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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第143話 その村は危険だっ!(前編)

 魂を入れ替えるガズエルの術によって、さやかは体を奪われてしまう。だが少女の体を悪用しようとする彼の計画は失敗に終わり、さやかは自分の体を取り戻す事に成功する。

 ガズエルは野生のウシガエルと魂を入れ替えてしまい、ウシガエルとして一生を終えるハメになった。



 敵を撃退すると、一行は再び村を離れて旅立つ。フェニキスから教えられた敵がいる地点を目指して、キャンピングカーで移動する。

 ガズエルを倒した今、本州に残る敵メタルノイドはあと二人……旅は順調に進んでいるかに思われた。


「ん?」


 運転席にて車を運転していた博士が、何かの異変に気付いて慌ててブレーキを踏む。時速五十キロメートルで走っていた車が急に止まり、車全体がガクンッと上下に激しく揺れる。


「博士っ! 何かあったんですかっ!」


 ゆりかが大声で問いかけながら、運転席へと駆け込んできた。さやか達も後に続くようにぞろぞろと入ってくる。さやかは今回は急停車に備えてシートベルトをしたのか、頭をぶつけた様子は無い。


「ふむ……あれを見たまえ」


 博士はそう言いながらフロントガラスを指差す。

 フロントガラスに映る外の景色……舗装ほそうされてない荒れた山道が、彼方に向かって続いている。その山道のわきに、小さな人影のようなものがうずくまっている。

 それは八十歳くらいの、ほっかむりをした老婆のようだった。


「おばあちゃんっ!」


 さやかは老婆の事が心配になり、真っ先に車から降りる。素性の知れない人物ではあるものの、ほっとけない思いがあり体が先に動いた。

 ゆりか達も警戒しつつ、彼女の後に続くように車から降りる。


「おばあちゃん、大丈夫ですかっ!」


 さやかは老婆の元へと駆け寄ると、しゃがんで姿勢を低くしながら話しかける。刺激を与えないように背中を手でゆっくりとさすったり、顔を覗き込んだりしてみた。


「おお……心配かけてすまんのう、若いお嬢さんや。あたしゃあ何処も悪くしておらんよ。こうしておれば旅人が声を掛けるだろうと思って、待っておったんじゃ」


 声に反応するように老婆がゆっくりと顔を上げる。背中を丸くしていて肌はシワシワだったものの、顔色は非常に良く、会話もしっかり出来ている。彼女の言葉を信用するならば、体調不良だった訳ではなさそうだ。

 彼女が健康である事に、さやかはホッと一安心した。


「お嬢さんがた、この先にある村へと行くつもりかい?」


 老婆が唐突に問いかける。

 さやか達は残りの敵がいる地点を目指しており、そのうち一つは今走っている道の先にあった。敵が村にいるなら、恐らくそうなのだろうと考えて、さやかがコクンとうなずく。


「それはイカンっ! 今すぐ引き返しなされっ!」


 次の瞬間、老婆の様子が一変する。目はグワッと見開かれて顔面は真っ青になり、手足の震えが止まらなくなる。まるでこの世の終わりが来てしまったかのように、何かにおびえている。


「村が……村がメタルなんちゃら言う、人型のバケモノに襲われたんじゃっ! みんな死んでしまった! アタシの息子も、孫も……山菜りに村を離れたアタシだけが生き延びた……ヤツは今も村におるっ! 行ってはならんっ! 行けばお嬢さんがたも、間違いなく殺されるじゃろう! どうかアタシの言う事を信じておくれっ!」


 そして村がメタルノイドに滅ぼされた事、村に向かえば確実に危険にさらされる事などを、鬼気迫る勢いで伝えた。旅人が通りかかるのを待っていたのも、村に行かないように忠告をうながすためだった事は想像にかたくなかった。


「……」


 老婆の話を聞かされて、さやか達は思わず黙り込む。

 彼女の話を信じなかった訳ではない。認知症だなどと考えたりもしていない。

 だが一行の目的はメタルノイドを倒す事であり、進む道の先に『それ』がいるというなら、たとえ危険だと分かっていても、行かねばならぬのだ。


「ありがとう、おばあちゃん……でも私たちなら大丈夫だから。私たち、そのメタル何ちゃらを倒すために旅してるヒーローなの。鬼退治に出かけてる桃太郎みたいなモノだと思ってもらって結構よ」


 さやかは自分たちが旅している目的を、率直に老婆に明かす。屈強な戦士である証拠を見せ付けるように、右腕に岩のように大きな力こぶを作ってみせた。


「おばあちゃんの忠告、しっかり胸に刻んでおくわ。これからそのバケモノをやっつけて、おばあちゃんの家族の仇もちゃんと取ってくるから……だから心配しないで、ね」


 そして老婆を安心させようと、穏やかな口調でなだめるように言い聞かせた。


「おお……そうか……そうじゃったか。ではどうかお気を付けなされ。お嬢さんがたの旅が、無事でありますように……」


 老婆もさやかの言葉を聞き入れて素直に納得する。最後は少女たちの旅の無事を祈るように、手を合わせてナムナムと声に出して拝んだ。

 さやか達はペコリと頭を下げて感謝の意を表すと、老婆に別れの言葉を告げて車に乗る。再び車を発進させて、目的地を目指して移動する。


「……」


 ガタガタと音を立てて乱暴に砂利道じゃりみちを突っ切る車に揺られながら、少女たちは一言も発しない。みな思いつめた表情を浮かべたまま、顔をうつむかせている。車内の空気がにわかによどんで重くなる。


 この先に敵が待ち構えている事……村人が皆殺しにされた事……それらの事実が、少女の心に重くのしかかる。敵と戦う心構えはしていたものの、より思いを強くせずにはいられない。


 何としても敵を倒さねばならぬと決意を固くしていた時……。


(危険だ……行ってはならない)


 さやかの頭の中に、そんな声が響き渡った。


「あれ? 今誰か、私に話しかけた?」


 さやかはキョトンとした目をしながら車内を見回す。てっきり仲間の誰かが自分に声を掛けたのかと思い、問いかけてみる。


「いや、私ではないぞ」


 少女の問いに、ミサキがすぐに首を横に振る。他の者も皆同じ反応をする。


「おかしいなぁ……幽霊でもいたのかな」


 ハッキリと聞こえたのに、誰も彼女に声を掛けていない状況に、さやかはチンプンカンプンになり思わず首を傾げた。


「……ムッ!?」


 そうこうしている内に、博士が再び異変を察知する。

 少女たちが慌てて窓の外を見ると、白い霧のようなものが立ち込めて、車の周りを完全に覆っていた。それも徐々にではなく、突然現れたのだ。まるで妖術のたぐいでも使ったかのように……。

 車から1メートル離れた場所すらも見えなくなり、このまま走らせたら木か岩にぶつかってしまいそうに思えた。


 危険を感じた博士が急いでブレーキを踏む。だが車が急停車した途端、辺りに立ち込めていた霧が晴れていき、視界が開けてくる。


「一体何だったんだ……?」


 おかしな状況に博士がいぶかる。敵の罠かもしれないと思いつつ、試しに車を降りてみる。さやか達も後に続く。


「……ッ!!」


 車から降りた瞬間、目に飛び込んだ景色に、一行は思わず言葉を失う。

 今まで存在しなかったはずの集落が、眼前に広がっていたからだ。それもかなり大きな規模だった。村に近付いている気配など全く無かったのに、霧が晴れた直後、まるでワープでもしたように『それ』は少女たちの前に姿を現したのだ。


「ここが、おばあちゃんの言っていた村……?」


 さやかが思わずそう口にする。他の仲間たちも一様に驚いた顔をする。


 村はこれから祭りでももよおすかのように無数の人でにぎわっていて、活気付いている。死体など何処にも転がっておらず、建物も全く壊されていない。メタルノイドに侵略された様子など微塵も無い。

 老婆から伝え聞いた話が真実だとするならば、にわかに信じがたい光景だった。


 フェニキスから教えられた地図の場所とも合致がっちしていたが、メタルノイドの姿は何処にも見当たらない。

 いったいどうなっているのか全く訳が分からず、さやか達は何度も首を傾げた。


「おお、貴方がたは旅のお方ですかっ!」


 やがて往来おうらいしていた村人のうち一人の若い男性が、少女たちの存在に気付き、早足で駆け寄る。他の村人も彼の後に続き、エサに群がるアリのようにぞろぞろと集まる。


「ようこそいらっしゃいました! 見ての通り何も無い村ですが、せめてゆっくり羽を伸ばして、旅の疲れを癒して下さいませっ!」


 そして一行の来訪を心から歓迎し、どうぞどうぞと村の中に案内しようとする。


「あの……この村が、メタルノイドに滅ぼされたって聞いたんだけど」


 さやかは最初言うべきかどうか迷ったものの、このまま黙っている訳にも行かず、老婆から伝えられた事を恐る恐る口に出す。


「ハハハッ、何をおっしゃいますか。そんな訳無いでしょう。見ての通り、村は何処も襲われてはいませんよ。それはきっと何処か別の村の話だったのでしょう。ささ、お気になさらずにこちらへ」


 村の若い男は、少女の言葉を気にも止めない。完全に冗談か何かだと思って笑い飛ばしている。


「……」


 さやか達はどうにも釈然とせず、胸がモヤモヤした違和感のようなものを抱きながらも、村人の勢いに流されるまま歩き出す。


(だまされてはならない……)


 その時再び少女の頭の中に、謎の声が響く。


「またあの声……」


 さやかが思わずそう口にしていた。


 謎の声は少女たちに忠告をうながす。その村は危険だと何度も訴えかける。

 けれどもキツネに化かされたようにチンプンカンプンな今の彼女には、声に従うべきかどうかの判断が付かなかった。


「博士……」


 ゆりかがそっと小声で耳打ちする。あえて言葉にしないものの、村人に異常が無いかどうか確かめて欲しいという頼みが、目線によって伝わる。


「フム……」


 博士はコクンと頷くと、村人に悟られないように、あくまでも自然に彼らを見回す。そして異常は無いと言いたげに首を左右に振った。

 もし村人が誰かに操られているなら、博士なら目で見て判断できる。だがそのような兆候は見当たらないという事だった。


 一行の頭の中はますます混乱する。

 老婆の言っていた事が嘘だとは思えなかった。だが今目の前に広がる風景は、老婆の言葉とはまるで逆なのだ。

 何が嘘で何が真実か分からず、脳がグルグルして目まいすら覚えた。

 いくら悩んでも答えが見つからない思考の迷宮へと突き落とされて、脳の疲労によって考える力を剥奪はくだつされたような心地にすらなった。


 さやか達は結局何も分からないまま、数人の村人に宿屋へと連れて行かれるのだった。

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