揺るがすほどの爆発音が鳴り、衝撃波が伝わって周囲の空気がビリビリと振動する。地面が激しく揺れて、遠くにいたエゾシカの群れが異変を感じて一斉に逃げ出す。


 二人の少女は拳をぶつけ合ったまま硬直していたが……。


「うっ……うわぁぁぁぁああああああーーーーーーっ!」


 さやかが押し負けたように後ろに弾き飛ばされる。強い衝撃で大地に激突して、ゴロゴロと横向きに転がっていく。

 一方のマリナは拳を突き出した姿勢のまま、平然と立っている。自分が勝った事をアピールするようにニヤリと不敵に笑う。


「そんなっ! さやかが力で負けるなんて……」


 友が一方的に打ち負かされた事に、ゆりかがにわかに表情をくもらせる。他の仲間も「馬鹿な」と言いたげに驚いた顔をする。


 本来パワー重視型であるさやかが力勝負に負けるなど、決してあってはならない事だった。重装甲メタルノイドならまだしも、相手は同じ人間なのだ。

 マリナはそれほど強い戦士なのか? ……ゆりか達の頭に一つの疑問が湧き上がった時。


『クククッ……』


 驚く彼女らをあざけるようにベルセデスが笑い出す。何故マリナが勝ったのか知っているようにニヤニヤする。


『フフフフフッ……フハハハハハハァッ! やったぞ! 作戦は成功だぁっ! やはり私の判断は正しかったのだッ!』


 これまで彼の立てた計画通りに物事が運んだ事を明かす。


『確かに赤城さやかは強いッ! それも恐ろしいまでに! 如何いかにギル・グライドが十倍に強化されたとはいえ、彼女が万全の状態であったならば、負けはしないだろう! だがブリッツとの戦いでボロボロに傷付いた今なら、マリナでも十分に勝てる! もし万が一勝てずとも、その時は私自ら赤城さやかにトドメを刺す! この二段構えの作戦にすきは無い! 赤城さやかは間違いなく確実に死ぬ事が、スーパーコンピュータによる未来予測で弾き出されたのだッ!!』


 ヒューマン・デストロイヤーを送り込んだ事、ブリッツを差し向けた事、マリナを仲間に引き入れた事、全てがさやかを殺すための計画だったのだと雄弁に語ってみせた。

 彼によれば、コンピュータによる計算では絶対に失敗しない作戦なのだという。その事が彼に揺るぎない自信を抱かせる根拠となった。


「グッ……卑怯だぞ、マリナぁっ! 貴様にもお嬢様としてプライドがあるだろう! 圧倒的に有利な条件で相手を打ち負かして、恥ずかしくないのかッ! それで勝負に勝ったと言えるのかぁっ!」


 ミサキは思わず下唇を噛んで、マリナを激しくののしった。相手の汚いやり口にいきどおりを覚えずにはいられなかった。弱った相手を一方的に痛め付けるなど、フェアなやり方とは言えない。彼女にはそれが許せなかったのだ。


「……」


 ミサキに罵倒されて、マリナは少し表情が暗くなる。バツの悪そうな顔をして、目線を合わせようとしない。嫌なやり方をしている事が、自分で分かっているようだった。


「だって……仕方無いじゃありませんの。万全の状態では、ワタクシに勝ち目はありませんもの。こうするしか勝つ方法がありませんの。卑怯にならなければ、大人の社会では生きてゆかれませんわ」


 自信無さげに小声でブツブツとつぶやく。ミサキに対してでなく、自分自身に言い聞かせているようにも見える。自分が納得しないやり方をせねばならないほど追い詰められた少女の悲哀が漂う。


 マリナが葛藤を押し殺すように顔を上げると、視線の先でさやかがゆっくりと立ち上がる。吹き飛ばされて地面に叩き付けられた彼女であったが、深手を負った様子は無い。体中に砂ぼこりが付いただけで、ピンピンしている。


「それでも……私は負けないよ」


 少女は負けん気なセリフを口にして、歯を見せてニカッと笑う。ハンデがある事を知らされても、全く気にしていない。そんな事最初から分かりきっていたと言わんばかりだ。

 彼女はこの圧倒的不利な状況でも勝つつもりでいた。


 さやかは口の中に入った砂埃をつばと一緒に吐き出すと、すぐ眼前の敵めがけて走り出す。


「どぉぉぉぉりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 勇ましい掛け声と共に、気迫の篭ったパンチを繰り出す。

 さっきよりも威力がありそうな拳の一撃がマリナの腹に激突し、サンドバッグを殴り付けたような鈍い音がボムッと鳴る。だが全く効いていないのか、マリナは一ミリも後ろに下がりすらせず、平然と立っている。


「Piss off!!」


 マリナは一喝するように一声発しながら、さやかのほほに強烈なビンタを喰らわせた。


「ぼぉぉぉわぁぁぁあああああっ!」


 バチーーンッ! と音が鳴るほど強い力で頬をひっぱたかれて、さやかが奇声を発しながら弾き飛ばされる。豪快にきりみ回転して宙を舞った挙句、大地に落下してゴムボールのように派手にバウンドした。

 その一撃がとても痛かったのか、地面に倒れ込んでぐったりしたまま起き上がろうとしない。


「もうこんな茶番、終わりにしましょう……今楽にして差し上げますわ」


 マリナは相手を見下すように言い放つと、倒れた少女に向かってスタスタと歩き出す。落胆したようにフゥーーッとため息を漏らす。いくら勝つためとはいえ、あまりにも盛り上がらない戦いに内心ウンザリしていた。


 自らの勝利を確信した少女が、相手と数メートルの距離まで来た時……。


「ううっ! ゲホゲホッ」


 突然彼女の体に異変が起こる。腹に凄まじい激痛が湧き上がり、内蔵が圧迫された違和感を覚えて、全身の血管がドクンドクンと激しく脈動する。あまりの気持ち悪さに吐きそうになり、思わずひざをついてその場にうずくまった。

 少女が自分の腹に目をやると、さっき殴られた箇所に大きなアザが付いていた。


(そんな……さっきは何とも無かったのに!)


 マリナは戦慄した。さやかの一撃がきっちり自分に効いていた事に。その痛みが時間差で襲いかかってきた事に。

 赤子の手をひねるより楽勝だと踏んでいた相手が、実はそうではなかった事に、恐怖を覚えずにいられなかった。

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