第172話 お嬢様、変身なさる。
激闘の末ようやくブリッツを倒したさやかだったが、崩れ落ちるように地べたに倒れてしまう。彼女もまた強敵との戦いによって力を使い果たしていた。
その場にいた誰一人として動けない状態にあった時、ゼル博士が駆け付ける。少女の言葉に従い、さやか以外の三人を縛る輪っかを指で外そうとしたものの、輪っかはとても頑丈で、力ずくでは外す事が出来ない。
ブリッツが死んでも輪っかが消えない事に、博士が疑念を抱く。
(これを仕組んだ敵は、ブリッツとは別にいるのか?)
そんな考えが博士の頭をよぎった時、その答え合わせをするように何者かが姿を現す。
さやか達の前に現れたのは一体のメタルノイドと、一人の少女だった。
『……ブリッツは期待通りの仕事をしてくれたようだな』
一連の事件の黒幕であろうと思われるメタルノイドが、そう口にする。
その者は背丈6m、丸みを帯びてどっしりした体をしていて、全身は真紅に染まっている。背中には巨大なトンボのような虫羽が生えていて、額にはユニコーンのような一本角が付いている。左胸にはレーザーの発射口と思しき小さなレンズ穴が付いている。
彼の傍らにいたのは、さやか達とは異なる学校の制服を着た女子生徒だ。
その少女、髪はウェーブの掛かった金髪のロングヘアーで、瞳は海のように青い。目鼻立ちはスッキリと整っていて、日本人離れした容姿は外国人である事が一目で分かる。
さやかより身長が高く、プロポーションは抜群でスタイルが良い。背が高いせいもあって、ミサキ同様に大人びた女性の雰囲気を漂わせている。
上品な立ち姿は、高貴な生まれであろう事が窺い知れた。『お嬢様』と呼ぶに相応しい風貌だ。
(……きれい)
一瞬……ほんの一瞬だが、さやかは彼女の美貌に心を奪われた。風にたなびくサラサラの髪から漂うシャンプーの香りが鼻に付いて、心臓がドキドキした。あまりに自分とかけ離れた容姿に、自分がゴリラに過ぎない事を嫌というほど思い知らされた。
宝石のような美しさ、人形のように整った完璧な美貌は、触れてはいけない、穢してはいけないような罪悪感すら覚えたのだ。
それと同時に、さやかは奇妙な違和感を抱く。
目の前に現れた謎の少女は、制服の下に紺色の全身タイツを着込んでいた。それは首元から手足の指先まで覆っていて、地肌を人前に晒さないようにしている。
彼女は体の何処かに、人に見られたくない古傷を隠しているのではないか? ……さやかはそう推測した。
「お前たち、何者だッ! 名を名乗れッ!」
素性の知れない相手に、ミサキが輪っかに縛られてイモムシのように転がったまま、声を荒らげた。状況からして間違いなく敵であろうと思われる二人に、泥棒を見かけた犬のような敵意を向ける。目をグワッと見開いて、ギリギリと音を立てて歯軋りして激しく睨む。今にも咬み殺さんとする勢いで唸り声を発する。
特に人間でありながらバロウズに加担する少女を心底許せなかった。
『そういきり立つ事もあるまい……慌てずとも、こちらから名乗らせて頂く』
メタルノイドが余裕ありげにククッと笑う。完全にミサキの態度を小馬鹿にして、いなしている。
『私の名はNo.028 コードネーム:スペリオル・M・ベルセデス……バロウズの元帥を務めし、メタルノイドの最高司令官なり。この後に残っている二人はいずれもバエル様直属の兵士で、部隊指揮権を有する幹部の中では、私が最上位の権限を与えられている。組織のナンバー2と受け取ってもらっても構わない』
男は自分が非常に高い地位にある事を誇らしげに明かす。バエルに次ぐ役職にある幹部が自ら出動してきた事は、戦いが山場を迎えた事、メタルノイドの数が残り少ない事、この作戦が彼らにとって非常に重要なものである事実を、否応なく突き付けられた。
『マリナ……お前もヤツらに自己紹介してやれ』
ベルセデスと名乗るメタルノイドが、傍らにいる少女にそう促す。
少女は男の言葉に承諾したようにコクンと頷く。
「お初にお目にかかります……皆様。私、蛟神リンスレット・オリヴィエ・マリナと申しますわ。長いとお思いでしたら、蛟神マリナと呼んで頂いても構いませんの。学校でもそう呼ばれていました。以後、お見知りおきを」
スカートの裾を左手で持ち上げて、右手を水平にして胸に当てて、自己紹介しながら深く頭を下げる。丁寧なお辞儀、上品な言葉遣いから、やはり彼女が高貴な生まれだという事は疑いようが無い。
「その上品なオリヴィエお嬢様が、こんな所に何しにいらっしゃった? まさか私たちと、午後のお茶会でもやりたい訳じゃあるまい?」
ミサキが皮肉めいた口調で目的を問い質す。他の仲間が呆気に取られている中、彼女は明確にマリナを敵視する。心の何処かで「彼女とは相容れない」という対抗意識のようなものを抱く。
美しい日本人のような容姿をしたミサキと、西洋人ならではの美貌を持つマリナは、良くも悪くも対照的だ。その事が本能的なライバル心に繋がったのかもしれない。
「そうですわね……それも悪くございませんわ」
マリナは皮肉を受け流すように気の抜けた返事をしながら、右手の人差し指で髪の毛をクルクル巻いて遊ぶ。彼女の事など眼中に無いと言わんばかりにそっけない態度を取る。
「ですが、今日私がここに来た目的は他でもない……赤城さやかッ! 貴方の命を頂く事ですのッ!」
一転して眉間に皺を寄せた真剣な顔付きになると、目的の相手を名指しして、宣戦布告するように人差し指を向けた。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!!」
マリナが変身ポーズのような構えを取りながら叫ぶと、彼女の右腕に黒いブレスレットが出現する。直後、少女の全身が黒い光に包まれて見えなくなる。
「何ッ!? あれは……まさかッ!」
その光景を目にしてミサキが戦慄した。心当たりがあるらしきゼル博士も深く動揺する。
『そうよ……そのまさかよッ! マリナが腕に付けていたのは、かつてミサキが組織の人間だった時に、装甲奴隷に変身するために使っていた、バロウズ製の黒のアームド・ギア! ミサキが装甲少女に選ばれた時に、彼女の右腕から追い出されるように弾かれて、地面に転がっていたのを我々が回収したのよ!!』
それがかつてミサキが使用していたブレスレットである事を、ベルセデスが明かす。
『むろん、性能は以前と同じではない! 格段にパワーアップしている! 何しろ今回は前回と異なり、既にバイド粒子の適合者として覚醒済みの少女を選んだ! わざわざ電流を流して、体に負担を強いる必要が無くなったのだ! その結果、電流を流す機能がオミットされ、出力を以前の十倍に引き上げる事に成功した!』
ミサキが変身した時よりも大幅に強化された事を、詳細に伝える。
かつて装甲奴隷は鎮痛剤が無ければまともに運用すら出来ない欠陥品だった。装着者の体をボロボロにして消耗品として使い捨てる、悪魔の兵器だった。その欠陥が克服されたというのだ。
(そうか……もう、あんな事にはならないんだ)
強化されたのは忌むべき事だが、装着者が犠牲にならずに済む事を、さやかは心の何処かで安堵していた。
そうこうしている間に少女を包んでいた黒い光が消えて無くなり、マリナが姿を現す。かつてミサキが変身した時とは異なるデザインの、彼女の体格に合わせた黒い金属の装甲を身にまとっていた。
胴体には肌に密着した黒のレオタードを着ていたものの、それまで着ていた紺色の全身タイツは消し飛んで、肩から肘までの腕と、股間から膝までの太腿があらわになる。さやかが予想した古傷らしきものは見当たらない。
両腰には忍者が投げるクナイのような短剣が、鞘に収まった状態で三つずつ、合計六本挿してある。
「装甲奴隷……天空より舞い降りし大蛇の牙、ギル・グライド!」
変身を終えると、マリナが颯爽と名乗りを上げた。




