第152話 最強の敵、もう一人のワタシ。(中編-3)
さやかそっくりの見た目をした少女、赤城サヤカは悪の手先になった事を告げて、ゼノ・グレイブに変身する。二十倍の強さだという彼女との戦力差はあまりに大きく、ゆりか達はなす術なく蹴散らされる。
もはや勝利は絶望的だと悲観する空気が広がりかけた時、一度は敗れたさやかが再び彼女の前に立ちはだかる。
楽に勝てると踏んだサヤカだったが、それが誤りだったとすぐに思い知らされる。さやかは彼女を遥かに超越した力を見せ付けて、左腕を負傷させた上に、頭突きまでお見舞いした。しかもそのダメージは決して回復しないのだ。
「こっからは……私の反撃よっ!」
そう口にする少女の体から、赤い炎のようなオーラが微かに立ち上っていた。
「ぐううっ……馬鹿な」
地面に倒れていたサヤカが、ゆっくり体を起こして立ち上がる。頭突きされたショックで目眩がして、脳震盪を起こしていた。かろうじて二本の足で立てていたものの、足はガクガク震えており、意識をしっかり保たなければ、すぐにでも倒れてしまいそうな勢いだ。
冷静に思考を働かせようとしたものの、頭がクラクラして考えがまとまらない。体がふらついて、風邪を引いたように寒気がする。
サヤカはまるで訳が分からなかった。
間違いなく自分の方が優勢だという確信が、彼女の中にはあった。何しろ二十倍の戦力差があるのだから。
にも関わらず、目の前にいる少女は、その事実を無かった事にしたように自分を圧倒してみせた。足で踏み潰せるほど小さなミミズが、自分の数百倍はある巨大なドラゴンに変身したような……そんな衝撃を受けた。
一瞬、『強化変身』をしたのかとも彼女は考えた。だがさやかは赤いオーラを身にまとっただけで、装甲は変わっていない。筋力増強剤も使用していない。
「……ぜだ」
彼女が突然そう口にする。
「ぜだ……何故だ何故だ何故だ何故だ、何故だぁっ! 何故なんだぁぁぁぁぁぁああああああああっ! どうしてだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーっっ!!」
うわ言のように何度も口走る。両手で頭を激しく掻き毟り、この世の終わりが訪れたような鬼気迫る表情で、早口で喚き散らす。今の状況がとても受け入れられず、頭がおかしくなりかけた。
もはや圧倒的優位に立てていた余裕は完全に失われて、勝者と敗者の立場が入れ替わっていた。
「うぁぁぁぁぁぁああああああああっっ!!」
半ばパニックに陥った状態のまま奇声を発しながら、さやかに向かって走り出す。両手をグワッと開いて、感情の赴くままに相手に掴み掛ろうとした。
「フンッ」
さやかは余裕ありげに鼻で笑いながら、ひょいっと横に動いて相手の突進をかわす。
突進を空振りした勢いでサヤカはバランスを崩し、足がもつれてこけそうになる。
「そおいっ!」
隙だらけになった少女の尻を、さやかが全力で引っぱたく。
「うわーーーーっ!」
サヤカが思わず間の抜けた声を発する。尻を叩かれた衝撃で前のめりになったまま押し出されて、瓦礫の山に頭から突っ込んでしまう。ドンガラガシャーーンと瓦礫が散乱した音が鳴って、少女はうつ伏せに倒れたままゴミまみれになる。叩かれた尻は風船のように赤く腫れ上がっていて、パンパンになっている。
「ううっ……くそお」
悔しげな言葉を吐きながら、地面に両手をついて上半身を起こす。口に入った埃を慌てて「ぺっぺっ」と吐き出すと、気力を振り絞って両足で立ち上がった。ヒリヒリした痛みが広がる尻を、労わるように手でそっと撫でる。
受けたダメージは深刻では無かったが、彼女の心には尻を叩かれた屈辱が、剣のように鋭く突き刺さる。戦士として誇りを穢された心の痛みは、肉体的ダメージよりも遥かに大きかった。
「なんでって……そんなの、メチャクチャ怒ったからに決まってるでしょ」
無様な格好を晒した少女を、さやかが勝ち誇ったように見下ろす。腰に手を当ててドヤ顔で鼻息を吹かせながら、急に強くなった理由を明かす。
「メチャクチャ怒ったって……たった……たったそれだけで……いきなり何十倍も強くなるなんて……そんな馬鹿げた話があってたまるかぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!! コラーーーーーーッ!!」
無論そんな理屈にサヤカが納得できる筈もなく、烈火の如く怒りだす。冗談だとすれば馬鹿にされているし、真実だとすれば到底受け入れられない話だ。どっちに転んでも彼女は許せなかった。
「うらぁっ! 死ねぇぇぇぇええええええーーーーーーーーっっ!!」
荒ぶる感情のままに走り出し、勢いに任せて相手に殴りかかろうとする。
何を思ってか、さやかは避けようとも防ごうともしない。腰に手を当てたまま、ふんぞり返るように仁王立ちしている。やれるものならやってみろと言わんばかりの態度だった。
「うららららららららぁぁぁぁああああああーーーーーーーーーっっ!!」
サヤカが勇ましく吠えながら、両手を駆使した拳のラッシュを繰り出す。以前のさやかなら一撃で戦闘不能になった威力のパンチを、秒間何十発もの速度で放つ。
だが少女の肌に触れた拳は、まるで砂の詰まったサンドバッグを殴り付けたようにボムッと音が鳴って弾かれる。まるで手応えを感じない。それでもサヤカは臆する事なく攻撃を続ける。
顔面、腹、胸……少女のあらゆる箇所に拳が叩き込まれるたびに、ボムボムッと鈍い音が鳴る。それが延々と繰り返された。サヤカは何処かに弱点があるはずと考えて殴る箇所を何度も変えたが、その努力は無駄に終わる。
さやかはダメージを受けた形跡が全く無く、相手のなすがままにさせたまま平然と立っている。子供とじゃれた父親のようにニコニコ笑っている。
「ふんぬっ!」
やがてさやかが力強い掛け声を発しながら、胸を前面に突き出す。
相手を殴ろうとしたサヤカの拳が、弾力あるおっぱいに激突して、バイーーンッと後ろに弾かれた。
「うわぁっ!」
予想外の反撃に遭い、少女が思わずビックリする。巨大なバネに弾かれたように大きく吹き飛んだ彼女の体は、ゴムボールのように空高く跳ね上がって、受身も取れないまま地面に落下して全身を強く叩き付けられた。
「ううっ……ちくしょう」
だらしなく大股開きになって仰向けに倒れたまま、少女が悔しさのあまり下唇を噛む。またも屈辱的な仕打ちを受けた事への苛立ちで、はらわたが煮えくり返ったものの、体が言う事を聞かない。さやかとの戦いによる疲労が蓄積して、すぐには起き上がれそうにない。
もはや勝敗は決したようにすら見えた。
(バイド粒子は感情の高まりによって分泌される。怒れば怒るほど、粒子放出量は増える……確かに理論上はそうだ。だがそうだとしても、他の三人が怒りによってパワーアップした話は全く聞かない。彼女だけが……赤城さやかだけが、スペックを何十倍にも引き上げるほど激しく怒れるのだ。かつてザルヴァを倒した彼女の、本当の強さの秘密とは、これだったのかもしれない)
子供のように軽くあしらわれたサヤカを見ながら、ゼル博士が仲間の強さについて考察する。
(だが一つ腑に落ちない事がある。サヤカはただ強いだけでなく、超速の再生能力があったはずだ。それがさやか君に殴られた時だけ全く機能しないのは、どういう訳だ?)
何故敵の能力が封じられたのか、疑問を抱く。
(……そうかッ! 分かったぞ! 今のさやか君の攻撃によるダメージは、二段階で発生しているッ! 彼女の攻撃は殴った瞬間だけでなく、常に一定の速度で、相手にダメージを与え続けているんだッ! その速度と、敵が自己再生しようとする速さが拮抗したため、敵は再生能力を封じられたんだッ!)
彼なりの推論を導き出して、疑問が解けてスッキリしたように一人で頷く。
「……認めない」
地面に倒れていたサヤカが突然そう口にした。
死んだようにぐったりしていた手足を少しずつ動かして、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。かなり体力を消耗していたはずだが、怒りによって自らを奮い立たせていた。
「認めない……認めない認めない認めない認めない認めないッ! 断じて認めないッ!! 怒りだけで強くなったなんて……いやお前が私より上だなんて、そんな事、絶対にある訳が無いんだぁぁぁぁぁぁああああああああーーーーーーーーーーっっ!!」
喉が裂けんばかりの大きな声で喚く。目は真っ赤に血走っていて、歯茎を剥き出しにして、髪を振り乱した山姥のような顔になる。存在価値も信念も全て否定された心境になり、精神的に追い込まれた彼女は、もはや地獄の悪鬼と成り果てた。
直後彼女の全身から、赤いオーラが炎のように噴き出す。それはさやかが纏っているのより遥かに強大で、あまりの熱量に周囲の草木が燃え出す。更にオーラを纏うだけに留まらず、彼女が装着している金属の装甲が一回り大きくなって、ゴツゴツして禍々しい外見へと変わる。漆黒の悪魔のような姿は、正に魔王と呼ぶに相応しかった。
「ゼノ・グレイブ……アルティメット・フォームッ!! この姿になると更に十倍……つまり合計二百倍、お前たちより強くなるッ!! もうおしまいだっ! この姿になった私には、誰も勝てないッ! お前たちはなす術なくなぶり殺しにされて、私を怒らせた事を後悔しながら、地獄に落ちるのだッ!! フハハハハハハッ!!」
以前よりも格段に強くなった事を明かす。一行を皆殺しにする事を宣言して、これまでのお返しと言わんばかりに楽しそうに高笑いした。
「さあ、赤城さやかッ! まずは貴様からだッ! 死ねぇぇぇぇええええええーーーーーーーーーーっっ!!」
勝利への揺るぎない確信を抱きながら、目の前にいる少女に向かって走り出す。右拳にグッと力を込めて、相手の胴体を一気に貫こうとした。
「ふんどりゃぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
さやかが負けじと勇ましく吠える。敵の拳を横に動いてかわすと、相手の顔面に全力のパンチを叩き込んだ。
「ばっ……どぶるぅぅぅぅぁぁぁぁああああああーーーーーーーーっっ!!」
思いっきり顔面を殴られて、サヤカが奇声を発する。とても二百倍の能力差があると思えないほどあっけなく吹き飛んだ少女の体は、凄まじい速さで地面に激突して、派手に何度もバウンドした。大地に叩き付けられた衝撃で、各部の装甲がバラバラに砕けて、敗北を印象付けるように惨めに散乱した。
「なっ……なぜ……だ……」
地べたに這いつくばったまま、サヤカが困惑する。体中に付いた傷口から血が流れ出ており、深刻なダメージを負ったのは一目瞭然だった。だがそれでも彼女にとっては、肉体的ダメージよりも精神的に負った傷の方が大きかった。何しろ必勝を確信して止まなかった最強形態が、あっさりと返り討ちに遭ったのだから。
「二百倍だろうが三百倍だろうが、私は絶対に負けないッ! 赤城サヤカ……自分のためにしか戦えない、怒れないアンタじゃ……私には決して届かない」
さやかがドヤ顔で鼻息を吹かせながら、勝ち誇ったように言う。まるで最初からこうなる事が分かっていたような口ぶりだ。この時点で互いの優劣は完全に決した。
「ううっ……ちくしょう」
サヤカは僅かに体を起こすと、土下座するように両膝をつく。その姿勢のまま、目に涙を浮かべた。
「何故だ……何故私はお前に勝てないんだッ! 遺伝子も能力も性格も、全く同じ人間なのに……ちくしょう! ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう、ちくしょう! 何故なんだぁっ! うわぁぁぁぁああああああんっ!」
心の底から悔しがる言葉を吐きながら、八つ当たりするように何度も地面を叩く。目から大粒の涙がボロボロと溢れ出し、体はプルプル震えて、親に叱られた子供のように顔を真っ赤にして泣き出す。
戦士としての誇りを完全に失い、ただの負け犬と化した。
「……」
わんわんと声に出して泣く少女に憐れみを感じながら、さやかが物思いに耽る。彼女の言葉を聞いて思う所があったのか、顎に手を添えて神妙な面持ちになりながら、しばし考え込む。
そうしてしばらく考え事をしていたが、やがて意を決したように口を開く。
「赤城サヤカ……もしかしたらだけどアンタ、平行世界の私じゃないでしょ」
かつて彼女が主張した言葉を、真っ向から否定する。
「……ッ!!」
さやかに指摘されて、それまで泣いていた少女が急に押し黙る。図星を突かれて反論できないのか、下を向いたまま何も言わず岩のように固まってしまう。
「何……だと!?」
一連のやり取りを聞いていたミサキも、いつの間にか目を覚ましていたゆりかとアミカも、仲間の言葉に驚愕する。すっかりサヤカの発言を信じていただけに驚きもひとしおだった。
完全に『サヤカは平行世界の赤城さやか』だと思っていた。少なくともそう信じる事に違和感は無かった。だが真実は違ったかもしれないのだ。
平行世界のさやかでないなら、彼女は一体誰なのか? そんな疑問がミサキ達の中に生じたものの、答えは見つからない。
「絶対にそうだと言える根拠があった訳じゃないよ。でも……何となく違うなって、そう思っちゃったの。動物的カンってやつ? あるいは本物だけに分かる違いとか、そういうの」
さやかは今の考えに至った理由を明かす。
「フーム……やはりそうかッ! さやか君も、そう感じたか!」
我が意を得たり、と言わんばかりに博士が興奮気味に口を開く。
「こことは異なる平行世界があって、そこにもさやか君がいる……それ自体は嘘では無いのだろう。だが赤城サヤカ……君はそのさやか本人ではないッ! 恐らく、平行世界のさやかを元にして作られたクローン人間……それが君の正体だッ!」
頭の中に湧き上がった推論を、確信めいた口調で突き付けた。これまでそうした考えが浮かばなかった訳ではないが、根拠に乏しいだけに言い出せなかった。だが他ならぬさやかが同様の疑問を抱いた事により、背中を押されたのだ。
「……クククッ」
博士の言葉を聞いて、サヤカが急に笑い出す。長話している間に泣き止んだらしく、不敵な笑みを浮かべながら、体を起こしてゆっくり立ち上がった。
焦りを感じている様子は無い。正体を見破られて開き直ったようにも見える。
「さすが博士……そうよ……その通りッ! 私は平行世界の赤城さやかではないッ! 彼女の細胞からバロウズが生み出したクローン……それがこの私、赤城サヤカッ!」
本物のさやかではない事を、遂に彼女自身の口から明かす。
「バエル様は、あらゆる手段を尽くして、さやかを闇堕ちさせようとした……だが結局それは叶わなかった。だから『さやかを所有した欲望』を満たすために……たったそれだけのために、私が生み出された」
……自らが生まれた経緯について語る少女の表情は、何処か儚げだった。




