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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
最終部 「Ø」
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第158話 監獄の支配者

「……誰が」


 その時、さやかが小声でボソッとつぶやいた。


『え?』


 何て言ったか聞き取れず、ファットマンが間抜けなツラで聞き返そうとした瞬間……。


「ふんぬぐぅぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっ!!」


 獰猛なる飢えた野獣のような雄叫びが発せられた。さやかはとても少女とは思えない阿修羅の顔になりながら、とてつもない馬鹿力で牛頭の巨体を持ち上げる。そのまま勢いに任せるように空に向かってぶん投げた。


『オオオオオッ!』


 思わぬ反撃にい、ファットマンがパニックにおちいる。彼は今この瞬間、自分の身に何が起こったのか全く理解できなかった。

 空中で魚のように手足をバタつかせたものの、どうにもならない。

 宙を舞った全長四メートルの巨体は、重力に任せて落下していき、ドォォーーンッという轟音と共に地面に叩き付けられた。


「誰が……誰がアンタに逆らった事を、後悔なんかするものですかッ! たとえどれだけ苦痛を味わおうと……この身を地獄の炎で焼かれようとも、私はアンタ達に逆らった事を断じて後悔しないッ! どれだけブザマで、ダサくて、カッコ悪くても……血の一滴が無くなる最後の瞬間まで、私は戦い抜くッ! アンタらの足の一本でも多く、地獄に引きずり込んでやるッ!」


 さやかは敵を投げ終わると、二本の足でしっかりと大地に立つ。瞳に熱い闘志の炎を宿しながら、敵を倒し尽くす執念に満ちた言葉を吐く。


『グヌゥゥゥ……』


 地面に倒れていたファットマンが小声でうなりながら上半身を起こす。脳震盪のうしんとうを起こしてふらついた頭を手で支えながら、足に力を入れて立ち上がろうとする。


(なんて女だ……かなり深手を負い、もう戦う力など残っていないはずだぞ? この女は感情的になると突然パワーアップする力でもあるというのか? まるで化け物だ……今まで敗れた連中はみな、この力に負けたというのか)


 意識をしっかり保とうとしながら、少女の強さに思いをせた。これまでめていた評価は一変し、油断ならない相手だという警戒心が胸に湧き上がる。


『だがここで引き下がる訳には行かん! バロウズの戦士に、二度の撤退は許されんのダッ! 貴様を倒せなければ、俺は死ぬしか無くなる! 赤城さやかッ! 俺の全身全霊を賭けて、貴様を討つ!』


 それでもおくする事なく、不退転の決意を口にしながら少女の前に雄々しく立つ。言葉の節々からは背水の陣へと追い込まれた者の覚悟が浮かぶ。


 ファットマンの背中がふたのようにパカッと開くと、そこからもう一本のムチが取り出される。


『一本でダメなら二本だっ! 黒焦げのローストチキンになって、今度こそ息絶えるがいい!』


 それぞれの手に鞭を握って二刀流になると、間髪入れず少女に向かって振り下ろす。

 鞭の動きは目で追えないほど速く、さやかは避けるひまもなく左右の腕を一本ずつ鞭でしばられて、動きを封じられる。


「うぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーーっっ!!」


 大地を揺るがさんばかりの悲鳴がとどろく。鞭から腕へと伝わった高圧電流が、少女の全身をまたたく間に駆け巡る。バチバチッと肉が焼ける音が鳴り続け、直視できないほどまばゆい光が放たれた。

 このまま何の手も打てなければ、彼女が命を落とす事は目に見えていた。


 勝った! ファットマンがそう確信して胸をおどらせた瞬間……。


「ふぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!」


 獅子のごと咆哮ほうこうが少女の口から放たれた。

 さやかは感電の痛みを物ともせずに、鞭で縛られたままの腕を、思いっきり後ろに引っ張る。彼女の怪力は凄まじく、ファットマンの巨体が、手にした鞭ごとグイッと引き寄せられた。


『うおおおおおっ! ばっ……馬鹿なぁっ!!』


 直後、牛頭の体が遠心力によって空高く舞い上がる。鞭は空中に放り出された男の体重に耐え切れず、二本ともブチブチッと音を立てて千切ちぎれてしまう。


 ファットマンは電流に耐え抜いたさやかの打たれ強さに、内心深く動揺した。

 せ我慢だとするなら、完全に常軌をいっしている。もはや彼女に勝てる方法が見つからず、目眩めまいがして気が遠くなりかけた。

 牛頭は目の前の現実が受け入れられず、混乱したまま地面に落下して全身を叩き付けられた。


 それでも慌てて起き上がろうとする彼を、さやかが敵意に満ちた表情で眺める。


「アンタの言う通り、私はバリアを張れない……スピードも無い……技術テクニックも無い……頭も悪いっ! パワーしか取りがない、脳筋バカゴリラ女だよっ!」


 あえてファットマンに言われた事を肯定し、自らを卑下ひげする言葉を吐く。彼女なりに芸の無さを自覚したのか、顔をうつむかせて悔しそうに下唇を噛む。苦悶に満ちた表情からは、仲間の能力をうらやんでいた心理が十二分に伝わる。


「でも……だからこそ、たった一つの長所であるパワーで、ここまで勝ち上がってきた! 私にはそれしか無いから……どれだけ不器用で、恰好かっこうでも……それが私の戦い方なんだぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」


 力こそが自分にとって唯一の武器なのだと、高らかに宣言してみせた。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 有言実行するかのように右肩のリミッターを解除し、技を放つ準備動作に入る。

 右腕に内蔵されたギアが高速で回りだし、エネルギーが凄まじい速さで溜まっていく。やがて右腕全体がバチバチと音を立てて放電し、あふれんばかりに赤い光を放つ。

 パワーが最大まで溜まると、さやかはすぐに敵に向かって駆け出す。


「……オメガ・ストライクッ!!」


 技名を口にしながら、必殺のパンチを繰り出す。少女の全てをした右拳が牛男の腹に激突すると、お寺の鐘を叩いたような鈍い金属音が鳴り、男の体全体が激しく振動する。


『馬鹿めッ! 言ったはずだッ! 貴様の攻撃は、一切俺に通用しな……な……アアアアッ!?』


 攻撃を防ぐ事を確信してほくそ笑んだファットマンだが、その認識が誤りだったとすぐに思い知らされる。

 少女の拳はファットマンの装甲を、まるでドリルのように掘り進んでいた。勢いが止まる気配は全く無い。男がそれに気付いた時、もはやどうする事も出来なかった。


 やがてさやかの拳はファットマンの胴体を一気にブチ抜いて、向こう側にある大地へと着地させた。


『ソ……ソンナ……嘘ダ……』


 腹に人間大の風穴を空けられたまま、牛頭が茫然ぼうぜんと立ち尽くす。自身に迫る死を受け入れられず、現実から目を背けようとする。


『アア……ロスヴァルト将軍……アナタ様ノ オ役ニ立テズ、申シ訳アリマセンデシタ……何卒ナニトゾ……何卒、ワタクシメノ仇ヲ取ッテ下サイマ……セ……セ……セギャバァァァァアアアアアアッッ!!』


 それでも最後は観念して受け入れると、上司に対するびの言葉を述べる。

 直後穴の空いた箇所から火がいたように爆発して、跡形も無く吹き飛んだ。


「ハア……ハア……」


 地面に散らばった金属の破片を目にして敵が死んだ事を確信すると、さやかは呼吸を荒くしながらガクッとひざをつく。これまで気迫によって耐えたものの、心身共にかなり消耗した事が容易に見て取れた。


「さやかーーーーーーっ!」


 時を同じくして量産ロボの始末を終えた仲間たちが、彼女の元へと駆け寄る。

 ゆりかはすぐさま青い光を注ぎ込んで、友の疲れを癒そうとする。


「さやかさん、やりましたねっ!」


 アミカが仲間の勝利をねぎらう。戦いを眺めていた囚人たちもファットマンが死んだ事を喜び、大はしゃぎしてぴょんぴょん飛び跳ねて、ガッツポーズを取る。彼らとは対照的に、見張りの兵士たちは残念そうにうなだれる。


(ロスヴァルト将軍……ヤツはそう言っていた)


 すでに戦勝ムードが漂っているにも関わらず、ミサキが気難しい表情になる。

 ファットマンが死の間際に口にした名前が、胸に引っかかっていた。


 戦いはまだ終わっていないのではないか……彼女がそんな疑念を抱いた時だった。


「あっ、あれは一体何だ!?」


 囚人の一人の男がそう叫びながら、刑務所の屋上を指差す。

 その場にいた全員が男の言葉に反応して一斉に振り返ると、建物の上部分がハッチのふたのようにゆっくりと開く。そこから黒い影のような物体が飛び出してきた。


 巨大な人の形をした何かは、姿勢を低くしたまま、さやか達から離れた場所に両足で着地する。ドスゥーーーーンと大きな音が鳴り、落下の衝撃によって大量の砂ぼこりが巻き上がる。


 ……その者は背丈6m、体格はどっしりしていて、全身鎧をまとった姿をしている。その鎧は漆黒に染まって、狼男ウェアウルフのような意匠を取り入れて、見るからに禍々(まがまが)しい。体のあちこちは毛が逆立ったようにトゲトゲしていて、白い牙も生えている。


 背中には彼のサイズに合わせた一振りの大剣を背負っている。その剣も持ち主同様に黒く染まっていて、魔剣のような雰囲気を漂わせる。


『ファットマンめ……あれだけ強化してやったにも関わらず、一人の首も落とせんとはな……しょせん口先だけの男だったか』


 男は部下の不甲斐なさを嘆くと、ズカズカと歩いて、さやか達の前にどっしりと立つ。


『私はNo.027 コードネーム:ゼネラル・Uユー・ロスヴァルト……バエル様よりこの地を任されし、バロウズの将軍よッ! 赤城さやか、その仲間たちにぐ! ファットマンは私の無能な部下に過ぎん! ヤツを倒した程度で刑務所を解放したなどと、勘違いもはなはだしい! 私を倒さぬ限り、虫ケラどもに自由が戻ってくる事など無いと思えッ!!』


 自分こそが監獄の支配者なのだと、高らかに宣言する。

 新たな敵を前にして、さやか達はさらなる激闘を予感せずにいられなかった。

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