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装甲少女エア・グレイブ  作者: 大月秋野
第四部 「Q」
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第138話 氷に閉ざされた者(中編)

 さやか達は改心したトータスから、人類に協力するかもしれないメタルノイドとして、フレイザード・フェニキスという男の存在を伝えられる。フェニキスが別のメタルノイドに敗れて氷漬けにされた話を聞かされて、一行は彼を救出すべく山へと向かう事となった。


 季節外れの雪に覆われた山中を歩き続けた時、ついにフェニキスが閉じ込められた氷のかたまりを発見する。博士の発明品によって氷を溶かしたものの、彼は全く動こうとはしない。


 彼は既に死んでいるのではないか? ……そんな考えがさやか達の頭に広がりかけた瞬間、フェニキスがかすかに動きだした。


『ムッ……ここは何処だ!?』


 そんな言葉を発しながら、慌てて周囲を見回す。氷漬けにされてからずっと意識が飛んでいたのか、突然目覚めた事ににわかに戸惑う。


『俺は確かビホルダーに凍らされて……あれからどれだけ時間が経った!? 日本はどうなったんだッ! まさかもうすでにバエルに侵略されて、人類は根絶やしに……うっ……うおおおおおおっっ!!』


 今の状況を頭の中で整理しようと独り言をブツブツわめきながら、最後は悲観的になって、頭を抱えてうろたえる。


「フェニキス、日本はまだバエルの手に落ちてないわ……安心して。私たち、氷漬けにされた貴方を助けに来たのよ」


 さやかは刺激を与えないように落ち着いた口調で話しかけながら、男に近付こうとする。


『ムムッ、お前らは誰だ!? ゼル博士とミサキは分かるが、他の三人は初めて見る顔だな……俺やバエルを知っているという事は、どうやら只者ただものでは無さそうだ。雪山ではとても寒そうに見えるその格好も、決してアニメキャラのコスプレをしている訳では無いという事か……とにかく分からん事だらけだ。誰か状況を説明してくれ』


 フェニキスがさやか達の変身した姿を見ていぶかりながら、詳しい説明を求める。彼が凍らされた一年前に装甲少女はまだ誕生しておらず、さやか達の事を全く知らなかった。さまざまな機能を備えた機械の装甲も、彼からすればただのコスプレにしか見えなかったのだ。


「私が、順を追って話そう」


 ゼル博士がそう言いながら前に出る。顔見知りである自分の口から話すのが手っ取り早いと踏んだ。


  ◇    ◇    ◇


 装甲少女という戦士ヒーローが生まれて、これまで幾多の悪しきメタルノイドを倒してきた事……トータスが改心して自分たちの仲間になった事……彼から教えられた情報により、フェニキスを救出するために山へ来た事……それらの話が博士の口から伝えられた。


『そうか……トータスが……』


 一通り話を聞き終えると、フェニキスはまず仲間の一人が人類側へと寝返った事実に反応する。見知った顔が心を入れ替えた喜びに胸をおどらせたのか、感慨にふけるように空を見上げた。


『装甲少女と言ったな……だいたいの話は理解した。氷の中から助け出してくれた事、深く感謝する。改めて自己紹介させて頂こう……俺はNo.021 コードネーム:フレイザード・フェニキス……バロウズの戦士ではあったが、人間に味方したために組織から追い出された身だ。こころざしを共にする仲間が現れた事、心から歓迎する。こんな俺で良ければ、喜んで力を貸そう』


 そして自分を救出してくれた少女たちに感謝の言葉を述べて自己紹介しながら、握手を求めて右手を差し出す。


「こちらこそ、よろしくッ! 人々を助けるために、共に戦いましょう……フェニキスッ!!」


 さやかもまた、元気な言葉を返しながらガッチリと握手を交わす。彼を仲間として受け入れた証であるように、ニカッと歯を出して明るく笑ってみせた。


「そうと決まれば、こんな所に長居は無用です。さっさと離れましょう」


 話がまとまると、アミカがすぐに移動を提案する。

 彼女たちが今いる山が、フェニキスを凍らせたメタルノイドの領域テリトリーである事は疑いようが無かった。季節外れの雪に覆われているのは、その者の能力かもしれないのだ。

 いつまでもそんな場所にとどまっていたら、いつ敵に襲われるか分からないという懸念があった。


「アミカの言う通りだ。敵が戻ってくる前にここを離れよう」


 仲間の言葉にミサキが同意しながらうなずく。

 今後の方針が決まり、一行が歩き出そうとした時……。


『みんな、危ないッ! 左に避けるんだッ!!』


 フェニキスが不意にそう口にしながら、大きくジャンプする。さやか達も指示に従い、彼が避けたのと同じ方角にサッと動いて身をかわす。


 次の瞬間雪原の彼方から光線のようなものが放たれて、さっきまで一行が立っていた場所を通り抜ける。光線はそのまま軌道の先にある木へと命中し、木は見る見るうちに分厚い氷に覆われて、すぐに巨大な氷の塊になる。


「こ……これはッ!?」


 光線が触れるや否や、木が凍らされたのを見て、ミサキの顔が恐怖で青ざめる。もしフェニキスが忠告してくれなければ、木ではなく自分たちが凍らされていた事を実感し、体のしんからゾッとさせられた。


 一行が茫然ぼうぜんと立ち尽くしていると、光線が放たれた方角から、巨大な何かが迫ってくる。メタルノイドであろうと思われるそれは、背中のバーニアを噴射させて、地に足を付けたままスノーモービルのように移動する。


『クククッ……ここは俺様が支配する氷の地獄……通称『魔の山』と呼ばれた場所。この山に足を踏み入れた者は、たとえネズミの一匹だろうと生かしては帰さん。永久に氷の中に閉ざされたしかばねとなる運命なのだッ!!』


 不気味に笑いながら現れたのは背丈6m、どっしりした体格の重装甲型ロボットだった。全身は土のような暗めの茶色に塗られている。首の周りには鉄の鎖をマフラーのようにぐるぐる巻きにした状態でぶら下げているが、それが武器なのか、ただのファッションなのかは分からない。

 何より特徴的なのは、サイクロプスと呼ばれる神話の巨人のような大きな単眼モノアイだった事だ。左胸にはサブカメラらしき小さなレンズ穴が開いていた。


『俺はNo.022 コードネーム:ドゥームズデイ・ビホルダー……バロウズの処刑人と恐れられた、裏切り者の始末屋よッ! うわさに聞こえし装甲少女よッ! フェニキス共々氷漬けにして、バエル様への捧げ物としてくれようぞッ! バエル様が屋敷の庭に、ゴリラの氷の彫刻を飾りたいとおっしゃっていたのでなぁっ! ハハハハハハハァッ!!』


 自らビホルダーと名乗るメタルノイドは、本気とも冗談とも付かない言葉を吐きながら、そのまま勢いでさやか達に向かって突進する。


「ビホルダー! 私が相手になるわッ!」


 四人の中からゆりかが前に一歩進み出る。槍を手にして構えると、敵に向かって迷わず走り出す。


『馬鹿めッ! まずは貴様から死ぬがいいッ!!』


 ビホルダーは憎まれ口を叩きながら、目から光線を放つ。

 ゆりかはすかさず槍の刃を盾にして光線を弾いたものの、直後光線が触れた箇所から槍がビキビキと音を立てて凍りだす。


「くっ!」


 少女が危険を感じて、慌てて槍を手放す。雪の大地にゴロンと転がり落ちた時、槍はすでに分厚い氷の塊になっていた。


「ああっ……」


 槍が一瞬にして凍らされたのを見て、ゆりかが顔面蒼白する。光線が触れてから氷に覆われるまでの速さは尋常ならざるものがあり、手を離すのが二秒遅れたら、槍もろとも彼女は凍らされていたかもしれなかった。その事実に恐怖するあまり、体の震えが止まらなくなる。


『気を付けろッ! ヤツの光線に触れた者は、周囲の大気中の水分を急速に凍らされて、数秒と経たないうちに氷の中に閉じ込められるぞッ!!』


 フェニキスが相手の能力について語りながら警告をうながす。


 ゆりかは武器をくしては戦いにならないと考えて、悔しげに口元をゆがませながらしぶしぶ後ろへと下がる。彼女と入れ替わるように、今度はフェニキスが前に進み出た。


『ビホルダー! 俺が相手になろうッ! 以前敗れた雪辱を晴らさせてもらうッ! これでも喰らうがいいッ!』


 宣戦布告する言葉を吐きながら、右手のひらを相手に向けてかざす。


『フンッ!』


 ビホルダーは腹立たしげに鼻息を吹かせながらジャンプする。次の瞬間、先ほど彼が立っていた場所から爆発音と共に巨大な火柱が立ちのぼった。相手が攻撃するタイミングを読んでいたようだった。

 攻撃を完全に避けきると、男は一旦後ろに下がって大きく距離を開ける。そして今度はフェニキスに向けて冷凍光線を発射した。


『ぐっ!』


 フェニキスは光線の軌道上に炎の柱を立ち上らせて、相手の攻撃を防ごうとしたものの、光線は炎を突き抜けてそのまま直進する。自らの技では光線を防げない事を悟って悔しげに下唇を噛みながら、かろうじて横に動いてかわした。


『フハハハハッ! フェニキスッ! 貴様の能力は、半径十メートルの範囲内に任意に火柱を立ち上らせる事ッ! だがその炎に、俺の光線を防ぐ力は無いッ! 俺は貴様の射程範囲外から一方的に光線を撃ち続けるだけで、貴様に勝つ事が出来るッ! この相性の悪さにより、貴様は敗れたッ! 前回も……そして今回も、そうなるのだぁっ!!』


 ビホルダーがあざけるように高笑いする。フェニキスの能力について詳細に語りながら、彼の力では勝ち目が無い事を的確に指摘してみせた。


 だが男が勝利への揺るぎない確信を抱きながら次なる光線を放とうとした時、彼の背後にある雪がブワッと音を立てて舞い上がる。


『何ッ!?』


 ビホルダーが慌てて後ろを振り返ると、刀を手にしたミサキが雪の大地を物凄い速さで走りながら、男に迫ってきていた。


『こいつ……いつの間にッ!!』


 思わず焦る言葉が男の口から飛び出す。気付かない間に回り込まれていた事に、フェニキスに気を取られた事があだになったかと心底悔しがった。


「ビホルダー、その首頂くぞッ! 我が刃のさびとなれッ!」


 ミサキが勇ましい言葉を吐きながら、刀の間合いに飛び込もうとする。


『フンッ、れ者がッ! 身の程を知るがいいッ! 貴様にくれてやるほど安い首は持ち合わせておらんッ! ぶざまに地べたを這いつくらせてやるッ!!』


 売り言葉に買い言葉とばかりにビホルダーが言い放つ。背後に回られた事に一度は焦ったものの、すぐに落ち着きを取り戻すと、首の周りにぶら下げていた鎖のはしを手でつかんで引っ張り出す。

 彼の手に握られた鉄の鎖は巨大なむちのようにしなりながら少女に襲いかかった。


「うっ……ぶぁぁぁぁあああああああっっ!!」


 相手に斬りかかろうとした所で、どてっ腹にドフゥッと鎖を叩き込まれて、ミサキが悲鳴を上げながら弾き飛ばされる。強い衝撃で地面に叩き付けられて、そのまま大地に体が半分めり込んだ。


「ううっ……」


 だらしなく大の字に寝転がったまま、少女がうめき声を漏らす。思わぬ反撃を食らった事に、心身共に打ちのめされていた。腹を強くぶたれた痛みのあまり胃の中が気持ち悪くなって、思わず吐きたい衝動に駆られる。


『クククッ……俺を冷凍光線だけの男だと思っていたなら、認識のあやまりというものだ。これでも数々の同族メタルノイドを狩ってきた歴戦の処刑人なのでね……今日が貴様らの『最後の日(ドゥームズデイ)』となるのだ……ハッハッハッ!!』


 少女を返り討ちにした喜びにひたるようにビホルダーが高笑いした。

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