第145話 その村は危険だっ!(中編-2)
残る敵を探して旅していたさやか達は、ある村へと辿り着く。だが村の住人はメタルノイドに皆殺しにされ、ゾンビとなって操られていた。
屍人を意のままに操るメタルノイド、フリードマンは村中のゾンビを一箇所に集めて巨大な肉団子へと変えると、さやか達をその一部に加える事を宣言するのだった。
「ふざけるなッ! 誰がゾンビの仲間になどなってやるものかッ! そんなモノ、私の剣で細切れにしてやるッ!!」
ミサキは腹立たしげに吐き捨てると、刀を手にして敵に向かって駆け出す。ブンブンとヤケクソ気味に刀を振り回して、肉団子をメッタ斬りにしようとした。
だが刀で斬られた箇所は瞬時にビタッとくっついて塞がり、いくら斬っても全く手応えを感じない。まるで流れる川の水を斬ろうとするような、途方も無い作業をしている錯覚に陥る。それどころか肉は斬られる度に弾力を増していき、最後はグミのようにボヨンッと弾んで斬撃を跳ね返した。
「ぐっ!!」
自慢の刀が通用しなくなり、ミサキが悔しさのあまり下唇を噛む。自身の力では敵に致命傷を与えられない事実を突き付けられて、強い敗北感に苛まれた。
肉団子はそんな彼女を嘲笑うように不気味に蠢く。まるで水面のようにウネウネと波打つと、肉塊の一箇所から象の鼻のように長い触手が伸びて、少女へと迫る。
触手はミサキの顔面を、物凄い力でベチーーンッと引っぱたいた。
「うぼぉぉぁぁあああああああっ!!」
頬に強烈なビンタを食らわされて、少女が思わず奇声を発した。常人ならば首が捩じ切れる威力の一撃を叩き込まれて、鼻息で吹き飛ばされた埃のようにあっけなく宙を舞う。最後は墜落するように地面に激突して、体が半分大地にめり込んだ。
「ぐぅぅっ……」
ミサキがだらしなく大の字に寝転がったまま、辛そうに呻き声を漏らす。攻撃が通用しなかった挫折感と、不恰好な見た目の触手にビンタされた屈辱にまみれて、心身共に強く打ちのめされた。
そんな彼女を小馬鹿にするように触手がウネウネする。斬れるものなら斬ってみろと挑発するように、上下に揺れたり丸を書いてみたりと、おかしな動きをした。
「私がやりますっ! エア・ライズ……ファイナルモードッ!!」
アミカがやられた仲間の仇を取らんと息巻く。右腕のボタンを三つ同時に押して全能力百倍モードになると、光の如き速さで敵に向かって走り出す。力を出し惜しみせずに使い切って、敵を一気に蹴散らすつもりでいた。
「……シャイン・ナックル!!」
技名を叫ぶと、パンチを繰り出した姿勢のまま肉塊に体当たりする。技の威力は凄まじく、少女の拳が激突した箇所の肉は、ダイナマイトで爆破したように木っ端微塵に吹き飛ぶ。
(やった!!)
少女の胸が歓喜に沸き立つ。自身の全てを賭けた一撃が通用した喜びに、いけるかもしれないという期待でテンションが上がりだす。そのまま勢いに任せて、肉塊の中をドリルのように掘り進んだ。
だが肉の壁は非常に厚く、三分の一ほど進んだ所で少女の足が止まってしまう。更にそこで五秒が経過して百倍モードが解除されてしまい、身動きが取れなくなったアミカは、超速で再生した肉団子に取り込まれてしまう。
「んんんんんっ!!」
少女が苦しそうに声に出してもがく。必死に手足を動かして脱出を図ろうとしたものの、百分の一に低下した腕力ではどうにもならず、肉は微動だにしない。土砂崩れに呑まれたように、肉の生き埋めになってしまった。
周囲を隙間なく塞がれたため酸素を急激に奪われていき、彼女が窒息するのも時間の問題だ。
「アミカーーーーッ! うぐわっ!!」
ミサキは仲間を助けようと慌てて駆け出したものの、またも肉の触手にビンタされて弾き飛ばされる。触手は敵を威嚇する蛇のように身構えており、何者をも寄せ付けない。
「さやかッ! ゆりかッ! 私は……私たちは、どうすれば良いッ! このままではアミカが死んでしまうッ!!」
少女が仲間を助けられない無力さに打ちひしがれて悲嘆に暮れる。アミカを救出するための方法を二人に問う。彼女を助けるためなら、自分はどうなっても構わないという気にすらなった。
「……」
仲間の問いにさやかとゆりかは答えられない。肉の壁をどかす策をあれこれ思案したものの、有効な打開案が見つからない。
さやかのパンチで粉砕したとしても、肉塊は超速で再生してしまう。しかも表面を削るのが精一杯で、アミカが囚われた中心までは届かない。
アミカの百倍モードですら途中までしか掘れない肉の厚さでは、ゆりかが十倍速くなった程度ではどうにもならない。
ミサキが断空牙を放てば、中にいるアミカまで切り裂く危険があった。正に八方塞がりと呼べる状況だった。
万策が尽きて、一行が仲間の救出を半ば諦めて絶望しかけた時……。
(ヤツの弱点を教える……そこを正確に狙い撃て)
さやかの頭の中に、またも謎の声が響く。
その声が聞こえた直後、肉団子の端にある一箇所が、ここが弱点だと教えるようにチカチカと点滅して光りだす。それはさやかだけに見えており、他の者には認識できていないようだった。
「そこかぁぁぁあああああっ! うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!」
少女が全身の力を振り絞るように雄叫びを発する。左肩に大型のキャノン砲を出現させると、エネルギーを撃ち尽くさんばかりの勢いでビームを撃ちまくった。
ビームは弱点だと教えられた箇所に数発命中して肉を貫通すると、ボンッと何かが爆発したような音が鳴った。
直後ギッシリ詰まっていた肉塊は、縄が解けたように緩んでいき、バラバラに分解して地面へと散らばっていく。辺り一帯を埋め尽くすように散乱したゾンビは全く動こうとしない。操る術が解けたのか、完全に沈黙してしまっている。
その死体の山の中心に、一人の少女が気を失ったように倒れていた。
「アミカっ!」
「アミちゃんっ!」
ミサキとゆりかが、倒れた仲間の元へと慌てて駆け寄る。ミサキは少女を抱き起こして「大丈夫か」と心配そうに何度も声を掛けながら体を揺すり、ゆりかは青い光を注いで傷を癒そうとする。
「ううっ……ゲホゲホッ!」
アミカが意識を取り戻して、異物を吐き出そうとするように咳き込んだ。ゼェハァと呼吸を荒くして、かなり衰弱していたが、命に別状は無さそうに見えた。
「……アミカっ!!」
仲間が一命を取り留めた感激のあまり、ミサキが涙ぐむ。溢れる感情を抑えきれず、少女を両腕で抱き締めた。
アミカも全身ヘトヘトになりながら、仲間の抱擁をなすがまま受け入れる。死の危険から逃れられた安心感と、仲間に生還を喜ばれた嬉しさで気持ちが満たされたように儚げに笑う。
ゆりかはそんな二人を、我が子を愛する母親のように優しい表情で見守る。
……喜びに包まれた三人の少女を眺めながら、フリードマンが茫然と立ち尽くす。
『……馬鹿な』
驚愕する言葉が口から飛び出す。表情はこの世の終わりでも見たように真っ青になり、手足の震えが止まらなくなる。もし生身の体だったら、とっくに冷や汗を掻いていた雰囲気すら漂わせた。
『馬鹿な……そんな馬鹿なッ! 何故だッ! どうしてだッ! こんなの嘘だッ! 絶対ありえないッ! あってはならない事なんだッ! 何故肉塊を操るコアの存在に気付き……その正確な位置すらも把握したッ! いや、そもそも茶に毒が入ってた事に気付いたのがおかしかったんだッ! お前ら一体何なんだッ! 何故私の策を見破り、ことごとく邪魔をするッ! 何故なんだよぉぉぉぉぉおおおおおおおおおっっ!!』
よほど肉団子を攻略された事がショックだったのか、声に出してうろたえる。さっきまでの余裕は完全に吹き飛び、半ばパニックに陥りかけた。自慢の技が破られた事実が到底受け入れられず、その場にうずくまって頭を抱えたまま「ウワァアア」と喚いたり、ブツブツと小声で自問自答したりした。傍から見ると精神を病んでしまったかのようだ。
謎の声がさやかに味方した事など、男には知る由も無かった。




