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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第169話 雷(いかずち)は三たび鳴る。(中編-3)

「……」


 それでも少女の瞳から闘志の炎は失われていない。屈してなるものかと言わんばかりの敵意に満ちた視線で相手を睨む。たとえ命の火が消えようとしても、彼女の心に恐怖心など一ミリも無い。この場で殺されようとも、怨霊となって取りいてしまいそうな気迫があった。


『……その目だッ! その瞳が気に入らんッ!!』


 少女の態度がよほど気に入らなかったのか、ブリッツが声に出して激昂する。右足を高く上げると、一気に振り下ろして彼女を踏み付けた。


「ぐぁぁああああっ!」


 巨大な足で圧し掛かられて、さやかが悲痛な声で叫ぶ。プレス機で挟まれたように全身の骨がメリメリと砕ける音が鳴り、口から大量の血が吐き出されて血だまりになる。辺り一帯があっという間に血の海と化す。それでもブリッツは踏むのをやめない。


『……いつもそうだった! 毎回貴様は、そんな目で俺を見ていたッ! ゴミ溜めにたかるハエを見るような、そんな目でッ! 俺はそれが心底気に入らなかった! 許せなかった! だから、どんな手を使ってでもッ! 残酷にッ! 心をへし折るようにッ! なぶり殺しにしてやろうとッ! そう誓った!! そんな俺の気持ちが、貴様に分かるかっ!?』


 早口でわめきながら、ウサ晴らしするように少女を踏む。一度に全体重を乗せるのではなく、数回に分けるように何度も踏む。じわじわと苦痛を与えて死に至らしめるつもりだった。

 男が足を下ろすたびにドスンドスンと音が鳴り、大地が激しく振動する。そのたびに肉がつぶれるような鈍い音が響き渡る。


『俺が今まで殺してきた女は、どいつもこいつも苦痛に顔をゆがませて、死の恐怖におびえて、涙を流しながら命乞いしてきたッ! 俺がそれを許さないと、絶望してパニックにおちいった! そして親の名を叫びながら、ブザマに死んでいったんだ! 俺はそれがたまらなく楽しかった! なのにお前はッ! お前だけはッ! そうならなかった! 何故だっ!? 何故お前だけは、俺の思い通りにならない!? 泣き叫んで命乞いしろッ! 俺を満足させろッ! 俺を満足させて、ブサイクな顔しながら死ねッ!!』


 彼女が思い通りにならない事への怒りを、声に出してぶちまけた。すっかり頭に血がのぼって半狂乱になってしまったようだ。もし少女が事切れたとしても、気持ちが収まるまで踏むのを止めないのではないかと思えるような迫力があった。


「ブリッツ……どうして貴方は、そこまで……貴方の過去に一体何が……?」


 さやかが今にも消え入りそうにか細い声で、そう口にした。

 男の言いぶんは誠に身勝手極まりないものであり、同情の余地など無い。だが何故彼がそうなってしまったか、気にならずにいられなかった。


『フンッ……そうだな。貴様との付き合いも長くなった。俺の過去を知りたいというなら、今生の別れに教えてやる』



 俺がガキの頃……大きな戦争があった。

 森は炎で焼かれ、湖は干上がって、動物が惨めに逃げ惑う、大規模な戦争がな……緑広がる野山は、あっという間に荒野の大地と化した。


 それは人間同士が起こしたものだ。俺らがいた星は、テトラ・ボットが襲来するよりずっと前から、資源を巡って争っていたんだ。


 ある日、俺の家に爆弾が落ちた。それまで暮らしていた家は一瞬にして木っ端微塵に吹き飛んだ。親父も、おふくろも、妹も死んだ。生き延びたのは俺と兄貴だけだ。


 黒焦げになったマネキンみたいな人形が、瓦礫がれきに埋もれたまま、手だけ出していた。最初それが妹の死体だって分からなかった。俺が触ると、妹の手は砂みたいにもろく崩れ落ちた。

 それ以来、俺はおかしくなっちまった。ヤク中の患者が禁断症状を起こしたみたいに手足の震えが止まらなくなる。それが定期的に発作みたいに起こるようになっちまったのさ。治す方法は見つからなかった。


 やがて俺は兄貴と共に少年兵になった。そしてある村を襲い、村人を皆殺しにした。それ自体は上に命じられてやった事だ。


 その時、一人の少女を殺した。ちょうど妹が死んだ時と同じくらいの歳の子だ。その前の戦闘でナイフが折れたから、素手で首を絞めた。俺に首を絞められたその子はバタバタともがき苦しんで、目を血走らせて、口から泡を吹いて、最後ぐったりして呼吸が止まった。


(どうして……)


 ぐったりする直前、目から大粒の涙を流しながら、そう口を動かしたように見えた。何故自分が殺されたのか全く理解していない様子だった。


 その時だった。禁断症状が収まったように、手足の震えが止まったんだ。俺は奇跡だと思った。

 その時俺の中に湧き上がったのは後悔なんかじゃない。むしろ逆だ。俺は心が満たされるような、不思議な高揚感を覚えた。

 かわいたミミズが水を得られたように、長年探し求めたものに、俺はようやく出会えたんだ。



『……酒、煙草、ギャンブル、麻薬……それらにハマった人間が、簡単には抜け出せないように……俺も病み付きになっちまったのさッ! 年端も行かない小娘をギタギタに痛め付けて、惨めにブチ殺してやる行為になッ! だから俺は殺すッ! 殺し続けるッ! それが今の俺が戦う理由さッ! ヒャァーーーーッハッハッハァッ!!』


 話を終えると、ブリッツが不気味に笑いながら、さやかを踏み続ける。彼女を新たな犠牲者に加えてやろうとテンションが上がりだす。


 明かされた男の過去は凄惨極まりないものだった。彼は過酷な体験によって、文字通り心が壊れてしまったのだ。治療のほどこしようが無いほどに……。


『だから、お前も死ねぇええっ!』


 男が大声で叫びながら、全力で片足を振り下ろす。この一撃でとどめを刺そうと、全体重を乗せる。

 だが少女を踏みかけた途端、巨大なロボットの足がビタッと止まる。いくら男が力を入れて押しつぶそうとしてもビクともしない。まるで間につっかえ棒でも挟まったかのように固定される。


『何っ!?』


 ブリッツがにわかに困惑した。何が起こったのか全く理解できない。


 その時男からは下になっていて見えなかったが、さやかが上半身を起こして、男の足を両手で持ち上げていた。すでに死にかけたはずの少女が起こしたそれは、まさに奇跡と呼ぶ他なかった。


「ブリッツ……ようやく分かったよ。やはりアンタは生きてちゃいけない……ここで死ぬべき人間なんだッ!!」


 ……決意を秘めた言葉と共に、少女の瞳がグワッと見開かれた。

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