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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第139話 氷に閉ざされた者(後編)

「くっ……だったら!」


 ミサキを倒した満足感にひたるビホルダーを前にして、アミカが意を決したように進み出す。


「エア・ライズ……スピードモードッ!!」


 大声で叫びながら、右腕にある三つのボタンのうち一つを指で押す。直後五倍に跳ね上がった速さで敵に向かって駆け出した。


 敵から5メートルほど離れた地点まで来ると、距離を保ったまま相手の周りをぐるぐると円を描くように走り出す。敵の攻撃を誘い出して生じたすきを狙うという、アミカが取るいつもの戦術だ。


『馬鹿め……そんな子供だまし、俺に通用するものかッ!!』


 だがビホルダーは少女の行動を物ともせずに笑い飛ばす。


『鎖には、こういう使い方もあるのだッ!!』


 そう叫ぶや否や、手にした鎖の先端を、鎖鎌くさりがまを扱うようにブンブンと振り回した。鎖の回転によって巻き起こった突風が、地面に積もった雪を砂ぼこりのように巻き上げて、周囲の視界がまたたく間にさえぎられる。


「ヤツは何処に……!?」


 相手を見失った事にアミカが焦りだす。敵を探すべきか、この場から離れるべきか、防御モードに切り替えるべきか、一瞬迷ってしまい冷静に判断するのが遅れた。

 彼女が困惑したすきを突くように雪嵐の中から鎖が飛び出して、少女の腹にドグォッと鈍い音を立ててめり込んだ。


「うぐわぁぁぁぁああああああああああっっ!!」


 腹を強い衝撃で殴り付けられて、少女が悲痛な叫び声を上げながら吹き飛ばされる。雪の大地に体を激しくバウンドさせた挙句、仰向けに倒れたまま起き上がれなくなる。


「ううっ……ゲホッゲホッ!!」


 腹の傷口を手で押さえたまま、苦しそうに何度もき込み、最後はダンゴムシのように体を丸まらせて動かなくなる。戦う力が残ってるようには到底見えない。鎖を打ち付けられた箇所は血がにじんで赤くれ上がっており、見るからに痛ましい。


「……強いッ!!」


 あっという間にミサキとアミカを無力化させた敵の戦いぶりを見て、ゆりかが驚愕する。雪原を完全に自らの領域テリトリーとしたビホルダーの実力は目を見張るものがあり、油断ならない相手だという警戒心が湧き上がる。

 戦況を打開する突破口が見つからない事に焦りを抱いたあまり、無意識のうちにジリジリと後ずさりする。


『……』


 少女を炎に巻き込まないように動きを止めていたフェニキスが、苦悶の表情を浮かべる。このままではいけない、どうにかしなければと義憤に駆られた。そのためにどうするべきかあれこれ思案していたが、やがて何かしらの策を思い付いたのか、ゆりかの元へと駆け出す。


『さやかッ! ゆりかッ! 俺がビホルダーの光線を使えなくするッ! そうしたら、ヤツを倒してくれッ!!』


 これから敵の光線技を封じる事を伝える。だがその具体的方法については語らなかった。


『君たちなら、必ずやれる……信じているぞッ!!』


 信じて託す言葉を投げかけると、すぐに敵に向かって駆け出す。

 彼の言葉には自らの犠牲をいとわぬ覚悟のようなものがあり、さやかは嫌な予感がしたものの、止めるひまも無かった。


『のこのこと殺されに出向いてくるとは、頭の悪いヤツめっ! そんなに死にたいのなら、望み通りに死をくれてやるッ!!』


 再び眼前に飛び出してきたフェニキスを、ビホルダーが馬鹿げた行為だとあざ笑う。死を宣告する言葉を吐きながら、目から光線を放つ。


『ビホルダー、俺が何の考えも無しに姿を現したと思うかッ!? 俺の取っておきを見せてやるッ!!』


 フェニキスは思い通りに事が運んだのを喜ぶようにニヤリと笑った。

 立っていた場所から少しだけ右に移動すると、背中につらなっていた何枚もの羽飾りのうち一枚を手でブチッとちぎって、ビホルダーめがけて投げつけた。


 羽飾りは光線にギリギリ当たらない角度で飛んでいき、ビホルダーの目に手裏剣のようにブスリと突き刺さった。


『うぎゃぁぁぁぁぁあああああああああっっ!!』


 男が顔面を両手で覆って悲鳴を上げながら、苦しそうにもがく。目に刺さった羽飾りを慌てて手で引き抜いたものの、その瞳は機能しなくなった事を如実に表すように光を失う。


 だが一方のフェニキスも光線を避けきれず、左肩に命中する。羽飾りを光線に触れさせず、正確に目標に当てるためには、相手の正面から大きく角度をずらせなかった。いわば捨て身の戦法だった。


『さやか……ゆり……か……後は……頼んだ……ぞ……』


 フェニキスは少女たちに後を託すと、瞬く間に分厚い氷に覆われていく。そしてすぐに物言わぬ氷の塊となった。


 ……だがその表情は何かをやり遂げた事に満足したように穏やかだった。


「フェニキス……」


 氷に覆われた仲間を見つめながら、さやかが悲しげにつぶやく。命をして相手の技を無力化したフェニキスの決死の覚悟に、胸を強く打たれた。彼の犠牲を無駄にしないためにも、何としても敵を倒さなければ……と熱い使命感が炎のように湧き上がった。


『おのれぇぇぇぇぇぇええええええええっっ!! よくも……よくも、やってくれやがったなぁっ! このクソバカ鳥がぁぁぁああああっ!!』


 目を潰された屈辱にビホルダーが激昂する。羽飾りを勢いよく地面に叩き付けると、八つ当たりするように足で何度も踏み付けた。


『小娘どもッ! 光線を使えなくした程度でいきがるなよッ! メインカメラを潰されたからといって、視界が失われる訳ではないッ! 凍らされた方がまだマシだったと後悔させてやるッ! 貴様ら全員、奈落の底に落ちるがいいッ!!』


 さやか達の方へと向き直り、喧嘩けんかを売る言葉を吐く。そして手にした鎖をブンブン振り回しながら、少女たちに向かって歩きだした。目を潰された恨みを彼女たちにぶつけて晴らそうという魂胆だ。

 男の言葉を裏付けるように、左胸にある小型のレンズ穴が光りだす。視界は良好らしく、さやか達を真っ直ぐに目指している。


「ビホルダー! 奈落の底に落ちるのは、貴方一人だけで十分よッ!!」


 さやかは強気な口調で言い返すと、背中のバックパックから小型の注射器を取り出す。それを迷わず自分の首に突き刺した。


「……薬物注入ドーピングッ!!」


 掛け声と共に液体が少女の血管に注がれていく。やがて注射器の中身が空っぽになると、少女の体がドクンドクンと脈打って、全身の筋肉がムキムキに膨れ上がる。

 全能力三倍モードになると、さやかはすぐに敵に向かって駆け出した。


『馬鹿めッ! ゴリマッチョになったからといって、俺に勝てるものかッ! 赤城さやかの実力、どれほどのものぞッ!』


 ビホルダーは完全に相手をめた態度を取る。三倍になった程度で自分に勝てるはずが無いとたかくくる。揺るぎない勝利への確信を胸に抱きながら、鎖をむちのようにしならせて、少女に向かって振り下ろす。


 だがさやかは飛んできた鎖の先端を、たやすく右手でつかんだ。男がいくら引っ張っても、ビクともしない。まるで総重量1万トンを超えるタンカーに絡まってしまった感覚だ。


『……!?』


 予想外の抵抗に遭い、ビホルダーがにわかに困惑する。それまで胸の内にあった希望は見る見るうちに絶望へと塗り替えられ、少女に対する恐怖が湧き上がる。鎖を手放して逃げるべきじゃないかと考えたが、その事に気が付いた時はもう手遅れだった。


「うらぁっ!」


 さやかが一喝しながら腕をグイッと後ろに引くと、凄まじい力で鎖が一気に引っ張られる。


『うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおっっ!!』


 鎖を手にしていたビホルダーが、綱引きに負けたように強い力で引き寄せられる。遠心力によって振り回された巨体が空高く舞い上がり、鎖を手から離してしまう。

 ちょうどさやかの真上数十メートルに浮いた形となり、彼女めがけて落下する。


 男は必死にあがこうと空中で手足をジタバタさせたものの、なすすべなく、ただ重力に任せて落下する事しか出来ない。このままでは殺されると分かっていても、何も打つ手が無い。


最終ファイナルギア……解放ディスチャージッ!!」


 さやかが必殺技を放つための掛け声を口にする。右腕に内蔵されたギアが高速で回りだし、物凄い速さでエネルギーが蓄積されていく。やがて力が完全に溜まりきると、少女はガニまたになり腰を深く落とし込んでパンチを繰り出す姿勢に入る。そして空を見上げると、落下してくるビホルダーに向かって高くジャンプした。


「トライオメガ……ライジング・ストライクッ!!」


 技名を叫びながら真上に突き出された少女の拳は、鉄の巨体をいともたやすく貫いた。


『コノ俺ガ、貴様ラゴトキニ負……ギャァァァァァアアアアアアアアアッッ!!』


 どてっ腹に風穴を開けられて、ビホルダーが断末魔の悲鳴を上げる。穴の空いた箇所から体が真っ二つに裂けていき、空中で爆発してバラバラに吹き飛んだ。


 ……そして彼の死に呼応するように、山を覆っていた雪が瞬く間に溶けていき、茶色の土を剥き出しにした大地へと戻っていった。


「……ふう」


 さやかは両足でしっかりと着地すると、敵を仕留めた余韻に浸るように一息つきながら、ひたいから流れ出た汗を腕でぬぐう。三分が経過した事により能力強化モードも解除されて、盛り上がった筋肉も元に戻っていた。


「さやか、やったな!」

「やっぱり強いですね……私たちでは手も足も出ませんでした」


 ミサキとアミカはすぐに起き上がると、戦いで受けた痛みも忘れる勢いで、さやかの元に駆け寄る。自分たちでは太刀打ち出来なかった強敵をあっさりほふってみせた仲間の強さを尊敬し、存分にたたえた。


「さやか、お疲れ」

「見事な戦いぶりだった。これでも飲みたまえ」


 ゆりかも彼女のそばに来て、ねぎらいの言葉を掛けながら肩を手でポンポン叩く。離れた場所に身を隠していたゼル博士も、戦いが終わった事を確認してひょっこりと姿を現す。びんに入ったエナジードリンクをアタッシュケースから取り出して、少女に手渡した。


「でも……」


 だが仲間にチヤホヤされても、さやかはあまり嬉しそうじゃない。浮かない顔をしながら、ある方角を見つめる。視線の先には氷漬けになったままのフェニキスがそびえ立つ。


「……」


 少女の心情を察して、他の者も一様に顔を暗くする。


 彼の覚悟が無ければ、決して掴み取れる勝利では無かった。仲間を助けるために自らを犠牲にした男の勇敢なる行動に、みな心を痛めずにはいられなかった。

 一行がフェニキスを救えなかった無力感にさいなまれて、沈んだ気持ちになっていた時……。


「あれ?」


 さやかが異変に気付く。


 よくよく見てみると、氷の下に水たまりが出来ていた。フェニキスを覆う氷がゆっくりと溶けているのだ。一行がその事に気付いた途端、氷は見る見るうちに溶けだし、やがて完全に消えて無くなる。


『……ぶはぁっ!』


 氷から解放されると、フェニキスはすぐに息を吹き返した。


『はぁ……はぁ……ビホルダーが死ねば、氷は溶けて無くなると踏んでいた。だから心置きなく光線を受ける作戦に出られたんだ。むろんヤツが勝てば、俺は永久に氷の中だが……君たちなら、必ずやれると信じていた。よくやってくれた』


 呼吸を荒くしながら、一か八かの賭けに出た事を伝える。そして見事敵を倒す偉業を成し遂げたさやか達に、心の底から感謝した。


「もう! これじゃ、悲しみぞんじゃないのよっ! バカバカっ!」


 さやかは顔を真っ赤にして涙目になりながら、フェニキスの足を手でポカポカと叩く。フェニキスや他の仲間たちは、それを愉快そうに笑って眺めていた。


「それで、これから行く当てはあるんですか?」


 ひとしきり笑い終わると、アミカが冷静に問い掛ける。


『……行く当てなど、無い。こっちの星に人間の知り合いはいない。俺が人間に味方するメタルノイドだと言っても、信じる者はいないだろう』


 少女の疑問に、フェニキスが表情を暗くしながら答える。組織を敵に回して、これから一人で生きていかねばならぬ辛さに対する苦悩をにじませた。


「だったら、トータスがいる村に連れていってあげるわ! あそこだったら、私たちが紹介すれば間違いなく受け入れてもらえる! なんたって、すでに改心したトータスが暮らしてるんだもの!」


 途方に暮れるフェニキスに、さやかが安息の地を紹介する。他の者も「それがいい」と同意してうなずく。


『ありがたい、ぜひそうさせてもらう! 何から何まで、君たちには世話になった……せめて何かお礼がしたい。地図を持っていないか?』


 フェニキスは大喜びしながら少女の提案を受け入れた。そして少しでもお返しがしたいと、地図を持っていないか聞く。

 博士が大きめの紙の地図を広げると、男はそのうち三つの地点を指差す。


『ビホルダーまでに会ったメタルノイドをトータス除いて全て倒しているなら、本州に駐屯するメタルノイドは残りあと三人……彼らはここにいる。それを全て倒せたなら、後は北海道にいる連中を倒せば、日本を奪還できるはずだ』


 これから一行が目指すべき場所を、残る敵の数と共に教えた。

 話を聞くと、博士は早速フェニキスが指差した地点にペンで目印を付ける。


「よっしゃ! 必ずそいつらをやっつけて、本州の敵を一掃するわよ!」


 さやかが拳を天に向かって突き上げながら、声高らかに叫ぶ。何としても日本を取り戻すのだという、強い決意を胸に抱く。皆も賛同するようにオオーーッと叫ぶ。


 進むべき道がハッキリと見えた一行を後押しするように、まばゆい日射しが照り付けていた。

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