第141話 恐怖!魂を入れ替える者っ!(中編)
ガズエルの追跡を妨害すべく姿を現したのは、AH―64D アパッチ・ロングボウを無人機へと改修したバロウズの殺戮兵器、『ブラックフライ』と呼ばれる攻撃ヘリだった。メタルノイドには遠く及ばぬものの、並みの量産ロボより高い火力を有した、警戒すべき相手だ。
「30ミリ機関砲が来ますっ! 皆さん、急いで私の回りに集まって下さいっ!」
アミカが大声で呼びかける。他の者が指示に従い彼女の回りに集まると、アミカはすぐに防御モードに切り替えて、両手のひらでドーム状にバリアを張って一行を覆う。
ゆりかも彼女の後に続くようにバリアを張り、二人のバリアが合わさって更に大きく、強固なものとなった。
直後ブラックフライの機首下に取り付けられた機関砲が火を噴いたものの、強化されたバリアは弾丸を豆鉄砲のように弾いて、ビクともしない。
「あっ……」
だがその時一行は、ある重大な事実に気付く。
ガズエルの体に入っていたさやかだけは、メタルノイドと判定されたためにバリアに入れず、外に締め出されたのだ。
『うわーーーーっ!!』
一人取り残されたさやかが集中砲火を浴びる。外見がメタルノイドでも、中身が敵だと知っていたのか、ブラックフライは容赦なく彼女を攻撃する。
『痛い痛い痛いっ! やめて! 死ぬっ! 死んじゃうっ! たぶん死なないけど、メチャクチャ痛いっ! 誰か、誰か助けてぇぇぇええええええっ!』
石つぶてのような弾丸を体中にぶつけられて、声に出して痛がる。核の直撃にも耐える装甲は機関砲の弾如きでは傷付かなかったものの、痛覚はちゃんとあるらしく、切実に仲間に助けを求めた。
「待ってろ、私が敵を片付けてやるッ! ゆりか、アミカッ! 敵の機銃掃射が止んだら、バリアを解除してくれッ!」
ミサキが決意を秘めた眼差しと共に指示を出す。二人がコクンと頷くと、両手で握った一本の刀を天に向かって高々と突き上げて、その姿勢のまま力を溜め込む。
やがてブラックフライが弾を撃ち尽くして機銃掃射が止むと、指示通りにバリアが解除された。
「冥王秘剣……断空牙ッ!!」
ミサキがすぐさま技名を叫びながら、刀を全力で振り下ろす。刀から高速で放たれた三日月状の斬撃は、空を飛んでいたブラックフライに一瞬で到達して真っ二つに切り裂いた。
「やったわね!」
二つに分かれて地面へと落下する残骸を見届けながら、ゆりかが歓喜の言葉を漏らす。アミカとゼル博士も勝利の喜びに浸るようにガッツポーズを取る。
「しまった! ヘリに気を取られてる間に、ガズエルに逃げられた!」
だがミサキは冷静に周囲を見回して、ガズエルの姿が何処にも見当たらない事に気付く。まんまと敵を取り逃がした事を知って、思わず地団駄を踏んで悔しがった。
アミカ達は急いで辺り一帯を探し回ったものの、相手は既に遠く離れた場所へ行ってしまったらしく、影も形も無い。
『うわーーん。私、メタルノイドになっちゃったよお』
さやかは間の抜けた言葉を発しながら、土下座するように地面に突っ伏したまま、シクシクと声に出して泣き喚く。もう元の体に戻れないかもしれないと心の底から悲観する。
ゆりかは少しでも慰めてあげようと、彼女の頭を「よしよし」と手で優しく撫でる。
「しかし……ヤツはさやかの体を手に入れて、一体何をするつもりなんだ?」
ミサキは敵の狙いが全く読めず、首を傾げながら訝る。
「いずれにせよ、ロクでもない企みをしている事は確かだ。こうしちゃいられない、さやか君の体が悪用されないうちに先手を打たなければ」
博士はそう言うと白衣のポケットから携帯電話を取り出す。そしてこれまで立ち寄った村に片っ端から電話を掛けると、さやかとメタルノイドが入れ替わった事実を正確に伝えた。
◇ ◇ ◇
その頃さやかの体を手に入れたガズエルは、人里離れた山中の岩場へと辿り着く。辺りを見回してミサキ達が追ってきていない事を確認すると、手頃な大きさの岩を見つけて腰掛ける。見た目は変身を解いた女子高生の姿へと戻っていた。
「あーーどっこいしょっと」
だらしなく大股開きになりながら、中年のオヤジのようにドガッと座る。中身がオッサンなだけに、女の子らしい恥じらいは全く見せない。
もっとも元のさやかも恥じらいは持っていなかったので、その点は大差無かったのだが……。
「さーーてと、これからどうすっべーーかなーー」
右手の小指で鼻の穴をほじりながら、気だるそうに呟く。
何という事だ。彼女……もとい彼は魂を入れ替えるという壮大な計画を練りはしたものの、その後の事を全く考えていなかったのだ。正に行き当たりばったりとしか言いようが無かった。
「あっ、そうだーーーーっ! この体であれこれエッチな事して、それを動画に撮ってネットに流してやれば、こいつの評判はガタ落ちッ! 今まで殺された同胞の無念も晴らせるというものッ! フフフッ……これが本当のリベンジ・ポルノ……なんつってな」
とても良からぬ企みを閃くと、邪悪に表情を歪ませる。ネットに無修正のエロ動画を流されて嘆き悲しむさやかの姿を想像しながら胸を躍らせる。
早速計画を実行に移そうと息巻いて、制服のスカートのポケットからさやかの所有物であるスマホを取り出すと、録画モードに設定して地面に置く。
「ああーーん。うっふーーん」
スマホのカメラを自分の方に向けたまま、岩に寝そべって棒読みで喘ぎ声を出しながら、試しにセクシーポーズを取ったり、胸を揉んだりしてみた。
「……」
その途端、どうしようもない虚しさが彼の中を駆け抜けた。急に我に返って、俺は一体何をやっているんだ……と強い自己嫌悪に駆られた。
いくら女子高生の体でも、中に入っているのは紛れもないオッサンなのだ。そのオッサンである自分がスマホカメラの前でいやらしい自撮りをしようとしているのが、とてつもなく気色の悪い行動に思えてならなかった。なんて馬鹿げた事をしたんだと深く後悔した。
「ああもう、やめだやめだッ!」
正気に立ち返ると、スマホの録画モードをやめて服のポケットにしまう。そして再び岩に腰掛けた。
「それにしても……この女の体、臭くねえか?」
今度は体のあちこちのニオイを嗅ぎだす。ワキガではないかと疑い、特に腋のニオイを念入りに嗅ぐ。
「さすがにワキガじゃねえみてえだが……だとしても、メッチャ汗臭くねえか? それに体中が汗でベタベタして気持ちわりいんだが……ちゃんと毎日風呂入ってんだろうな? まさか三日に一回しか入ってないんじゃねえだろうな? なんかさっきからあちこち蚊に刺されまくってるし……あーー、痒い痒いッ! これだからO型の女は……ブツブツ」
そしてさやかの体が汗臭い事に対して、あれこれ不満を言いまくった。もし本人が聞いたら、間違いなくブチキレていただろう。
「どれ、試しに足のニオイでも嗅いでみるか……うわ、くっさ! メッチャくっさ! うぅわ、汗で蒸れたゴリラ女の足なんて、最悪じゃねーーかッ! うわーー、こんな事になるんだったら、コイツじゃなくてゆりかかミサキの体にしとくんだったーーっ! あーー、失敗したーーっ!!」
興味本位で靴下を脱いで、足の指先のニオイを嗅ぐと、あまりの強烈な臭さに思わず顔を歪ませた。さやかの体と入れ替わった事を心の底から後悔して、頭を抱えて文句を言いまくった。
ガズエルがおかしな行動を取っていると、何処からかブゥーーッと奇妙な機械音のようなものが鳴りだす。音の聞こえた方角に男が振り返ると、小型のスピーカーを積んだドローンが彼に向かって飛んでくる。
「ガズエル……貴様はさっきから一体何をやっているのだ?」
スピーカーから流れたのは他の誰でもない、バロウズ総統バエルの声だった。
「おお、これはバエル様ッ! 声だけとはいえ、わざわざこんな所までお越しになられて! それで、今日は一体何のご用で?」
ガズエルは慌ててスピーカーの前に跪く。そして自分の前に現れた目的を聞く。
「たわけめッ! 貴様がしょうもない事ばかりしているから、注意しに来たのだッ!」
バエルは半ば呆れ気味になりながら、声を荒らげて怒りだす。彼は部下の行いの一部始終をドローンのカメラ越しに見ていたが、あまりにくだらない事ばかりしていたので、遂に堪忍袋の緒が切れたのだ。
「ひいッ! 申し訳ありませんッ! どうかご勘弁を!」
男は上司の怒りを買った事に恐怖し、土下座して平謝りする。そして怒りを鎮める方法を頭の中で必死に考えた。
「あっ、そうだ! バエル様、もしよろしければ、この女のパンツを脱いで、そちらにお送りしましょうか?」
とても良い事を閃いたと言わんばかりに顔を上げると、ドローンの前でパンツを脱ごうとする。
「いらんッ! そんな臭そうな女のパンツを送られるくらいなら、ゴリラの鼻くそを詰めた瓶でも送られた方が百倍マシだッ! ……というか、もっと真面目にやれッ!!」
バエルは部下の提案を却下すると、その不真面目な態度に業を煮やして、またも厳しく叱責した。
「良いかッ! わざわざブラックフライを消費してまで手に入れたその体、くれぐれも有効に活用しろッ! さもないと、昇進の話は無かった事になるぞッ! 分かったな! ちゃんとやれよッ! じゃあな!」
部下が間違いを犯さないように念を押すと、一方的に話を打ち切って、ドローンを飛ばさせる。よほどガズエルの事が信用ならなかったのか、ドローンは途中チラッチラッと何度も後ろを振り返った。
ドローンの姿が完全に見えなくなると、ガズエルは面倒臭そうに岩に寝っ転がる。気だるそうにそのまま数分ほどゴロゴロする。
「ちぇーーっ、怒られちった。バエル様のけちんぼーー」
上司に叱られた事に顔をむくれさせて、不満げに陰口を叩いた。
「とは言ったものの、どうしたものか……」
しかしこのままではいけないと冷静に思い直し、ムクッと体を起き上がらせる。昇進が掛かっている以上、ふざけてばかりもいられないという使命感に駆られた。
大股開きになって、スカート越しに股間を手でボリボリ掻きながら、さやかの体の有効な活用法についてあれこれ思案を張り巡らす。
「あっ、そうだーーーーっ! この体を使って、裏切り者どもを始末するとしよう! そうだ! それが良い! そうしましょったら、そうしましょ! フッフフフーーーーーーン! ヨロレイヒーーーーーー!」
彼にとってはとても素晴らしいアイデアを思い付くと、大喜びで歌まで唄いながら、トータスとフェニキスがいる村に向かって歩き出す。あまりのテンションの高さに、思わずスキップしていた。
ガズエルは作戦の成功を確信して、昇進への期待に顔をニヤつかせる。
ゼル博士が既に村に連絡をよこしていたとも知らずに……。




