第163話 ヒューマン・デストロイヤー
バロウズの基地内部にある、中世ヨーロッパのような玉座の間……バエルが大股開きで玉座に腰掛けながら、一体のメタルノイドと話をしていた。
『……ロスヴァルトは敗れ、刑務所もヤツらの手に落ちたようです』
部下のメタルノイドが跪きながら報告を行う。
その者は背丈6m、体格は丸みを帯びてどっしりしていて、全身真紅に染まっている。額には特徴的な、ユニコーンのような一本角が付いている。
「構わん……既に計画に必要な分のゼタニウムは採掘済みだ。新たに必要になる分は、この基地周辺で十分に賄える……」
バエルが気だるそうに片肘をつきながら答える。組織の拠点が落とされてもショックを受けた様子は無い。
「むしろロスヴァルトは、よくやってくれた。敗れはしたものの、一度はあの女を殺したのだからな……その戦いぶりには一戦士として敬意を払わねばなるまい」
それどころか部下の健闘を褒め称えて、ククッと声に出して笑う。部下と装甲少女の戦いを純粋に娯楽として楽しんだのか、とても上機嫌だった。
「……だがあの女が脅威である事には何ら変わりない」
気持ちを切り替えたように笑うのをやめる。
「ベルセデス……赤城さやかの抹殺任務、貴様に任せて良いのだろうな?」
目の前で跪く側近に、念を押すように問いかけた。
これまで数多くの手駒を失った経験からか、信頼して仕事を任せるべきかどうか不安を抱く。部下の死を悲しんだりはしないものの、それでも貴重な戦力を失う事には、彼なりに懸念があった。
いっそこれ以上手駒を減らさない為に、自らの手で少女を殺しに向かうべきか……バエルはそんな事まで考え出した。
『ご安心を……あの女を殺す手筈は万全に整えてございます』
ベルセデスと呼ばれた側近のメタルノイドが疑問に答える。主君の心中を察したのか、不安を取り除こうと胸を張る。
『例の新兵器の動作テストも兼ねますが……それ自体は、あの女を殺す切り札にはなりません。計画は二重三重に練って、キッチリと確実に息の根を止めます。ロスヴァルトは赤城さやかの心臓を止めたようですが、私ならば心臓を止めて、自力で生き返らない状態にする事を約束しましょう……フハハハハッ!!』
作戦の成功率の高さをアピールし、自信たっぷりに高笑いした。
そんなベルセデスの傍らに、一人の少女が立つ。顔立ちや背格好から、歳はさやか達と同年代に見える。
「……」
少女は無言のまま両者の会話に聞き入る。何を思ったのか表情からは読み取れない。
◇ ◇ ◇
草木の生えない渇いた大地が何処までも続く、見晴らしの良い荒野……そこにコンテナを積んだ一台の大型トラックが止まる。
運転席のドアが開いて、アサルトライフルで武装した二人の兵隊が車から降りる。彼らの胸にあるバッジに『B・ARROWS』の文字が刻まれている。
兵士達はトラックの背後に回り込み、コンテナの扉を開ける。
「着いたぞ……降りろ」
中にいる何かに向かって、そう言葉を掛けた。
コンテナに積まれていたのは、バロウズに捕まって連行されたらしき村人達だった。数は十人ほどで、皆後ろ手を縄に縛られている。年齢も性別もバラバラで、父親と七歳くらいの幼い娘もいた。
彼らは一瞬躊躇したものの、兵士の命令に従うより他ないと観念し、車から降りる。
全員が降りたのを確認すると、兵士のうち一人が、彼らの手を縛る縄を一人ずつ順番に解く。残るもう一人が、村人が暴れ出さないように銃を向けて監視する。
「ここでじっとしていろ。これからあのお方が、お前たちを使って実験なさる。もっとも逃げた所で、逃げられはせんがな……フフッ」
全員の縄を解くと、兵士達は意味深な言葉を残しながら、トラックに乗ってさっさとその場から立ち去る。まるで何かから急いで離れるような速さで……。
「……」
何も無い荒野に置き去りにされた村人達は、ただ茫然と立ち尽くす。この先どうすればいいか分からず、キョロキョロと周囲を見回したり、互いに顔を合わせたりする。
今まで敵に捕まっていたのに突然自由を与えられた事に、深く困惑した。
「おい……俺たちこのまま帰って良いんじゃないか?」
「だがヤツらの言っていた事が気になる……」
……そんな言葉が交わされる。
こんな所にただボーッと突っ立っても仕方ない、いっそ帰ってしまおうか……そんな空気が場に漂い始めた時……。
「あっ! あれは一体何だ!?」
一人の男がそう叫びながら空を指差す。
彼が指差した方角に皆が一斉に振り返ると、空の彼方から巨大な何かが、村人達のいる地点めがけて飛んでくる。
空を飛んでいたのは金属製の箱だった。縦横共に十メートルの大きさで、天井部分が蓋になっている。中に何が積まれているのか、現段階では分からない。重力制御により飛行しているのか、噴射口のような装置は見当たらない。
更によく見てみると、箱の上に人影が乗っている。振り落とされないよう、うつ伏せになって箱にしがみ付いている。
やがて箱は村人達から少し離れた場所に、ドスゥゥーーーーンッと音を立てて豪快に着地する。かなりの重量なのか、大量の砂埃が巻き上がり、大地に少しだけめり込む。
突然の砂嵐に見舞われて、村人達がゴホゴホッと咳き込む。口の中に入った砂を、唾と一緒にぺっぺっと吐き出す。
しばらくして砂煙が晴れると、箱に乗っていた人影が「よいしょっ」と声に出しながら地面に降り立つ。
背丈6m、全身を暗めの緑色に塗られた、重装甲タイプのロボット……それはかつてさやかに倒されて死んだはずの、ブリッツという名のメタルノイドだった。
『ゴホン……アァーー諸君、これから君たちを実験台にした、新兵器のテストを執り行う。人間を確実に殺す兵器のテストだよ。フフフッ……ビックリしたかい? 別に逃げても構わんし、抵抗してくれても構わない。むしろその方が、こちらとしても性能チェックが出来て助かるからね』
恐ろしい言葉が男の口から放たれる。彼は人の命を、新兵器の踏み台にしようというのだ。
驚愕の事実を告げられて、村人達が俄かにざわつく。ある者は絶望に打ちのめされてガクッと膝をつき、ある者は助けが来るよう神に祈り、またある者はブリッツを恨めしそうに睨み付けて、ぺっと唾を吐き捨てた。
『一分一秒でも長く生きられるよう、せいぜいあがいてくれたまえ……ハハハッ』
ブリッツは彼らを見下すように笑いながら、箱の側面にある四角いパネルを指でタッチする。直後、箱の天井部分の蓋が開いて、そこから無数の円盤のような物体が飛び出てきた。
それは直径三メートルの大きさの、丸いノコギリ状の刃だった。箱と同様に噴射口が無いにも関わらず、自力で宙に浮かんでいる。
ノコギリ刃は箱から二十枚ほど出てくると、ギュィィーーーーンとドリルのような音を立てて高速で回転しだす。
村人は、それが自分たちを殺す兵器なのだと瞬時に理解した。
『自律型の無人兵器ソーサーと、それを輸送するコンテナ……これらを一括りにして、ヒューマン・デストロイヤーと呼ぶッ! これはターゲットから除外した組織の人間以外の、あらゆる温血動物を無差別に殺戮する、我らの新兵器ッ!』
ブリッツが兵器の説明を声高に行う。
『貴様らには今からこれの犠牲になってもらうッ! やれぇぇぇえええええっっ!!』
村人達を指差して、大声で処刑を命じる。
処刑の命が下されると、二十体のソーサーが彼らめがけて一斉に飛んでいく。その速さは人間の走る速さより圧倒的に速い。
「うっ……うわぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
村人のうち一人の若い男が、たまらずに大声で叫びながら走り出す。
ソーサーは迷わず男の方へと向かう。逃げようとする標的を優先的に追いかける判断をしたかのようだ。
「なっ、なんでこっちに来るんだよぉぉぉぉおおおおおおっっ!!」
予想外の円盤の挙動に、男が思わず泣き言を漏らす。こんなはずじゃ無かったと選択の誤りを悟る。涙と鼻水がボロボロと零れ落ちて、顔がグシャグシャに濡れたものの、それを気に掛ける余裕すら無い。
死にたくない一心で必死に走り続けたが、そんな彼の努力を嘲笑うようにソーサーがジリジリと距離を詰める。あと十秒足らずで触れる場所まで来る。
「うあっ!」
ノコギリの刃が触れようとした瞬間、足がもつれて男が前のめりに転ぶ。それが生死を分けたのか、ソーサーは倒れた男の頭上を通り過ぎる。
その行く先には、群れからはぐれたらしき一頭のエゾシカが立っていた。
「ンアアアアアアッッ!!」
声にもならない声が、辺り一帯にこだまする。鹿はあっという間に細切れにされて、バラバラの肉片になってしまう。それが元は生き物だったと知らなければ、地面に濃厚なトマトケチャップをブチまけたように見えた。
「あああああっ……」
鹿が一瞬にして解体されたのを目の当たりにして、男の顔が恐怖で青ざめる。体の震えが止まらなくなり、歯がガチガチと鳴る。体の芯から力が抜けていき、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。
『おーーっと残念、あともうちょっとで人間のバラバラ死体が見られたのになぁ……まあいいや。どうせ貴様らはソーサーから逃れられんのだ。一回避けたからといって、どうなる話でもあるまい。五分後には、ここいらの地面は、貴様らの血に染まるのだ……ハハハハハァッ!!』
ブリッツは男を殺し損ねた事を悔しがりつつ、村人達が無惨に死ぬ姿を想像して大笑いした。そこには他者の命を奪う事への迷いは一切感じられなかった。彼は血みどろの虐殺を、娯楽として完全に楽しんでいた。
「……この悪魔めッ! お前たちメタルノイドには、命を慈しむ心が無いのかッ! 残酷に命を奪っておきながら、どうして平気で笑っていられるんだッ!!」
娘の父親が思わず声を荒らげた。死に対する恐怖よりも、敵の卑劣さを許せない気持ちの方が勝り、罵倒せずにいられなかった。
『フンッ……何を今更』
ブリッツがやれやれとため息をつく。周回遅れの質問をされたと言わんばかりに呆れる。
『命を慈しむ心だと? 笑わせるなッ! そんなもの少しでもあったら、世界征服なんぞしておらんわぁっ! この大バカタレがぁぁぁぁああああああっっ!!』
悪党は慈悲の心を持ち合わせていないのだと、至極真っ当な反論をぶちまけた。
『貴様ら人間は、我々に飼われるだけの家畜ッ! あるいは駆除されるだけの害虫ッ! 最初から殺される為だけに存在する、ゲームのザコキャラッ! その程度の価値に過ぎんのだぁっ!』
そう言い終えるや否や、右の手首に仕込んであったフック付きのワイヤーを、親子めがけて射出する。ワイヤーは一瞬にして娘の体に巻き付く。
ブリッツが腕をグイッと引くと、娘がワイヤーごと強い力で引き寄せられる。
「パパ、助けてぇぇぇえええええっ!」
身動きが取れないまま、幼い少女が悲痛な声で叫ぶ。目に涙を浮かべて、今にも泣きそうになる。
「えり子ぉぉぉおおおおおっ!!」
父親が咄嗟に手を伸ばしたものの、あと一歩という所で届かず、娘は敵に捕まってしまう。
『お前たち人間は時として、自分よりも、自分の大切な家族や仲間が傷付けられるのを嫌う……命を慈しむ心などという、くだらない感情があるから、そうなるのだ。クククッ……それを今から思い知らせてやる』
ブリッツは少女を握り潰さないように加減した手で掴んだまま、ニタァッといやらしい笑みを浮かべる。悪魔のような男が何をしようとするのか、村人達は想像しただけでゾッとした。
『……ソーサー、ターゲット変更だ! 今からガキをそっちにやるから、八つ裂きにしろッ! 愛する家族がズタズタに切り裂かれる光景を見せ付けて、絶望の奈落へと突き落としてやるのだぁっ! フハハハハハハァッ!!』
処刑の命を下すと、男は娘を勢いよく放り投げた。まるで飢えたピラニアに餌を与えようとするように……。
転んだ村人の周りにいたソーサーは瞬時に向きを変えて、宙に投げ出された少女めがけて一直線に突き進む。
「いやぁっ! 死にたくないよぉっ! パパぁぁぁぁああああああーーーーーーっっ!!」
死を目前にして、いたいけな少女が泣き叫ぶ。
父親は娘を助けようと必死に駆け出すものの、到底間に合うはずもない。
村人達は何も出来ない無力感に苛まれつつ、せめて無惨な光景を見ないように目を瞑る。
ノコギリの刃が少女に迫り、誰もが彼女の死を予感した瞬間……。
「でぇぇぇぇやぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーっっ!!」
勇ましい雄叫びと共に、赤い影のような物体が飛び出す。
まるで豹のように目にも止まらぬ速さで駆ける『それ』は、ソーサーに全力の回し蹴りを叩き込む。
直後金属の円盤が地面に落下して、ドガシャァァーーーンッと激しい音を立てて叩き付けられた。
赤い影は少女を空中でキャッチすると、バーニアを噴射させてゆっくりと大地に降り立つ。
『きっ、貴様は……エア・グレイブ……赤城さやかッ!!』
その者の姿を目にして、ブリッツが名を叫ぶ。
『ヒッ……ヒヒヒヒヒッ! ヒヒャハハハハハァッ!! 会いたかった……赤城さやか、会いたかったぞぉっ! この日をどれだけ恋人のように待ち望んだか、どれだけ待ち焦がれたか……貴様を殺すッ! その為だけに俺は今一度、地獄から舞い戻ったのだッ! ブリッツ・リボーンズとしてなぁっ!!』
……自分を二度殺した相手を前に、怒りと歓喜が入り混じったような、狂気の笑いを浮かべていた。




