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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第146話 その村は危険だっ!(中編-3)

 屍人を操る力を持ったフリードマンは村中のゾンビを一箇所に集めて巨大な肉団子へと変える。彼の武器となり盾となる肉団子に全く歯が立たないさやかだったが、謎の声に教えられた弱点をビームキャノンで撃ち抜くと、肉団子はバラバラに砕けて沈黙した。


 フリードマンは自慢の技が破られた事に納得が行かず「何故だ、何故だ」と声に出してうろたえる。最後は深く落胆したように頭を抱えてうずくまる。


「さぁーーて、何ででしょうねえ? フッフーーーーン」


 さやかはあえてすっとぼけた回答をしてみせた。これまでのお返しとばかりに相手をおちょくるように腰に手を当てて空を見上げながら、余裕ありげに鼻息を吹かせてメロディをかなでる。謎の声が助言してくれた事を話す気は微塵も無い。


 さやか自身、謎の声の正体を知った訳ではない。だがこれまでの忠告が全て正しかった事から、声を発する人物が味方であると確信するに至る。恐らくフリードマンを敵視する何者かだろうという推論も心の中にあった。


「肉団子さえ無ければ、アンタなんか怖くも何ともないッ! 行くわよっ!!」


 最大の障害が排除されたと考えて、少女は再び敵に向かって駆け出す。


『クソガキが……舐めたこと抜かすと、ブチ殺すぞ……ッ!!』


 フリードマンが汚い言葉を吐きながら立ち上がる。その瞳にはギラギラした殺意が宿る。技が破られた事に深く落ち込んだ彼だったが、少女の態度がよほど腹にえかねたのか、憎悪の感情で闘争心に火がいたようだった。


『肉団子を攻略しただけで勝った気でいるなら、思い違いもはなはだしい……私の能力が屍人を操る事だけだと思うなよ? その浮かれた気分の脳みそ、すぐにこま切れにしてやるッ! これでも喰らえッ!!』


 自身にまだ戦うすべが残っている事を、怒気をふくんだ口調で告げる。声高らかに抹殺を宣言すると、突然右手の人差し指を少女に向けた。

 直後指の先端に小さな穴が開いて、そこから割りばしくらいの長さの金属針が高速で射出される。


「うらぁっ!」


 さやかは自身に向けて放たれた針の弾道を瞬時に見切って、片足で蹴り飛ばす。だが彼女の虚を突くように時間差で二発目と三発目の針が発射され、さやかは咄嗟に二発目を素手で叩き落としたものの、三発目は反応しきれずに喰らってしまう。


「うっ……ぐぁぁぁああああああっ!!」


 左脇腹に金属の針がブスリと突き刺さり、少女が悲鳴を上げる。針を慌てて引き抜くと、傷口を手で押さえたまま地面に倒れ込み、苦しそうにジタバタともがく。激痛に耐えるように目をつぶったままギリギリと歯を食いしばっており、体中から汗が滝のように噴き出す。


『フハハハハハハッ!! その金属針には毒が塗られていたのだよッ! お前たちがさっき飲もうとした茶に入っていたのと同じ毒だッ! 一度でも体内に入ったら、装甲少女だろうと絶対に助からない威力の猛毒ッ! 五分とたないうちに全身の血管を回り、体がバラバラに引き裂かれたような痛みを与えた挙句、心臓を停止させるッ! その女はもう助からんッ! 私を本気にさせた事を後悔しながら地獄に落ちるのだぁっ! あーーーーっはっはっはっはっはぁっ!!』


 フリードマンが金属針の効果について雄弁に語る。少女は間違いなく死ぬのだと強い確信を抱いて、心の底から満足したように高笑いした。


「さやかっ!」

「さやかさん!」


 他の仲間が慌てて彼女の元へと駆け寄る。ゆりかは青い光を注いで毒を治そうとしたものの、全く効き目が無い。よほど強力な毒なのか、少女は変わらずに苦しみ続けている。

 博士は器具を使って毒を吸い出そうとしたものの、毒の回りは早く、こころみは失敗に終わる。


「くっ……我々にはどうする事も出来ないのかッ!」


 ミサキが悔しさのあまり、割れんばかりの勢いで歯ぎしりする。悲嘆に暮れたようにひざをつくと、八つ当たりするように地面を何度も殴り付けた。他の者も少女と思いを同じくし、沈痛な面持ちになりながら顔をうつむかせる。


 このまま何の手も打てなければ、さやかが死ぬ事は明白だ。だが仲間たちには彼女を救う方法が見つからない。家族のように大切に思う仲間が死にかけているのに、何もしてやれない自分の無力さに落胆し、深い挫折と絶望にさいなまれた。


『フンッ……村人の仇を取ると息巻いた結果が、このザマとはな……笑わせる。滑稽すぎて、あくびが出るわ』


 フリードマンが、死が間近に迫った少女を眺めながら鼻で笑う。


『赤城さやか……しょせん貴様も、村の連中と同レベルのゴミでしか無かった訳だ。ここのヤツらと同じ……生きていても何の価値も生み出せない、誰の役にも立てないゴミクズ……私の言いなりになる事でしか、存在する意味を見出せない無能だ。分かったら、とっとと死ね。死んでゾンビとなって、暗黒騎士たる私に忠誠を誓うがいい』


 少女を村人もろともおとしめて、存在価値を根底から否定する。生きる意味の無い人間だと断言してののしり、屍人となって操られるように命じた。完全に上から目線の物言いだった。


「……せない」


 その時、男の言葉に反応したように少女の口がかすかに動く。

 手足の指先がピクリとだけ動いた後、両腕と両足が少しずつ動き出す。両腕を支えにして上半身を起こすと、力を振り絞るようにゆっくりと体全体を起き上がらせる。


「許せない……私の事は、いくら悪く言ってもいい……でも村人の命をかろんずる事は、絶対に許せないッ!!」


 そして二本の足でしっかりと大地に立つと、怒りの言葉をぶちまけた。

 男の傲慢極まりない態度に対する彼女の怒りは凄まじく、目はグワッと見開かれて、瞳には闘志の炎が宿り、眉間にはしわが寄る。とても少女とは思えない阿修羅の顔と化した。


『ばっ……ばばば馬鹿めぇっ! いいいいくら強がって見せた所で、無駄だッ! しょせん毒で死にかけた体ではないかッ! そそそそんなザマで、いいい一体ななな何が出来るというのだッ!!』


 フリードマンは物怖じしてうろたえながら、必死に強がろうとする。少女が自力で起き上がった事への驚きを隠そうとしたものの、体が震えてしまい、おかしな喋り方になる。声は時折裏返っていて、焦っている事がバレバレだった。


 それでも毒そのものが消えた訳ではなく、彼女は痩せ我慢をしているに過ぎないという考えが男の中にあり、かすかな希望を生んでいた。


「フゥーーッ……フゥーーッ……」


 さやかは静かに目を閉じると、精神を集中するように深呼吸する。乱れた心拍数を整えようとするように、大きく息を吸い込んで。ゆっくりと吐き出す。それを何度も繰り返す。


「ウウッ……うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!」


 しばらくすると、今度は一転して荒ぶる獣のような咆哮ほうこうを上げた。

 腰を深く落とし込んでどっしりしたガニまたになると、両手の拳を強く握って、体の奥底から吐き出すような大声を発する。全身の皮膚は紅潮し、肌が小刻みに震えながら発汗している。


『……ッ!?』


 次の瞬間起こった出来事に、フリードマンが驚くあまり目を丸くさせた。

 さやかの体から、赤い炎のようなオーラが噴き出したのだ。その直後彼女の左脇腹にあった針の刺し傷から、毒と思しき紫色の液体が、押し出されるようにビュッと噴き出す。そのまま落下して地面に付着すると、焦げたニオイと共に白煙を立ちのぼらせた。

 傷口は一瞬にしてふさがり、あとも残らない。


『ばっ……馬鹿なぁっ! そんな馬鹿なッ! ありえないッ! 一体何が起こった!? 装甲少女だろうと間違いなく死ぬ威力の猛毒を……自力で体外に排出したというのか!? エアグレイブ、いや赤城さやかにそんな能力があったなどとは、聞いていないぞぉぉぉぉおおおおおおっっ!!』


 男にとって二度目となる『馬鹿な』だった。自身にとって切り札となる必殺の一撃を耐えしのがれた事は、決してあってはならない事だった。完全に想定外の奇跡が起こってしまった事態に、目眩めまいがして意識が遠くなりかけた。

 夢ならいっそめて欲しい……男はそう願わずにはいられなかった。


「さやか……」


 ゆりかが感激のあまり涙ぐむ。絶望的な状況から立ち直ってみせた親友の頼もしさに、胸が熱くならずにいられない。少女にとって今のさやかは、まさしく不可能を可能にする絶対無敵のヒーローだった。


「さやか、やったなっ!」

「さすがです!」


 ミサキとアミカも満面の笑みを浮かべて仲間の凄さをたたえ、労をねぎらうように彼女の頭や肩を手でポンポン叩く。


「へへんっ……まーー私に取って掛かれば、こんなモンですよ」


 さやかは仲間に褒められて気分が良くなったのか、得意げにドヤ顔になりながら、右手の人差し指で鼻こすりをした。毒が体内を駆け回った痛みが残っているようには見えない。


(フムゥ……とても信じられない事だ。さやか君には治癒能力など無い……いやたとえあったとしても、治せるレベルの毒では到底無かったはずだ。だが彼女はそれをやってのけた。エアロ・グレイブになった時に顕著だが……彼女は感情が極限まで高ぶった時、自分自身に限ってであれば、傷を超速で癒す力があるようだ)


 ゼル博士は、自身の想定を遥かに上回る少女の底力に驚嘆した。


まさに奇跡と呼ぶ他ない……全く、大した女だよ。キミは)


 そして彼女の超人ぶりに、心の中で称賛の言葉を送った。

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