第144話 その村は危険だっ!(中編-1)
さやか達は道中で出会った老婆から、村の住人がメタルノイドに皆殺しにされた事を告げられる。だがいざ村に着いてみると、村人は普通にいて、メタルノイドに襲われた形跡は何処にも無かった。
何が嘘で何が真実なのか、さやか達にはまるで訳が分からなかった。
一行は頭が混乱したまま、村人に二階建ての民家へと案内される。
そこそこ大きな木造の屋敷は、旅人を泊まらせる民宿として使っているらしく、その一階にある居間へと連れて行かれる。
「どうぞ、おかけになって下さい」
村人は畳に人数分の座布団を敷いて、座るように促す。
さやか達が大人しく座布団に腰掛けると、台所へと入っていき、湯呑み茶碗と急須を乗せた盆を持って出てくる。急須で茶碗に茶を注ぐと、一人ずつ順番に手渡す。
「この村自慢のお茶です。さぞやご満足頂ける事でしょう」
そう言ってニコニコしながら茶を飲むように勧める。屈託の無い笑顔からは悪意を感じ取れない。
「……」
一行は戸惑いながらも茶碗に手を付ける。普段なら毒が入っているかもしれないと疑う状況だが、おかしな事が続いて精神的に疲れていた今の彼女たちには、そうする余裕が無かった。
村人に言われるがまま茶を口に運ぼうとした瞬間……。
(飲むなっ! その茶には毒が入っているぞっ!)
またも謎の声が少女の頭に響く。今までよりも気迫に満ちた言葉は、思わず信じずにはいられない凄みが感じられた。
「みんなっ! そのお茶を飲まないでっ!」
声の忠告に従うように、さやかが反射的に叫ぶ。手に持っていた茶碗の中身を、毒がある証拠を見せ付けるように畳へとぶちまけた。
次の瞬間液体が染み渡った畳は毒々しい紫色に変色し、ジュッと何かが焦げるような音を出しながら、白煙を立ち上らせた。
「……ッ!!」
一連の光景を目にして、仲間の顔がこわばった。
畳を溶かした毒の効力は凄まじく、もし口に運んでいたら、装甲少女であろうと命を落とすと思えるほどだった。さやかが忠告しなければ、他の仲間は『それ』を飲んでいたのだ。その事実に背筋が凍り付いた。
「貴様ッ! 私たちをだましていたのかッ!」
ミサキが思わず冷静さを失って激昂した。自分たちを陥れようとした村人に対する怒りで、はらわたが煮えたぎり、勢いで掴み掛かろうとする。
だがその時いきなり一陣の突風が吹き抜けて、辺りが白い霧に覆われる。
「クッ! 何だ、これはっ!」
突然の出来事に少女が戸惑う。目の前が完全に真っ白になり、村人を追う事もままならない。他の仲間たちも視界を霧に阻まれて立ち往生した。
一行が何も出来ずに困惑したまま立ち尽くす状況がしばらく続いた後、立ち込めていた霧が晴れていき、視界が開けてくる。
「いやぁっ!」
霧が晴れた瞬間目に映り込んだ景色に、ゆりかが悲鳴を上げた。他の仲間たちも額に汗を浮かべて、思わず眉をしかめた。
さやか達の前にいる村人……ついさっきまで元気だったはずの彼らが、白目を剥いて、全身血まみれになっていたのだ。服はボロボロに傷んでおり、開きっぱなしの口からはだらしなく涎を垂らしている。時折「うー」とか「あー」などと不気味に声を発している。
とても生きているように見えない姿は、まさしくゾンビそのものだった。
霧が晴れる前は無傷だった建物も、黒焦げになっていて、壁や天井は破壊されたまま野ざらしになって、ボロボロに朽ちてしまっている。他の建物も同様であり、村は完全に廃墟と化していた。
「ムムッ! そうか……分かったぞ! この村を覆っていた霧は、我々に幻覚を見せるためのモノっ! つまり我々はこの村に来てから、ずっと死者と話をしていたのだっ! やはり老婆の言っていた事は正しかったっ!」
博士が合点が行ったように言う。これまで起こった出来事は、全てさやか達に毒を飲ませるための罠であった事を見抜く。
博士が異変を見抜けなかったのも、視界そのものが欺かれていた事を考えれば、仕方の無い事だと少女たちは納得した。
「そん……な」
さやかが茫然自失になりながら、ガクッと膝をつく。老婆に知らされていたとしても、村人が皆殺しにされた事実が、なおも彼女の心をかき乱す。幻術にだまされていた事に深くショックを受けて、胸が激しくざわついた。
「ウオオオオオオッッ!!」
だがそんな暇は与えないと言わんばかりにゾンビ達が雄叫びを上げて襲いかかる。正体を見破られて開き直ったように少女の腕や足に噛み付こうとする。
「いやぁっ! 来ないでっ! ゾンビ嫌いっ!」
ゆりかが涙目になりながら、だだをこねるように両手をブンブン振り回す。その勢いで、襲ってきたゾンビを豪快に殴り飛ばす。ホラーが苦手な彼女には、今の状況はとても受け入れられなかった。いっそこの場から逃げ出したい衝動にすら駆られた。
他の者も彼女を見習い、両手や両足をジタバタさせて、自分に噛み付こうとするゾンビを力ずくで振りほどく。それはさながらアクションゲームで周囲のザコ敵を蹴散らそうとするかのようだった。さやかに至ってはダブルラリアットをしている。
それでもゾンビ共は何度吹っ飛ばされても起き上がり、執拗に襲いかかろうとする。
「ここから出ましょうっ!」
このままでは埒が明かないと踏んで、アミカが脱出を提案する。
彼女の提案に従って一行が家の外に駆け出すと、廃墟の陰に身を潜めていたらしき巨大な人影がヌゥッと姿を現す。
『フフフッ……茶に毒が入っていたのを見抜いた事は褒めてやる。だが貴様らはここから抜け出せん。我が手によって息絶えて、永久にゾンビの仲間入りを果たすのだ……』
策を見破られた事を気にも止めず、余裕ありげに笑う。
その者は背丈6m、甲冑の鎧を着た西洋の騎士のような姿をしていた。以前戦ったサンダースという男と比べて、体型は幾分スマートになっている。左腰には刀身が反り返ったサーベルのような剣が挿してある。全身はメタリックブルーに染まっており、見る者に『暗黒騎士』と呼びたくなる印象を与える。
左胸には階級の高さを示すらしき『星の紋章』が刻まれていた。
『私はNo.024 コードネーム:ダーティ・R・フリードマン……『地獄の騎士』と呼ばれ恐れられた、バロウズの中佐……本州に駐屯するメタルノイドを統括する表のリーダーにして、デスギュノスの直属の上司に当たる男よッ!』
男は自らの素性を明かし、組織内における地位の高さ、かつてさやか達に倒された幹部の上司である事などを雄弁に語ってみせた。
「アンタが、この村の住人を……ッ!!」
さやかがフリードマンと名乗る男を睨み付けて言う。何の罪も無い村人の命を奪った暴虐さを許せないあまり、怒りで脳の血管がブチ切れそうになる。
『ああ……そうだ。私には死人に小型のロボットを寄生させて、意のままに操る力がある。ダムドとは少し違うが、私もネクロマンサーと呼ばれた身だ。だが生憎と日本は火葬が主流なのでね……わざわざ操る死体を用意するために、村一つを丸ごと滅ぼしたという訳さ』
フリードマンは少女の怒りを歯牙にも掛けず、虐殺の理由について明かす。
『村人もきっと喜んでくれるだろう。何の生きる価値も無い虫ケラに過ぎなかった彼らが、この私の忠実な手足となって働けるようになったのだからね……フフフッ……ハァーーーーッハッハッハァッ!!』
その死を心から侮辱するように笑い飛ばした。彼が村人を殺した理由は真に身勝手極まりないものであり、そこに他人の命に対する慈しみは一片も感じられない。正に地獄の騎士と呼ぶに相応しい言動と振る舞いだった。
「……許せない」
男の卑劣さを目の当たりにして、さやかが怒りを滲ませた。あくまでも冷静に、だが煮えたぎるマグマのような感情が湧き上がる。人の命を何とも思わない悪魔をどうにかしなければならない使命感が、炎のように噴き上がった。
「アンタは私が……私たちが絶対に倒すッ! みんな、行くよっ!!」
強い決意を秘めた言葉と共に、仲間に変身するように促す。ゆりか達はコクンと頷くと彼女の周りに集まり、変身のポーズを構える。
「覚醒ッ! アームド・ギア、ウェイクアップ!! 装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブ!」
「青き知性の騎士、エア・ナイト!」
「白き鋼の刃、エア・エッジ!」
「未来を照らす星の光、エア・ライズ!」
光に包まれて戦士の姿へと変わると、少女たちが一斉に名乗りを上げた。
「フリードマン、行くわよっ! うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっ!!」
変身を終えるとさやかが真っ先に飛び出す。獅子の如き咆哮を上げながら、力任せに相手に殴りかかろうとした。
『フフフッ……我が力、とくと見るがいい』
フリードマンは意味ありげにニヤリと笑うと、合図を送るように右手を高く掲げる。手信号でも送ろうとするように腕を大きく左右に振った。
「……ッ!!」
次の瞬間起こった出来事に、ゆりか達が驚くあまり目を丸くさせた。
フリードマンが合図した直後、村にいた全てのゾンビが磁力に引き寄せられるように一箇所へと集まっていき、グチャグチャに混ざり合って、直径十メートルにも及ぶ巨大な肉団子へと姿を変えたのだ。それはミートボールならぬゾンビボールと呼べるものだった。
フリードマンを殴ろうとしたさやかは、彼を庇うように目の前に出現した肉塊に腕がズボッとめり込んでしまう。
「うわっ!」
少女が声に出して気持ち悪がる。腐った肉のヌメッとした感触が腕にまとわりついて、不快さのあまり悲鳴を上げそうになった。肉にめり込んだ拳を慌てて引き抜くと、仲間の元へと逃げるように引き返す。
ふと後ろを振り返ると、肉塊から数人のゾンビが上半身だけ飛び出させて、さやかを誘うように手を伸ばしている。その光景が更に不快感を助長させた。
『フハハハハッ……見たかッ! これぞ私の力ッ! 死霊術の真髄よッ! ゾンビボールは私の武器となり、盾となるッ! この技を攻略せぬ限り、勝ち目は無いッ! 貴様らもゾンビの仲間に加えて、肉団子に参加させてやろうッ! 彼らも、それを望んでいるだろう……なあ、みんなッ!!』
フリードマンが楽しそうに高笑いしながら、自身の技について得意げに語る。さやか達を肉団子の仲間に加える事を宣言すると、同意を求めるようにゾンビに話しかけた。
「アーーッ」
「ウウッ……」
肉団子から数人のゾンビが這い出て、上半身をバタバタ動かす。少女たちが仲間に加わる事を歓迎するように呻き声を漏らす。フリードマンの意のままに操られた心を持たぬ人形のはずだが、まるで感情があるような動きをする。それがより一層不気味さを増す。
「……」
一連のやり取りを見せられて、さやか達はとても嫌そうな顔をした。胃の中に気持ち悪い感覚がこみ上げて、猛烈に吐きそうになり、それを堪えるのに必死だった。ホラー嫌いのゆりかならずとも、普通の人間の感性ならば、不快感を覚えずにはいられなかった。
このフリードマンという男はかなりのゾンビ好きであり、見るからに醜悪な光景を、純粋に楽しんでいたのだ。
なんて悪趣味な……さやか達はそう考えて、心の底から軽蔑した。




