第156話 トラックに積まれていたのは……。
刑務所の敷地内に入ったトラックは、兵士の指示に従い、建物の裏側にある人気の無い場所へと誘導される。やがて数台のトラックが並ぶ駐車場に案内されて停まる。
「よし、さっそく積荷を下ろす作業に取り掛かるぞ」
兵士の男がそう言いながら荷台の扉を開けようとする。
運転手はドアを開けて車から降りると、キョロキョロと用心するように周囲を見回す。
(防犯カメラは無い……見張りの兵士はここにいる一人だけ……やるなら今しか無い)
監視の目が行き届かない事を確認すると、すかさず背後に回り込み、男の首筋にチョップを叩き込んだ。
「うっ!」
男は一瞬だけ声を発した後、前のめりに倒れて意識を失う。全く起き上がる気配が無い。運転手は試しに男の体をくすぐってみたり、顔を手でひっぱたいたりしてみたが、一向に目を覚まさない。
「ふぅーーっ……」
運転手は安心したように一息つくと、帽子とマスクを取って素顔を曝け出す。その人物は他ならぬゼル博士だった。
「刑務所に向かうトラックを強奪して、運転手になりすまして侵入する……いささか強引な手口だが、うまくいったようだ」
額から流れ出る汗を作業服の袖で拭いながら、作戦が成功した事を安堵する。彼にとって成功確率が五分五分の、かなり危険な賭けだった。
「みんな、もう外に出ても良いぞ」
博士がそう言いながら荷台の扉を開けると、人間が入れる大きさのダンボール箱が四つ積まれている。そのうち一つが内側からビリビリと裂けて、中から人が出てくる。
「あーー、やっと出られた! ふうっ、外の空気がうまい」
さやかが窮屈な場所から解放された喜びに浸るように体を伸ばしながら、大きく息を吸い込む。後に続くように他のダンボール箱も中から裂けて、ゆりか達が出てくる。四人は急な戦いに備えて、既に装甲少女に変身済みだった。
彼女たちは後ろの荷台に積まれたまま、物音を立てないようにじっと息を潜めていた。途中さやかのダンボール箱にエロゴキブリが侵入して、モゾモゾと体を這われても、必死に声を出さないように耐えた。
四人は箱の外に出ると、トラックの荷台から飛び降りて地面に立つ。
「見たところ、刑務所の裏側に防犯カメラは設置されていないようだ。塀が人間の力では越えられないほど高く作られてるから、ヤツらも油断したのだろう。いずれにせよ我々にとってはチャンスだ。私に付いてきたまえ」
博士は警備が手薄である事を伝えると、自分の後に付いてくるように言う。壁際に背中をびったりくっつけると、建物の影から出ないようにしながら、物音を立てず忍び足でそーーっと歩く。
さやか達も博士の後に続いて、忍者のように歩き出す。
五人はイモムシのように一列に連なったまま、壁面に沿って移動する。
「……ムッ! みんな止まってくれ!」
建物の表側に近付いた時、影から出る直前で博士が足を止めた。
五人が縦に重なったまま物陰から顔を半分だけ出して覗いてみると、表側は開けた空間になっていて、多数の囚人が働かされているのが目に付いた。
彼らは工事用の手押し車で、ゼタニウム鉱石と思しき石を運ばされている。かなりの重労働らしく、みな額から滝のような汗を流して、表情には疲労の色が浮かぶ。手足はガクガク震えて、口からは激しく息を吐いている。
そんな囚人たちを、銃を持った見張りの兵士とメタルハウンドが、サボらないように監視する。更に彼らの後ろには、メタルノイドであるファットマンが立つ。その手には革製の鞭が握られている。以前さやかと戦った時には棍棒を手にしていたが、武器を持ち替えたようだ。
「……ううっ」
やがて囚人のうち一人の年老いた男性が呻き声を漏らしながら、バランスを崩して倒れ込む。彼が押していた手押し車が横倒しになって、積まれていた石が地面に散乱する。
「ああっ!」
男は顔面蒼白になりながら、慌てて石を積み直そうとする。叱られる前に作業に戻ろうと必死になる。だがそんな彼の苦労を嘲笑うように、ファットマンがドスンドスンと足音を立てて向かってゆく。
『グフフッ……貴様……よくもやってくれたなぁ』
そう言いながらニタァッといやらしい笑みを浮かべる。獲物を前にしたように舌なめずりして、口からは大量の涎が垂れ落ちる。まるで囚人が失態を犯すのを今か今かと待ち構えたようだ。
「ああ、ファットマン様っ! どうか、どうかお許しをっ! この埋め合わせは必ずしますっ! 明日はノルマの倍働きますっ! だから、どうかお許し下さいっ!」
囚人は膝をついて土下座し、謝罪の言葉を口にする。地面に顔を強く擦り付けて、皮がめくれて血が流れ出す。顔に広がる痛みすら忘れるほど真剣に謝った。
『……駄目だ』
だがファットマンが残酷な回答を突き付ける。
『貴様ら生きる価値の無い哀れな虫ケラには、一度たりとて失敗は許されないッ! たとえ一度でも失敗したら、死ッ! 死ッ! 死ッ! まともに働く事すら出来ない能無しは、もはやブザマな死に様を曝け出して、俺様を楽しませる事しか出来んのだぁぁぁぁああああああっっ!!』
死を宣告する言葉を早口でまくし立てると、手にした鞭を囚人に向かって振り下ろす。
「ぐぁぁぁぁああああああっ!」
蛇のようにしなる鞭で背中をぶたれて、男が悲痛な叫び声を上げる。ヒュンッと風を切る音が鳴るたびに、バチーーンと肉を叩く音が響いて、そのたびに鮮血が宙を舞う。それが数回繰り返された。
やがて男は痛みに耐え切れず、白目を剥いたまま前のめりに倒れて気絶してしまう。
「ああっ! なんて事を……絶対許さないっ!」
さやかは堪えきれずに物陰から飛び出して、牛頭の元へと走り出す。囚人が殺されかかっているのを前にして、もはや居ても立ってもいられなかった。
「ああもう、さやかったら! しょうがないわねっ! 博士はここに隠れててっ! 私たちは、さやかと一緒に戦うから!」
ゆりかは無謀さに呆れつつ、敵の眼前に出た仲間の元へと向かう。ミサキとアミカも後に続くように駆け出す。博士はゆりかに指示された通りに待機する。
「コラーーーーッ! そこの脳筋ブタ頭っ! これ以上、何の罪も無い囚人をいじめるのはやめなさいっ! さもないと私がアンタを挽肉にして、スーパーのお惣菜コーナーに、半額シールを貼って陳列してやるっ!」
さやかは牛頭の前に姿を現すと、勇ましく啖呵を切ってみせた。腰に手を当てて男らしく仁王立ちしながら、キリッとした目付きで敵を睨み付けた。直後仲間の三人が駆け付けて彼女に合流する。
『ゲーーッ! きっ、貴様ら……何故ここに!?』
予想外の乱入者に、ファットマンが思わず声を上擦らせた。いずれリベンジすると誓ったものの、ここで会うとは夢にも思っていなかった。あまりに想定外の事態すぎて、もはや豚呼ばわりされた事を気にかける余裕すら無かった。
「アンタをブチ殺すために、わざわざブタ箱に乗り込んでやったのよ!」
さやかはドヤ顔で鼻息を吹かせながら、挑発するように言い放つ。一行がここに来た目的はあくまで囚人の救出であったが、彼女はわざと怒らせる発言をして敵に冷静さを失わせようと目論んだ。
囚人を助けに来たと正直に言ってしまったら、敵が彼らを人質に取るかもしれないとも考えて、自分たちに注意を向けたい狙いもあった。
『グヌヌゥ……貴様ら、よくもこんな所にのこのこと乗り込んできおったなッ! このウスバカゲロウめッ! ここをお前たちの墓場にしてやるッ! 再び俺の前に現れた事を、地獄の底で後悔し続けるがいいッ!!』
さやかの計算通り、ファットマンがギリギリと音を立てて歯軋りし、顔を真っ赤にして怒り出す。
『兵士ども、貴様らは下がっていろ! どうせ人間如きの銃では掠り傷にもならんッ! その代わり所内にいる量産ロボをありったけ、ここに呼んで来いッ! 一匹残らずだッ!!』
それでも冷静に見張りの兵士に指示を出して下がらせる。兵士のうち一人が無線で何処かに連絡すると、すぐに所内のあちこちからメタルハウンドとメタルモスキートが一斉に集まってきて、瞬時にさやか達を取り囲む。その数合計にして三十体だった。
『やれぇっ! あの女どもを血祭りに上げろッ!』
ファットマンが手を振って処刑を命じると、ロボット犬の一体が少女に向かって走り出す。
「ウォォォォオオオオオオーーーーーーッ!」
血気盛んに吠えながら、大きく口を開けて飛びかかった。
「チェンジ……パワーモードッ! せいやぁぁぁぁああああああっっ!!」
アミカは右腕にある三つのボタンのうち一つを押して攻撃力重視タイプに切り替わると、間髪入れずに犬の顔面にパンチを叩き込んだ。
「ギャワァァァァアアアアアアンッ!」
ロボット犬が悲痛な叫び声を上げながら、あっけなく吹き飛ばされる。顔を殴られた勢いで地面に激突すると、殺虫剤を撒かれた虫のように体をピクピクさせた挙句、最後は死んだように動かなくなった。
「ザコは私たちが引き受けます! さやかさんは牛男をやっつけて下さい!」
アミカが両手の拳を強く握って、ボクサーのような構えをしながら言う。
「さやか、頼んだわよ!」
「私たちの事は心配するな! ゴリラと牛、どちらが上かはっきりさせて来い!」
ゆりかとミサキも少女の後に続いて口を開く。
「分かったわ……みんな、ありがとう!」
さやかは仲間の気遣いに感謝して、ザコの相手を彼女たちに託す。自分は高くジャンプして敵の包囲をあっさり突破すると、牛頭に向かって一目散に駆け出す。ドサクサに紛れてゴリラ呼ばわりされたのは気にしない事にした。
「ピザまん、今度は逃がさないわ! 私と勝負しなさい!」
牛頭の前に立つと強気な口調で挑発する。まともに覚える気が無いのか、間違った名前が口を衝いて出る。
『フンッ、バカタレが……このファットマン、逃げも隠れもせんわい。前回は不覚を取ったが、今回は貴様との再戦に備えて、いろいろと準備したのだ。前回と同じだと思ってると、死ぬほど後悔する目に遭うぞ』
ファットマンも負けじと言い返す。それなりに勝算があったのか、それとも単に慣れたのか、名前を間違われた事に怒らない余裕を見せ付けた。
……かくして、ここに両者の戦いが勃発する。




