第142話 恐怖!魂を入れ替える者っ!(後編)
魂を入れ替える術によってさやかの体を手に入れたガズエルは、それを悪用して、トータスとフェニキスを始末しようともくろむ。既に博士による連絡が二人に行き渡っていたとも知らずに……。
ガズエルが村へと向かっていた頃、村人から見張りを任されたトータスとフェニキスは、柵の囲いの入口に立ちながら暇潰しにたわいもない話をしていた。
『……それでライノスのヤツ、ブリッツのジョークを真に受けて、バエルに縞模様の女物のパンティーを送っちまったのさ。もちろんバエルは激怒したよ。ライノスは土下座して何度も謝りながら、ブリッツに罪をなすり付けたモンだから、ライノスとブリッツは二人揃ってケツ叩きの刑にされたってワケ』
『ハッハッハッ! なんだよ、そりゃ!!』
二人が楽しそうに談笑していると、遠くから制服を着た一人の女子高生が、のっしのしとガニ股で歩いてくる。それは言うまでもなく、さやかの体を手に入れたガズエルだった。
「いようっ! トータスちゃん、フェニキスちゃん! お久しブリーフっ! 元気にしとったかえーーーーっ。ガズエ……ゴホゴホッ! ええっと……さ、さやかだよーーーーんっ! イェーーーーイッ!!」
トータス達の前に立つと、馴れ馴れしく元気に挨拶する。途中本当の名前を言いそうになり、慌てて咳き込むと、ごまかすように苦笑いしながらダブルピースした。
『嘘をつくなッ! 何がだよーーんだ! お前絶対に中身ガズエルだろッ! だまされんぞ、この加齢臭漂うオッサンめ!!』
だがトータスは少女の中身がガズエルである事を一瞬にして見破る。博士から真相を伝えられていた事もそうだが、何より昭和のセンス丸出しの言い回しに違和感を覚えずにはいられなかった。
「い、嫌だなぁ……ハハハッ。何を言っているんだい? ワタクシはどっからどう見ても、さやかでございますわよ。おほほほほっ。あっはーーん。うっふーーん」
ガズエルは速攻で正体を見破られて、俄かに動揺する。必死に本物である事をアピールしようと、口調を取り繕ってみたり、セクシーポーズしてみたりする。
だが彼の言動や仕草は女子高生として明らかに不自然であり、トータス達の疑念は却って深まる。
『さやかはそんな口調で話したりしないッ! いくら彼女が脳筋メスゴリラだからって、中身オッサンのお前と一緒にするなッ! そもそもお久しブリーフなんて親父臭いギャグ言った時点で、中身が女子高生でないと認めたのと一緒だぞッ! 諦めて観念して、降伏しろッ! そうすれば命だけは助けてやるッ!!』
フェニキスは少女の中身がガズエルだとする根拠を、明確に指摘してみせた。そして無駄な悪あがきをやめるように降伏を勧める。
「ぐぬぬ……そんな事は無いッ! そんな事は無いぞッ! 俺は間違いなくさやかだッ! 何故信用してくれないんだ! 普通こういう時はアッサリだまされるのがお約束だろう! 頼むッ! 信じてくれッ!」
それでもガズエルは自分がさやかだと言い張る。無理に主張を押し通そうとヤケを起こしたあまり、口調を取り繕うのも面倒になったのか、完全に素に戻る。途中うっかり二人をだまそうと自白した事にすら気付いていない。
トータスは相手のあまりのアホさに呆れて、思わずため息をつく。
『やれやれ……しょうがない。だったら一つ、お前にクイズを出してやる。本物のさやかなら答えられるはずだ。もし正解したら、お前を本物だと認めよう。答えられなかったら、お前ガズエル決定な。それで良いだろ?』
偽者だという事は分かりきっていたが、気まぐれにからかってみる事にした。
「お……おうっ! もうそれで良いわい! どんな問題でも出してみやがれっ! 絶対に答えて、俺がさやかだと認めさせてやるっ! べらんめえ!」
ガズエルも完全に開き直って男口調になり、威勢良くガニ股で腕まくりしながら、トータスの提案に乗る。フェニキスは「べらんめえって何だよ……」と心の中でツッコんだ。
『では問題です! ジャジャーーーーン! 俺が改心したきっかけになった、幼女の名前は何でしょう! 二十秒以内に答えて下さい! はいチッチッチッチッチッ』
トータスはお題を出すと、声に出して秒刻みを始める。
(こいつを改心させた幼女の名前!? クソッ、そんなの俺が知る訳ねえだろ! チクショウ! でもここで正解を言えないと、非常にマズイ! ええと……ええと……)
むろんガズエルが正解を知るはずも無く、思わぬ難問に頭を抱えてしまう。無い知恵を絞って必死に答えを探そうとしたものの、時間内に答えねばならない焦りがジワジワと彼を追い詰める。
「分かった! 答える! 答えてやるよっ! へへーーんっ! 俺が正解したら、吠え面かくんじゃねーーぞ、この野郎っ! やーーい、べろべろばーーっ!」
ガズエルはヤケクソになって、あくまで強気でいようと開き直る。彼があまりに自信ありげだったので、トータスは「こいつまさか正解を知ってるのか!?」と内心焦った。
「お前を改心させた幼女の名前は……サーニャだっ!」
男が当てずっぽうで閃いた名前を口にする。
『ファイナルアンサー?』
「ファ、ファイナルアンサーだっ!」
『……』
「……」
『……』
「……」
トータスはわざと判定を引き伸ばして、相手をじらさせる。場の空気が俄かに重くなり、ビリビリと張り詰めた緊張感が漂う。心臓がドクンドクンと激しく鳴る。
ガズエルは、もしかして正解したのではないか? と微かな希望を抱き、思わずゴクリと唾を飲んだ。
だが男が一縷の望みに全てを託しかけた瞬間……。
『……ブッブーーーーッ! はい残念でした、不正解でーーーーすっ! 幼女の名前は、サーニャでもエイラでもありませーーーーんっ! はいお前ガズエル決定なっ! イェーーーーイ! それじゃ、また来週ーーーーっ! チャッチャララーーーーン』
希望を打ち砕くように、トータスが不正解である事実を突き付けた。そして追い打ちをかけるように、テレビのクイズ番組の終わりに流れる音楽を、ノリノリで口ずさむ。
「チクショウ! チクショウ! チクショォォォォォオオオオオオオオオッッ!! あともうちょっと! あともうちょっとで、俺が本物だって信じ込ませられたのによぉぉぉぉぉおおおおおおおおっっ!!」
ガズエルは回答が不正解だった事を、地団駄を踏んで悔しがる。偽者だと見破られた事もそうだが、何よりクイズという勝負に負けた事を心の底から残念がった。
(いやお前が偽者だって事は、とっくにバレてたからね?)
フェニキスは呆れたようにポカンと口を開けたまま、心の中でツッコんだ。もしかしてコイツどうしようもない馬鹿なんじゃないかと言いたくなったが、それを声に出す気力すら無かった。
「ええい、クソッ! バレちまったんじゃ、しょうがねえ! そうよっ! 俺様は、さやかと体を入れ替えたガズエル様よっ! フハハハハハハッ!!」
男は計画が失敗した事を悟り、自ら正体を明かす。あえて強がるように腰に手を当ててふんぞり返りながら、余裕ありげに高笑いしてみせた。
「トータスっ! フェニキスっ! 俺は貴様ら裏切り者を始末するために、ここへやってきた! まんまとお前たちをだまして不意打ちするつもりだったが、そうも行かなくなったようだ! だが構うこたぁねえ! だったらいっそ、この体を使ってお前たち二人を正面からねじ伏せてやらぁっ!」
そして騙し討ちに失敗した以上、力ずくでトータス達を叩き潰す事を、声高らかに宣言した。
「フフフッ……俺の変身を見せてやるッ! 覚醒……アームド・ギア、ウェイクアップ!!」
ガズエルは不敵に笑うと、さやかの変身ポーズを見よう見まねで構える。次の瞬間、彼の全身が赤い光に包まれて見えなくなる。
トータスは嫌な予感が頭をよぎって、背筋が凍り付いた。
「装甲少女……その赤き力の戦士、エア・グレイブッ!!」
トータスの予感を裏付けるように、光の中から装甲に身を包んだ少女が姿を現す。そしてドヤ顔でポーズを決めながらヒーロー名を名乗った。
驚くべき事に、男は今使っているさやかの体の、その戦闘形態に変身してみせたのだ。
「フハハハハハハッ! やったぁっ! 遂にやったぞっ! 成功したっ! イチかバチかの賭けだったが……念願のエア・グレイブに変身できたぞっ! これでこそ、元の体を捨てた甲斐があったというものッ!」
求めていた力を手に入れられた嬉しさのあまり、ぴょんぴょん飛び跳ねて大はしゃぎする。見た目は完全に装甲少女になったさやかその人だ。
何という事だ。たとえ中身がガズエルでも、体は完全に少女であり、アームド・ギアに搭載された人工知能すらも彼をさやかであると認めたのだ。何よりも変身に成功した事実がそれを鮮明に表していた。
『ゲェーーッ! ガズエルが変身しただとぉっ!?』
『なんてこった! タチの悪い冗談だぜッ!!』
トータスとフェニキスも声に出して驚かずにはいられない。俄かに受け入れ難い現実が起こってしまったショックのあまり、頭がクラクラして目まいがして吐き気が止まらなくなる。いっそ悪夢なら醒めてくれと願わずにはいられない。
「フフフッ……さぁ諸君、あの世に旅立つ心の準備は出来たかな? かつてバエル様すら倒したというこの力、目に焼き付けて死ぬがいい……」
ガズエルは死を宣告する言葉を吐きながら、前に一歩踏み出す。裏切り者を抹殺せんとする悪意に満ちた表情は、正に少女の皮を被った悪魔そのものだ。そこに元の体が持っていた優しさ、人の命を手にかける事へのためらいは一片も感じられない。
『グッ!』
トータス達は気圧されるようにジリジリと後ずさる。死への恐怖が心の奥底から湧き上がり、手足の震えが止まらなくなる。
これまで数々の悪しきメタルノイドを屠ってきた力が、自分たちへと向けられようとしているのだ。味方であれば心強いが、敵に回ればこれ以上に厄介な存在は無かった。
ついさっきまでのおちゃらけた空気は完全に吹き飛び、生きるか死ぬかのシリアスなムードへと一変する。
それでも二人は引き下がる訳に行かないと、強い意思でその場に踏み留まる。ここで自分たちが逃げるか負けるかすれば、次は後ろにある村が犠牲になるという考えが、彼らに戦う覚悟を固めさせた。
『ガズエルッ! あまり俺たちを甘く見るなよッ! 俺たちだって元幹部級のメタルノイド……そう簡単にやられはせんッ! きっと今頃本物のさやか達がこちらに向かっているはずだッ! それまで時間を稼がせてもらうッ!』
トータスは自分の中に湧き上がった恐怖を振り切ろうとするように、勇ましく啖呵を切る。そして微かな希望を胸に抱きながら、敵を威嚇するように睨み付けた。フェニキスも後に続くように、拳を握って構える。
一人の少女と、二体のメタルノイド……数メートル離れた状態で両者が対峙し、今にも戦いが始まろうとした時……。
「あっ、いたーーーーっ!」
大声で叫びながら、ゆりか達一行が早足でその場に駆け付ける。トータスが期待した通り、彼らはガズエルが村に向かうだろうと予測し、一直線に向かっていた。もちろんガズエルの体に入ったさやかも一緒にいる。
『コラーーーーッ! この体ドロボウ! 私の体、返しなさぁーーーーいっ! さもないと、後でお仕置きするわよーーーーっ!!』
さやかはロボの巨体のまま、大声で喚きながらぴょんぴょん飛び跳ねる。最後は手足をジタバタさせて、だだをこねる子供のように激しく暴れた。自分の体を盗んだ相手に対する怒りは並大抵のものではなく、この恨みを如何にして晴らしてくれようものかッ! という気にさえなった。
「へっへーーーーんっ! やーーだーーよっ! 返してやらないもんねーーっ! この体、取り返せるモンなら取り返してみなっ! べろべろばーーっ! お前の母ちゃん、でーーべーーそっ!!」
ガズエルは小学生レベルの悪口を並べ立てると、挑発するようにお尻を向けて手でペンペン叩き、挙げ句の果てにアッカンベーした。完全に相手を馬鹿にしておちょくっていた。
だがさやかは相手の安い挑発には乗らない。
『だったらその言葉通り、返してもらうよ……私の体ッ!!』
意味ありげな台詞を吐いてニヤリと不敵に笑うと、何らかの策を思い付いたのか、唐突に走り出す。ガズエルからも仲間からも大きく距離を開けた、何も無い原っぱに立つ。
『精神が入れ替わっても、能力は元の体に固定されたまま……だったらやる事は簡単ッ! こうすれば良いだけよッ!!』
少女はそう口にするや否や、両手のひらをガズエルへと向ける。そして七色に輝く光線を手から放った。
「何ぃっ!? しっ、しまったぁぁぁぁぁぁああああああああああっっ!!」
ガズエルは避けようとする間も無く光線を浴びてしまう。まさかその手があったかと驚いた事が、反応の遅れへと繋がった。彼にとっては完全に意表を突かれる形となった。
「……」
『……』
光線が放たれ終わると、両者は共に立ったままガクッとうなだれる。そのまましばらく黙り込む。
二人がマネキンのように突っ立ったまま、数秒が経過した後……。
「やったぁぁぁぁぁああああああああっっ!! 取り戻せたっ! 私の体、取り戻せたよっ! ゆりちゃん! ミサキちゃん! アミちゃん! 博士っ! トータスッ! フェニキスッ! 私、本物のさやかだよっ! 体、取り戻せたんだよっ!」
入れ替わりの術に成功し、元の体に戻れたさやかが歓喜の言葉を漏らす。とても大きな声でゴリラのようにはしゃぎ回ると、勝利した証である事を示すように、天に向かって拳を高らかに突き上げた。
『チクショウ! なんてこったッ! こんな方法で体を奪い返されるとはッ! チクショウ! チクショウ! この野郎ッ! バカ野郎ッ!!』
一方ガズエルは元の体に戻された事を、心の底から悔しがった。湧き上がった怒りをぶちまけるように汚い言葉を吐き散らしながら、八つ当たりするように何も無い地面を何度も足で踏み付けた。
『だ……だがッ! そうであるならば、俺もまた同じように入れ替わり光線を放てば良いだけだッ! 喰らえッ!!』
冷静に思い直して、何としても体を取り返そうと、再びさやかに向けて光線を放つ。
『そうはさせるかッ!』
だがトータスが少女を庇うように目の前に立ちはだかり、金色に輝くバリアをドーム状に張り巡らす。バリアにぶつかって弾かれた光線は、全く別の方角へと飛んでいく。
その軌道の先にある草むらに、体の大きなウシガエルがいた――――。
『……ゲコゲコッ!』
ウシガエルに光線が当たった直後、ガズエルが突然奇妙な声で鳴き出す。その場にしゃがみ込んで両手を地面につくと、その姿勢のままカエルのようにぴょんぴょん跳ねる。
「……」
その場にいた者全員が思わず絶句した。ガズエルのおかしな挙動は、ガズエルとウシガエルの中身が入れ替わった事を、如実に表していたからだ。
中身カエルと思しきガズエルは、しばらく困惑したように周囲をキョロキョロ見回したが、やがて状況を受け入れたようにロボの巨体のまま原っぱを元気に跳ね回る。そのまま森の中へと入っていった。
「……という事は」
ガズエルが去るのを見届けた後、一同の視線はウシガエルへと向けられる。
みんなに見られて、ウシガエルは思わずぎょっと驚いた顔をする。中身がガズエルであるためか、ゲコゲコと声に出して鳴く気配は無い。
「さーーてと、それじゃあお仕置きタイムと行きますか?」
さやかがこれ以上ないほど邪悪な笑みを浮かべる。カエルの元へとズカズカ歩いていくと、わざとらしく片足を大きく上げて、踏み潰そうとする仕草をした。
彼女は本気でカエルを踏み潰そうと考えた訳ではない。そうするぞと相手に思わせて、ビビらせようとしたのだ。
「……ッ!!」
カエルは慌てて立ち上がると、まるで人間のような二足歩行で走りながら、草むらの中へと隠れる。そして何処へともなく姿を消した。
「カエルと入れ替わってしまっては、光線を使ってもらえる望みも無い……少しかわいそうだが、ヤツはこのままカエルとして一生を終える事になるだろう」
惨めな姿となったガズエルに、ミサキが嘆息を漏らす。憎むべき敵ではあったが、迎えた末路には哀愁を感じずにはいられない。普通に死ねた方が、まだマシだったのではないかとさえ思えた。
『愚かな男だ……その力を悪しき事に使いさえしなければ、こんな事にならなかっただろうに』
フェニキスもまた、元同僚の行く末を案じて心から憐れむ。こうならない人生があったかもしれないのにと思えて、どうしようもないやるせなさを抱く。
トータスも仲間の発言に同意するようにウンウンと頷いた。
その後村の近くで、彼と思しきウシガエルがたびたび目撃されたものの、村人も彼の境遇を哀れみ、殺す事まではしなかった。
バエルも失態を犯した彼を処刑しようとはしない。あえてカエルのまま生き恥を晒してもらった方が、良い薬になると考えたのかもしれない。
中身ガズエルのウシガエルは、そのまま天寿を全うしたと言う。
そしてガズエルの中に入ったカエルもまた、バロウズに回収される事無く、ロボの体のまま生涯を終えたと伝えられる。
……それは滑稽ながらも哀愁漂わせる、一人の男の生き様だった。




