第15話 ヒーローの復活(後編)
光学迷彩が解除され、今まで姿を隠していた三体目のメタルノイドがゆりか達の前に姿を現す。まるでタイミングを見計らっていたかのように突然現れたそれは、自らをエルダー・トライヴンと名乗った。
「トライヴン……三兄弟の長男……だとぉ!?」
敵が最初から三体で来ていたという事実に、博士は動揺を隠し切れない。ゆりかも博士も、今回の敵は二体で来たとばかり思い込んでいたからだ。
まさに想定の範囲外……敵に一杯食わされたという屈辱と敗北感が胸の内に広がる。博士は内心してやられたと思い、悔しげに下唇を噛まずにはいられなかった。
「フンッ、わざわざ姿を見せてくれるなんて……随分気が利いてるじゃないの」
見るからに悔しがっている博士とは対照的に、ゆりかは博士の肩を借りてかろうじて立っている状態にありながらも、あえて精一杯強がるように挑発的な言葉を吐いてみせた。
そんな彼女と張り合うかのように負けじとトライヴンが答える。
『フフフッ……この光学迷彩は未完成でね。少しでも動いたり攻撃を行ったりすると、すぐに透明化が解除されてしまう欠陥品なのだよ。だが貴様らを殺すのには何の支障も無い。こんな子供だましの玩具に頼る事など、最初から考えていなかった』
自信満々に語り終えると、ふんぞり返るように堂々と一歩ずつ前進していく。
「グッ……」
敵を前にして、博士とゆりかは警戒するあまり無意識のうちにジリジリと後ずさっていた。ただでさえゆりかが力を使い果たした上に、さらに能力の分からない敵が現れた状況では、慎重にならざるを得なかった。二人の顔には焦りの色が浮かび、額からは汗が滝のように流れ出す。
ゆりかに戦う力が残っていない今、博士は彼女を抱えてこの場から全力で逃げ出す事すら考え始めていた。
そんな博士たちの焦りなど意にも介さず、トライヴンは三歩ほど前に進むと、突然立ち止まって何かを探し出すように辺り一帯を見回した。
その視線の先には、かつてファイザードとブリザデスであった物の成れの果てが野ざらしになっていた。
『ファイザード……ブリザデス……お前たちの体、有効活用させてもらうぞっ!!』
大声で叫んでバンザイするように両手を広げると、地面に転がっていた二人の残骸が、まるで磁力で引き寄せられるかのように彼へと集まっていく。
散らばっていた部品は次々と彼の体にくっついていき、それはやがて一体の巨大なメタルノイドの姿へと変わっていった。
一連の動作が終わると、ブゥーーッというエアコンの室外機のような音と共にカラフルに眩く点滅して、全身のカラーリングが統一された白一色へと変わる。
「これは……っ!?」
目の前で起こった出来事を、博士とゆりかは呆気に取られたまま眺めていた。
彼の身に一体何が起こったというのか……仲間の部品を取り込んで巨大化するメタルノイドなどという話は、これまで聞いた事が無かった。
そのあまりに予想外過ぎる事象に、二人は困惑を覚えずにはいられなかった。
「……何という大きさだっ!!」
博士が思わずそう口にする。
三体分のパーツが合体して、出来上がったそれは……かつてのオーガーに匹敵する全高8mの巨体を誇っていたっ!
全身白一色の丸みを帯びた人型ロボットがそのまま大きくなったような外見をしており、胸にはこれ見よがしに三角形のマークが刻印されている。
『フフフッ……見たかぁっ! 三身合体、No.005 コードネーム:デルタ・トライヴンッ! これが我ら兄弟の真の姿っ! 本来は三人が生きた状態で行う合体だが……パーツさえ残っていれば、一人か二人死んでいても出来るっ! この姿になった我々は無敵っ! エア・ナイトッ! 貴様には万に一つの勝機もないっ! 貴様はここで死ぬ運命にあるのだぁっ! フハハハハハハァッ!!』
彼らにとって最強の形態であろう姿になったトライヴンが、勝利への揺るぎない確信に満ちた口調で語りだす。今の彼にとって目の前の二人を殺す事など、もはや赤子の手を捻るよりも容易い行いだった。
『ファイザードッ! ブリザデスッ! お前たちの死は、決して無駄にはせん……すぐにお前たちを殺した女の亡骸を、あの世に送り届けてやるっ! せめて女の亡骸をなぶり物にすれば、お前たちの無念も晴れるというもの……っ!!』
弟達への弔いの言葉を口にしながら、彼の胸の装甲にある三角形のマークが怪しげに赤く光りだす。それは明らかに何らかの技を放とうとしている前動作だった。
『高熱の光に焼かれて、塵も残さず消え失せるがいいッ!! 秘技、トライアングル・フォーメーション……イグニッション・デルタ・ビィィーーーーームゥゥッッ!!』
大声で叫ぶと、胸のマークから一筋のレーザーのような赤い光が、ゆりか達に向けて高速で放たれた。
「危ないっ!」
身の危険を感じた博士は、ゆりかを片腕で担いだまま咄嗟にジャンプしてその光をかわす。二人が跳んだ後に一瞬遅れてレーザーが横切ると、その軌道上にあった地面やコンテナはマグマのようにグツグツに煮えたぎった後、ドロドロに溶けて蒸発してしまっていた。
……トライヴンが放ったのは、太陽光を圧縮した高出力のレーザー砲だった。
並みの鉄板はおろかメタルノイドの装甲すら融解させるほどの高熱は、生身の人間が浴びれば、肉塊すら残らずに一瞬で蒸発してしまう威力だった。
「……っ!」
そのあまりに凄まじい破壊力を目にして、博士とゆりかは共に言葉を失う。
何という大火力か。米軍大隊すら壊滅させかねない威力のその兵器は、彼に勝利の確信を抱かせる根拠として十分だった。
だがトライヴンは、二人に驚く暇すらも与えない。
『二人共、よそ見している余裕は無いぞぉっ! 死ねぇぇえええっっ!!』
間髪入れずに再び赤熱のレーザーが放たれる。
「しまっ……!!」
兵器の威力に驚くあまり、戦いの途中だった事も忘れて立ちすくんでいた博士たちは、今度は避ける暇も無かった。二人の姿がレーザーに呑まれ、一瞬にして白煙が立ち上って、辺り一帯の視界を遮る。
それらの光景を目にして、トライヴンは二人が死んだ事を決して疑わなかった。
『フハハハハハァッ! やった……ついにやったぞぉぉおおおっっ!! ついにドクター・ゼルとエア・ナイトは死んだぁっ! そしてエア・グレイブは決して目覚める事は無いっ! 我らの宿願は果たされたっ! 世界は暴力と殺戮と混沌に溢れ、我らが支配する絶望と暗黒の時代が訪れる……正義は滅び、ヒーローは死に絶えたのだぁっ! バエル総統閣下、やりましたぞぉぉおおおっっ!! ハァーーーッハッハッハッハッハァッ!!』
勝利の喜びに満ちた高笑いが周囲に響き渡る。まるで演劇の主役にでもなったかのような、何とも大仰な台詞を吐きながら、嬉しそうにはしゃいでいた。
『ファイザード……ブリザデス……仇は取ったぞ。お前たち弟の命を奪った憎っくき女は、私が殺してやった。せめて安らかに眠れ……命日にはお前たちの好物の酒を持って墓参りに行ってやる』
……そして再び弟達への手向けの言葉を口にする。
やはり彼らは仲の良い兄弟だったのだろう。その言葉は、身内の無念を晴らした事への喜びに満ち溢れていた。
トライヴンがそうして感慨に浸っている間に、辺り一帯を覆っていた白い煙が次第に晴れて、視界が開けてゆく。
『……っ!?』
その時、トライヴンは我が目を疑った。
高熱により生じた煙が晴れた後に、人影が立っていたからだ。それは彼にとって本来あってはならない事だった。
『……きっ、貴様はぁっ!!』
立っていた少女の姿を目にして、更に声を上擦らせる。
そこにいたのは……エア・グレイブに変身した、赤城さやかだったっ!
彼女に守られる形で、ゆりかとゼル博士もその背後にいる。
『ばっ……馬鹿なぁっ!! エア・グレイブっ! きっ、貴様はルミナとかいう小娘が死んだショックで、病院で寝込んでいたはずっ! 何故だぁっ! 何故ここにいるっ! 何故なんだぁぁあああっ!!』
いる筈のないさやかが目の前に現れた事に、トライヴンがあからさまに声に出して動揺する。
彼女がこの場に駆け付けた事が、よほど予想外だったのだろう。まるで死んだ人間が墓から蘇った光景を見たかのような慌てっぷりだった。
「そのルミナが、私に行けって言った……私の心の中に現れたルミナが、そう言ってくれたの。だからここに来た。もう私は、絶対に折れたり挫けたりなんてしない……もうこれ以上、絶対に同じ悲しみを繰り返させたりしない。その為に私は……あなた達メタルノイドを、全員ぶっ倒すまで戦い続ける。何故なら、私は……悪の手からみんなを救うヒーローだからっ!!」
その言葉と共に、さやかの目がグワッと見開かれる。
彼女の言葉は強い決意を秘めたような気迫に満ち溢れており、精神的に立ち直った事を十分に感じさせるだけの力強さが宿っていた。まさに復活した正義のヒーローの姿そのものだ。
「さやか……っ!」
親友が完全に絶望から立ち直った頼もしい姿を見て、ゆりかの胸に熱いものがこみ上げる。
彼女が二度と悲しみから立ち直れないだろうと考え、自分一人だけで戦い抜く悲壮な決意すら固めていたゆりかは、感激のあまり泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
そんなゆりかとは対照的に、博士はさやかが復活した事を笑みを浮かべて喜びつつ、彼女の体を冷静にじっくりと観察していた。
以前の彼女と比べて、外見に少し変化があった事に気付いたからだ。
……エア・グレイブの右肩には大型のビームキャノンが出現している。
だがそのキャノンはまるで変形したように折れ曲がっており、砲身の部分がエア・グレイブの右腕と完全に一体化している。
まるで砲身の穴からエア・グレイブの右手がにょきっと生えているような状態だ。
彼女が絶望から立ち直った時に、それをきっかけとして何か新しい力を手に入れた事は一目瞭然だった。
『フンッ……ヒーローだとぉ? 馬鹿が……滑稽すぎて、涙が出るほど笑えてくるわ。大人しく病院で寝ておれば良いものを……現実の世界にヒーローなど、いやしない。下らんごっこ遊びは、ガキの内に卒業しておくべきだったな……』
さやかの言葉を聞いて、トライヴンが腹立たしげに吐き捨てた。
予想外の彼女の登場に最初こそ慌てていたものの、彼女の言葉に対する苛立ちと、自分には勝ち目があるという確固たる自信が、彼に落ち着きを取り戻させていた。
『ヒーロー気取りでのこのこと殺される為に出向いてきた事を、後悔しながらあの世に行くが良いっ! 喰らえぇっ! イグニッション・デルタ・ビィィーーーーームゥゥッッ!!』
大声で叫ぶと、胸のマークから再び赤熱した高出力のレーザーが放たれる。
「……」
鉄をも融解させる高熱のレーザーが間近に迫ってきたというのに、さやかは避けようとするそぶりを微塵も見せない。警戒心や恐れを抱く様子すら少しも表に出さない。
何か考えがあっての行動なのか……彼女の背後にいるゆりかとゼル博士の方が、戦々恐々としていた程だ。
『観念したかっ!? 終わりだぁっ! 死ねぇぇえええっっ!!』
さやかが何の抵抗もしようとしない姿を見て、勝利を確信したトライヴンが吠える。
そしてレーザーの赤い光がさやかの手に触れた瞬間、それは起こった。
『……っ!?』
ゆりかもゼル博士も、トライヴンも……さやか以外の、その場にいる誰もが一瞬我が目を疑った。
キャノン砲と一体化したさやかの右腕は、高出力のレーザーを片手だけで受け止めると、その手から吸収し始めたのだ。まるで貪欲に光を呑み込むブラックホールのように……。
『なっ……何ぃぃぃいいいいーーーーーッッ!?』
目の前で起こった出来事に驚愕するあまり、トライヴンが大声で叫んだ。
メタルノイドの装甲すら融解させる大火力のレーザーが、生身の人間の少女に吸収されるなどと、如何にして予想出来たというのか。彼は何が起こったのか訳が分からない、夢でも見ているような心境だった。
「そうか……先程もこうやって、私たち二人を守ったというのか……」
完全にパニックに陥って慌てているトライヴンとは対照的に、その光景を見た博士は合点が行ったように言う。
むろんレーザーが吸収された事は博士たちにとっても驚くべき事だが、それが味方であるならば心強いという他なかった。
やがてレーザーを完全に吸い尽くすと、さやかはトライヴンの方へゆっくりと歩き出す。
敵の光線を二度も吸収した事により、右腕と一体化したキャノン砲は今にもエネルギーが溢れんばかりの勢いで、ギラギラと赤い光を放って眩く輝いている。
「私の新しい力……見せてあげるわっ!」
ニヤリと強気の笑みを浮かべながら呟くと、さやかは前方に向かって勢いを付けてダッシュし、敵の腹に全力を込めた右拳を叩き付ける。
光線が吸収された事に狼狽するあまり、ただ茫然と立ち尽くしていたトライヴンには、その一撃を避ける暇すら無かった。
「ブーステッド・キャノン・ストライクッッ!! ……打ち砕けぇぇえええっっ!!」
己の全てをぶつけるかのように大声で叫ぶと、拳を叩き付けた箇所がドォォッという爆発音と共に光った後、拳から一筋の閃光が放たれて、トライヴンの胴体を一瞬にして貫いた。
そして光が貫いた場所に風の通り道のような穴が空き、そこから崩壊するように彼の体が崩れ出す。
『グァァアアアアッッ!! ナンダコレハ……ナンダコレヴァ……ファイザード……ブリザデス……ズマン……アダヲ ウテナカッ……ヴァァァアアアアアーーーーーーッッ!!』
弟達への悔恨の言葉を発しながら、トライヴンの巨体は指先まで衝撃が伝わるように粉々に砕け散っていき、やがて一片の塵も残さずに消し飛んだ。
キャノン・ストライク……。
エア・グレイブの右腕と、右肩のキャノン砲が一体化した事により使用出来るようになった新しい必殺技。
拳を叩き付けた箇所に、本来キャノン砲に使う用の全エネルギーを一度に、しかもゼロ距離で発射する事により敵の装甲を撃ち抜く大技。
通常のキャノン・ストライクだけでも、オメガ・ストライクと同等の威力を誇る。
更に驚くべき事に彼女の右腕は、バイド粒子や太陽光を圧縮した荷電粒子砲を吸収して、自エネルギーに変換する能力をも手に入れた。
それにより得た力が上乗せされれば、技はブーステッド・キャノン・ストライクへと進化する。
ビームキャノン用のエネルギーを温存しなければならない制約が生じるものの、オメガ・ストライクと違って発動に溜めを必要としないという大きなメリットがあった。
「……ふぅ」
敵が死んだ姿を見届けながら、さやかは勝利の余韻を味わうかのように天を仰いで立ち尽くす。新しい技の威力に満足したような、とても満たされた表情をしていた。
そこには、愛する娘を失った悲しみで失意のどん底に落ちていた、かつての面影は少しも感じられなかった。
完全に立ち直った様子のさやかに、ゆりかがすぐさま全力で駆け寄っていく。
「さやかぁーーーーーーっ!!」
嬉しそうに大声で叫ぶと、そのまま勢いで抱きついた。
「グスッ……私、もうさやかがずっと起きないと思ってた……うっ……ううっ……うわぁぁあああんっ……」
さやかの胸に顔をうずめると、これまで溜め込んでいた物をどっと吐き出したかのように大声で泣き出した。
ずっと必死に我慢していたのだろう……もはや恥も外聞も無く、少女は生まれたての赤子のように大粒の涙を流しながら、ただわんわんと泣き喚いていた。
そんなゆりかを、さやかは慰めるようにそっと優しく抱きしめる。
「よしよし……もうゆりちゃんを一人で戦わせたりなんてしないよ。もう大丈夫だから……だって私、みんなを助けるヒーローだもの」
そう口にした彼女の表情は、我が子を慈しむ母親のような、とても穏やかな笑みに溢れていた。
……そうして強く抱き合っている二人を、博士は邪魔しないようにあえて少しだけ離れた場所から見守っていた。
さやかが絶望の淵から立ち直った事を、心の底から安心したような表情を浮かべて喜びながら……。
◇ ◇ ◇
……その頃、何処かの基地と思われる建物の暗がりの一室。
全身をローブで覆い隠して鉄仮面を被った男が、トライヴンが倒された光景をモニター越しに見ていた。
その傍らには、配下と思しき一体のメタルノイドがいる。
『フゥーーームッ……トライヴンまでも、やられてしまいおったか……ああ見えてヤツら、なかなか優秀な兵士だったんじゃがのう。これで貴重な手札を、五枚も失った事になりましたなぁ……バエル総統閣下』
メタルノイドがゆっくりとした口調で喋る。その声は知性と狡猾さを兼ね備えた、しゃがれた老人のようであった。
テーブルの上に並べられたトランプのカードは、残り9枚になっている。
「……」
鉄仮面の男はあくまで無言を貫き通す。
それでもメタルノイドは男の意を察したように言葉を続ける。
『クククッ……ですがご安心を。これ以上余計に手札を失わないよう、良い秘策がありますぞ……ワシに全てお任せ下され。ゼル博士と並ぶ天才と称された、このバロウズの科学者……ドクター・ブロディにッ!』
……その時、男が仮面の奥で微かに笑ったように見えた。




